文芸部だけど本を読まない河田先輩
「あれー?1人?」
部室の扉を開けるなり、2年の河田先輩が僕に言った。
「はい。」
僕は内心の"見りゃ分かるだろと"という嫌味を飲み込んで、読んでいる本から目を離さず端的に返事をした。
「そっか〜。」
ゆるい口調で返事をしながら、部室に入ってくると、なぜか沢山ある空席を無視して僕の隣の椅子に座った。
「あの、たくさん空いてますけど。」
さすがにうざすぎて抗議すると、すでにスマホ片手に、さぞびっくりした顔で僕を見返す。
くそ、こっちを至近距離で見るな。
「ん?そうだね?…で?」
「いや、なんでわざわざ隣。」
僕は、視線であっちいけよとばかりに離れた空席の椅子の方を見る。
「あー、なるほどなるほど。でもここが1番陽が当たって気持ちいいから。」
河田先輩はそれだけ言うと、そのままずるずると姿勢を崩してスマホの画面に集中する。
僕は無言で荷物を持って離れた席に移動するが、河田先輩は何も反応しない。
というかたぶん気づいても何も思っていない。
僕は腹を立てるのも悔しくて、新しい席でもう一度読みかけの本に集中する。
本に集中すれば波だった気持ちもすぐに収まってくる。
河田先輩とは、僕が大学の新入生歓迎会でもみくちゃにされている時に初めて会った。
何枚目かも分からないチラシを渡され、どこを見ても人人人。
人混みに流されている間に、ここがキャンパスのどこかも分からなくなり途方に暮れている時、彼女はふらりと僕の前に現れた。
「おつかれ〜、人やばいね〜」
とあまりに自然に話しかけてきて、もともと童顔で背の低いその人を、僕は同学年の誰かかと思ってしまった。
「こっち人少ないし、落ち着けるよ。」と言葉巧みに連れていかれたのが、今居る文芸部の部室で、気がつけば僕は入部届を出してここに居着くようになって早半年が過ぎていた。
しかも、のちのち知ったのだが、河田先輩なる人は、文芸部のくせに一切本を読まない。
部室に居座ってはスマホをいじるか、たまに飲み会に参加するだけという、不良部員だった。
まぁ大学の部活に、不良も優等生もないので、僕以外は誰もそこを気にしたりしていないようだ。
むしろ誰ともほぼ交流しないで、本ばかり読んでいる僕よりはよほど正しい大学生なのかもしれない。
しかし僕が正しくない孤高の大学生活を送ることには理由がある。
なのに
「…お腹減った。」
「…。」
「青木ー、お腹減ったよ。学食行こ〜。」
「僕は減ってないんで、1人で行ってください。」
「うどん一緒に食べようよ〜、昨日給料入ったから奢ってあげるよ。」
貧乏が、全ては大学生の貧乏が悪い。
僕はむっつりと不機嫌な顔のまま、鼻歌を歌いながら学食に向かう河田先輩の後ろを歩いている。
河田先輩はこうしてちょくちょく僕をごはんに連れて行く。
「辛いカレー食べようよ〜」
「肉まんとピザまん両方食べたいけど、2個食べると太るから付き合って〜」
など。
しかもよく奢ってくれる。
河田先輩曰く、割りのいいバイトをしているし、奢るのは僕くらいなのでお金に困っていないらしい。
色んな疑問が駆け巡ったが、質問するのも悔しくて何も聞かなかった。
今更蒸し返してさらに聞けない。
「きつねうどん二つくださ〜い」
僕の趣向など確認せずきつねうどんを頼む河田先輩。
トレイを受け取る俺を見てから
「あ、きつねだったよね?」
と。
「まぁ、好きですけど、きつねうどん。」
と、答えると「よしよしー」と勝手に満足そうな笑顔を向けてくる。
なんなんだよ、こいつほんと。
甘いお揚げに罪は無く、美味しかった。
2人ともその日はもう講義が無く、自動的に一緒に帰る流れになってしまう。
秋が近づいてきて、陽が落ちるのが早くなり、構内も疎な照明が立っているところをのぞいて、そこそこ暗くなっている。
うちの大学はそれなりに広い敷地面積があり、この時間ともなると、まばらに散った生徒たちはほとんどお互いに姿を見かけない。
「暗いね〜」
バス停に向かって歩いている道も、僕と河田先輩しかいない。
バスの時刻表を見ると、行ったばかりなのか次のバスまでかなり時間がある。
これだから郊外は。
僕と先輩は並んでベンチに座り、僕はさっきの続きの本を読んで、先輩はまたスマホをいじる。
しばらくそうして静かにしていた。
「ねえねえ」
本に没頭している僕に河田先輩が急に話しかける。
ちょうど内容が主人公が追い詰められる切迫した場面だったのでかなりびっくりする。
「さすがにここだと光ってるの目立つかも。」
「…は?」
「バスの運転手さんびっくりすると危ないからさー、それって自分で消せるの?」
何を言ってるんだこの人と、じっと河田先輩を見ると、河田先輩もこっちをじっと見て、彼女の顔がいつもよりさらに白いし、瞳がキラキラしている。
暗いはずなのにハッキリ見える。
そして先輩は小さな声で「あ、さらにまぶしっ」と言った。
僕はまさかと思って自分の手を見た。
発光していた。
ものすごく、暗い周囲の中で、僕が光っていた。




