第三十六話
「それじゃ作戦はとてもシンプルよ。あたしが藤代を抑えている間にあんたが夏陽に会う。警備員程度ならあんたひとりでも何とかなるでしょう。というか何とかしろ。そこまで面倒見切れないわ。でも1つ注意しなさい」
「他にも注意しなくちゃいけない奴がいるのか?」
「御門悠師。そしてそいつは必ずあんたの前に現れるわ」
十二宮家御門家の人間であり、夏陽の婚約者。闘矢の前に立ちはだかるのは明白だった。
だがそこで闘矢は奇妙なものを感じた。
「待て、御門家って確か公家の方なんだろ?守り目も謹慎処分受けている状態で、そんな警戒するようなことでもあるのか?」
政治面で手腕を発揮する公家。それを守るために作られたシステムが守り目だ。その性質ゆえ、武力を主とする武家よりは警戒する必要がないと思った。
「守られている対象が戦えないとは限らない。御門家の異能もあれば、こと御門悠師に限れば武家の道場にも出入りしていて、対人戦闘の経験も豊富。地位の上で胡坐かいてる絵に書いたようなお坊ちゃんだったらどんなに良かったことか」
勇魚は嘲笑気味に笑う。
「今のあんたは十二宮家にとって害をなす者。だから出し惜しみなく異能を使われるわ。あんたの絶対拒絶とか言われるのが異能にも効果があるかは分からない。でも、御門悠師を突破しなければ夏陽に会うことは出来ない。それは肝に銘じておきなさい」
闘矢は静かに首肯した。ここまで来れば、いやとっくの昔に覚悟は決まっていた。
「そして時間も無いわ。あたしが藤代を抑えているのはおそらく10分が限界。あんたはその間に御門悠師を突破し、夏陽に会いなさい」
「10分て……そうなったらお前はどうなるんだ?」
「良くて重傷で気絶。悪くて死ぬわね」
闘矢は息を呑んだ。
「いいのか?」
「くどいわね。どうせ生きてたとしても十二宮家から追放されるんだから死んだってのと変わらないわ。因みに教えてあげる?守り目って武家の分家の中じゃ最高位の役職なのよ。私がこの役目に付くのにどれだけ苦労したかあんたに分かる?同門の奴らを蹴散らして一番にならなきゃいけないのよ。それがこれで全てパァになるってんだから笑いものだわ」
自虐気味に笑う勇魚に闘矢は苦笑いしか返すことが出来なかった。かける言葉が見当たらなかった。
こうしてまた自己満足のために周囲の人間を巻き込む。そう考えれば考えるほど、今の自分の行動が最低以外の何物でもないことを実感する。
すると勇魚は突然椅子から立ち上がると、険しい顔つきで闘矢を射殺さんばかりに睨み、人差し指を突き立てる。
「だ、か、ら。これであんたがしくったら私は本当に笑い者だわ。せめて結果だけでも残さないと……呪うわよ?」
ドスの効いた声音で脅迫される。
「わ、分かった。もしミスった後でも俺が生きてたらお前が俺を呪い殺してくれ」
「殺しはしないわよ。寿命で死ぬまで苦しませてあげるわ」
勇魚は軽くあしらうようにフッと笑った。
「それにあんたが死んだら流石の夏陽も正気じゃいられないわ。だからあんたは夏陽に会うだけじゃなくて、ちゃんとこの十二宮家っていう鳥かごから夏陽を連れ出しなさい。それができるのはあん―」
「悪い」
その時、勇魚の言葉を遮るように闘矢は口を開いた。勇魚の言葉の途中からひどく落ち込んだように顔を僅かに伏せ、目線は勇魚に見てはいなかった。居心地が悪い、バツの悪そうな態度だった。
「俺に夏陽を救うつもりは無い」
「え?あ、あんた、何言ってんの!?あんた夏陽を取り戻すためにここに来たんでしょ?」
きょとんとした顔をしたのも一瞬で、勇魚は声を荒げて訴える。
妙なことから始まった夏陽との関係。今思い返せばそれはほんのまだ数日、一週間ほどしか時間がたっていないことに気付いたとき、闘矢は純粋に驚いてしまった。それほどまで夏陽と過ごした時間は闘矢にとって長く、濃密なものだったのだ。
しかし、それでいてとても短かったと感じるところもある。一緒に屋上で昼食を取ったこと、週末に遊園地に行った事。夏陽との仲を認めてもらうために倉田たちSFと一線交えたこと。本当に一瞬で時間が経過したように感じた。
事実、その短い期間で闘矢は自身の危険を顧みずに夏陽に会おうとしている。そこまで四之宮夏陽という人物は桐崎闘矢という存在に決して小さく無い影響を与えた。
そして夏陽は自分のために身を挺して四之宮の掟に従おうとした。掟というしがらみに無理矢理引き離された恋人を追ってきた彼氏。誰の目にも闘矢はそうとしか映ることは無いだろう。
だからこそ、今の勇魚の対応は正しい。何も間違っているところは無い。
しかし、闘矢の出した答えは違った。正しいとか、間違っているとか、そういった問題は完全に度外視していた。
「俺はただ、夏陽に謝りたいだけだ」
―今まで嘘をついていてごめん
そう告げるためだけに闘矢はここまで来たのだ。




