リスタート 1
和志と朝美は帰宅すると、雨をタオルで拭い、体を温める。二人の心持ちは穏やかではない。
ただ一つ気掛かりなのが、「繰り返される一週間」がどう始まるのか、だった。
何が。一体どのようにして。
午前0時。二人は居間でテレビを見守る。高橋首相開戦宣言のニュースも一段落し、華やかな音楽番組が放送されている。
揺れる羽根の衣装を纏う女性シンガー。澄みきった歌声。フラッシュする光。
二人の心情と対比を成す光景を前にして、和志は時計の秒読みを始める。
「5、4、3、2、1」
「0」。和志がそう口にした瞬間、女性シンガーの衣装から、羽根が舞い落ちて、彼女は消えた。
一瞬のノイズ、砂嵐のあと、テレビは、日銀総裁辞任の報を伝えるニュース映像に切り替わる。
日銀総裁辞任。それは、一週間前にテレビを賑わせた最も大きなニュースだ。テレビの日付は、確認すると8月17日。
それは一週間が繰り返された証だった。
和志は黙して語らない。繊細で。ナイーブで。時に衝動的で。その和志が口元に仄かな笑みを浮かべている。
彼は決意を胸に秘めたように口にする。
「ここからが、勝負だ」
朝美は、和志の猟奇性さえ見せる瞳を、傍から見つめるだけだった。
翌朝。和志より少し早めに起きた朝美は、朝食の準備を始め、和志が目覚めるのを待つ。
和志は昨日の疲れからか、8時過ぎまで眠っており、中々起きてこない。
9時頃、乱れた髪の毛、乱れたシャツで居間へと出てきた和志は、いつも通りのニュースを無感動にしばらく見つめる。
「おはよう。和志」
朝美は、そう一言添えて、和志に料理を持て成す。
虚ろな瞳の和志だったが、食事を採るごとに精気に満ちてきたようだ。鋭い瞳に変わる。
「今日、彼女、簑島さんがまたこの家に来てくれるだろう。その時、これから俺達はどうするべきかを話し合おう」
「そうね」。頷く朝美もそのつもりだった。まだ簑島に確認したいことが幾つかある。
その上、和志と朝美の知らない麗華の「仕組み」もまだあるかもれしない。そう思うと蓑島を頼らざるを得ない。
窓の外では小鳥の囀る声が聴こえている。暗殺決行へと向かった「あの日」もこんな穏やかな陽気だった。
朝美はそう強く胸に振り返っていた。
正午過ぎ、彼女、簑島薫はやってくる。両手にお手製のシフォンを持って。
和志は蓑島を出迎え際、苦笑いとも取れる笑みをふと零す。
「シフォン。一か月に一度くらいで充分ですよ」
蓑島は、和志の物言いを、軽く笑って受け流す。
「一週間が始まったのを、確かめるには最高でしょう」
「それはたしかに」
半ば呆れ顔の和志を差し置いて、蓑島は朝美の招きに応じて居間へと向かう。
朝美が紅茶を用意すると、蓑島は前二回の8月17日と同じようなペース、テンポでケーキを配膳していく。
はなからシフォンなどに興味がない和志は、早速本題に入る。
「で、俺達はどうすればいい? どうすればこの『繰り返される時間』から抜け出せるんだ?」
蓑島は、ケーキを朝美と和志に勧めて、淡々と話し始める。それは彼女が孤独の1年間を過ごし、知り得たことでもあるようだった。
「抜け出す方法。一つは次の『麗華の虜囚』が生まれるのを『待つ』こと」
朝美が少し考えを整理する。
「『待つ』? いくら待っても『外の世界』では一週間を境に、同じことが繰り返される。じゃあ何らかの干渉が必要?」
「『一面』その通り。あなた頭の回転が早いわね」
蓑島が機嫌良さそうに言葉を返すと、和志が疑問を一つぶつける。
「『一面』? 干渉する以外にどうしたら『麗華の虜囚』が生まれるんだ?
」
蓑島は軽快だ。話を噛み砕いていく。
「高橋首相の戦争が始まった世界はたしかにどこかで進行している。そのことにはあなた達も気付いたわよね」
「はい。前回の一週間でそのことには気付きました」
朝美が答えると、蓑島は満足げだ。
「その時に同時進行する時間、場所が無数にあるとの考えには至らなかった?」
和志は少し苛立たしげだ。
「難しいな。だがそういうニュアンスの話は朝美もした」
「それなら分かってきたかしら? 私は無数にある時間、場所の一つ。あなた達が、高橋首相暗殺を試みた時間、場所に助けられた、ということに」
朝美は考えあぐねる。
「それは、つまり」
「そう。あなた達が『麗華の虜囚』になることで、私は外の世界に干渉せずして解放されたのよ」
和志は一つ、大きく息を吐く。
「その手の話はよくわかった。同時進行する時間、場所が無数に存在する。それはそれでいい。今は大して重要じゃない。要するにあんたは『待ち』続けた。だが俺達には『干渉』という違う方法がある。そう言いたいんだな?」
和志が訊きなおすと簑島は答える。
「そう。分かってくれたわね。あなた達は『待つ』ことをよしとしない。だから干渉して『時間』を動かすしかない」
「そのためには?」
前のめりになって和志は訊く。蓑島は一度シフォンを頬張ると答える。
「この『繰り返される一週間』の間に、次の『麗華の虜囚』を作り上げなければいけない。加えて」
和志と朝美は見えてくる全容を前にして、若干戸惑い気味だ。蓑島は話を続ける。
「あなた達は高橋首相の戦争が始まった世界には行きたくはない。だから」
そこまで聞いて和志は閃いたのか、話を引き継ぐ。
「高橋首相の戦争を止め、次の『麗華の虜囚』をも生むシナリオを作らなければいけない。そういうことだな」
蓑島は、落ち着いた様子の和志に頷いてみせる。
「だけど難しいわよ。一週間経てば、『外の住民』はみな8月17日と同じ状態に戻るのだから」
一息置いて、和志は与えられた条件を噛みしめる。
「期限は一週間」
和志は覚悟を決める。朝美も同じ思いだった。その二人に蓑島はアドバイスをする。
それは蓑島が、高橋の戦争をよしとしないことをも表している。
「まずは高橋首相の戦争を止めることを念頭に置いてみて。時間が動きだしても、戦争が始まってしまっては元も子もないのだから」
蓑島の言葉に、和志と朝美の二人は自分達の原点を見る想いでいた。




