『地下に潜む者たち』
シャラクがナミラたちに捕らえられた十分後。
彼らは薄暗く悪臭漂う世界を歩いていた。
粗悪な光石が等間隔に配置されているが、頼りない光で周囲の様子は伺えない。虫や害獣の肌を撫でる不気味な気配や、粘度を持った汚水の音が耳を搔きむしる。
「変なマネすんなよ?」
「そういうの、僕ら分かりますからね」
ダンとデルが、目の前を歩くシャラクに言った。
魔人の執事は先頭を歩き、両脇をナミラとアレクに挟まれている。
拘束はされていないが、三ツ目族が持つ第三の目は布で覆われていた。
「信じていただけないかもしれませんが、そんな気はありません。なにより、私では皆様の足下にも及ばないでしょう。ですが……あの、ダマスケナ家のお嬢様は大丈夫でしょうか?」
シャラクの声には、偽りのない心配が込められている。
軽く振り向いた先にはアニとモモに支えられたバーバラがおり、殿を務めるテネシーとルノアは呆れた顔をしていた。
「頑張って、バーバラお姉さま!」
「お、お姉さまなら大丈夫です! わたしが防護魔法かけてますから! 汚いのも臭いのも寄ってきません!」
「分かって……います……わたくしは、誇り高き……き、貴族……こ、これしきの、こと」
真っ青な顔色で吐き気に耐えていたバーバラだったが、カサカサと足下を通った黒い影に気づき、限界を迎えた。
「オロロロロロロロロロ」
「「お姉さまあぁぁー!」」
一行は足を止め、バーバラが落ち着くのを待つことにした。
「まぁ、気持ちは分かるが」
背中をさすってもらうバーバラを見つめながら、アレクが呟いた。
「下水道だなんて、出来れば生涯入りたくはなかった」
「なら、上で待ってればよかったのに」
ナミラの言葉に、アレクは即座に首を振る。
「ことの真相が分かるチャンスを見過ごせられるか。それに……俺たちだって変わろうとしているのだ」
たしかに、かつての四勇士なら下水道など空気を吸うだけで嫌悪しただろう。
ただ歩き続ける今の状況も、バーバラを見ていれば苦痛でしかないことが分かる。
「……申し訳ございません。ですが、この先に我らのすべてがございます。そこでお話を、どうか」
シャラクは深々と頭を下げ、泣きそうな声を絞り出した。
十分前。
拘束されたシャラクは自身が魔族であることと、ナミラの推理が概ね当たっていることを認めた。
「ウルミとは以前から、彼女の仕事絡みでの知り合いです。お互い狙いがあったことは察していましたが、干渉はしませんでした。彼女は邪魔さえしなければいいと思っていたかもしれませんが、私は命が惜しかったのです。この三ツ目が今使える力は催眠。目を視なければ効果はありませんし、正体を知るウルミには簡単に防がれてしまう。戦闘能力は、見た目通りでございますから」
跪き、シャラクは力なく笑った。
本来の三ツ目の力は催眠だけでなく、戦闘力も高いはず。なのに抵抗もせず嘘をついているようにも見えない理由は、マーラと同じように力を失っているからだとナミラは察した。
「噂は三ツ目の力で改ざんしました。やってきた兵や野次馬に『説明するから注目してほしい』と言って、まとめて催眠をかけました。あとは、伝聞に任せればいいだけで」
「……で、貴様の狙いとはなんなのだ」
息を飲む眼光が、アレクから放たれる。
まだ未熟ながらも王家の威光が垣間見え、部屋にいるのが友人でなければ咄嗟に平伏していただろう。
「それは……」
「マーラと同じでしょう?」
シャラクがハッと顔を上げると、ナミラは慈愛に満ちた微笑みを向けていた。
「でも、シャラクさんはちょっと違う。三ツ目の魔人は、他者からエネルギーを吸収なんてできないはずだ。だからきっと、魔族の復興を模索していた。《《新たな魔王》》を探していたんじゃないですか?」
テーベ村騎士団と四勇士は、信じられないといった表情でナミラを見た。
しかし、その足下ではシャラクが大粒の涙を流していた。
「そう、その通りでございます……ナミラ坊ちゃんいや、ナミラ様……あ、貴方はいったい……」
「説明してもいいですけど、こちらの疑問がすべて解決してからです。シャラクさん、あなたのことだ。いざというときの逃走経路を確保していたんじゃないですか? それを使ってウルミさんを隠したり、マーラを屋敷へ招き入れた」
「……なにもかもお見通しでございますな。そうです、皆様が使った古くから伝わる隠し通路の一つでございます。地下の酒蔵庫に入口がありますが……」
シャラクは一瞬なにかを考えると、素早く土下座の姿勢になった。
「この状況で、身の程知らず恥知らずなのは百も承知。そのうえで、皆様にお願い申し上げたい。どうか、私と地下へ。そこで、皆様に見てもらいたいのです」
「なにをだ」
未だ怒りが治まらないアレクの冷たい声にも、シャラクは怯まない。
「我ら魔族のすべてでございます。私は殺されても構いません。しかし、それを知ってからにしていただきたい!」
床に打ち付けた顔を勢いよく上げると、光に眩む目でアレクの剣を見つめた。
「魔人三ツ目、一族総当主シャラク! 覚悟と願いの代償に、この三ツ目を捧げます!」
シャラクは躊躇うことなく、切っ先に向かって頭突きを繰り出した。
テーベ村から持ってきた絨毯に、血が滴り落ちる。
しかしそれは、剣との間に手を出したナミラのものだった。
右手の甲に刃が刺さり、手のひらには第三の目が触れる。覚悟の自傷が不発に終わったシャラクはもちろん、その場にいた全員が驚き、モモは悲鳴を上げた。
「ナ、ナミラ様! なにを」
「こっちのセリフだ! 第三の目を失えば一日で干乾び、地獄の苦しみの中で死ぬんだぞ!」
ナミラの迫力に、続けて怒鳴ろうとしていたアレクは言葉を飲み込んだ。
「で、ですが私は」
「そんなことしなくてもいい。そんなことしなくても、俺は見せてもらうよ」
「ちょっと、私もよ?」
振り向くと、頬を膨らませたアニが剣を納めていた。
それを合図に、全員が武器を納めシャラクを解放した。
「み、皆様……」
「見ての通りだ。さぁ、案内してくれ」
こうして、ナミラたちは地下の隠し通路から下水道へ降り、シャラクの案内を受けていた。




