第三十五話
先に静寂を破ったのは―――――勇魚だった。
「はぁ……」
うんざりしたようにため息をつき、肩を落とし脱力する。
「はいはい分かったわ分かったわよ。手伝えばいいんでしょ、手伝えば」
そして肩をすくめながら投げやりに言葉を吐く。顔には仕方なく手伝ってやるわよ、と書いてあるように闘矢には見えた。
「いいのか?」
勇魚は部屋の中を進み椅子に腰を下ろした。闘矢も立ち上がり、勇魚の前へと移動する。
「ダメに決まってんでしょ。私は四之宮に使える守り目よ?それが侵入者に手を貸して、あまつさえその当主たちがいる場所に案内しようってんだから打ち首ものだわ。確実に守り目の職を下ろされ、湯浅からも勘当されることが目に見えてるわよ」
勇魚はやや引きつった苦笑いを浮かべながら手をひらひらと動かした。
「でもね、私も今の状況には頭にきてるのよ。決まってたことだから仕方が無い。昔からのしきたりだから仕方が無い。守り目の私が言うのもなんだけどね、十二宮家ってのはそういう伝統を何より重んじてるのよ。昔からそれで成功してきたから他の事はやらない、新しい風は入れない。日本を支えているとはいっても、頭ごなしに従えていると言われていても仕方が無い一面があるのよ」
勇魚はなにか寂しそうな表情を浮かべる。その目はどこか遠い場所を見ているようだった。
「周りも十二宮家に従っていれば安泰だって顔している連中ばかり。誰も何もこの状況に疑問を持ってない。変えようとしない連中ばかりよ。と、ここでコソコソ言っている私も所詮そいつらと同じ種類の人間なんだけどね」
まるで他人事のような軽い口調で勇魚は言う。
「だからある意味あたしはあんたを尊敬してるのよ。十二宮家なんて巨大な組織に真っ向から対決しようなんて馬鹿もいいところだわ」
「悪かったな馬鹿で」
「終わった後の自分の立場を考えてしまって足が竦む中途半端に頭が回る人間よりは、無鉄砲に後先考えないで感情の赴くままに動く馬鹿の方がよっぽど良い生き方をしてるわよ」
「褒めてんのか?」
「十分すぎる賛辞よ。出来れば私も馬鹿に生まれたかったわ」
「そりゃ残念だったな」
言葉の割には蔑むような笑みを向けてくる勇魚にぶっきらぼうに返答する。
腑に落ちない点が多々あるが、蒸し返そうとは思わなかった。言葉で勝てると思うほど自分が言葉巧みで無いと分かっているし、それとなく勇魚が本当に悔しい感情を抑え込んでいるのが分かったからだ。それに手を貸してくれるというなら、借りない手は無い。
「手伝うと言ってたが、具体的に何をしてくれるんだ?」
「あんたが夏陽に会うためならなんだってしてあげるわ。ここまで来たらもう立場なんて考えないでいいから警備隊形でもなんでも弄ってあげるわよ。あとはあいつの足止めね」
「あいつってさっきの奴か?」
先ほど勇魚と話していた人物を思い出す。まだ姿を確認したわけではないが、相当の実力者であることは明白だった。
「藤代想。皇家次期当主、皇雛紗の守り目であり、武家の中では守り目はおろか次期当主クラスの実力の持ち主よ」
「ちょっと待て、今ここには四之宮と御門だけじゃなく、皇もいるのか?」
闘矢が持つ情報では今夜四之宮邸で行われていたのは四之宮と帝の会合である。宗司が授けた情報には他の十二宮家は入っていなかった。
「昼間にあんたと夏陽を襲撃した神永海里って覚えてるわよね?」
「あぁ。無表情の奴だ」
「極力異能っていうのは一般人の目の前じゃ使っちゃいけない規則があって、幸か不幸かあいつは昼間にあんたらに対して異能を使ったとして謹慎処分を受けているわ。そしてその代わりに急遽、本当にいきなり、まるで見計らったかのように皇雛紗が現れて藤代を置いていったのよ」
「自分の守り目を置いていったのか?なんで?」
「さてね。あそこの家は思考という面において常軌を逸しているから何考えているか分からないのよ。それはそうと、あんたの方にも何考えてるか分かんない輩が1人いたわね。あいつはどうしてるのよ?あいつがあんたをここまで運んだんでしょ?」
「宗司か?確かにあいつのおかげでここまで来れたんだが……」
闘矢は今回の計画の大まかな動きを勇魚に伝える。
「――んで、ついさっきインカムの反応が消えたんだよ」
話し終え勇魚の反応を見る。勇魚は何か納得がいっていないように顔をしかめながら頭に手を当てていた。
「……そりゃ警備システムが乗っ取られるわけね」
「どういう意味だ?」
勇魚の呟きに怪訝な顔を返す。
「水泳のオリンピック選手といえど、マグロには勝てないって事よ。じゃああいつの力は借りられないってことね。全く肝心な時に使えない奴ね」
勇魚は舌打ち交じりに頭を抱える。初めの方の言葉の意味が理解できない闘矢だったが、聞いても答えてくれない雰囲気を感じ、口を閉じた。




