58話 銅像は
「お帰りなさい。準備しておきましたよ」
彼女の家に入るとそこでは彼女の娘か、年配の女性が出迎えてくれた。
「ふん。サッサと案内しな。アタシたちは疲れてるんだ」
「はいはい、母さんも年なんだから無理しないでね。さ、中へどうぞ」
「あ、失礼します」
「失礼する」
私たちが建物の中へ入ると鼻孔をくすぐる香しい匂いがして来る。そういえば、空腹であったことが思い出される、食欲を直に刺激するような匂いだ。
「おいしそうな匂いですね」
「ふふ、ありがとうございます。たっぷりありますから堪能してくださいね?」
「とっても楽しみです!」
彼女に案内されるままに通された部屋は4人掛けのテーブルと4脚のイス。他にも日常に使われるであろう家具が置かれていた。
だが、大事なのはテーブルの上で、その上には皿や、テーブルから零れ落ちんばかりに料理が山盛りに乗っていて、どれもいい匂いがする。
「お話などは後にして先に食べましょう。折角の物が冷めてしまっては可哀そうですからね」
彼女に言われるままに私の右側にフリッツさんがきて。更に正面に老婆が、そして斜め向かいに娘さんが来るようにして座る。娘さんといっても私たちよりだいぶ年上だけど。
「それでは神に感謝します」
「「「感謝します」」」
私たちは料理にかぶりついた。
それから数十分は絶品の料理を堪能する。どの料理をとっても驚きと美味しさで溢れており、今まで食べたどの店よりも美味しかった。
少しお腹が膨れて来たのでちょっと話して箸休めを。
「これだけ美味しいのは初めて食べました。料理店は出していないんですか?」
返事を返してくれるのは娘さんだ。
「ありがとう。でもこの料理は私や母さんが作った訳じゃないのよ?」
「そうなんですか?」
「ええ、この料理は領主様の所の筆頭料理人が作って持ってきてくれたの。後は貴方達が来るタイミングで温めれば問題ないわ」
「え……領主様ってそんな……高級なんじゃないんですか?」
「そうね。だけど母さんが領主様に頼み込んで何とか作ってもらったのよ」
「頼み込むだけで貸し出して貰えるって……。実は名家の生まれか何ですか?」
「あら? まだ聞いていないのかしら? 家じゃ無くて母さんは元勇者パ……」
「そんなことはいいじゃろうが。こ奴らにそんなことを話しても無駄じゃろう。実力を隠しているCランク冒険者にこれまた実力を隠してFランクなんぞにいるシスターだ。訳アリに違いない。だからいちいち言わなくて知っているだろう?」
「「……」」
どういうこと? このおばあさんは私たちの事を知っている? というよりも私たちは彼女の前で戦ったこと等一度もない。それなのにどうして分かるんだろうか? もしかしてどこかで見張られていたのか?
私はフリッツさんとそろって悩んだ顔をしていたと思う。
「何だい。本当に知らなかったのかい。てっきり訳アリの連中かと思ってたんだけどね」
「どこで……俺がCランク以上の実力があると?」
「アタシ位実力があればある程度はわかる。そもそもアンタらがアタシの実力に気付いていなかったとはね。そんなんじゃこの先やってけないよ?」
「そ、そんなにまずいんですか?」
「……」
老婆が黙ると私たちも釣られて黙ってしまう。そして数秒後に彼女が口を開く。
「ある一定のレベルまで行けば相手の力を見抜く力も必要だからね。ま、言っただけできるものでもない。頑張んな」
「そういう貴方は……」
「アタシは……やめておこう。そんなことを言った所で何にもならないからね。ただ、昨日今日アンタたちが掃除した銅像。そっちの方を話そう。全てが勇者の銅像だよ」
「え」
「そんな」
「信じられないかい?」
「はい」
「ああ」
信じられない。当然だ。勇者の銅像ならば周囲の人達で毎日掃除されるし、あんなに汚れたままになることなどまずない。それどころか教会が出てきて管理を始めるはずだ。そうやって寄付という名の徴収をする。それなのになぜ? という疑問がわいてくる。
老婆が少しだけ寂しそうに語り始めた。
「それはね。あの銅像たちは勇者に話して設置させてもらっただけのものだからね。領主様達に許可は貰っていないのさ。だからあれの存在がバレるとまずい。そんな物がバレれば教会が出てくるかね。だけどここは魔族たちとの最前線。そんな教会に出てこられると面倒な事が起きる。金もない人も多かったからね。だから勇者に許可をもらって銅像を作って、それを周囲の人間で管理するようになった」
「それなら何であんなに汚れて?」
「ここ数十年以上は勇者と魔王が現れなかっただろう? だから勇者への敬意も忘れ去られてしまったのさ。今の勇者も何をやっているか分からない。そんな者達を尊敬等出来るかね」
「それは……」
私は何も言えない。彼は常にサラとディーナを侍らせて一緒にいたし、やりたくない面倒な依頼だと思ったら躊躇なく断っていた。
その時の言い分は『勇者である俺が何でそんなことをしなきゃいけないんだ』だったっけ。
その当時は勇者が言うんだからそうなんだろうと思っていたが、今ではそうやって困っている人を救うのが勇者なんじゃないのか、と思う。
「思えないな」
私の代わりにフリッツさんが答えてくれた。
「そういう訳であの銅像たちはあのままなんだよ。掃除をしようとするのはアタシみたいな年よりばかりさね。といっても年には勝てん。何時までこれが出来るか。だからね。アンタ達には感謝している。これで最後になったとしても、あんなにピカピカな勇者様達を見れてとっても良かったよ」
そう言って笑う老婆の笑顔に私は何とも言えない気持ちになっていた。勇者とはこういう人を救うべきなんじゃないのか。困っている人を救い、助けるべきなんじゃないかと。
その日、私は長い間眠れなかった。
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