62.ふえた
もともとの俺の部屋は、何か残してあった。まあ、カルルとミニアと一緒の子供部屋の一角を、衝立で区切っただけだけど。
そちらにリュントを寝かせて、俺は弟や妹と一緒に寝て。モモは結局、ミニアの枕代わりになっていた。仲良くなって何よりである。
で、朝は普通に起きた。顔を洗うついでに水くみするか、と外に出たところで、見た顔に会った。
「あれ」
「やっほー、エールくん」
ぱたぱたと手を振ってやってくる、グレッグくん。普段の軽装と違い、リュントと同じような竜革の鎧をまとって腰に長剣をつけている。鎧はつや消し金で、派手すぎないけれど髪の色と合っているな。
……なるほど、ドラゴンの住処を襲うコルトたちに対抗するために来た、んだろうなあ。このひともドラゴンなわけだし。
「グレッグくん、来たんですか」
「ええ。昨日知り合いから連絡が来てね、かなり近いところが襲われたみたい。明日にはこっちに来るんじゃないかって言ってたわ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。幸いアタシの警告が効いてて、そのあたりに住んでる子たちは先に移動してたそうよ」
「……グレッグくん、さすが」
と、マジすか。またやったのか、コルト。グレッグくんの警告のおかげで、最悪の事態にならなかったのは良かったというか。
この場合の知り合いってやっぱり、他のドラゴンなんだよね。その方々からそういう連絡されりゃ、グレッグくんが動かないわけはない。コルトは元、うちのギルドの所属員なわけなんで……ある意味尻拭いとも言える。
「ま、そういうわけなんで、アタシが動かないわけには行かないっしょ?」
「確かに。分かりやすく武装してますもんね」
やっぱりな、と思いながら頷く。「かっこいいでしょ?」とくるんと回ってみせるグレッグくん、確かにこうやって見るとかっこいいんだよなあ。イケメン剣士、イケメンドラゴンって感じ。口調は今更である。
「おういエール、水は……あ」
っと。水くみに出てたんだった、それを思い出させるように父ちゃんが家から出てくる。で、グレッグくんと目が合って一瞬だけ目を見開いた。
「おやまあ、グレッグくん来たんだ」
「あーらガロちゃん、お元気そうで何よりねえ」
ガロちゃんて。父ちゃんはガローデンだからガロちゃんなのはすぐ分かるんだけど、そういう愛称で呼ぶってことはつまり。
「あれ、知り合い?」
「逆に、何で知り合いじゃないと思えるのかね。俺は『分かる』って、昨夜言っただろうが」
「そうだった」
父ちゃんは、人型のドラゴンを見破ることができる。
この村は竜の森のすぐ側にあって、人型のドラゴンがいつ来てもおかしくない……んだろうなあ。人間じゃないけど里帰りとかありそうだし。実際リュントも来てるし。
で、その流れで人型ドラゴンの知り合いがいてもおかしくないわけか。グレッグくんなら、冒険者ギルドの仕事でやってきてても不思議じゃないからな。
「あら、教えたの」
「リュントさんやモモのこともあるしな。教えといたほうが、彼女たちも楽できるだろ」
「それもそうねえ。モモちゃんなんて、道中大変だったでしょうし」
グレッグくんと父ちゃんの会話を聞いてて、何かしっくり来る。
人の姿を取ったドラゴンは、人の世界では自分の正体を隠して生きている。けど、父ちゃんみたいに正体を知ってて他人に教えないでくれる人がいるなら何かと便宜を図ってくれる、ということか。モモが道中大変なんて、あの子の存在知らないと考えつかないし。
「そういえば、モモちゃん元気?」
「今は、ミニアと遊んでるよ。カルルがそばについてて、ラライカは朝食の準備中」
「そう。リュントさんは?」
「モモの面倒見てるけど、そろそろ……あ」
ミニアと遊んでるというか、そろそろ起きろーと構いに行ってる気がするぞ、モモ。
で、父ちゃんのあ、という言葉につられて振り返ると家の中から、ひょっこりとリュントが顔を出してきた。これは、同類だから気がついたって感じかな。
「遅くなりました! グレッグくん、おはようございます」
「はあい、おはようさん。よく眠れた?」
「おかげさまで」
金のグレッグくんに対する、白銀のリュント。この二人が両方ドラゴンだとは、同類か知ってる人じゃなきゃわからないよなあ。
俺と父ちゃんは分かってるから、うっかりしっぽが出ても安心です……とか言えるのか。そうか。
なんてことを考えてたらリュントが、ちらりと視線だけ周囲に巡らせた。おや、なにかあるのか?
「……他にも、おいでになってますね」
「そりゃそうよお。昨日、またあいつらが出たんですって。明日にはこの近辺に来るでしょうって」
「なるほど。今までの出現地域から、こちらに接近しているだろうということは分かっていましたが」
「なんで、うちの村の連中も協力させてもらう事になってんだよ」
グレッグくんの説明とリュントの理解に、父ちゃんの言葉が入ってきた。ああ、村長さんに呼ばれたのってそういうことか。
竜の森のそばにある、名前のない村。味方になったドラゴンの力を強化し、敵対したドラゴンの力を弱める能力。
それってつまり、この村って竜の森のドラゴンを守るため、俺たちがもらった能力なんじゃないのかな。
ドラゴンに無用の暴走をさせないように、暴走してしまったドラゴンを早めに終わらせてやるように。
『暴君』みたいに、悲惨なことにならないように。




