ヘルヘイムの終焉
「俺達はリヒトの約束を覚えてる」
「私とお父さんは今のあなたを誇りに思う」
父さんと母さんが言った。
同時に2人を取り込んだ魔物が歩みだす。
「皆を守る騎士に。魔物からも、悪い奴からも守ってくれる騎士になる」
「その約束をあなたはちゃんと守れてる」
ぎこちない歩みで。
それでも先へ先へと魔物は進む。
「もう心配はいらない」
「私達はこれまでも、そしてこれからもあなたを信じてる」
まるで最期の別れのように。
その言葉で、俺は目の前で何が起こっているのか。
何をしようとしているのか分かって、しまった。
「愛してるぞ」
「愛しているわ」
父さんと母さんは闇に汚染されて苦しいはずなのに。
いつもと変わらない優しい笑みを浮かべて俺に言う。
俺は思わず頭を振る。
魔物はビショップアーキテクトの築いた壁へと向かっていた。
俺が魔物の闇を大きく削いでいたからか。
いや、違う。
それは2人の想い。
2人は強靭な意志で取り込んだ側の魔物に働きかけ、その行動の一部を奪っていた。
2体の魔物は壁の左右へ。
その『大神官』の浄化の力が働く壁の正面へと手を伸ばす。
触れれば魔物は浄化される。
でも同時に取り込まれた父さんと母さんの魂も無事じゃ、済まない。
「ダメだ!」
俺は思わず2人に向かって駆け出そうと。
だけど2人の眼差しが俺を止めた。
「お前はお前の役目を果たせ」
「みんなを助けてあげて、リヒト」
強い瞳と。
優しい笑みと。
その姿を俺の瞳に焼き付けて。
最期の言葉を俺に残し、父さんと母さんは、消えた。
そして魔物の血肉が灰となり、残された骸が壁へと取り込まれる。
ビショップアーキテクトの築く反呪・骸神殿が持ち直した。
たった2体の魔物の屍だけで。
誤差にもならないようなその補強が。
父さんと母さんの想いが、俺に時間をくれた。
純然たる闇はもはや黒ですらない。
光の全てを飲み込み、退ける刃は完全なる無となる。
「もうダメだ」
リーンハルトが呟いた。
持ち直した壁も、今にも崩れようとしている。
「リヒト……!」
アイゼンが俺の名を呼ぶ。
ひしゃげた壁に押され、地面に打ち込んだボルトごと徐々に押されている。
『無駄よ。始祖の生んだ原初の魔物の1つ。その母より生まれたこの妾と、等しい時を過ごすニーズヘッグの闇を前にして人間ごときに何ができよう!』
ヘルは勝利を確信していた。
おびただしい闇の濁流が俺達を飲み込み、その瘴気に冒されて塵と消えると思ってる。
でもそうはならない。
そうは、させない。
「俺は魔物の王。そして魔物と闇から全ての人々を守る騎士!」
俺はクレイモアを押し寄せる闇とニーズヘッグに向けて繰り出す。
どれだけ古い魔物だろうと。
どれほどの闇があろうと関係ない。
なぜなら────
「闇は俺の領域だ……!!」
アイゼンが横に飛び退き、ビショップアーキテクトが壁を解除。
同時に剣閃と共にクレイモアから放たれる極大の闇。
描く十字が眼前の全てを斬り裂く。
「『黒き十字を抱きて眠れ』!」
瞬間、音が消えた。
視界全てが塗り潰される。
ただどこまでもどこまでも拡がる闇が、目の前の全てを喰らい尽くす。
「…………』
俺は闇の仮面を纏った。
今は溢れてこぼれ落ちそうな感情を覆い隠して蓋をする。
『くっ、おのれぇ!!』
激昂するヘル。
激しい憤怒を顔に浮かべ、歯牙を剥いて吼えた。
だけど怒りに燃えてるのはお前だけじゃない。
俺は振り抜いたクレイモアを再び振りかぶった。
闇をたなびかせ、ヘルに向かって疾走。
駆け抜ける漆黒。
それと同時に地を蹴る鉄色。
「爆ぜろぉ……っ!」
ヘルに打ち付けられた怒りの鉄拳。
連なって起動するボルト。
噴き出す蒼い焔と衝撃波がヘルの胸を貫いた。
ヘルの背から無数に折り重なる人影がバラバラと。
まるで取り落としたら本のページが散らばるように。
『そんな────』
俺はヘルの懐へと跳び込んだ。
体をよじり、旋回と共に渾身の力で刃を振り抜く。
『馬鹿な。妾が。死者の主である妾がぁぁぁああああああ!!』
両断された身体を灰にしながら。
ヘルが断末魔を響かせる。
その身体からおびただしい数の人影が溢れ出して消えていった。
遠くから響いていた河を闇が流れる音が止んだ。
ヘルを討伐したことで瘴気に満ちた闇の発生が止まったんだ。
そして同時に死者の王の呪縛から魂が解放される。
暗い地の底を照らすのは無数の光。
それは天へと昇っていく死者の頭上に輝く光の輪によるものだった。
「にいちゃん」
光の輪に持ち上げられるように浮かんでいくアイゼンの弟が声をかけた。
アイゼンに向かって嬉しそうな。
でも同時に寂しそうな笑顔で手を振る。
その左右にはアイゼンの両親もいた。
ヘルが倒されたことで2人を取り込んでいた魔物も消滅。
魂が解放されたようだ。
『無事で良かった』
俺は闇の仮面越しに呟いた。
くぐもった声からは俺の声の震えは分からない。
本当は。
俺の父さんと母さんも助けて……あげたかった。
“お前はお前の役目を果たせ”
“みんなを助けてあげて、リヒト”
2人の言葉を思い出した。
闇を操る俺を見て、それでも俺が憧れた騎士の道を進んでると。
そして進んでいくと2人は最後まで信じてくれていた。
俺は闇の仮面を取り去った。
ごしごしと目元を拭う。
フェンリルに続き、ヘルを討伐。
死者を捕らえ、苦しめていたヘルヘイムは終焉を迎えた。
────パチパチパチと。
その偉業を讃える拍手喝采。
「ボクの望んだ通りになってくれて良かった。何度でもサイコロを振り直せるゲームなんてつまらないからね。1つの駒に1つの命だからゲームは面白いんだ」
俺は声の方へと振り向いた。
そこにはフードを目深に被った貴族の男。
その男は金色の瞳を爛々と輝かせて俺を見ている。
俺はその男を知っている。
ギルドの試験のときにいたあの男だ。
従者が名前を呼んでいた。
確か名前は────
「ロキと申します。はじめまして、闇を操る騎士様」
その男──ロキは突然態度を変えた。
穏和な笑みで会釈する。
「ロ、ロキ様!?」
リーンハルトが叫んだ。
どうやら知り合い?
貴族……リーンハルトの後ろ楯の1人──いや。
「お前が全ての黒幕か」
俺はクレイモアに再び闇を纏わせる。
「アイゼン」
「ああ、こいつだ。こいつが俺を魔物に変えた」
アイゼンに訊くと、思った通り。
こいつこそがきっとリーンハルトを祭り上げ、ヴィルヘルム様を退団に追い込んで。
人々を魔物に変えて混乱を撒き散らした全ての元凶。
俺はついに全ての黒幕と対峙する。




