第四章<蠢く闇の前兆>
そして放課後
昨日と同時刻、あたしはまた窓の外を眺めていた。
「ふふん、いいざまね。」
昨日と同じように、また美智子は人相の悪い女生徒に取り囲まれている。
が、昨日と違う様子が二つあった。
昨日は明らかに怯えた様子で顔が引きつっていたにもかかわらず、今日はむしろ嬉々としているようにも見える。
それに…。
あの娘、顔つきが変わったわ。
そう、朱に交わればというやつね。
美智子は自分自身も同じ色に染まれば、自分の身を守れるとでも考えたのかしら?
でも、それは大きな過ち。
そんな事をしても、なんの解決にもならない。
そればかりか、下手をすれば何かあった時にはスケープゴート[生贄]にされてしまう。
あぁいう手合いの連中は、そうやって自分達にとって都合のよい手下を集めて自分達の力を誇示したがるものなのにね。
可哀想な美智子。
そして、哀れで愚かな美智子。
でもお生憎様。
あたしは貴女に同情こそすれ、その渦中から助けてあげようなんて情けをかけたりしないわ。
自分の撒いた種は、自分で刈り取らなきゃいけないのだから。
ふふっ。
うふふふふっ。
最近のあたしは、どうかしている。
まるで心が壊れたような気分。
でも何故か、気分がいいの。
あたしは吸血姫。
所詮、人間とは永遠に相容れない存在なのだから。
あたしは心の闇に飲まれてゆく美智子を見つめながら、悠然と人工血液缶を飲みほしていた。
「さて。
授業も終わったのだし、退屈な学校から立ち去るとしようかな。」
あたしは席を立つと、鞄の整理を始めた。
「上条さん!
上条…、美夜さん。」
もう二度と関わるまいと思っていたのに、遼太郎くんは性懲りもなくまたあたしに声をかけてきた。
ちょっと惜しい気持ちもあるけれど、あえてあたしはその呼び掛けには応じなかった。
「ちょっと、待って下さいよぉ。」
しつこいわね。
遼太郎くんは校門にまで、あたしを追いかけてきた。
いくらあたし好みの美少年といっても、こうまでしつこいと流石に苛立ちが先に来る。
「いい加減にしないと、本気で怒るわよ?」
あたしはあまりにもしつこい遼太郎くんを、思わず鋭い目つきで睨みつけた。
すると、あたしの意思が伝わったのか、遼太郎くんはその歩みを止めた。
「あたしは吸血姫。
そして、あなたは人間。
どうあがいても二つの異なる種が交わる事なんて…。」
と言ってて気付いた。
遼太郎くんが切なそうに、そして悲しげな顔をして涙を浮かべている事に。
「どうして…。
どうしてそんな悲しい事を言うんだよ。
だったらっ!
だったら…、僕の血を吸って君と同じにしてくれよ。」
ふふっ。
あははははははっ。
あたしは笑わずにはいられなかった。
人間とは、どうしてこうも身勝手なのかしら。
あたしに犯罪者になれ、とでも?
ひとたび人間の血潮を食んだら、恐らくあたしは二度と人工血液なんて口に出来なくなる。
「あなたには、美智子がいるのでしょう?
彼女と幸せになれば、良いのよ。
彼女は貴方を兄としてではなく、1人の異性として愛している。
だったら、その思いに応えてあげればぁ?」
そう。
そうすれば、あたしはもう貴方達に巻き込まれる事はなくなる。
「美夜さんは、惨い人だ。
僕の気持ちを知っていて、それでもそうやって突き放すんだ。」
ふぅ。
どうして、わかってくれないのかしら?
それが貴方達にとって最善の道だというのに。
「あたしは確かに、吸血鬼。
でも、いわゆる映画などで有名な吸血鬼[ヴァンパイア]とはちょっと違うの。
何故なら、あたしには人間を感染させて闇の顕族とする能力は持っていないから。
しいて言えば夢を見せてあげられるぐらい、かな。
これでもう良いかしら?」
校門に佇む遼太郎くんには悪いけど、あたしはもう振り向くつもりはなかった。
「う…むぐっ!」
なに?
なにやらただならない気配を感じたあたしは、思わず校門を振り返った。
するとそこにいたのは、遼太郎くんの口をハンカチで押さえて抱きしめる美智子と、その仲間だった。