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【短編】悪役令嬢になれと言われたので遂行します  作者: 三木悠希


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1.本当の悪役は誰か

誤字脱字ありましたら報告お願いします。

 婚約者であるフィッセルから日課の王宮庭園散歩に誘われ、陽光の下、二人仲睦まじく歩いていたはずだった。

 

 フィッセルがエリンにあることを告げるまでは――。

 

「エリン、君との婚約を解消したいんだ」

 

 そう告げられた時、エリンはなんの冗談かと頭が真っ白になり、喉から乾いた笑いが一拍遅れて込み上げてきた。

 

「はっ………………どうしてですか?」


 フィッセルはこの国の第一王子でありながら親しみやすい人間だ。だからきっと、殿下の戯れだろうとその言葉の真意から目を逸らし、芝居を打つように眉を下げて上目遣いで殿下を見つめる。

 でもいつもなら茜色の瞳には必ずエリンが映っているのに、今日は何故か映っていない。

 

 心の奥で、砂嵐が吹き荒れ始めた。

 

 どこかいつもの殿下と違う。いつも愛おしそうな眼差しをするフィッセルが、今日はエリンから目を逸らしたまま静かに言葉を続ける。

 

「君よりも大切にしたい人ができた」

 

 その一言が、庭園の空気をまるごと変えた。

 

「…………え」

 

 声が出なかった。いや、出せなかった。

 フィッセルとの婚約を決めたのは四年前のことだ。養父である伯爵と、フィッセルの利害が一致したための婚約とは言え、共に過ごした日々の中でエリンは確かにこの人を信じていた。何かいいことがあれば真っ先に話したいと思ったし、嫌なことがあれば隣にいてほしいと思った。それがいつしか当たり前になっていた。


 その当たり前が、今足下から崩れ落ちていく。

 

「大切にしたい人、とは……」

「アズモンド侯爵令嬢だ」

 

 アリシェル・アズモンド。その名前を頭の中で反芻する。

 アリー。エリンの友人だ。フィッセルの婚約者になる前からの、伯爵家で過ごしていた時代からの数少ない友人だった。そして親友だった。

 

「……冗談、ですよね」

「冗談ではない。可憐で、花畑で幸せそうに笑う姿に、一目惚れしたんだ」

 

 フィッセルの声は穏やかだった。

 怒っているわけでも、焦っているわけでもない。ただ静かに、揺るぎなくそう言った。その揺るぎなさが一番堪えた。

 

「アリーとは一体いつから……」

「それは関係ない」

「関係ない!?」

 

 思わず声が大きくなった。庭園に響いた自分の声に、エリンは少し驚く。

 フィッセルはそれでも彼女を見なかった。

 

「エリン、君は魔法使いだ。俺の婚約者である限り、その力を永遠に眠らせることになる。それは君にとって良いことではない」

 

 魔法使いは貴族と婚姻を結べない。だがその素性を隠してまでエリンを王子妃に召し上げた。エリンにもそうしなければならない理由があったから受け入れてここまでやってきた。

 自分の人生を賭けてここにきたのだが、それがどうやら伝わっていなかったらしい。

 

「それは最初からわかっていたことです」

「俺はそれを良しとできなくなった」

「殿下の都合で決めないでください!」

 

 口から溢れ出てくる言葉は止められなかった。

 

「私が何を諦めて殿下の隣に立ってきたと思っているんですか。魔法使いは貴族と婚姻を結べない、それでも私はここにいることを選んだんです。殿下と共に歩んでいきたいと思ったから、殿下と共にあれるならきっと勝てると信じてここに……」

「……これで君の好きな魔法が存分に使えるようになる」

「十年魔法使いだからと家で冷遇され、四年普通の令嬢を演じた。いまさら、夢を追えるねですって? あまりにも都合が良すぎます」

「………………」


 フィッセルはばつが悪そうに視線を下へと流し、眉を顰めた。

 

「それに今更、アリーを好きになったから終わりにする? そんな理由で今までのことを全部なかったことにするんですか?!」

 

 フィッセルはしばらく黙っていた。

 風が吹き、庭園の花が揺れ、花弁がはらりはらりと揺れながら落ちていく。いつもと同じ庭園なのに、今日は何もかもが遠い場所にあるような気がした。

 

「すまない」

 

 殿下の声は、低く、静かだった。

 

「ははっ…………私が、邪魔になったんですね」

 

 エリンはそれだけ言って、踵を返した。涙が出そうだったから、顔を見せたくなかった。なるべく瞬きをしないようにしながら、まっすぐ前を向いて歩いた。



 + + + 


 

 自室に戻っても、頭の中がうまく整理できなかった。

 アリシェルに会いに行くべきか、それとも会わないべきか。陽が傾いているというのに夕食を食べる気分にもならない。

 ぐるぐると考えながら窓の外を眺めていると、扉をノックする音がした。

 

「エリン、入ってもいいかしら?」

 

 その凛として澄んだ声色はアリシェルだ。

 扉を開けるとそこにいたのはいつも通り、自慢の金髪を結い上げた姿の友人で、その顔を見た瞬間に言葉が出なくなった。

 

「聞いたのね」

 

 アリシェルは静かに言った。肯定とも否定ともとれない顔で、ただまっすぐエリンを見ている。

 

「どうして……アリーが殿下を」

「好きになってしまったものは仕方がないわ」

 

 アリーの声はいつもより落ち着いていて、どこか他人事のようだった。

 

「貴女に黙っていたことは謝る。でもエリン、正直に言うわ。わたくしは殿下の隣に立ちたい。それに、元はわたくしが婚約者候補の第一位でしたもの。それをあろうことか女狐に獲られたの、その時のわたくしの苦しさがわかって?」


 そんなことを思っていたとは微塵も知らなかった。

 確かにエリンと同年代の女性の中で一番高位なのは侯爵家のアリシェルだ。

 

「…………」

「……貴女とわたくし、どちらが殿下に相応しいかは、わたくしの方が少しだけよくわかっているつもりよ。それに……、魔法使いを隠して王子妃になるなんて、結局自分を苦しめるだけよ」

 

 その言葉が、静かに刺さった。

 親友だと思っていた。何があっても味方だと信じていた。なのに今、この人はエリンの婚約者を奪おうとしている。

 

「そう」

 

 エリンはそれだけ言った。それしか言えなかった。


「もとに戻るだけなのだけれど、納得がいかない? 今この場で、殿下の気持ちがどちらに傾いているかはっきりさせましょう。そうすれば貴女も後腐れなくここから出て行けるでしょう?」


 アリーの口が弧を描き、白く細い指が花瓶へと伸びる。その指は微かに震えているように見えた。


「わたくしって、殿下にとって、高嶺の花だったみたいなの。貴女のおかげでね」


 アリーは花瓶を艶やかな金の髪の上でひっくり返した。

 水が花瓶から滝のように流れ、エリンの髪色と同じ真っ赤な薔薇の花がアリーの足元へと落ち、空になった花瓶はアリーの足元へ投げられた。

 

「なにするの、貴女花が――」

「ひっ……きゃあっ!」


 悲鳴と共に花瓶の割れる音が部屋に響いた。

 

「アリー!」

「どうした、アリー!」


 エリンが駆け寄ろうとすると、聞き馴染みのある声が背後から飛んできた。

 振り返らなくとも、その声の主が誰だかわかってしまう。花瓶の割れる音に引き寄せられたのか、それとも見せしめでアリーが連れてきていたのか。

 アリシェルに真っすぐ駆け寄った殿下の後頭部を見る目が潤む。殿下がどんな顔でアリシェルを見ているか想像できてしまい、思わず二人を引きはがそうと手が伸びる。


「殿下……」


 邪魔者が二人の仲を引き裂けば、もっと自分が醜くなってしまう気がして手を引っ込めた。そうして震える手を抑え込むように握る。

 次々と侍女たちが部屋に駆け込んできて水をふき取り始め、チラチラと何もしないエリンを横目で見ていく。


(…………この部屋は私の部屋なのに、他の誰かに入室を許可されたのかしら)

 

 駆け足の彼らが通り過ぎると、風でエリンの長い赤髪が揺れる。

 

「殿下、女性の部屋に無断で入るなど無礼ですよ」

「なにを今更。アリー、大丈夫か」

「エリンに水をかけられたんですっ、わたくしのことが気に入らないって……」

「可哀想に……、寒いだろう。今すぐ着替えに私の部屋へ来い」

「ううっ……うっ、ありがとうございます……」


 あまりにもタイミングが良すぎる殿下の登場、アリシェルの口ぶり、急に目移りしたという殿下の言葉。花が嫌いなはずのアリシェルが、花瓶に手を伸ばしたこと。

 

 殿下の贈り物である赤い薔薇を地面から拾い上げると、棘が手のひらにチクチクと刺さった。


「殿下、私を嵌めましたね」

「エリン」

「なんです」


 振り向いたフィッセルは、何かを確認するようにエリンを足元から見ていく。

 

「……そなたはこの部屋から出るな。追って沙汰する」

 

 そう言ってフィッセルはアリシェルの肩を抱く。

 アリシェルは殿下の腕に寄りかかり、殿下の歩幅に追いつこうと小走りしている。それをジッと眺めていると、おもむろにアリシェルが振り向き目を伏せながら慰めにもならない言葉を発した。

 

「貴女は悪くないわ、全部、あの人が悪いのよ……」

「あの人……?」

「エリン様、薔薇をこちらに」

「あ、えぇ……ありがとう」

 

 続けて何か言いたそうにアリシェルは口を開きかけたが、後片付けに来た侍女に阻まれ、結局それ以上言葉を交わすこともなく扉は閉められた。

 その場に残ったエリンは一人で見送るしかなかった。


「お可哀想ね」

「当然よ。邪魔していたのはエリン様らしいわ。アリシェル様の侍女がそう言っていたのを聞いちゃったの」

 

 侍女たちの好奇の視線を気にする余裕もなく、エリンは、窓の外の庭園をまた眺めた。

 頬を流れる一雫の涙が落ちたと思えば、とめどなく溢れ出た。


 ――これが殿下の策だとも知らずに。


 




読んでくださりありがとうございます。続きますのでそちらもよろしくお願いします。

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