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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第二部三章 王都動乱
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『地下に潜む者たち3』

 涙を浮かべたウルミは駆け寄り、ナミラを抱きしめた。


「ご無事で本当によかった! ナミラ坊ちゃま。私は、私はあなたになんとお礼を言ったらいいか!」


 肩を震わせ胸に溜まった想いを吐き出す彼女の姿に、ナミラは驚いた。

 女性にしては高い身長など体格は変わらないが、その顔は以前とは別人のものになっていた。瞳の色が変わったジト目が、涙越しに見つめてくる。


「ウルミさんも無事でよかった。呪いも解けてるようだし。でも、その顔は?」

「一応、死んだことになってますから。覚醒したマーラさんに作り変えてもらったんです」

「マーラに? 同族ならまだしも、人間の顔を変えるだなんて聞いたことないけど」

「その……私も初めて知ったんですが、父親がインキュバスだったようで。もう死んでいるようですが」


 涙を拭きながら、ウルミは小さな声で恥ずかしそうに呟く。

 ナミラは説明に納得し、頷いた。


「なるほど。シャラクさんが匿ったのも、魔族とのハーフだったからですか」

「左様です。まぁ、彼女とは長い付き合いですから、人間だとしても同じことをしていましたよ。さぁ、もうすぐでございます」


 前方を指差すシャラクの隣で、ウルミがスカートを持ち上げてお辞儀をした。


「ようこそおいでくださいました。世間では死んだ身とはいえ、タキメノ家のメイドとして誠心誠意ご案内致します」


 案内をする二人の足取りがこころなしか軽くなり、目的地が近いことを暗に示していた。


「ねぇ、さっきから気になってるんだけどさ。マーラって、誰?」


 アニが耳元で囁く。

 マーラの来訪を「女の魔族がやってきて、力を分けた」としか説明していなかったナミラは、抜き身の剣を突きつけられた気持ちになった。サキュバスの、しかもクイーンと一夜を共にしたと知れてしまえばなにをされるか分からない。ましてや()()()()()()なんて口が裂けても言えない。


「ほ、ほら。俺が力を分けた魔族だよ」


 決して嘘は言っていない。


「ふーん……魔族の種類って多いからよく知らないけどさ。ウルミさんはインキュバスとのハーフなんでしょ? ってことはさ、それに近い存在」

「シャラクさん! もう着いたんじゃないか?」


 勘が鋭過ぎるアニから逃げ出すために、ナミラはわざと大声を発した。


「その通りでございます。いやはや、もう百年ほど誰にもバレていない場所でしたが、ナミラ様にはお見通しですか」


 シャラクとウルミが称賛の拍手を送る。

 ほぼ苦し紛れの博打であったが、うまくアニの追求から逃れることができた。


「こちらでございます」


 シャラクたちが止まったのは、まだ先に闇が続く道の途中。

 黒く汚れた壁と向き合い、突並んだレンガを決められた順番で叩いた。すると、ガリガリと鈍い音と共にレンガが動きアーチ状の穴が現れた。


「……ここか」


 ナミラが感慨深く呟く。

 ウルミの生存に魂のリッパーマンが喜びに震えていたが、目の前の場所にも見覚えがあった。かつて、リッパーマンとウルミの曾祖母ハナビが暮らした隠し部屋だった。


(ここは……問題なく思い出せるな)


 驚く仲間たちを尻目に、ナミラは自分の中の違和感と向き合っていた。


「帰りました」


 シャラクたちが足を踏み入れると、複数の気配がざわざわと動いた。

 

「おかえりなさい、シャラクさん!」

「あぁ、ウルミさんと合流できたんですね」


 老若男女、様々な声がする。

 アレクたちは無意識に警戒を強めたが、ナミラが目配せして落ち着かせた。


「お? また新しい仲間が……」


 しわがれた声の主が、ナミラたちと顔を合わせた。


「に、人間だあああああああ!」


 壁の中の空間に、数多の悲鳴がこだまする。

 

「お、落ち着きなさい! この人たちは大丈夫です! 危害を加えたりしません!」


 シャラクが慌てて制止する先には、数十人の魔族がいた。

 動揺し逃げ回る部屋は広く、整えられた石畳が敷かれている。それなりの清潔感と生活のための設備があり、彼らの隠れ家であることが見て取れた。


「みなさん、俺たちに敵意はありません。どうか話を」

「ナ・ミ・ラ・さ・まー!」


 歩み出て話し始めたナミラに突撃した、二つのたわわなもの。

 サキュバスクイーンのマーラが、桃色声で抱きついた。


「げぇ! マーラ!」


 せっかく脱した窮地が、本丸ごとやってきた。


「あんっ、ひどいリアクション。でも、このサキュバスクイーンのマーラ、そんなナミラ様も好きですよ〜! だってだって、私たちのために童貞を捧げて」

「馬っ鹿! お前マジで馬っ鹿!」


 慌てて振り返ったナミラだったが、すでに冷たい目をしたアニとモモが迫っていた。


「ナミラ〜?」

「今のどういうこと〜?」

「ち、ちがっ、これには深いわけが」

「『縛蔓バインド』」


 モモが問答無用で魔法を使い、動けなくなったナミラを二人で質問攻めにした。


「はじめまして! ダンです! 体力には自信があります!」

「デルです! 柔軟性には定評があります!」


 その横で、ダンとデルがマーラにアプローチをしていた。


「いやぁ〜ん、かわいい童貞さんが二人も! なにしてほしいか言ってごらんなさい?」

「「はい! 僕らの童貞をぐへおっ!」」


 元気よく答えようとしていた二人だったが、アニに脇腹を殴られその場に倒れ込んだ。


「結構ですので!」


 マーラを睨みつけると、アニはナミラの尋問に戻った。


「……で、シャラク老。この者たちが、先程言っていたものなのだな?」

「よろしいんですか? 進めて」


 騒ぐナミラたちを無視し、アレクがシャラクに説明を促した。


「……そうでございます。これが我ら魔族の現状。最弱とまで呼ばれるまでに落ちぶれ、このままでは滅びを待つしか未来のない者たちです」


 改めて目をやると、目の前の魔族たちは皆弱々しい姿をしている。

 オークやサイクロプスといった元々巨体を誇る者たちも、体は小さく痩せ細っていた。


「ど、どういうことだよ。前に戦ったクォーターオークのほうが、純粋なオークより強そうだぜ?」


 倒れ痛みに震えるダンが、老いたオークを指差して言った。


「あぁ……それはな、儂ら魔族は生きてるだけで力がなくなっていくんじゃが、魔族の血が薄まるとその影響が弱まるんじゃ。しかし、そのクォーターも激しい空腹とか、少なからず苦しみはあったんじゃないかの? まぁ、其奴のほうが実際儂より強いじゃろうて」


 もはや骨と皮だけのオークの老人は、力無く笑った。


「ご覧の通りでございます。今や、かつて従えた魔物や魔獣すら天敵となる始末で……」

「ゴブリンのやつもなぁ……力を失い過ぎて知性をなくして、今じゃ魔物だもんなぁ」

「その昔、ジェネラルゴブリンとかが四天王になったこともあったのにねぇ……」


 魔族の纏う空気が重く淀む。

 口にする言葉に希望はなく、その目には微かな光もない。

 魔族は皆、約束された滅びの絶望に吞まれていた。


「魔王様さえいれば」


 シャラクが拳を握りしめた。


「魔王様の刻印さえあれば与える力と相反し、少なくとも力を失うことはなくなるはず。ナミラ様、私はマーラを使いその場しのぎの生気を得ようと、貴方を襲わせました。しかし、貴方は想像以上の力をマーラに与えてくださった。おかげで、サキュバスたちは数百年ぶりに己の翼で夜空を飛ぶことができたのです」

「……ナミラ様」


 逆さに吊るし上げられたナミラに、マーラがそっと囁いた。


「このマーラ、ナミラ様との約束を守り一切の秘密を口外しておりません。ですが……お願いします。みんなに、貴方の力を教えてあげてください。そしたら、もしかしたら!」

「あぁ。もちろん、そのつもりだ。そのつもり……だけど」

「……お嬢ちゃんたち、そろそろ許してあげて? ナミラ様は私たちを助けるために仕方なくやったの。ね? このままじゃ、さすがに格好付かないわ」


 マーラに諭され、アニはしぶしぶ蔓を斬りモモは頬を膨らませた。


「貸しよ」

「貸しだよ?」

「恩に着るよ……アレク以外の先輩方も初めて聞きますよね? じゃあ、実際に見てもらったほうが早いか」


 解放されたナミラはアルーナの姿になり、自身のギフトについて話し始めた。

 


 同じ頃。

 王都の空を分厚い雲が覆い、街灯の光がいつもより早めに灯されていた。


「ほ、本当なのか?」

「人違いじゃないの?」


 普段ならこれ幸いと早速酒を飲みだす市民だが、ある一報が王都を駆け巡り酒どころではない混乱が起きていた。

 それは雨音と共に王やガルフの耳にも入れられ、二人は驚愕に顔を染めた。


『王都セリアルタの路地裏にて。

 王国騎士団、左大将軍レオナルド。

 瀕死の状態で発見される』

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