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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第二部二章 思惑の乱立
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『悪の前世』

「はあああああああっ!」


 ユグドラ、リク、ロメインなど様々な前世の闘気が、今のナミラには積み上がっている。

 そして、魔喰戦からさらに練度を増した結果、練り上げられた膨大な闘気は竜翼を携えた精巧な鎧と化し、新たな力となった。


闘竜鎧気とうりゅうがいき!」


 光輝くナミラの姿を、ウルミは茫然と眺めていた。


「なんと……神々しい」

「悪いな、ウルミさん。優秀なメイド長がいなくなるのは、ウチも寂しいんだけど……一気に決めさせてもらう!」


 竜心にも闘気を纏わせ、ナミラは一直線に飛んだ。

 いかにヒタイトコレクションであろうとも、このオーラを突破することも防ぐこともできない。瞬きの如き一瞬で、勝敗は決する。


「にゃあ」


 決着の間合いの、僅かに外。


 無表情のウルミが発した鳴き声を合図にするかのように、濃紺の光がタキメノの敷地すべてを包んだ。

 

「これ……はっ!」


 同時に、全身を包んでいた闘竜鎧気が消え去った。


「馬鹿な!」


 激しく動揺し、狼狽える。

 再び闘気を纏おうにも、ほんの少しも練ることができなくなっている。


「隙あり」


 ハッと顔を上げると、ウルミはすでにナイフを投げていた。

 

「うおおおおお!」


 体を丸めなんとか致命傷は避けたが、全身に刃が突き刺さる。


「寸勁」


 血を流すナミラに、さらなる追い打ちがかけられる。

 ウルミが腹に拳を当てると、強烈な衝撃が体を貫いた。


「っ!」


 声も出せないままナミラは吹っ飛び、鉄の門が曲がるほどの勢いで衝突した。


「言ったでしょう? 私、坊ちゃまを待っていたんです。ただ立っていただけなわけ、ないじゃないですか」


 なんとか意識を保つナミラに、ウルミが姿勢よく歩み寄る。


「魔法はからっきしなんですけどね、呪いはそこそこできるんですよ」

 

 そう言うと、ウルミはポケットから赤黒い丸い石を取り出した。


呪血石じゅけつせきです。私の血に一年以上浸していたんで、効果は抜群です。これを敷地を囲うように配置しました。庭の中心、あの噴水に近づくことが発動条件だったんですよ。もう、ここで闘気を使うことはできません」

「嵌められたってわけか」


 ナミラはこれまで、魔喰を除いても数々の強敵と戦ってきた。

 ガルゥ、フェロン、ヴェイン、アンデット。彼らと比べて、ウルミは決して最強なわけではない。

 ガルゥやアンデットほどの凶暴性はなく。

 魔法はフェロンの足下にも及ばない。

 パワーやタフさ、一撃の破壊力はヴェインが圧倒するだろう。


 しかし、ただ一点誰よりも勝るものがある。

 目的のためなら、レアな武器も躊躇いなく手放し。

 たった一人の標的相手に何重にも策を弄し、大規模な呪いも実行する周到さ。


 人を殺すという行為において、ウルミは過去のどんな敵よりも優れていた。

 

「闇猫……か」


 最強ではなく最凶。

 月を背に歩く女の影が、不吉の象徴を体現していた。


「今度こそ、おやすみなさいませにゃ」


 聞き慣れ始めたはずのメイドの声が、不気味に耳を震わせた。

 波打つ剣を拾い、ゆっくりと近づく。


「ふ〜んふ〜んふんふんふんふ〜ん」


 闇夜に流れる男の鼻歌。

 他愛もない無骨な旋律が、暗殺者の足を止めた。


「……その歌を、なぜ坊ちゃまが知っているのです?」


 歌っているのはナミラ・タキメノ。

 しかし、歌うほどに声が太く独特のビブラートを響かせ始めた。


「アァ……これ知ってんのか」


 気怠げな声に、かすかな喜びが灯る。

 血塗れの少年が不敵に笑った。


「っ!」


 息を飲んで、ウルミが後ろへ跳んだ。

 今まで対峙していたものとはべつの気配が、色濃く少年を包んでいる。先程までのナミラが戦士ならば、今睨みつける相手は()()()に他ならない。


「なんで知ってんだ?」

「……母から教えてもらった、子守唄です」


 ウルミの返答に、ナミラは下品な笑いを発した。


「げはははは! 子守唄! げはっ! げはっ! げははははは!」

「あなたは何者ですか」


 冷や汗を掻きながら、闇猫は最大の警戒を抱き爪を備える。


「アァ、名前か……無ぇんだよなぁ」


 満身創痍の体がゆっくりと立ち上がる。

 しかし、向かい合うはずの少年は、いつの間にか二メートルを超える巨躯の男へ姿を変えていた。


「なっ」

「そうだな……なんか周りはこう呼んでいたな。たしか『リッパーマン』」


 一七〇年前のセリアルタで、住民を恐怖のどん底に落とした殺人鬼がいた。

 下水道で生まれ育った怪物。

 今の倍近くの面積だった王都において、老若男女問わず殺し人口を一割減らしたとまで言われている。最期は討伐に乗り出した左大将軍によって討たれたが、左目と耳、右腕を奪って地獄へ堕ちた。


「戯れ言を。そんなはずは」

「信じてくれよ、そうなんだから! こ、このナミラはよ【前世】ってギフトを持ってるんだ! だから、俺が出てこれたんだよ!」


 手負いでなければ、ナミラはこの人格が表に出ることを許さなかっただろう。

 歴史上同じく暴虐を繰り広げたバボン王。しかしそれは、彼の王としての在り方だった。王としてのプライドも、地位も自覚していた。


 しかし、この男は違う。

 殺した理由はなんとなく。

 切り刻んだ理由は暇だったから。

 死体を街中に並べたのは、人の反応が面白かったから。


 ナミラに初めて蘇った、純粋な悪の前世。

 余計なことを喋るのはもちろん、その性質がなにをするか分からない危険性を孕んでいる。


「……それが本当だとして、なぜリッパーマンの前世が出てくるのです?」


 ギフトについて拙い説明を聞いたウルミは、少しでも情報を引き出そうとしていた。


「そりゃあお前が触ったからさ。さっきの……すんけい? で、腹に拳が触れただろう?」


 リッパーマンが毛の生えた腹をさする。


「なぜそれがきっかけに?」

「分からないのか? 賢そうなのに馬鹿だなぁ! お前が俺の子孫だからだよ!」


 リッパーマンは「どうだ、先祖だぞ?」と言わんばかりに両腕を広げた。

 だが、ウルミの目つきは今まで以上に険しくなる。溢れる殺気が、これ以上ないほど昂り始めた。


「お前が……お前のせいで。お婆ちゃんはずっと肥溜めで生きてきた。お母さんは暗殺者になるしかなかった。私も……私も!」


 言葉に出来ない怨念をあらわにしたウルミは、毛が逆立ち猫のように牙を剥いた。

 

「俺が孕ませたのはひいお婆ちゃんだ。そのあとのことは知らねぇよぅ……お前も、俺をそんな目で見るのか」


 だらんと腕を下ろし、リッパーマンはうなだれた。


「殺すか」


 当たり前のように呟かれた言葉は、凝縮された殺気を秘めていた。

 

「やってみなさい、亡霊め。我ら一族の穢れた呪い、今ここで晴らしてやる」

「うるせぇなぁ〜、難しい言葉使いやがって」


 先祖である伝説の殺人鬼、リッパーマン。

 子孫である最凶の暗殺者、闇猫。


 人殺しの天才が、殺し合いを開始する。

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