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解き放たれる神

 放たれた闇の斬撃を前に、リーンハルトが羽を震わせた。

羽から大量の黄金の粒子が空間に漂って。

それが斬撃に吸い寄せられる。


 俺の初撃はリーンハルトに届くことなく無効化された。

リーンハルトの羽から放出された光の鱗粉が一際強く輝き、爆発して斬撃を相殺(そうさい)する。


 俺は再びクレイモアに闇を集めて。

だけど闇と一緒に鱗粉が剣へと引き寄せられた。

闇が濃度を増すほどにザラザラと光る粉塵(ふんじん)が集まっていく。


 この鱗粉、闇に引き寄せられる性質か。


「なら!」


 俺は闇を操作した。

リーンハルトの眼前に闇を圧縮。

クレイモアよりも高濃度の闇を生むことで鱗粉をそちらに引き付ける。


 ()いで闇に引き寄せられた光の粒子が爆発。

リーンハルトを光が飲み込んだ。


『────』


 光の先から金切り声。


 まだ閃光が目に強く焼き付いてる()に。

風切りとおぼろげな影。


 それは迫り来る6つの剣閃。

上から振り下ろし。

下からすくい上げ。

左右から挟み込み。

袈裟(けさ)に。

突いて。


 俺は素早く視線を切った。


 クレイモアに闇を。

そして宙空に同密度の闇の刃を生んだ。

千剣(ソード)』を模倣した闇の剣はリーンハルトの()く鱗粉を(まと)って黄金に輝く。


俺はクレイモアでリーンハルトの長剣の突きをいなして。

5つの剣が長剣を受け止めると()ぜた。


 その爆光(ばくこう)の先から青の視線。

数百、数千の青の瞳が俺を凝視したまま向かってきた。

左右に割れた口から放射状に糸が拡がる。


 俺は糸を斬り払った。

さらに幾度となく吐き出される糸を駆け抜けて回避する。


 さてどうするか。

あの鱗粉による爆発はリーンハルトには効いてない。

闇による攻撃は十分な闇を集める前に鱗粉で妨害される。


『どウした、逃ゲテばかりカ?』


 異音混じりの声が俺を追ってきた。

俺は視線は向けず、闇の触覚を頼りに背後からの糸をかわして。

聖銀の間の端まで来ると跳躍。

壁を蹴ると体をよじり、追ってくるリーンハルトの醜悪(しゅうあく)な眼球にクレイモアを突き立てる。


 眼球の表面はガラス質の皮膜。

だけど闇をほとんど纏わないクレイモアの切っ先でもわずかに通った。


「外は効かなくても内部からならどうだ!」


 そこから闇を流し込むと、リーンハルトの鱗粉も一緒に傷口へと流入した。

眼球の中で光が弾ける。


『──────っ!!』


 けたたましい絶叫をあげてリーンハルトが悶えた。

ガラス質の眼球の中で、潰れた瞳と緑色に光る血潮(ちしお)がどろどろと混ざり合う。


 リーンハルトはぐねぐねと身体をくねらせ、不規則な羽ばたきで俺を振り落とそうとした。

俺は十字剣をより深く突き立ててこらえる。


 俺はさらに闇を注ぎ込もうと。


「っ!」


だけどリーンハルトは6枚の羽で自分の頭部ごと俺を包んだ。

羽に刻まれた目玉のような模様が七色に光輝く。


 効果不明の攻撃。


 俺は闇による防御を。


 鱗粉の爆発はこの際仕方ない。

余波が拡がらないよう闇を押し固めた。

羽からの光を防ぐと同時に鱗粉の爆発を受ける。


 俺は闇を拡散させて離脱。

爆発のダメージはそこまで大きくない。

だけど俺の身体の一部があの光と同じ七色に染まっていた。


「闇の防御で防げなかったか……!」


 俺は顔をしかめた。

そしてそこを目掛けるように光の鱗粉が風の流れに逆らって飛んでくる。


 鱗粉は俺の肌に触れたそばから()ぜた。

微細な爆発が幾重にも連なって俺につきまとう。


 あの光は鱗粉が襲う目印のような役割。


『そのマま私ノ光に包まれて、消えロぉォおおオっ!!』


 リーンハルトが大きく羽を振るい、視界を覆うほどの光の粒子を放った。

大きなうねりと共に俺目掛けて黄金の激流が迫る。


 視界全てを覆い尽くす光。

さすがにこの量の鱗粉の爆発は生身では耐えられない。


 “────お前の、正体は”


 俺はヴィルヘルムの言葉を思い出した。

互いの必殺技をぶつけ合い、俺が勝利したそのあとに。

俺は彼からその真実を聞いていた。


 俺は闇を集めた。

それを変質させて再現するのは黒いスライム質──ロキの『変異(トリックスター)』だ。

1度扱ったから完璧ではなくとも再現ができる。


 俺は完全に自身を変異させず、一部だけを本来の概念へと転じた。

右腕に文字が浮かぶ。

刻まれた呪文と羅列は俺の闇を操る能力の基礎を。

そしてそれを応用する(すべ)が記されていた。


 そして俺はクレイモアを握る右腕に爪を立てた。

ビリビリとその概念を破り、その秘された力を()き出しにする。


 前任のロキが封じた。

ヴィルヘルムが邪神を(ほふ)る力と信じていた。

フギンとムニンの主という存在が放った。


────その矛先の力を、クレイモアに付与する。


 俺は形のない右腕でクレイモアを振りかぶった。

剣身(けんしん)に闇を(まと)わせて。

()いで暗黒の刃から極大の斬撃。

それは眼前の全てを()ぎ払い、リーンハルトの胴を断ち斬る。


 走り抜けた斬撃が聖銀の間の壁に衝突し、大聖堂全体を震わせた。


何故(なぜ)


 リーンハルトは光の粒子をすり抜けて自分の身体を断った斬撃を振り返りながら呟いた。

その身体がボロボロと(ちり)となって崩れ落ち、俺に迫っていた光の波も砂粒となって床に広こぼれ落ちる。


 これが俺に封じられた力の一端『必中(■■■■■)』。

防御無視を兼ねた絶対命中の力だ。


『ロキ……様』


 異形の腕をロキへと伸ばし、助けを()うリーンハルト。


 だけどロキはその姿をにやにやと見下ろしたまま。

ついにその大きな眼球を備えた頭もぐしゃりと潰れて。

リーンハルトは(ちり)と消えた。


 最後までロキにすがったまま。

自分が信じるべき相手を間違えたのを認められないままに。

犯した罪を償うこともなく死に絶えたのだ。


 せめて永遠の責め苦を、と思うけど。


「あはは。ボクは余興としては満足してるけど、君にとっては物足りなかったかな。ヘルがいなくて残念かい?」


 ロキが子供のように(たの)しげに言った。

黄金の瞳が爛々(らんらん)と輝いている。


 ヘルがいたら、とは確かに思った。

あいつは死者の魂を捕らえて苦痛を与え続けてた。

アンさんは魂の情報の保存がヘルの役割と言っていたけれど。


「…………」


 俺の右腕が地下へと引っ張られる感覚があった。

放たれて17年以上の時を経ても、その一撃は邪神に狙いを定めているらしい。


 俺は再び『変異(トリックスター)』を使い、概念の修復と共に俺の腕を再び形作った。

()がれ落ちたページが再び腕を形作り、それが人のものへと変異する。


「ボクの権能の扱いもずいぶんと上手い。リヒト(きみ)の元となった概念の性質ゆえか。フェンリルの半身に『変異(トリックスター)』を委ねたのは失敗だったかな」


 ロキは今も笑みを絶やさない。


 俺は全身から闇を(たぎ)らせてロキへと迫った。


「お前の負けだ」


 クレイモアの切っ先を向ける。


「いいや、ボクは負けないよ」


「どれだけお前の存在が拡散していても関係ない。俺の中の力はロキという存在そのものを捉えて穿(うが)つ」


「……ボクはロキだ」


 ロキは胸に手を当てて。


「ロキであるボクは君がいかなる存在か知っている。まさか自分が不利になるのをただ眺めていたとでも? さっきも言ったがリーンハルトは余興だ。ボクの玩具おもちゃは時間稼ぎですらない。すでに準備は……整っている!」


 ロキの声と共に聖銀の間に亀裂。

そしてこの階層の下には邪神が封じられている。


「まさか、もうすでに……!」


「あはははは! やり直しのきくゲームはつまらない! サイコロを振るのは1度だけ! そして同時に────」


 ロキは地下から(ほとばし)深淵(しんえん)のような闇の中で高らかに(うた)う。


「ゲームは、勝つからこそ面白いんだ!!」


 ここまではロキの思惑(おもわく)通りか。

およそ千年の時を封じられてきた魔物の神が封印から、解き放たれる。

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