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暗示 1

 5日目、3度目の8月21日。珍しく朝美より遅く起きた和志は、どことなくサバサバした表情だ。

 挑戦1週目での敗北は認めるとしても、和志は次の週でのアプローチを視野に入れている。次の週では今回の一週間で手に入れた情報、変化で物事を有利に進められる。その確信からか彼の気持ちは軽くなっている。

 和志は、今回の一週間の残り3日を、余裕をもって有意義に使おうとしている。

 和志は彼らしくなく、リラックスした様子だ。お湯を沸かし、コーヒーを機嫌良さそうに煎れている。朝美は和志の心境の変化、落ち着きが心地よかったが、彼特有の秘めたる棘をも感じ取る。

 だがその棘を和志はひた隠し、パソコンの前に陣取る朝美へ、気軽に声を掛ける。

「そういや朝美。朝美はいつもスティックシュガー丸々一本使っているのかい?」

 和志から投げ掛けられる突然の日常会話。朝美は若干拍子抜けしながらも嬉しくも思う。

「ううん。半分しか使わない。どうして?」

 和志は穏やかな空模様を見て気持ち良さそうだ。朝美の返事を聞くとスティックシュガーを丸々一本使う。

「それじゃあ、俺は全部使おう」

 朝美は口元に少し微笑を浮かべて、首を傾げる。

「甘いもの、苦手じゃなかったっけ?」

 和志は、コーヒーをスプーンでゆっくりと掻き回しながら、蓑島の言葉をマネてみせる。

「『甘いものは、気持ちを和らげてくれる』ってね。そういうことだよ」

 「へぇ」。和志の独特のテンポ、間合いにやや調子が狂いながらも朝美は相槌を打つ。

 ソファに腰掛ける和志は、テレビを点けると情報番組に、一通り目を通していく。

 相変わらず野党議員が「認めた」暗殺未遂事件のニュースが流れている。加えて今日は、彼ら野党議員が「逮捕」される日でもある。和志はニュースの様子を眺める。

「三度も経験すると、驚きもなくなるな。より一層冷静になる。何が起こっているのか。裏で何が行われていたのか。そして俺達は何をすべきかについてゆっくり考えることが出来る」

 朝美は和志の落ち着いた様子に心を弾ませる。

 この戦いは長期戦になる。じっくり構えれば構えるほど勝機が見つかる。朝美はそう踏んでいたからだ。

 和志はホットケーキを一口、口にする朝美に、「それと」と付け加える。

「少し憂鬱な話ではあるけれども、俺達が『繰り返される一週間』に留まる限り、高橋の戦争が起こった世界を見ないで済む。それも……、一つの勝利かもしれないな」

 「繰り返される一週間」に留まる。だからこそ高橋首相の戦争を目の当たりにしない。それは和志が最も嫌がっていたシチュエーションだ。 

 朝美はその選択肢、自分達が取り得る選択肢の一つをも、和志が視野にいれていることに、驚くと同時になぜか安堵もする。

 なぜならばそのシチュエーションが訪れる。あるいは受け入れざるを得ない場合もあるかもしれないからだ。和志のある種の覚悟と、彼が立てた今後の見通しを耳にし、朝美は応える。

「そうね。少し悲しくもある勝利宣言だけど」

 和志はあれ程激しかった感情を不思議と鎮めている。だが次の一語は、朝美を不安にさせるに充分だった。

「だろう? だからこそ、だからこそだ。俺は身を犠牲にしても、『何か』をやるかもしれない。その『何か』はまだ今は分からないけれども」

 「身を犠牲にしても」。その言葉が朝美の胸に棘のように突き刺さる。高橋首相の戦争を見ない選択肢がある。だがやはりそれを和志は受け入れるつもりはない。そのことが朝美にはよく分かった。

 朝美は和志に何か、言葉を掛けようとしたが、いい言葉が見つからない。ただ戸惑い、少し俯くだけだ。

 屋外は霧が晴れかかっている。青い空には太陽が輝いている。その爛々とする様は、まるで和志がのちのち、手をつけるかもしれない「何か」について暗示しているようでもあった。


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