第四章<切なき憎悪>
「遼太郎兄さん!」
ふと彼を呼ぶ誰かの声に気付き、あたしと彼は一緒に反対側の廊下を見た。
「あぁ、美智子ちゃんじゃないか。」
ふぅ~ん。
妹にちゃんだなんて、本当に仲の良い兄妹なのね。
でも美智子の顔色は明らかにおかしかった。
その瞳は兄である彼よりも、むしろあたしに向いている。
「兄さん、帰るわよ?」
と言ってすぐさま美智子は彼の手首を握ると、物凄い顔つきであたしを睨んだ。
「美夜っ!
優しくしてあげたと思ったらつけあがって。
まさか、わたしの遼太郎兄さんに色目を使うなんて!」
はぁ。
あたしが悪いっていうのかしら?
「美智子、あたしは無実なんだけど?」
「美智子ちゃん、僕が美夜さんに告白したんだよ。」
へぇ、彼は遼太郎だっけ?
あたしを庇ってくれるのね。
でも美智子は、まるで聞いてはいないようだった。
「遼太郎兄さんには、わたしがいるじゃない!
そんな女ともう関わらないでよね。
美夜っ!
もう、あんたとは絶交よ。
やっぱりあんたは、吸血鬼だったんだね。
でもね。
遼太郎兄さんはあんたなんかには、絶対に渡さないから!」
そう言うと、2人は階段を下りてあたしの前から消えた。
「はぁぁ。
呆れたを通り越して、溜め息しか出てこないわね。」
なんとも凄いブラコンだこと。
まぁ、別にいいけどね。
もう二度とあの二人に関わる事はすまいと、あたしは心で決めた。
良かった。
これで、良かったのよ。
変な友情を抱いていたら、あたしはまた心に深い傷が出来る所だったもの。
あたしは美智子との仲がまだ浅かった事を、心の底から安堵した。
何が友情よ、くだらない。
どの口で、そんな事を言ったのかしら美智子は。
やっぱり人間ってくだらない。
取るに足らない生き物なんだわ。
それにしても…。
ふと空を見上げると、もう夕方になっていた。
綺麗な少年だったわね、清水 遼太郎くん。
あの紅顔に、こぼれそうな麗しい笑顔、そして真紅の唇…。
ブラコンの美智子には勿体ない。
けど、まぁいいわ。
もう人間なんかに振り回されるだなんて、まっぴらごめんよ。
妙な気分。
スッキリしたようで、それでいて切ない。
あたしと友達になりたいって言った美智子。
そして吸血鬼である、あたしを好きだと言った遼太郎くん。
こんなにもあたしの心をざわつかせた人間は、本当に久しぶりね。
でも結局は、人間との蜜月なんて束の間の戯言でしかなかった。
そんな人間と吸血鬼が共存繁栄だなんて、それこそ虚言と妄想の産物なんだわ。
あたしはもう、二度と人間なんかに心を許したりしない。
そう、もう二度と!
それを再確認し、あたしは帰宅する事にした。
上条家
「本当に嫌になるぐらい、大きな屋敷。
今はお洒落な洋風住宅が主流だというのに。」
と、心の中で嘯いていたけど、あたしはこの上条家の和風の屋敷が好き。
この鯉を飼っている大きな池も、昔ながらの縁側も。
科学が進んで今は、様々な工夫が織りなされた家が多い。
無人タクシーや、宇宙光発電によって得られた膨大なエネルギーによって、スペースコロニーの建造も計画されている今のご時世に、まだこんな時代錯誤な和風建築なんて、もはや有り得ないもの。
それもうちが、かつて旧華族の末裔だったから、かしらね。
「お姉ぇちゃぁ~ん!
おかえりなさぁい。」
あたしを見かけた美紅が、不意に窓から顔を覗かせて手を振ってきた。
「全く、本当に能天気な娘。」
でもちょっと心に穴の開いた気分だった今のあたしには、少し癒されたような気がした。
家に入ると、あたしはさっそく曽祖父であるおじい様に顔を見せに行った。
上条 定森。
なんでも、とてつもなく古い時代から生きてきた一族の長老様。
妹の美紅は、あたし達一族の寿命は200年ぐらいしか生きられないと思っているようだけど、あたしは知っている。
曽祖父であるおじい様が何故、後少ししか生きられないのかを。
それは、他ならない人間のせい。
なんの力もない非力で無力な人間が、人間でありながら人間を襲う吸血鬼から自分達だけで身を守りたいという身勝手な願いを聞き入れて、曽祖父様が作り出した家宝の刀に力を吸い取られたから。
あたしは、優しいおじい様が大好き。
だから余計に許せないのよ、人間という存在が。
なのに馬鹿な吸血鬼世界連合政府は、相も変わらず人間達の味方をしている。
それが本当に、あたしには腹立たしい。
「帰っていたの、美夜?」
お母様。
「貴女は本当に、おじい様がお好きやさかいな。
でも、静かに眠らせておいておくれやす。
もう、おじい様が目覚める事はないのやから…。」
そう言うと、お母様は嗚咽を漏らして部屋から出て行った。
なによ…。
お母様だって本当は、人間を憎んでいるくせに。
「お姉ちゃ…、ん?
泣いているんですか?」
心配そうに見つめる美紅。
でも今は、そんな美紅さえあたしを苛だたせる存在でしかなかった。
「五月蠅いわね、美紅!
どっか行きなさいよ!」
ふっ、いけない。
美紅には、なんの罪もないというのに。
「うわぁぁぁぁん、お姉ちゃんの馬鹿ぁ!」
あたしに怒鳴られた美紅は、泣きながら廊下を走っていった…、んだけど。
あ、また転んだ。
本当に、しょうのない娘。
一体何にけつまづくって言うのかしら?
あの娘のドジさ加減って、誰に似たのかしらね。
「うふふっ。」
なんか、あの娘を見ていると不思議と笑顔になれる。




