ユグドラシルの根
ある日の夜。
俺はゴブリン・ロードナイトからの報告を受けていた。
「障海の跡地周辺の闇の濃度が下がってる?」
『王ガ死者ノ国ノ主ヲ討伐シテカラ、障海ノ闇ハ瞬ク間ニ薄レマシタ』
「あれだけの高濃度の闇、供給源を経ってもしばらく残ると思ってたけど」
『偵察ニ向カワセタ同胞ガ戻ラナイノモ気ガカリデス。王ニ報告ヲ済マセタ後、我ガ直接赴クツモリデシタガ』
「俺も行こう」
『御意』
俺は周囲の闇を操作。
生み出したブラックドラゴンの背に跨がる。
「おれも行くー」
一緒にいたムニンが言った。
ぴょんぴょんとジャンプするけど、ドラゴンの背に全く届いてない。
俺は手を差し出した。
ジャンプしたムニンの手を掴むと引っ張り上げる。
「おー」
ご満悦な様子のムニン。
俺はムニンを前に座らせた。
抱えるようにして前に手を伸ばし、竜の首の付け根を掴む。
「……乗らないのか」
佇むロードナイトに言った。
『王ト同ジ竜ニ跨ガルナド恐レ多ク』
「そうか」
俺はブラックドラゴンの首を軽く叩いた。
ブラックドラゴンが吠えると空へと飛び立つ。
ロードナイトは飛翔した竜の足に飛び付いた。
宙吊りのまま一緒に障海の跡地へ。
夜の闇に溶け込むように、音もなく闇夜を翔る黒き竜。
眼下をいくつかの小さな村や町が過ぎ去り、目の前には山脈がそびえる。
風を切って気持ち良さそうなムニンは鼻歌交じり。
「わー、おっきいね!」
そして山脈を見ると感嘆の声をあげた。
「ドラゴンで空飛んだってフギンに自慢してやろ」
ふひひ、と笑う。
山脈を越えると、遠目に障海がうっすらと見えてきた。
最後に見たときは一面青黒い瘴気を立ち上らせる闇の海が広がっていたけど、今は巨大な窪地になって。
その中心は夜の闇を裂くように明るく輝いて見える。
「光? ロードナイト?」
『アノヨウナ光ノ報告ハ、アリマセン。上カラ俯瞰シテヨウヤク見エマシタ。オソラク地上カラ確認デキル距離デハ』
「浄化される、か。だから配下のゴブリンが戻らなかったのか」
光は今も明滅して揺れていた。
その発生源はなんなのか、確かめなければならない。
俺はブラックドラゴンを旋回させ、徐々にその距離を詰めさせる。
それは大地から溢れているように見えた。
土地そのものが光を放ってるようにも感じられる。
「これ以上はやめた方がいいよ」
ムニンが言った。
「見た目より効果範囲が広いよ。あの辺でゴブリンが灰になってる」
ムニンが指差した先に視線を向ける。
おそらくムニンは過去を辿る能力というのでその光景を視た。
ロードナイトが偵察に向かわせたゴブリン達が灰になったという地点は、まだ夜闇に包まれているように見えるのに。
『王ヨ』
これ以上の接近が難しそうな距離まで来たところでロードナイトが言った。
「頼めるか」
『御意』
ロードナイトは短く答えると飛び降りた。
光の方向へと落下。
まだ光から距離があるにも関わらず、その鎧と身体が灰に変わる。
ムニンの言った通りだ。
ムニンがいなければドラゴンが灰になっていた。
ロードナイトは権能『騎士』によって再生。
また灰へ。
浄化と再生を幾度となく繰り返してようやく着地した。
着地の土煙か彼の灰か分からない粉塵の中からロードナイトが姿を現す。
先へと進む身体は浄化と再生のせめぎあいだ。
鎧が剥がれ落ち、皮膚が溶けると筋肉がほつれて。
剥き出しの骨格はスケルトン種を彷彿とさせる。
ロードナイトはついに光の中心部に到達。
光に飲まれた小さな影は、頭上へとその得物を掲げた。
闇を纏う巨大な戦斧が大地へと振り下ろされる。
戦斧を中心に大地に亀裂。
亀裂は瞬く間に広がり、地の底から光と共に大きな影が現れた。
それは巨大な植物。
木の根のようにも見えた。
「あれは」
「ユグドラシル──世界樹の根だよ」
ムニンが言った。
「強い瘴気を帯びた闇で封じ込めてたみたいだけど、その闇が消えて活性化したんだ」
あの膨大な光の発生源はムニンが世界樹と呼んだ木の根。
その光が瘴海を満たしていた闇と反応して、あれほどの闇がこんなにも早く消滅したってことか。
「戻れ、ロードナイト」
俺はロードナイトに告げた。
言葉が届く距離ではないけど、俺の命令は言葉ではなく意識として届く。
光の発生源は分かった。
光の及ばない地点に降り立ち、ロードナイトを回収して今夜の探索を終える。
去り際に背後を振り返ると、木の根はその範囲を少しずつ広げているように見えた。
強い光を帯びた木の根。
うまく扱えれば闇と魔物の驚異から人々を守のに役立てられそうだけど。
「…………」
俺は視線を前へと戻して。
そびえる山脈は、あの光とは対照的に闇々として見えた。




