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 8月21日。和志は、早朝から、林檎をかじりながら、ネットでの情報収集に励んでいた。テレビからは子供向けの体操番組が流れている。

 朝美は、最早、役割分担の一つになったのか、手料理一つ出来ない和志のために朝食を用意している。朝美はネギを刻みながら考えを巡らし、独り言を零していく。

「ネットで記事が検閲されて、即削除されるのは分かっている。それを何度も繰り返すのが果たして賢い方法なのか」

 朝美は、最も効果的なタイミングで、情報を拡散する時と場所、サイトをイメージしていく。朝美の料理の手は滑らかだ。

「私の未熟なハッキングの技術でも政府の公式サイトくらいにはアクセス出来るかも。ややもすれば記事を混入、改竄させることも可能」

 朝美の集中力と分析力は、冴えている。休まない調理の手がそれを象徴している。

「政府のサイトにアクセスが集中するタイミングは」

 そこまで考えを進めて、朝美は居間へと向かい、朝食を配膳する。和志も一休止するつもりのようだ。目頭を押さえて食卓に向かう。

 朝美のシミュレーション、思考実験。取り得る限りの選択肢。考えの整理が出来た朝美は自分のアイデアを和志に話し、彼の意見を聴く。

 和志は散り散りになっていたイメージを纏めていく。

「最適のタイミング。それはやはり……」

 朝美と和志の思う所は同じようだった。二人はほぼ同時に言葉を重ねる。

「高橋首相開戦演説と同じ時間帯」

 期せずして最後の七日目が、ネットで情報を拡散する機会だと、二人は知ったようだ。

 一週間の間に試す様々なアイデア、アプローチ。その結果が出るのが、「繰り返される一週間」の最後の一日だとは、二人は劇的な感慨、衝撃を感じる。

 和志は味噌汁を口にすると、少しリラックスしたように、朝美にリクエストする。

「辛めだなぁ。味噌汁。もう少し味噌を少な目にしておくれ」

 二人にもたらされたチャンスは「一週間の間だけ」。だが、その「一週間」は何度でも訪れる。その事実が二人に幾許かの余裕を与えている。

 朝美は笑顔で返す。

「分かったわ。あ・な・た」

 朝美の冗談に和志も笑う。朝食が終わればまた過酷な情報戦、駆け引きが待っている。そう思うと二人は徐々に気を引き締めていく。

 二人の前には策士として戦争に突き進む高橋がいた。

 午後、野党議員逮捕のニュースが流れる中、増川から連絡が入る。

 電話に出た和志の様子からして、それは嬉しいニュースのようだった。和志の顔に精気が宿る。

「不破さんが加藤という人物と接触? ひょっとしてそれは、特別高等警察長官の加藤宗孝ですか? そこまではわからない。はい、はい。分かりました」

 和志の胸の高鳴りが、声の抑揚から充分に、朝美には伝わってくる。和志は何度も頷きながら増川に返答する。

「昨日から不破さんの部屋に盗聴器を。ありがとうございます。不破さんの裏切りは嘘偽りない事実です。不破さんは、必ず今回の一週間でも何らかの動きを見せるはずです」

 和志と朝美に与えられたチャンス、一週間は、今日を入れた残り四日。それなのに和志は「今回の一週間でも」と確かに口にした。

 それは和志が、次の一週間、次の一週間を視野に入れている証拠でもあった。

 通話を終えた和志は、機嫌がいい。一つ、状況を有利にさせる情報を手に入れたからだ。和志は両手を嬉しそうに広げる。

「増川さん。不破さんが、加藤という人物と接触したことが分かったらしい。明るい兆しだ。大きな手掛かりになる。増川さん、盗聴器を仕掛けてくれていたんだな」

 増川の手回しに、そう感心する和志に、朝美は納得顔だ。

「残り4日間では無理でも、その情報は次の一週間に役立つわね。和志」

「そう、その通りだよ。朝美」

 和志はそう言って席を立ち、屋外を覗き見る。そこには、前の一週間前と同じようにトンボの群れが飛んでいる。

「濃霧に、季節外れのトンボ。麗華。不思議な街だ」

 その時は、和志にはまだ余裕があった。少なくともこの時点では。和志はその後、戦いがより苛烈になるのを予想だにしていなかったのだ。


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