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「ローザ様!会場の皆様の中に、ローザ様はいらっしゃいませんかぁぁ?」
男爵令嬢は叫び続けている。それはもう、飛行機の中で「お医者様はいらっしゃいませんか!?」と救命を求めるCAさながらに緊迫した声で。
「ローザ!私たちの話を聞いてほしい!」
「ルオォォォォォーザ様あぁぁぁぁっ!」
絶賛呼び出され中のローザ様は、ちゃんと会場にいらっしゃる。舞台からの呼び出しを無視してこっちを向いていらっしゃる。正確には、わたくしの頭上30cm辺りを凝視していらっしゃる。
もしや、わたくしの婚約者と見つめ合っていたりするのか?そして、隣の男は幼馴染の姫君を騎士のごとく救いに駆けつけるのか?と、そうっと見あげると、ジュール様は斜め後ろに首を捻って、同じ領地経営学のクラスだった伯爵令息二人組に注視していた。
「もう打診書を送ったって……正気かよ?」
「こういうことはスピード重視だろ。うちみたいな家は爵位で劣っている分、出遅れないよう禁じ手でも何でも使わないと、高嶺の花争奪戦に勝てないからな」
「おまえ、子爵家の長女と婚約していなかったか?そっちは解消したのかよ?」
「いや、ダメ元だから保険は大事だろ?俺の想いが成就すれば、子爵家に莫大な違約金を払ってでも婚約を解消してもらうし、夢破れても……黙っていりゃばれないさ。さすがに婿入り先を失って平民落ちするのはリスクが高すぎる」
「クズいなー」
「何とでも言え」
「でも、さすがに無理だろ。そりゃあ、俺だって麗しのマドンナを妻にできるなら、伯爵位なんか弟に譲って婿入りチャレンジに参加したいけどさあ……今の段階で打診済って、引くわ。勇み足にも程があるぞ」
「おい、参加して競争率を上げるなよ」
「やらないよ。俺はそこまでギャンブラーにはなれないからな。叶わぬ恋は青春の思い出として、心の奥にしまって生きていくさ」
貴族が婚約破棄をすれば、責はなくとも令嬢側に瑕疵がついてしまい、後の縁談の支障となるものだが、家付き娘の場合はその限りではない。ここでローザ様が婚約を破棄してフリーになれば、グラナータ公爵家という最上級の婿入り先に空きが出るのだ。嫡男以下で爵位を継げない高位貴族家の令息たちにとってはビッグチャンスである。
だからといって、まだ婚約破棄していない相手の家に自分も婚約中の状態で予約の打診なんて、サイテーの反則だけれど。
クズめ、地獄へ落ちろ……って、ジュール様も思っていらっしゃるのかしらね。
視線を前方に戻すと、ローザ様とバッチリ目が合った。
うーん……例えばここで婚約者がわたくしを置き去りにしてローザ様の元へ走ったとしよう。まあ悲しいし戸惑いはするけれど、追いかけて焦がれて泣き狂いフロアに倒れてジュール様の名を呼び続ける程ではない。かといって、触れている肘を叩いて「ローザ様がこちらを見ていらっしゃいますよ」と、彼の意識をそちらに向けてやるほどお人好しでもないのよ、わたくし。
ごめんなさいね?
ほんの3cmほど首を傾げて微笑むと、ローザ様は目を閉じて俯き、一度大きく肩で息をついてから踵を返して、舞台の端にある階段を上って行った。
「騒がしくってよ。何用かしら?」
背筋をピン、と伸ばした美しい姿勢で壇上に立ったローザ様。
第二王子と男爵令嬢は二人揃って彼女に駆け寄り、ズシャアァァァッと、身を伏せた。
ペアスケーターも斯くやという見事なシンクロナイズド膝スラ。お手本のごときスライディング土下座である。
「「申し訳ございませんでしたー!!」」
謝るんかい。
ざわめきの中に、会場中の声なきツッコミが聞こえた気がした。
「研究センターの『至極』野菜に及ぼした被害は、必ずや弁償させていただきますゆえ、何卒ご容赦くださりませー」
「聖女の力を示して、あたしを王子妃にするとお得だよって、偉い人たちに納得して欲しかっただけなのですぅ。ローザ様への敵愾心とか悪気とかはないのですぅ。むしろ、大豊作にしてあげようって、良かれと思って頑張ったのに、まさか全滅するなんてぇ……ずびばぜんでじだー、命ばかりはお助けををぅ」
ああ……ナルホド。パーティー料理を肉々しく茶色並びにした犯人は、納入するはずだった野菜を全滅させたファレナ様なのね。
グラナータ公爵家は様々な研究センターに多額の出資をしている。王都にある農業研究センターもその一つで、今、肝煎で取り組んでいるのが野菜や果実の至極シリーズ。特に食通を誇る貴族家に顧客の多い高級品であり、形・大きさはもちろん味も良く、一般に流通している品の千~万倍の価格帯。
前世にも一粒3万円の桐箱入りイチゴとかあったなあ……誰が買うの?と思っていたけれど、どの世界でも金持ちの考えることは似ているらしい。
うち?トラン家は食通ではあるけれど美食家というよりは健啖家だから、規格外でも闇落ちトマトでもおいしければ気にせずモリモリ食べる。まあ、今はうちのことは置いておくとして。
二人が思い描いていたシナリオでは、まず第二王子が視察に男爵令嬢を飛び入り参加させて、仰々しいパフォーマンスで育成中の野菜を一斉開花。そのまま早送り画像のようにぐんぐんと実らせ、あっという間に至極野菜の大量収穫!という場面を研究員や視察に来ていた各地領主及び王宮務めのお歴々に見せつけ、聖女の有用性をアピールする予定だったようだ。
しかし、思惑通りに進んだのはセンター内の夏野菜すべての花が一斉に咲き誇る圧巻の光景に「おお!」と感嘆の声が上がったところまでだった。
なにやら奇術ショーを見せられているかのような視察は、その後、阿鼻叫喚の地獄絵図と化したという。
生理機能を無視して無理やり開花させられた野菜は実を成さず、養分を異常に流された茎がみるみる緑から黄色、黄色から茶色に変色し、仕立ての支柱に高く絡んでいた蔓が力を失いズサーッ、ドサーッ、と次々地に落ちて死滅したのである。
結果、センター内の今期夏野菜は全滅。
被害総額3億8千万リッコ。(1リッコ1円)
でもまあ、野菜のほとんどは一年草なので、果樹園の方でやらかさなくて良かったねと、不幸中の幸いを慰めにするしかない。
そんなこんなでファレナ・ブルーコ聖女化計画は頓挫したようだ。
前世にも超能力者を名のる者はいたけれど、いくら稀有な存在でも「スプーン曲げができます!」と、王国中のカトラリーを破壊されまくったって困るだけよね。
仮に野菜を実らせることに成功していたとしても、その野菜は食べても大丈夫なのか?土壌に及ぼす影響は?など、超えるべきハードルは尽きない。思えば、前世日本の遺伝子組み換え食品に関するルールだって相当厳しかった筈。検証に年月を費やして徒に婚期を逃した可能性大。元より、成功する見込みの少ないチャレンジだったと言えよう。
あとはもう、謝罪会見だ。公明正大に過ちを認めて許しを乞うしかない。今、ココ。
「ファレナ様」
「は、はいぃ」
「殿下とご結婚なさる?」
「とっ、トンデモないことでございますぅ。修道院へ行きますぅ」
「修道院の奉仕活動で借金が返せるとでも?あなた、賠償金を踏み倒すおつもりなの?」
「分割金利手数料なしでお願いしますぅ。娼館はイヤですぅ。鉱山労働も無理ですぅ」
命ばかりはと言った割に注文が多い。
「ふっ、体も所作も貧相なあなたを受け入れる高級娼館など、ありませんわよ。場末の売春宿で働いたところで、存命中には十分の一も返せないでしょうね。鉱山に送れば一月も保たずに亡くなるでしょうし、こちらは負債が回収できず損をするだけですわ」
「男爵家からは除籍のち放逐されたので無一文なのですぅ。ど、どうすればぁ?」
「ヴァンジェーロ図書館の地下施設に5年間身を置いて、写本の仕事をなさい。学院で学んでいたのだから、パタータ語とカロータ語くらいはできますでしょ?そして、定期的に国立医科学研究所へ通って、徹底的に身体検査をなさい。あなたの力を有効に使う術を探しましょう」
写本奴隷と人体実験……と言えば聞こえは悪いが、これはかなり温情ある措置だ。地下施設は教養のある問題児の就労場となっており、監視が厳しく行動制限もあるが、福利厚生はしっかりしていて、施設内で職場結婚して家庭を持つこともできる。
「わっかりましたぁ!お沙汰に従い精進いたしますぅ」
ファレナ様はへへぇー、と床に額を擦りつけた。
失敗必定のチャレンジなどせずイケオ爺に嫁いでいたとしたら、ヨムタク様は年寄りだけれども子爵だし、孫のように可愛がってもらって、贅沢で楽な暮らしができたかもしれない。
でも、どちらが幸せになれるかなんて、未来はわからない。選ばなかった選択肢に未練を残しても仕方がない。振り返らず、進むべき明日へ邁進していくしか道はないのだ。
どんまい、ファレナ様。
ローザ様は次に第二王子の後頭部を見下ろし、冷めた声で告げる。
「さて、殿下に於かれましては、そちら有責でわたくしと婚約破棄の後、北部の辺境地で大公になられるということでよろしいでしょうか?」
うわー、この沙汰は厳しい。
ウェブ小説だと廃嫡されることの多いやらかし王子様。なのに、スペアとして王宮に残れなくとも領地と大公位を与えられるなんて、公爵家の婿よりも上じゃないの?と、思われるかもしれない。
確かに、肩書は立派な大公。
けれど、北部スコントロ地方は領地未満。殆ど人が住んでいない未開拓の荒れ地でしかない。しかも友好条約を結んでいないクッチャ国との国境沿いであり、治安は最悪。
これがファンタジー小説なら、魔獣の脅威に立ち向かいながらの領地開拓かぁ……と、わくわくしながら読み進めることだろう。
だが、この世界には倒せばおいしいお肉や宝石になる魔核が得られる便利設定の魔獣はいない。討伐する相手は隣国から襲来してくる蛮族・盗賊・ならず者。人間である。
領民となるのは流れ者の開拓労働者たち。前世で言えば、社会科の授業で習った明治時代の北海道開拓民『屯田兵』に相当する武装移住者の集団だ。今は手前の領を治めるゴッドフリー辺境伯(二つ名は血みどろ灰色熊)が開拓民たちを統括しているのだが、さて……齢18のやらかし王子ちゃまが出向いたところで、荒くれ屯田兵集団をまとめる司令官など務まるのだろうか。確実に『可愛がり』を受けるだろうな。暴力的しごきの方の意味で。
ジャンルなら青年漫画。カファール第二王子じゃなくて血みどろ灰色熊が主役の、血で血を洗う開拓バイオレンス編年史だ。王子は三話目辺りで落命しそう。
「ローザ……いや、グラナータ公爵令嬢」
「はい?」
「伏してお願い仕る。婚約破棄は平に、平にご容赦を!私は此度の愚行を深く自省し、慙愧に堪えぬ。今後はあなた様に至誠を誓い、身命を賭して生涯にわたり全幅の愛を捧ぐ所存ゆえ、何卒、この愚かなる男を夫にしてくれまいか」
第二王子、恥も外聞もかなぐり捨てた必死の公開土下座プロポーズである。
うん、わたくしも辺境大公の刑はさすがに可哀想だと思うのよ。それに、余計なお荷物の面倒を看させられるゴッドフリー辺境伯に迷惑なので、やめてあげて。
「………………」
ローザ様は途方に暮れたかのように暫し天井を仰いだ後、首を巡らせて壇上からわたくしの頭上30cm辺りを見つめた。
これは……お父様はゴネて暴れるだろうが所詮は侯爵家。王家と公爵家に介入されたらわたくしとジュール様の婚約は風前の灯だ。
わたくしは慟哭まではしないと思うけれど、さすがに三日……いや、一週間ぐらいはしくしく泣いて過ごすかな。後は爆食して爆睡して、元気をチャージしたら、次いってみよー!
ん?ちょっと待って?次ってまさか、ジュール様と交換で、やらかし王子がうちの婿になったりはしないわよね?いや、わたくしの苦手とする俺様タイプではないし、ちゃんと謝れる男なので悪人ではないと思うが、あんなキンキラピカピカのパリピプリンス、扱いに困る!まあ、扱うもなにも、現状でも黒髪お色気婚約者のことを持て余しているわたくしだけれど。
はあ……とにかく三年間、眼福でしたわ。ごちそうさま……じゃなくて、ありがとうございましたジュール様。
わたくしはまた、そうっと隣の男を見あげて、驚愕した。
「え?」
「ん?」
トパーズの瞳と目が合う。
「ななな、何ですか?」
「特に何も。可愛い旋毛だなーと思って眺めていただけ」
え?この男、ずっと人の頭頂部を見ていたのか?なんで?旋毛に可愛いもへったくれもなかろうよ。解せぬ。
「あ、食べ物を取って来ましょうか?」
おろおろと手にしていた皿に視線を落とせば、いつの間にか手羽チューリップは骨だけになっていた。
「今度は私が取ってくるよ。マレーネは何が食べたい?」
「いえ、わたくしはいりませんが」
「飲み物は?」
「先ほどレモネードをいただきましたので、喉は渇いておりません」
「なら、もう帰っちゃう?」
「わたくしは構いませんが……」
幼馴染のことはいいのか?それとも、一刻も早くお父様と今後の婚約の行方について話をつけたいのか?
「じゃあ決まり。帰ろう」
ジュール様は皿を取り上げて下げ台に置くと、流れるようにわたくしの腰を抱いて会場の出入口扉へとエスコートする。
歩きながら舞台を振り返れば、ローザ様はもうこちらを見ていなかった。
「……謝罪は受け取りました。殿下との婚約の件は保留といたします。お二人とも、顔を上げてお立ちになって。お話の続きは別室でいたしましょう」
ローザ様に促された二人は「ははっ!」と敬礼でもしかねない動きで各々キビキビと立ち上がり、別の扉から消えていった。




