アイゼン・アサルトアーマード
アイゼンは鉄色の瞳で魔物を見据えた。
全身を鋼のような冷たい輝きに包み、装甲の隙間からは真っ黒な蒸気を吐き出して。
左胸には内部からの光で青紫色に光る黒のゴーレムコア。
全身の至るところから太いボルトのような金属突起が伸びていた。
大きく無骨な拳には幾重にも溝が刻まれ、そこを赤い輝きが走っている。
アイゼンは両手の拳を強く握った。
両腕部から黒い蒸気と共に蒼い炎を噴き出す。
右腕だけに武装が集中していたさっきまでの姿と違い、今のアイゼンは全身が武器。
だけど恐れているのはアイゼンにその人格が残っているかどうか。
「アイゼン?」
俺は静かに声をかけた。
魔物化した時点でその力に溺れて正気を失いかけていたのに、アイゼンはさらに魔物へと深化した。
今のアイゼンの能力はロードナイトやビショップアーキテクトに並ぶほどの力がある。
それに比例してアイゼンの心にどれ程の影響を与えているのかは想像もつかない。
「大丈夫だ、リヒト」
アイゼンが答えた。
「不思議と頭がスッキリしてる。ここ何年も適正者を憎んで力を求めていた俺とは違う。文字通り生まれ変わった気分だ。そして、感謝してる」
アイゼンが俺を横目見る。
それは曇りのないまっすぐな瞳だった。
「アイゼンが人のままで良かった」
「人? 正真正銘の魔物だろ。このゴーレムの身体じゃ、もう心臓の鼓動すら感じない」
俺の言葉にアイゼンは皮肉った調子で言った。
「身体は魔物でも、心は人だ。少なくとも今のアイゼンを見て俺はそう思った」
「……そうか。…………あと、さっきはおぞましいだの化け物に見えるだの言って悪かったな。お前もさんざん悩んできたんだろ」
そう言ってアイゼン俺から視線を外した。
魔物に向き直る。
「気にしてないよ」
俺もクレイモアを構え直した。
同時に魔物に向かっていく。
アイゼンの下肢に並ぶボルトが発光した。
同時にボルドが押し込まれ、ガチンと金属音を響かせて。
蒼と黒の閃光を放ち、弾けるように超重なはずのその身体が軽やかに跳ぶ。
アイゼンが跳躍と共に姿を消して。
残された地面には大きな陥没。
遅れて蒼い炎と衝撃波。
稲光のような勢いで魔物へと向かったアイゼンは次の瞬間、急停止。
膝から伸びる太く長いボルトと足の甲のボルトを地面に穿ち、その勢いを殺していた。
すかさずアイゼンは片足のボルトを解除。
解除した片足を後ろに引き、振りかぶった拳は一瞬で赤熱して赤く燃える。
「爆ぜろ!!」
発光する肘のボルトが押し込まれ、連動して前腕部のボルトが次々と起動。
叩きつけた拳から、一拍の間を開けて爆炎と衝撃が迸る。
強襲して敵を屠る純粋で圧倒的な力。
権能と呼ぶにはあまりにも愚直なその力の名は文字通り『強襲』。
俺はアイゼンにアサルトアーマードの名と力を与えていた。
跡形もなく消し飛んだ魔物の半身。
さらにアイゼンは魔物の頭部を掴むと、指先のボルトを起動。
その頭を握り潰す。
アイゼンは魔物の残された胴をこじ開けた。
檻のようになっていた魔物の肋を砕き、彼の弟を救い出す。
「にいちゃん?」
「もう大丈夫だ」
アイゼンは弟を抱き上げて。
無骨な拳に温もりはもうないが、その頭を優しく撫でる所作には愛情が溢れていた。
「親父とお袋も今、助ける」
アイゼンは片腕で弟を担ぐと、彼の両親を取り込んだ魔物へと走る。
俺も俺の両親を取り込んだ魔物へとクレイモアを振るった。
その腕を斬り落とし、足を断ち斬って闇を奪う。
『その檻から魂を解き放つな。妾の役目を邪魔する事は決して許さぬ』
ヘルが言った。
今も溢れ出す瘴気の闇は量を増し続け、反呪・骸神殿の半分をすでに飲み込もうとしている。
『やむを得ぬ。ニーズヘッグよ。力を貸せ!』
ヘルの呼び掛けに答え、巨大な黒龍──ニーズヘッグが動いた。
その口が裂ける。
口先から頬、喉元、そして胸までが開くと、ヘルの闇がニーズヘッグへと繋がった。
その巨大な口の奥には深淵。
フェンリルを両断した時に見たような膨大な闇がそこには蓄えられている。
俺はヘルから直接溢れ出していた闇へと走った。
その闇を奪いながら両断。
「ビショップアーキテクト、壁を造れ!」
俺が叫ぶとビショップアーキテクトは魔物の骸で築いた神殿を解体。
ニーズヘッグに向かって防壁を構えた。
範囲を捨てて面による防御に特化した構成。
その表面を反転した呪詛と祝詞で幾重にも重ねて覆う。
同時に俺は周囲の闇をクレイモアにさらに収束した。
ニーズヘッグから放たれるであろう闇を超える、極大の斬擊を放つ溜めに入る。
ヘルの治める死者の国──ヘルヘイム。
その闇の全てを集める勢いで俺はクレイモアの暗黒をより深く暗く染めていった。
そしてニーズヘッグから膨大な闇が放たれた。
周囲の景色が歪む。
圧倒的な闇によって光がひしゃげて彼方へと追いやられる。
受け止めた反呪・骸神殿の壁は見る間に瓦解。
俺は闇をコントロールする力は日増しに上がってる。
さらにここは古から滞留する高密度の闇の巣窟。
数秒あれば。
なのに────あと数秒も保たない!
「『滅魔光陣』!」
リーンハルトの光のヴェール。
「うおぉおおおお!」
そしてアイゼンが押し寄せる闇の勢いに壁が負けないよう後ろから支える。
あと少し。
あと少し、なのに。
酷く緩慢に映る視界の先で。
壁はついに倒壊しようと。
「リヒト」
俺を呼ぶ声。
「リヒト」
優しい声で。
「こっちを見て、リヒト」
俺はその声に振り返った。
見せたくなかった闇を操る俺の姿。
その姿と魔物を操る俺を見た両親の目には。
────いつもと変わらない優しい眼差しがあった。




