『悪の前世』
「はあああああああっ!」
ユグドラ、リク、ロメインなど様々な前世の闘気が、今のナミラには積み上がっている。
そして、魔喰戦からさらに練度を増した結果、練り上げられた膨大な闘気は竜翼を携えた精巧な鎧と化し、新たな力となった。
「闘竜鎧気!」
光輝くナミラの姿を、ウルミは茫然と眺めていた。
「なんと……神々しい」
「悪いな、ウルミさん。優秀なメイド長がいなくなるのは、ウチも寂しいんだけど……一気に決めさせてもらう!」
竜心にも闘気を纏わせ、ナミラは一直線に飛んだ。
いかにヒタイトコレクションであろうとも、このオーラを突破することも防ぐこともできない。瞬きの如き一瞬で、勝敗は決する。
「にゃあ」
決着の間合いの、僅かに外。
無表情のウルミが発した鳴き声を合図にするかのように、濃紺の光がタキメノの敷地すべてを包んだ。
「これ……はっ!」
同時に、全身を包んでいた闘竜鎧気が消え去った。
「馬鹿な!」
激しく動揺し、狼狽える。
再び闘気を纏おうにも、ほんの少しも練ることができなくなっている。
「隙あり」
ハッと顔を上げると、ウルミはすでにナイフを投げていた。
「うおおおおお!」
体を丸めなんとか致命傷は避けたが、全身に刃が突き刺さる。
「寸勁」
血を流すナミラに、さらなる追い打ちがかけられる。
ウルミが腹に拳を当てると、強烈な衝撃が体を貫いた。
「っ!」
声も出せないままナミラは吹っ飛び、鉄の門が曲がるほどの勢いで衝突した。
「言ったでしょう? 私、坊ちゃまを待っていたんです。ただ立っていただけなわけ、ないじゃないですか」
なんとか意識を保つナミラに、ウルミが姿勢よく歩み寄る。
「魔法はからっきしなんですけどね、呪いはそこそこできるんですよ」
そう言うと、ウルミはポケットから赤黒い丸い石を取り出した。
「呪血石です。私の血に一年以上浸していたんで、効果は抜群です。これを敷地を囲うように配置しました。庭の中心、あの噴水に近づくことが発動条件だったんですよ。もう、ここで闘気を使うことはできません」
「嵌められたってわけか」
ナミラはこれまで、魔喰を除いても数々の強敵と戦ってきた。
ガルゥ、フェロン、ヴェイン、アンデット。彼らと比べて、ウルミは決して最強なわけではない。
ガルゥやアンデットほどの凶暴性はなく。
魔法はフェロンの足下にも及ばない。
パワーやタフさ、一撃の破壊力はヴェインが圧倒するだろう。
しかし、ただ一点誰よりも勝るものがある。
目的のためなら、レアな武器も躊躇いなく手放し。
たった一人の標的相手に何重にも策を弄し、大規模な呪いも実行する周到さ。
人を殺すという行為において、ウルミは過去のどんな敵よりも優れていた。
「闇猫……か」
最強ではなく最凶。
月を背に歩く女の影が、不吉の象徴を体現していた。
「今度こそ、おやすみなさいませにゃ」
聞き慣れ始めたはずのメイドの声が、不気味に耳を震わせた。
波打つ剣を拾い、ゆっくりと近づく。
「ふ〜んふ〜んふんふんふんふ〜ん」
闇夜に流れる男の鼻歌。
他愛もない無骨な旋律が、暗殺者の足を止めた。
「……その歌を、なぜ坊ちゃまが知っているのです?」
歌っているのはナミラ・タキメノ。
しかし、歌うほどに声が太く独特のビブラートを響かせ始めた。
「アァ……これ知ってんのか」
気怠げな声に、かすかな喜びが灯る。
血塗れの少年が不敵に笑った。
「っ!」
息を飲んで、ウルミが後ろへ跳んだ。
今まで対峙していたものとはべつの気配が、色濃く少年を包んでいる。先程までのナミラが戦士ならば、今睨みつける相手は同業者に他ならない。
「なんで知ってんだ?」
「……母から教えてもらった、子守唄です」
ウルミの返答に、ナミラは下品な笑いを発した。
「げはははは! 子守唄! げはっ! げはっ! げははははは!」
「あなたは何者ですか」
冷や汗を掻きながら、闇猫は最大の警戒を抱き爪を備える。
「アァ、名前か……無ぇんだよなぁ」
満身創痍の体がゆっくりと立ち上がる。
しかし、向かい合うはずの少年は、いつの間にか二メートルを超える巨躯の男へ姿を変えていた。
「なっ」
「そうだな……なんか周りはこう呼んでいたな。たしか『リッパーマン』」
一七〇年前のセリアルタで、住民を恐怖のどん底に落とした殺人鬼がいた。
下水道で生まれ育った怪物。
今の倍近くの面積だった王都において、老若男女問わず殺し人口を一割減らしたとまで言われている。最期は討伐に乗り出した左大将軍によって討たれたが、左目と耳、右腕を奪って地獄へ堕ちた。
「戯れ言を。そんなはずは」
「信じてくれよ、そうなんだから! こ、このナミラはよ【前世】ってギフトを持ってるんだ! だから、俺が出てこれたんだよ!」
手負いでなければ、ナミラはこの人格が表に出ることを許さなかっただろう。
歴史上同じく暴虐を繰り広げたバボン王。しかしそれは、彼の王としての在り方だった。王としてのプライドも、地位も自覚していた。
しかし、この男は違う。
殺した理由はなんとなく。
切り刻んだ理由は暇だったから。
死体を街中に並べたのは、人の反応が面白かったから。
ナミラに初めて蘇った、純粋な悪の前世。
余計なことを喋るのはもちろん、その性質がなにをするか分からない危険性を孕んでいる。
「……それが本当だとして、なぜリッパーマンの前世が出てくるのです?」
ギフトについて拙い説明を聞いたウルミは、少しでも情報を引き出そうとしていた。
「そりゃあお前が触ったからさ。さっきの……すんけい? で、腹に拳が触れただろう?」
リッパーマンが毛の生えた腹をさする。
「なぜそれがきっかけに?」
「分からないのか? 賢そうなのに馬鹿だなぁ! お前が俺の子孫だからだよ!」
リッパーマンは「どうだ、先祖だぞ?」と言わんばかりに両腕を広げた。
だが、ウルミの目つきは今まで以上に険しくなる。溢れる殺気が、これ以上ないほど昂り始めた。
「お前が……お前のせいで。お婆ちゃんはずっと肥溜めで生きてきた。お母さんは暗殺者になるしかなかった。私も……私も!」
言葉に出来ない怨念をあらわにしたウルミは、毛が逆立ち猫のように牙を剥いた。
「俺が孕ませたのはひいお婆ちゃんだ。そのあとのことは知らねぇよぅ……お前も、俺をそんな目で見るのか」
だらんと腕を下ろし、リッパーマンはうなだれた。
「殺すか」
当たり前のように呟かれた言葉は、凝縮された殺気を秘めていた。
「やってみなさい、亡霊め。我ら一族の穢れた呪い、今ここで晴らしてやる」
「うるせぇなぁ〜、難しい言葉使いやがって」
先祖である伝説の殺人鬼、リッパーマン。
子孫である最凶の暗殺者、闇猫。
人殺しの天才が、殺し合いを開始する。




