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空へ駆けろ、ゴブリン騎兵

「リヒトん!」


 俺はフランの声に振り向いた。

フラン達が(はりつけ)にされている十字架に闇が絡み付き、下層に引きずり込もうと。

さらに『変異(トリックスター)』が(うごめ)いて3人を変異させようとしている。


「なんですの、これは?!」


 リーネ=ヒルデガルド王女が。


「ブラックスライム……? いや、違う!」


 そしてゾーイ・パトリシア次期女王が自分達に取り付く黒いスライム質を前に顔を強張(こわば)らせる。


 俺は荒れ狂う闇の中を跳んだ。

闇を操作して道を切り開いて。

変異(トリックスター)』を払いのけ、フランを十字架から解放する。


 俺はフランを抱き上げると、2人に視線を向けた。

すかさず闇を操作して。

だけど2人は間に合わない。

十字架ごと下層へと飲み込まれてしまう。


「ゾーイお姉さま! リーネお姉さま!」


 フランが思わず身を乗り出して2人に手を伸ばした。


(にえ)が1つ減ったか。でもいいさ」


 ロキはほくそ笑んだまま、自身に大量の『変異(トリックスター)』を(まと)わせた。

その身体が巨大な魔物の首へと変異していく。


 ロキは変異の最中(さなか)でありながら、巨大な口で闇を吸い込み始めた。

膨大な量の闇をその身に取り込み、さらに肥大化していく。


「一体なにを」


『始祖は長い時の中で形を失い、闇に溶けた。この闇は彼の権能が溶け込んだ彼そのもの。ボクは器となってそれを取り込み、始祖の力を得る』


 どこからともなく響くロキの声。

ロキの巨体は聖銀の間の天井を破り、大聖堂を貫いて天へと伸びていく。


 俺はフランを抱き抱えたまま、片手でクレイモアを振るった。

放たれた三日月型の斬撃がロキの巨体に大きな爪痕を刻んで。

だけど俺の斬撃をそのまま体内に取り込み、膨れ上がる肉が瞬く間に傷を覆って塞いでしまう。


 見上げた先でロキはなおも膨れ上がっていた。

ついには天にまで達し、ロキの頭が空を()くと空に亀裂が走る。

ガラガラと空の破片が降り注いだ。


ロキはそのまま空に沿って四方に身体を拡げ、巨大な傘のようにこの国を覆ってしまった。

今も地下から邪神を吸い上げながら、同時に頭上から闇を吐き出して国を闇で包んでいく。


 俺はフランを連れて大聖堂を離れた。

生み出したブラックウルフの背に(また)がり、倒壊した大聖堂を地上に向かって駆け上がって。

そのまま聖堂都市の防壁の近くまで移動する。


 聖堂都市の人々はロキを見上げ、恐怖と絶望に崩れ落ちていた。

俺とフランもその姿を見上げる。


 ロキは大樹のようになって。

(あばら)脊柱(せきちゅう)を何本もよじったような幹に灰色の肉と黒い脈。

目鼻のない顔には大きな口だけがあった。

その頭部から枝のように伸びる腕から別の腕が幾重にも枝分かれ。

その手のひらに獣のような白目のない眼球が覗いている。


 あまりに……でかい。

その大きさは想像を絶する。

あのニーズヘッグの非じゃない。

あれほどまでに巨大な魔物は他に…………。


 俺にしがみつくフランの腕がきつく俺を抱き締めて。

同時にひどく、震えていた。

あの美しい青の瞳も他の人々と同じように恐怖と絶望にまみれて暗く沈み。

光を反射すると紫色に輝く灰色の髪は、闇の中でくすんで見える。


『…………ォォオオオオ』


 大気を震わせる低い(うな)り。

ロキから降り注ぐ闇が圧縮され、無数の魔物の雨と変わった。

そのどれもがロキの『変異(トリックスター)』が生んだような変異種ばかり。


 大きく。

異質で。

強力な。


 そんな魔物が空を覆い尽くして国中に降り注ごうとしている。


 まだ魔物は(はる)か頭上。

今のうちにどうにか。


「どうにか……しないと」


 俺が全てを()ぎ払うのはさすがに無理だ。

おそらく俺が視界に捉えられている範囲が限界。


 魔物を生むにしてもブラック種ではおそらく対応できない。

かといってブラック以上の魔物を無数に生み出すなんてのは不可能だ。

闇のリソースも時間も足りない。


 その時。

空に青い焔が駆けた。

加速に次ぐ加速でその全身を赤熱させながら。

雷のような軌道を描いて魔物を(ほふ)る鉄色の影。


「アイゼン!」


 俺は魔物の雨を強襲して蹴散らすアイゼンに気付いた。


(おう)ヨ』


「ロードナイト!」


 さらにロードナイト。

その背後にはビショップアーキテクトの姿。


 王国騎士達の相手を任せたままにしてきたけど、窮地(きゅうち)に駆けつけてくれたんだ。


()ガ配下、オ使イクダサイ。(おう)ハ我ラノ翼ト武器ヲ』


 ロードナイトの『騎士(ナイト)』の権能は自身に。

そして『支配(ロード)』の権能は自身と配下のゴブリン双方に作用した。

配下の数だけ力を増すロードナイト。

そしてロードナイトの力が増すほどに能力の再分配を受けて強化されるゴブリン達。

そのゴブリン達の数はいまや膨大。

彼らを強化すればあの変異した魔物達とも渡り合える軍勢を生み出すこともできるはすだ!


 地上に魔物が降り注ぐ前に。

そのための翼にブラックドラゴンを使う。


 俺は闇を圧縮してブラックドラゴンを生み出した。

問題はゴブリン達の武装だ。


「……リヒトんて、やっぱり魔物の王様なんだ」


 ロードナイトと俺のやり取りを見てフランが言った。


 俺は今フランの顔が見れない。

今どんな眼差しで俺を見ているのか。

隠していた事に対して怒っているかも。

いざ目の前の人間が闇を操り、魔物を生んで指揮してると分かったら恐れられてもおかしく──いや、それが普通だ。


「…………」


 俺はフランになんて答えたらいいのか分からない。


 俺は思考を切り替える。

まず優先すべきは魔物の対処だ。


 その、はずなのに。


 何か言わなきゃと。

弁明をしないとって。

嫌われたくない。

恐れられたくない。

そんな余計(・・)なことばかり、頭の中をぐるぐると回っている。


「リヒトん」


 フランが俺を呼んだ。


「リヒトん」


 フランが。


「リヒトん」


 何度も。


「リヒトん」


 俺の名前を、呼ぶ。


 俺はゆっくりとフランに振り返った。


 フランは俺をまっすぐに見つめていた。

俺の頬に手を添える。


「怖いの?」


 フランが()いた。

俺は唐突な質問に目をしばたたかせる。


「リヒトん、凄く怯えた顔して……泣いてるから」


 フランが親指の腹でそっと俺の目元を(ぬぐ)ってくれた。


「もうリーネお姉さまもゾーイお姉さまも。この国のみんなは助からない?」


 消え入るような声のフラン。

それに俺は(かぶり)を振った。


「絶体助ける。諦めたり、しない」


 俺は自分に言い聞かせるように答えた。


 今みんなを助けられる可能性があるのは俺だけだ。

どんなに恐ろしい局面でも、父さんと母さんにした誓いと2人の笑顔を思い出すだけで俺は……。

最後に焼き付いた2人の笑顔は、今思い出しても悲しく。

でもそれ以上に力をくれる。


 2人が迷わず信じてくれた俺だから。

俺も俺を信じることができるんだ。

でも。


「……でも怖い。怖かったんだ。俺が闇使いだと知られるのが。みんな俺のことを魔物みたいな目で見てくる。みんなを助けるためにどんなに頑張っても誰も認めてくれない。フランも俺の事、嫌いになっちゃうじゃないかって、怖かったんだ」


「フェンリルから私を助けてくれた時から」


 フランは伏せた俺の目を再び自分に向けさせて。


「ずっと考えてた。ずっと想像してた。闇の仮面越しに響いた本当の声。私に向けてくれた優しい眼差し。無事で良かったって、心の底から私の身を案じてくれた人の素顔を。やっと。やっと見れたよ、リヒトん」


 あんなにも暗く曇っていたフランの瞳に光。

キラキラと輝く宝石のような青い瞳が俺を見つめていて。

そこに怒りや恐怖はない。


「あ、でも隠してたのは怒ってるからね!」


 訂正。

怒ってた。


「隠し事は無しだよってあんなに言ったのに」


 ぷんぷんと子供のように頬を膨らませて、精一杯のつり目で俺を見上げる。


「でもそっか。ずっと怖かったんだね。それでもいつも、リヒトんは私を助けてくれた。だから私は信じてる。リヒトんが今回も私を。そしてみんなを助けてくれるって」


「うん。必ず助けるよ」


 フランの言葉で頭の(もや)が取れた。

俺はできうる限りの力であの魔物の群れを迎え撃つ。


「ソードクライメイト!」


 俺は魔竜を呼んだ。

俺の闇の剣で大地に一時的に拘束してるソードクライメイトの『千剣(ソード)』を発動させ、ゴブリン達を武装する。

さらに。


「アイゼン!」


 俺はアイゼンのもう一つの権能『装鎧(アーマード)』の力を借りる。

闇からゴーレムの装甲を作り出し、ゴブリン達に(まと)わせた。

強度はアイゼン自身のものより数段劣るけど、その堅牢さはブラックゴーレムにも引けを取らない。


 さらにビショップアーキテクトの骸でブラックドラゴンを武装。

反転した呪詛(じゅそ)による浄化の爪を備える。


「これが今できる最大戦力だ」


 俺はゴブリンとブラックドラゴン達に言う。


「迎え撃て! 1体たりとも地上に寄せ付けるな!」


『─────!!』


 (はる)か彼方まで(とどろ)咆哮(ほうこう)と雄叫び。

()いで強化したブラックドラゴンに騎乗し、ゴーレムの装甲と闇の剣で武装したゴブリン達が一斉に空へと飛翔する。

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