短編1<藤田 春樹の憂鬱>
東京…
警視庁刑事部にある、アブジー特務捜査課の一室
「ふぅ。」
心地よい朝の光が眩しい爽やかな日だというのに、俺はまたも凡ミスをやらかしたパートナの尻拭きをやらされていた。
俺の机には、いつもの如く書類が山積している。
ただでさえ多忙だというのにその上、苦情だのクレームだのが俺を苛んでいる。
これも全て…。
俺の隣で呑気に昼寝を決め込んでいる、能天気な上条 美紅というお気楽なパートナーが日々生み出しているのである。
あまりにも無防備で無邪気に眠っているアホぅに腹が立った俺は、思いっきり息を吸いこんだ。
「こぉぉぉぉの、ドアホぅがぁぁぁ!」
特務捜査課の、日和見主義な課長の所にまで届く大声で、俺はアホぅを一括した。
「はっ!
何々?
地震なの?」
アホぅが。
いっそ地面にめり込んでしまえばいい。
最早、怒りを通り越して溜め息しか出てこない。
「はぁぁぁぁぁ。
おいアホぅ、今は仕事中だ。
しかも…。
出勤して早々に居眠りとは、どういう了見だ?
いい加減にせねば、そのうち本当に職務からはずすぞ!」
と俺は精一杯、怒ったのに馬耳東風。
馬の耳に念仏。
こいつはきょとんとした顔で、俺の顔をみながら首を傾げている。
どうせこいつ事だ、俺がなんで不機嫌なんだろう?ぐらいにしか思っていないのであろうな。
その証拠に、次はへらへら笑いだした。
こんな顔の時の言い分は、いつも決まっている。
「吸血鬼だから、朝は弱いの、か?」
「吸血鬼だから、朝は弱いのよぉ。」
ほらな!
いい加減、耳にタコが出来る。
俺は落胆しながらも、かなり頭にきていた。
だから、今日は戒めの意味も込めて厳しく怒ってやろうとしていた。
「春樹って凄ぉい!
なんでなんで?
なんで私の言葉がわかるの?
ひょっとして春樹ってば、エスパーとか!」
はぁぁぁぁ。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて、怒る機会を逸してしまった。
というか、もう怒る気にもならん。
「藤田くん、ちょっと。」
俺がガックリしていると、不意に特務捜査課アブジーの課長が俺を呼んだ。
普段は昼行燈で通っている人なだけに、俺は訝しげに思った。
「行ってらっしゃぁい。」
こいつだけはっ!
俺が呼ばれるという事は、お前の不始末が起因しているとか思わないのか。
思う訳がないのであろうな。
その証拠に俺が席を立ったのを確認すると、アホぅはまた性懲りもなく居眠りを再開させたのだ。
「はぁぁぁ。
何故俺は、このように不憫な思いをせねばならんのだ。」
本当に、憤りを覚えてならない。
課長室の前まで行くと、俺は聞き覚えのある懐かしい笑い声を耳にした。
「失礼します。」
中へ入ると、そこにはかつての上司である木戸課長が笑顔で俺を迎え入れてくれた。
「おう、藤田 警部補!
随分と見ない間に、幾分痩せたんじゃないか?」
相変わらずオールバックに涼やかな顔の、ロマンスグレーが似合う人だ。
幾分?
冗談ではない、相当の間違いだろう。
「アブジーは多忙を極める職務ではありますが、それなりにやりがいはあります。
ただ、どうにも疲労がたまる要因もありますので。」
ふん、俺もとんだお人好しだな。
はっきりと名前を出してやっても良かったのだが、これは言わば武士の情けというものだ。
かたや、アブジー特務捜査課の課長はウキウキとしている。
「課長、いつになく随分とご機嫌ですが何かありましたか?」
と俺が訪ねると、課長は待ってました!とばかりに瞳を輝かせた。
「実はな、藤田警部補。
俺はこのたび、所轄移動となったんだ。
で、新たに配属されたアブジー特務捜査課の新課長がここにいる、お前のかつての上司という訳だ。
木戸 孝義課長。
お前のよく知る上司が新たな上司なのだから、さぞ嬉しかろう?」
ふん、なるほどな。
それはさぞや喜ばしい事なのであろう。
これで問題児である、あのアホぅに悩まされずとも良いのだから。
残り少ない頭髪も、もうこれ以上抜けずに済むだろうしな。
「おめでとうございます。」
と俺は皮肉たっぷりに言ってやったのに、課長は笑顔で手を振りながら課長室を後にした。
「さて、藤田警部補。
就任早々だが、俺はいくつかの改革を考えている。」
ほぅ。
「で、それはどのような?」
と俺が訪ねると、木戸課長は勿体ぶって咳払いをした。
「ごほん、うん。
それは、だな。
現在アブジーは人間と吸血鬼とでパートナーを組み、一対となって個々に事件の捜査をしている。
だが、それではアブジー全体としての纏まりがない。
そこで、俺はアブジーをいくつかのブロックに分けて班分けしてしまおうと思っているのだ。
勿論、藤田 警部補には班長を務めてもらう。」
ほほぉ。
ま、俺は別に昇格なんぞに一切の興味もわかないし野心もないがな。
しかし俺に期待しているというのなら、なってやらん事もない。
そうなれば、あのアホぅのお守りも分担出来るし。
「さらに言うと、俺は班ごとにチーム名も設けようと思っている。
ずばり!
藤田 警部補のチーム名は吸血鬼戦隊 アブジ…。」
「辞退させて頂きます!」
俺は木戸課長の話の腰を折って、速攻で昇格を蹴った。
冗談ではない!
なんで俺が、そのような道化を演じなければならんのだ!
というか、この人は警察をなんだと思っているのか。
「ははは、まぁ君ならそう言うと思っていたよ。
心配するな。
挨拶がわりのほんの、軽いジョークというものだ。」
おいおい…。
木戸課長の厳格で威厳のある課長像が、俺の中で崩壊していくようだ。
「なるほど。
俺のかつてのパートナー、鳴海 総一郎さんも特撮好きな節があった。
言わば、貴方と鳴海さんとは特撮マニアとしての繋がりがあったのですね。」
と俺が言うと、木戸課長はすぐさま反論をした。
「おいおい、奴と俺とを一緒にしないでくれたまえ!
俺が好きな特撮は戦隊もので、奴は仮面…。」
「どうでもいいです、そんな話は。」
あまりにも馬鹿馬鹿しい熱弁に、俺はすぐさま手でストップをした。
はぁ、疲れた…。
「まぁ、そういう訳で俺が新たなアブジーの課長になったので宜しく!」
俺が落胆しながら課長室を出ようとした時に、きりっとした顔で言ったのだが…。
今となっては手遅れと言わざるを得ない。
「失礼します。」
俺は軽く会釈をして、課長室を後にした。
「ふん。
一つだけ得たものがある。
それは、憂鬱という貴重な体験をしたという事だ。
だが…。
なんだ、この徒労感は。」
俺は、さらに頭痛の種が現れたような気がして前のめりに倒れこみたくなった。




