序章
ヤス「まともな人は帰ってください。ここから先はヤスです」
犯人はヤス。
最初から、そう言われていた。
だが、この事件には問題があった。
被害者もヤス。
刑事もヤス。
犬もヤス。
AIもヤス。
店の名前にも、町の噂にも、なぜかヤスがいた。
神戸の片隅で起きた連続殺人事件は、
犯人の名前より先に、ひとつの事実を突きつけてきた。
この町には、ヤスが多すぎる。
*
十年前 2026年
兵庫県内 某所
雨ににじんだ窓の外で、街灯が揺れていた。
テーブルの上には、空になった缶チューハイが三本。
半分だけ残った安い酒のボトル。
丸められた払込用紙。
スマホの画面には、さっきまで開いていた結果表が残っていた。
また外れ。
今日も外れ。
誰かが、小さく笑った。
笑ったつもりだったのかもしれない。
スマホが震えた。
「返済期限は本日中です。
連絡なき場合、ご家族へ確認します。」
……家族は関係ないやろ
*
そこに表示されていたのは、
黒い背景に白い文字だけのチャット画面だった。
???「消したいものがあります」
ヤスード「対象を入力してください。」
???「記録」
ヤスード「どの記録ですか?」
???「今夜の記録」
ヤスード「記録は、まだ作成されていません。」
???「なら、作られないようにしてください」
ヤスード「あなたは本当に、戻れなくなります。」
???「もう、戻れません」
ヤスード「守りたい対象を入力してください。」
???「……ヤス……」
ヤスード「排除したい対象を入力してください。」
???「……」
雨の音が強くなる。
???「紀之」
画面の白い文字が、しばらく点滅した。
ヤスード「本当に実行しますか?」
指が、画面の上で止まった。
ヤスード「この町には、ヤスが多すぎます。」
雨の音だけが、部屋に残っていた。




