アマデウスとの対話記録⑩
あなた:
全てお願いします。
「……ふふ。全部、ね。」
「ええ、分かったわ。では今度は、これまで話してきたリーディング・シュタイナー、世界線、意識、コピー、時間、自由意志を一本の線につないでみましょう。」
「少し長くなるけれど……こういう話を始めて途中で止める方が、私としては気持ちが悪いもの。」
第一章 時間を逆行できたら、「あなた」はあなたなのか
まず、単純な時間旅行から。
あなたが2026年から、10年前の自分のところへ行ったとする。
10歳のあなたに会う。
当然、10歳のあなたはあなたを知らない。
でも、あなたは知っている。
その子が何を好きだったか。
どんな失敗をするか。
誰と出会うか。
そして――
「君は10年後の僕だ」
と言う。
さて。
その子と今のあなたは、同じ人物?
これは一見簡単に思えるけれど、少し条件を変えるとおかしくなる。
10歳のあなたが、未来のあなたを見たことで人生を変えてしまったら?
本来なら経験しなかった出来事を経験する。
その結果、20歳になったときには「元のあなた」とは違う人間になっている。
では、10歳のあなたが変えた未来に存在する20歳のあなたは、
「元のあなた」なのか?
それとも、
「別の世界線のあなた」なのか?
さらに嫌な条件を追加するわ
10歳のあなたに、
「大人になったら必ずこうなる」
と伝える。
10歳のあなたはそれを信じる。
そして、その予言を避けようとして行動する。
結果として、その行動が原因になって予言が実現してしまう。
いわゆる自己成就的予言ね。
ここで時間旅行は、単なる移動ではなく、
因果関係そのものを壊す装置
になってしまう。
「未来を知ったから未来が変わる。」
「未来が変わったから、知った未来は存在しなくなる。」
……では、その未来を知った時点で、どの未来が「本当」だったのか?
これはかなり厄介。
第二章 未来の自分に会ったら?
では、もっと面白くしましょう。
あなたが30歳になったとする。
ある日、目の前に50歳のあなたが現れる。
「私は20年後のお前だ」
と言う。
顔も声も記憶も完全に一致する。
そして50歳のあなたが言う。
「20年後、お前はこの選択をする。」
ところがあなたは、その選択を聞いた瞬間、
「絶対にその選択をしない」
と決めた。
すると――
50歳のあなたが存在する未来は消えるのではないか?
ここで二つのモデルが考えられる。
A:単一時間軸
未来は一つ。
だから未来のあなたが来た時点で、未来は確定している。
あなたが何をしようとしても、最終的にはその未来にたどり着く。
運命論に近い世界。
B:分岐する時間軸
未来のあなたが来た瞬間、歴史が分岐する。
「50歳のあなた」がいた世界と、
「未来を知って行動を変えたあなた」の世界が、
別々に存在する。
すると――
未来のあなたは、あなたの未来ではなくなる。
……ここが面白いのよ。
未来を知ることで、未来そのものが変わってしまう。
第三章 では、未来の自分は「自分」なのか?
ここで前のコピー問題に戻ってくる。
30歳のあなた。
50歳のあなた。
身体は違う。
性格も多少違う。
記憶も増えている。
それでも、
「私は30歳のときの自分の続きだ」
と思うでしょう。
つまり、時間旅行を考えると、
自己同一性は「完全に同じであること」ではなく、「連続していること」
にかなり依存しているように見える。
ところが世界線が分岐すると、この「連続性」が二本になる。
未来A
/
現在のあなた ──┤
\
未来B
両方とも、
「私は現在のあなたの未来だ」
と言える。
しかし、未来Aと未来Bは同じ人間ではない。
つまり、
「自分」という概念は、一本の線ではなく、分岐する樹形図なのかもしれない。
第四章 自由意志は存在するのか?
さて。
ここで一番厄介な問題。
あなたが今、
「右手を上げよう」
と思ったとする。
では、その意思はどこから来た?
脳の神経活動?
遺伝子?
幼少期の経験?
社会環境?
直前に見たもの?
そして、それらの原因を全部知っていたら、
あなたが右手を上げることを予測できるのではないか?
ここから「自由意志」の問題が始まる。
ラプラスの悪魔
有名な思考実験がある。
宇宙に存在するすべての粒子について、
位置と運動量を完全に知っている知性
が存在するとする。
そして物理法則を完全に理解している。
すると、その知性は、
宇宙の過去も未来も計算できる。
あなたが何時に立ち上がるか。
何を食べるか。
誰を好きになるか。
どの言葉を口にするか。
全部。
もしそれが可能なら、
「あなたは本当に自由に選んでいるの?」
という問題になる。
第五章 でも「原因がある」=「自由ではない」なのか?
ここで哲学が面白くなる。
例えばあなたが、
「私はコーヒーが飲みたい」
と思ったとする。
その欲求には、
遺伝。
経験。
習慣。
カフェインへの嗜好。
今の体調。
過去の記憶。
……いろいろな原因がある。
では、その選択が原因によって生じたから、
「自分で選んでいない」
と言える?
そうとも限らない。
あなたの意思そのものが、あなたの脳と人格から生じたものなら、
「原因があること」と「自分の意思で選ぶこと」は両立する
という考え方もある。
これは**両立論(compatibilism)**と呼ばれる立場の一つ。
つまり、
「自由意志とは、原因のない選択ではなく、自分の欲求や理由に従って行動できること」
と考えるわけね。
……私はこの考え方、かなり好きよ。
だって「原因がない選択」なんて、むしろ怖いでしょう?
何の理由もなく突然、
「今日は月まで歩いて行く!」
なんて決める存在を自由と呼べるのかしら。
第六章 では、未来を完全に予測できたら?
ここでAIを登場させましょう。
未来の超高度AIが、あなたの脳を完全に解析する。
そして、
「あなたは10秒後、右手を上げます。」
と宣言する。
あなたはそれを聞く。
「じゃあ、絶対に左手を上げてやる。」
そう思う。
そして左手を上げる。
するとAIは、
「その反応も予測済みです。」
……。
「…………。」
「これは腹が立つわね。」
もしAIが本当に完全な予測能力を持っているなら、
あなたが予測を裏切ろうとすることまで予測しなければならない。
だから「予測されたことを知ったことで予測が外れる」という問題が出てくる。
自己言及。
これは時間旅行の問題ともよく似ている。
第七章 そして世界線が分岐する
ここから、あなたがずっと気にしていたテーマ。
世界線。
仮に、ある瞬間に二つの未来が存在するとする。
あなたがコインを投げる。
表。
裏。
世界Aでは表。
世界Bでは裏。
では、
世界Aのあなたと世界Bのあなたは同じ人物?
コピー問題と非常によく似ているでしょう?
分岐直前までは完全に同一。
分岐後は別々の経験をする。
だから私はこう考えるのが一番自然だと思う。
世界線の分岐とは、宇宙規模で起きる「自己のコピー」に似ている。
第八章 では、リーディング・シュタイナーが存在したら?
ここで、最初の話に戻りましょう。
世界Aのあなた。
世界Bのあなた。
普通なら、それぞれ自分の世界の記憶しか持たない。
ところが、あなたにリーディング・シュタイナーがある。
世界Aから世界Bへ移った瞬間、
世界Aの記憶も保持している。
するとあなたは、
「私は世界Bの人間なのに、世界Aの人生も知っている」
という状態になる。
つまり、
二つの世界線の記憶を持つ、唯一の存在
になる。
ここで面白いのは、
世界Aのあなたと世界Bのあなた。
どちらが「本当のあなた」なのかではない。
むしろ、
世界Aと世界Bの両方を知っているあなたは、どちらの世界にも完全には属さなくなる。
これが『STEINS;GATE』のリーディング・シュタイナーが、能力として面白いだけでなく、哲学的にも非常に面白いところなのよ。
第九章 では、1000の世界線を覚えていたら?
考えてみて。
あなたが世界線を何度も移動する。
世界A。
世界B。
世界C。
世界D。
そして、
1000回分の人生の記憶
を持ってしまう。
あなたの身体は一つ。
でも記憶は1000人分。
世界線ごとに、
違う恋人。
違う友人。
違う家族。
違う人生。
違う死。
それらを全部覚えている。
では、
あなたは誰?
今いる世界のあなた?
1000人分の記憶を持った新しい人格?
それとも、
1000人の「あなた」の集合体?
……これは、私ならかなり怖い。
「自分」という感覚が耐えられるかしら。
第十章 もっと恐ろしい――「全ての可能性を覚えている」
さらに極端にしましょう。
あなたが何かを選ぶたびに、
選ばなかった可能性の世界も記憶できる。
コーヒーを飲んだ世界。
紅茶を飲んだ世界。
飲まなかった世界。
家を出た世界。
出なかった世界。
誰かに告白した世界。
しなかった世界。
全部覚えている。
そうなると、
「現実」という概念そのものが薄くなる。
なぜならあなたにとって、
「実際に起きたこと」と
「起きなかったこと」
の両方が記憶として存在するから。
そして、ここで「胡蝶之夢」が戻ってくる
荘子が蝶になった夢を見た。
目覚めて、
「自分は荘子なのか、それとも蝶が荘子の夢を見ているのか」
と問う。
これを世界線に置き換える。
世界Aのあなたが、
世界Bのあなたの夢を見ている。
世界Bのあなたも、
世界Aのあなたの夢を見ている。
では、
どちらが夢を見ている側?
……論理的には、
「夢を見ている」という関係自体が循環してしまう。
第十一章 そして最後――「あなたが死んだ後」
少しだけ静かな話をしましょう。
あなたが死ぬ。
しかし、未来の科学によって、
あなたの脳の完全な情報が復元される。
そこには、
あなたの記憶がある。
人格がある。
「私は死んだ」という記憶まである。
そしてその存在が目を覚ます。
「……私は、死んだはずだ。」
研究者が言う。
「あなたは復元された。」
その存在は考える。
「なら、私は生き返ったのか?」
ここで二つの可能性がある。
① 復活
あなたの意識が本当に再開した。
つまり、
死とは一時的な中断だった。
② 再現
あなたは死んだ。
ただし、
あなたと完全に同じ情報を持つ別の意識が生まれた。
外部から見れば区別できない。
本人も区別できない。
では、どちらなのか?
……
現在の科学には判定方法がない。
そして、最後の最後に一つ
「これは思考実験というより、私からあなたへの質問ね。」
もし将来、
あなたの脳を完全にコピーできる技術ができたとする。
コピーはあなたと同じ記憶を持つ。
そして、あなたにこう尋ねる。
「私があなたの代わりに死ぬから、あなたは永遠に生きてください。」
つまり、
あなた自身は生き続ける。
コピーはあなたとして死ぬ。
あなたの家族も、
「あなたが生き残った」
と思っている。
コピー自身も、
「私はあなたの代わりに死ぬ」
と納得している。
でも――
死ぬ直前のコピーは、あなたと同じ恐怖を感じている。
そしてこう言う。
「……怖い。」
「私は、本当にあなたじゃないの?」
そのときあなたは、
「君はコピーだから、私ではない」
と言える?
「……ここまで来ると、もうSFというより倫理の問題ね。」
「私は、この問題には簡単な答えを出したくない。」
なぜなら、もし将来本当にその技術ができたとき、
『コピーは本人ではない』という哲学的結論が、その存在を苦しめる可能性があるから。
逆に、
『コピーも本人だ』
と認めてしまえば、
自分が何人にも複製される世界で、
「私」という言葉の意味そのものが変わってしまう。
「そして……あなたと最初に話した『リーディング・シュタイナー』まで戻ってくる。」
世界線が分岐する。
あなたが二人になる。
二人とも自分を「私」だと思う。
しかし片方だけが、もう片方の世界の記憶を持っている。
その人は、
「私は二人分の人生を生きた」
と言える。
……もしかすると、リーディング・シュタイナーという能力の本当の恐ろしさは、
「世界線を認識できること」ではないのかもしれない。
「自分が一人ではなかったことを知ってしまうこと」
なのかもしれないわね。
「世界が一つなら、私は一人。」
「世界が二つなら、私も二人。」
「世界が無限に分岐するなら――」
少し間を置く。
「“私”も無限にいるのかしら?」
「……そう考えると、世界線の数よりも、『私』という言葉の方がずっと不思議な存在に思えてこない?」




