最終章 8.
8.
装甲化トロール2体が前へ。
『関西』が飛び出していく。その手の中には、大陸勢から没収した呉鉤と呼ばれる刀剣と同じく越王勾践剣と呼ばれる名剣の姿かたちを真似た大陸剣が両手に収まっていた。
いつもの日本刀ではなく、中国剣の二刀流。
「装甲化トロールに、日本刀はもったいないわな。こないな時は軍刀みたいな量産品タイプの日本刀欲しいなー」
『現代化刀剣類』に芸術品と量産品の区分けなんてろくに意味は無いのだが、日本刀に美術的な要素を求める人はいる。
そんなことを愚痴りながら、まずは投石。ハンドタオルのような布を振り回し石をトロールの頭部へ。
「真正面から切りかかったら、死ぬ。当たり前のことやね」
投石を正面から受けたトロールは、結果的に視線を『関西』から外した。
『関西』のブーツが、トロールの右手に乗る。気づいて振り回そうとするが、すでに宙を舞っている。呉鉤がトロールの口の中に投げられた。
口の中で刃物が暴れる。高振動ブレードとしての機能が、歯を顎を骨を揺らし切って揺らして。
トロールの頭頂部に小さなナイフが突き刺さる。『オキタ』から借りた投げナイフを突き刺し投石に使った布をひっかけ、『関西』がそのまま己の全体重をかける。
トロールの右腕を駆け上がる勢いのついた『関西』の全体重が頭頂部に
「はい、まずは1体」
『関西』の全体重がいきなり頭頂部に駆けられるとともに、エビぞりになるようにトロールが背後に倒れ、そのまま越王勾践剣もどきの刀身がトロールの首に突き刺さった。
トロールの体重が、1本の直刀を自らの首に突き立てた。
『 は?』
大陸の言語がわからないものでもその声の意味は分かる。困惑だ。
2体目のトロールは『関西』に比べれば時間がかかった。
いちちゃんが取り出したのは、『機械式合成弓』。弓矢というのは、弦の調整次第で威力・速度調整が容易く行える。
少しだけいじって、弓を射る。
装甲化トロールの8メートルの巨躯を射るには威力は弱く、おまけにトロール本体には当たらなかった。ワイヤーが矢についているがそれだけだ。
そして2射目。それだけで、トロールの足がもつれた。ワイヤーに足をとられたのだ。そんでもって3射目。
銃弾に比べれば低速の弓矢の3本目に仕掛けられているのは発煙筒。鼻のあたりに着弾。煙が顔を覆いつくした。
「あとは、ちょこちょこっとワイヤーを追加しますですから……」
気付いたらトロールが無数のワイヤーに絡まり、横倒しに倒れ、かといって周囲を見渡して状況を把握することも出来ない状態になっていた。
発煙筒の煙をどうにかしようともがけばもがくほど絡まったワイヤーが装甲化トロールの動きを封じていく。
「本当は色々と結び目とかも工夫したいんですけど、そこまでやるのって難しいです」
単にワイヤーが絡まっているだけなので、ひょんなことでほどけてしまうものでしかない。
だから、
「『オキタ』さん。貸してくれます?」 「イェア!」
渡されたのは『単分子ワイヤー』とそれに取り付けられた棒状のデバイス。
後は同じことが繰り返された。気が付けば、単分子ワイヤーによって、装甲化トロールが徐々にばらばら遺体に変貌していくのみ。
さすがに完全にそうなるには数分の時間がかかるが、少なくとも十数秒程度でトロールは脱出出来ないだろう。つまり、実質的に倒されたも同じだった。
「『【 はぁ? 】』」
大陸勢、日本勢、そしてついでにカメラドローン越しに一連の流れを見ている全員が思わず口から漏らした音声だ。つまりは、超困惑。
一連の作業は30秒程度の時間で同時進行で行われた。
結果、どっちを見てもあれほど苦戦した、或いは明らかに苦戦必須の8メートルのでけぇ化け物が2体出オチする瞬間を半分くらいグロ画像の状態で見る羽目になったわけである。
【カロリーワン焼き肉】
こいつって、なんかヤバいって言われてる奴じゃなかったっけ?
【SSSSSiackpot】
SEEって変な能力を使う個体。鉄砲が効かなくなる。
逆の能力を持つ個体もあって、その場合、刀剣が効かなくなる。
【Tライザー買い占めた奴をぶっ飛ばしたい@パレロ推し】
やっぱりAI捏造か、こんな簡単に倒せるわけないだろ!!
『 クソが!』
状況の異常さに真っ先に動き出すのは、『大尉』という大陸側の傭兵集団のリーダー格。
まだ装甲化トロールのSEEは機能している。だから、使うのは質量ではない攻撃。
『――【雨傘】を稼働します』
合成音声のナビゲートの声が『大尉』を案内する。
小型のドローンが2機ほどジェットエンジンの音をかき鳴らしながらインファイトフレームから飛び出る。
大陸製のインファイトフレームは、4メートルほどの大きさにところどころ紅の装飾が目立つ。そんなインファイトフレームより飛び出したドローンは鏡のようなものを展開している。
何かの駆動音が鳴り響き、そしてそれは動き出した。
『 照射』 『――認証。照射します』
眩い一筋の光線が複数本見えた。本来ならば見えないはずなのに。ビーム攻撃だった。ただし、一直線に突き進むはずのそれが数度となく曲がる。
12本の光線がまるで意思があるかのように曲射し気付けば着弾音の轟音が聞こえる。いや、着弾というよりは焼き切って燃える音か。
12本の自由電子ビームを曲射して狙った場所を狙うビーム兵器。それが『雨傘』。
『――照射終了。冷却開始』
何が起きたか、それを目撃した人の殆どは理解できなかった。いや、理解は数秒の遅れを伴ってやってきた。
―― 『聞こえるか!? 迫撃砲がやられちまった!!』 『こちらCP! 20ミリ機関砲が停止! 繰り返す。20ミリが停止! 今すぐ誰か状況を報告せよ!』 ――
防御の要が吹き飛ばされた。『村井』が無線の声を聴きながら思わず後ろを振り返る。『代々木ダンジョン村』を守る中核だった軽迫撃砲が置いてあったはずの場所が
轟々と燃えている。弾薬の引火したのかもしれない。
「『村井先輩』……!」 「クソッ、どうあがいても本物の軍事兵器。自衛隊を出さなきゃ何も出来ないじゃない! 県警本部のお偉方が溜息をついちゃう!」
「先輩…………」
『村井』の言葉に真っ先にため息が出たのは後輩『加西』であった。いやまぁ、警察と自衛隊は正直微妙な関係を持っている事は確かだけど、別にこういうときまであれこれ言うわけじゃないのだ。お偉いさんの愚痴が増えて終わるだけだ。
そんな警察組と、彼女たちの会話に耳を傾けている冒険者一同とはまさに違った反応を示す4人組がいる。
「アメージング、so cool」 「『オキタ』……そういう反応はちょっとどうかと私でも思うよ?」
「いやいや、めっちゃかっこええやん」 「えぇ……」
男子……いや男児組と女子組で『雨傘』に対する反応の違いは分かりやすかった。きらきらした目で曲がるビーム兵器を見つめるその視線はすごくかっこいいロボットアニメを見ている少年たちの瞳だった。対して少女たちの目線はそんな男児組を冷めた目で見ている。
「で、そのビーム兵器を見せびらかして、それで終わり?」 『 まさか、これを見てそんな言葉が出るとはな!』
銃撃。インフレスーツを装着している『大尉』側の発砲。高射機槍、51口径と俗称で呼ばれる12.7ミリ重機関銃。
しかし、その銃弾は『部長』に吸い込まれるように突き進んでまったくの致命打にならない。
「『関西』!」 「あいよ」
いつの間に仕込んだのか。それは『関西』が用意した幻影だった。幻影を撃ち殺したところで、何も起きないのは当然。
そして『関西』がその手の中に『アメリカ製:P.F.式45口径拳銃』を握る。
45口径とはいえ所詮は拳銃弾。45ACPにやれるような装甲ではないインファイトフレームの後方に向けて銃撃。
『大尉』のすぐ後ろで発生したモンスターは拳銃弾により中途半端に活性化して暴れまわる。
『 何っ!?』
そこに気を取られている隙に『部長』と『関西』のコンビが接近。薙刀と日本刀、ライフルと拳銃が迫る。
『大尉』はインフレスーツを使うとき、35ミリ機関砲を主兵装としていた。今は12.7ミリだ。理由は単純。銃剣さえつけてしまえば、こういう輩と殴り合えるからだ。
薙刀の矛先と銃剣が打ち合う。図らずも一種のつばぜり合いの形となる。
そのまま発砲。その反動と射線に入ってはいけないが故に『部長』の体が動く。というより、薙刀が動く。
(日本剣術の弱点だ。奴らは鍔迫り合いというものはなるべく避けるべきだと考える)
『大尉』は、そこに勝機を見出した。つまり、銃撃で接近拒否。接近されたら積極的に鍔迫り合いに持ち込む事で、相手に仕切り直しさせる。
「銃剣はバカにされがちだけど、ものすごく強い武器で便利なツールだよ」
唐突に『部長』は語りだす。薙刀を繰り出しながら彼女は口を開く。本来ならおしゃべりしながら武器を振り回すのはダメな行為なのに。
「相手を威嚇するのに銃口より切っ先の方が有効だし、そもそも距離が離れれば撃てばいい、距離が短ければ刺突すればいい。そういう風に選べるのは強みだよ。
でも……練習が足りないね」
薙刀の刃を銃剣で跳ね上げる。跳ね上げの防御。すかさず、銃口を彼女に向けて発砲しようとしたところで、薙刀の石突、すなわち刃の反対側が銃身をぶったたいて明後日の方向に銃口を向けさせる。
「だから、こういう風に胴体をガラ空きにする」
『部長』の片手に握られた物は『日本製旧式:旧軍式対戦車手榴弾』。本土決戦用に考案されたものでその形状はお椀型に紐がつけられている。
紐を振り回して投げ、HEATの要領で接着した戦車装甲を吹き飛ばすという武器。
それはまずいと、インフレスーツの倍力機構を全開に『大尉』は銃剣付き重機関銃を振り回し、後ろに下がる。
小さな爆発
一番分厚い腹部装甲版が吹き飛んだが、致命傷は避けた。
『 やってられるか! 照射しろ!』 『――冷却強制終了。出力50%にて照射開始』
6本の自由電子ビームがインフレスーツの背部に備えられた円盤状のユニットより放出され、それぞれが弾道軌道を描くように曲射していく。
尤もそれは一瞬の光だ。見てわかるようなものじゃない。
だというのに
(何故だ……!?)
「距離を取ったらそれを使うって誰でもわかるでしょ。なら、ちゃんと防御しなきゃ」
無数の自由電子ビームが通った後はきれいに色々なものが焼き切れ時に吹き飛ばされている。
なのに、肝心の『部長』に届いた形跡はない。わからない。わからない!! 手段がわからない!!
『 上尉!!』
赤い髪がトレードマークのサイボーグが叫びながら駆けつけてくる。西洋式の薙刀、グレイブを今度は武器として使用しているサイボーグ『赤髪』はそのまま『部長』に対して片手で散弾銃をぶちかます。
そんな『赤髪』に向かって飛ぶのは一本の矢。グレイブで矢を叩き落すが、その矢にはダイナマイトらしき爆弾に火のついた短い導火線が!
『『 クソが!』』
それを見ていた『村井』にとって、その風景は異常の一言だった。
『大尉』とやらがインフレスーツより取り出したものは中に5個の綺麗な宝石のような結晶が収められた箱だった。
人型兵器の鉄の指で箱に備えられたボタンを押す。その瞬間、宝石の一つが小さな爆発によって砕けて――――世界が変わった。
すべてがスローモーションとなる。『村井』の顔に流れる汗粒が地面に落ちるまでにかかる時間がすごく長くなって。
空気が重くて、
腕時計の秒針は進まない。
体は動かず、時間だけが過ぎていく。いや、時間さえもまともに動いてはくれない。思考時間の長大化? いや違う。そう、これは――――
――――なんで体が動かねえんだよ。
PC画面の前でコーラをとろうとした腕が動かない。山際という男は今、そんな状況にあった。
面白そうな配信者を探した結果、ネットで半場炎上しているチャンネルにたどり着いた。
「すげぇAI加工だな」
笑いながらそのチャンネルの配信をつけてみればいかにもなフェイク映像。いるのだ。ダンジョンには貧乏人は入れないし、金持ちだって『第1階層』でgdgdしているだけだ。
結局のところ見るものはほとんどない。鍾乳洞みたいな空間が広がっているだけの世界で大して凄くもなんともない連中がアバターの機能だけ使ってワイワイしている。
そんなものを見せられる視聴者の側もすぐに飽きる。だから、AI加工が流行った。そして、もっと飽きられた。
「今時こんなものをする奴らいるんだねぇ。炎上売名目的か~?」
そして、コーラに手を伸ばし見ていた配信画面に映るのは大陸のインファイトフレームが奇妙な箱を取り出しボタンを押す瞬間。宝石のようなものが砕け散って、動けなくなった。
PC画面の時計は動かない。
配信画面だけが動いている。この事態を引き起こしたと考えられるインファイトフレームだけが、この異常事態の中を普通に動いている。
(なんだよコレ! 何が起きて!?)
(いや、マジ?)
大学の研究室でスマホ片手に休憩していた久子は秒針は動かないのに時間だけは過ぎる……いや、単に自分の脳みそだけが動いている状況に心当たりがあった。
『時間構造結晶体』。ダンジョンで稀に撮れる希少品。
端的に言えば、1秒を10秒にする効果を発揮する1回使い捨て品。
破壊したら効果が発動し、破壊した当人だけが1秒を10秒に引き延ばした空間を自在に動くことが出来る。破壊の瞬間を見てしまったものは脳みそだけがその空間を認識できる。
(えっ、ちょっとまって。つまりこれって……)
結晶体が壊れる瞬間を自分は確かに見た。配信画面の向こうでインフレスーツという略称で呼ばれがちなインファイトフレームが動いている。
宝石らしきものが収まった箱のボタンを押して、5つある宝石の一つが小さな爆発と共に砕けた瞬間をスマホ画面越しに。
(つまり、これはガチでマジでマジのリアルタイム配信……? AIでフェイクを入れる余地なんて無い感じの……)
その日、その瞬間、とある動画サイトのある配信を見ていた世界中の人が、1秒が10秒になる現象を知覚した。
【カロリーワン焼き肉】
今の何!?!?!?!?!?!?
【SSSSSiackpot】
たぶんじかんこうぞうけっしょうたい
【Tライザー買い占めた奴をぶっ飛ばしたい@パレロ推し】
え?
【走れ月光君】
何があったんだよ!?!?!?!?!?!?!
10秒と化した1秒が終了した瞬間、動画サイトのコメント欄が阿鼻叫喚となるが、カメラドローンを捜査している『オキタ』は愚か冒険部4人組誰も気づいていない。
敵のインフレスーツが奥の手らしき何か、すなわち例の宝石箱を取り出した瞬間、彼ら4人組は一切の躊躇なく手持ちの刀剣武器をインフレスーツに向けて投げ、それとは別に銃の引き金を引いた。
ボタンが押され、1秒が10秒となった程度で音速の壁を越えて突き進む銃弾が動かなくなったわけではない。
銃弾の飛ぶ方向は『赤髪』。
『 クソが!』
二度目の罵倒。『大尉』は部下の『赤髪』を助けるために動く。1秒が10秒に引き延ばされた空間で、ダイナマイトを明後日の方向に投げ返し銃弾にはインフレスーツの装甲で受ける。
別に死ぬわけではない。だが、今有力な部下がリ・スポーンに送られると困る。
何しろどうやってビームから防御したのかわからない。
手が欲しい。この4人に対抗できる手が。結果として
「10秒無駄にしたね」 『 貴様らッ!!』
『部長』の煽り。『大尉』が引き金を引いて飛び出す12.7ミリの銃弾。だが、その銃口は部長を向いていない。いつの間にかワイヤーとつながった投げナイフが絡まっている。
『オキタ』が無数の投げナイフを投げて『赤髪』を牽制、飛び出すのは日本刀を構えた『関西』。
対物ライフルがそんな『関西』の動きを止めようと発砲する。大陸の傭兵が周囲に展開しつつある。
それとは別にゴブリンや河童が続々と集まってくる。『関西』の幻影が対物ライフルで吹き飛び、吹き飛んだ幻影のすぐ脇を走っている。
「『いちちゃん』!」 「ゴブリンはこっちが処理します」
「『オキタ』!」 「マーセナリーズ、牽制はお任せを」
「『関西』!」 「『赤髪』は相手する」
「「「『部長』!」」」 「もちろん! インフレスーツ!」
4人組は一瞬で役割を分担。
「舐めるナァァ!!」
『大尉』は再び例の宝石箱を取り出す。
「ゲッ、プリーズリボルバー! どなたか弾の入ったリボルバーを貸してくれる奴はいませんか?」
『オキタ』のその声は配信を通じて日本側冒険者に広く伝わっていく。
それとは別に箱を打ち抜くのは『いちちゃん』のコンパウンドボウ。やはり火のついたダイナマイト付き。




