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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第二部二章 思惑の乱立
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『闇猫』

 突然走った首の痛みと、頭を埋め尽くす様々な疑問。

 常人であればそれらが動きを止め、然るべき反応を遅らせることだろう。だが、数多の戦いの経験を得ているナミラは反射的に体をひねり背を丸め、首を両断しようとする刃から逃れた。跳躍して距離を取りながら、空中で敵と得物を視認した。


「驚きました。完全に虚を突いたはずでしたが、今のを躱しますか」


 ジト目を丸くしたウルミが、感嘆の声を漏らす。

 手には先が二股に別れた短剣が握られており、刀身はナミラの血で彩られている。


(ウルミさんがなぜ……いや、それよりも!)


 ナミラは着地と同時に傷口に手をかざし、呪文を唱えた。


「『我が身を蝕む不浄の闇よ 我が身を侵す死の蟲よ 消え去れ! 解毒光《アンチドート》!』」


 緑色の優しい光が照らし、体内を循環していく。


「……その迷いのない行動、まさかこの剣を知っているのですか?」


 ウルミは明らかに警戒を強め、剣を顔の前に出しながら半歩下がった。


「えぇ。最近知ったばかりでね」


 偶然か必然か。

 つい先程、城で得たばかりの前世が思わぬ形で役に立った。


 城に飾られていた鎧に触れたときに蘇った、武器職人ヒタイトの前世。彼は表向きは王族や貴族に対して質のいい武器防具を作る、上級職人であった。

 しかし、その腕が真に活きたのは裏の世界。

 暗殺具を作らせれば右に出る者はおらず、当時「殺しが成功するかは、ヒタイトの武器を持っているかどうかで決まる」とまで言われた。七百年が経った現代でも、彼が遺した数々の暗殺具は『ヒタイトコレクション』と呼ばれ、血を吸い続けている。


「傷の手当をすれば、そろそろ毒が回って死んでいたものを。すごいですね、坊ちゃま。背後からの一撃が通じず、かけていた保険も不発に終わるなど初めてです」


 ウルミは再び手を叩いたが、今度は短剣を落とすようなマネはしない。

 本来であれば、癒光《ヒール》で傷の手当もしたいところだったが、怪しく微笑むウルミの殺気は二度も回復の隙を与えてくれそうにない。


「……ウルミさん。あんたにはいくつも聞きたいことがある。でも、その中でも一つだけ。これだけは、どうしても教えてほしいんだよ」

「なんでしょう?」


 首をかしげたウルミは、質問に答えるつもりなどなかった。

 注意を逸らして隙を作り、返答の代わりに襲いかかろうと考えていた。ナミラに気づかれぬよう短剣を握り直し、踏み込みやすいようスカートの中で足幅を調節した。

 しかし、次の瞬間。

 周囲の空気が一変する。


「母さんはどうした?」

 

 熱風のような殺気の塊が、ウルミを襲う。

 目に見えぬ力に体を抑えつけられ、少年の言葉に従わずにはいられない。肌に立った生まれて初めての鳥肌に、ウルミは無意識の興奮を感じていた。


「……ご安心ください、誓って奥様は無事です。まぁ、屋敷を催眠香で満たしていますので、みんなよく眠っていますけど。旦那様が南に向かった今、坊ちゃまさえ始末すればあの人畜無害な奥様はどうとでもできます」


 百戦錬磨の豪傑を、幾人も相手にしているような感覚。

 少年とは思えぬ殺気に晒されながらも、ウルミは即座に暗殺者としての落ち着きを取り戻した。


 短剣を捨て、スカートを持ち上げ頭を下げる。


「ウルミという偽名は気に入っていますが、裏の世界では『闇猫《やみねこ》』と呼ばれています。どちらでもお好きなほうを、冥土の土産に持っていってくださいにゃ?」


 あえて挑発に乗り、瞬時に間合いに入ったナミラが居合斬りを放つ。

 首の傷は筋肉の収縮で、無理やり止血をしていた。

 

「なにっ!」


 剣技としては最速の一撃。

 しかし、ウルミはメイド服を翻しながらフワリと躱し、猫のように音もなく着地した。


「『集えや集え 我が手に遊べ 礫の子らよ 襲えや襲え 石翔弾《ストーン・バレット》!』」


 周囲の小石を操り、凄まじい速さで撃ち放つ土の初級魔法。

 普通の使い手なら一発一発の間に数秒の間が生じるが、ナミラは絶え間ない連射を可能としていた。


 ドドドドドドドドドドドドドド!


 しかし、ウルミは庭中を駆け回り障害物を利用しながら紙一重で躱し続ける。


「あら、お庭が台無しに」

「誰のせいだ!」


 このままでは仕留められないと、ナミラは次の詠唱に入った。


「『澄み渡る水の縛り 美しき深水の……』くっ!」


 攻撃が止んだ隙を逃さず、ウルミがナイフを投げつける。

 なんとか刀で防いだが、肩や足にかすり傷を負ってしまった。


(やっぱり中級以上は使わせてもらえないか。詠唱障壁も軽々破ってくるし、魔法は相性が悪い)


 毒がないことを確認し、ナミラは距離を詰めてくるウルミを迎え撃つ。


「これならどうでしょう?」


 背中に隠した剣を抜き、勢いそのままに斬りかかる。

 波打つ刀身が距離感を鈍らせ、間合いを曖昧にする。これもヒタイトコレクションのひとつだった。


「ふんっ」


 ナミラはバックステップで避け、さらに体をのけ反らせる。

 特徴的な刃に対し、かなりの余裕を持って攻撃を躱した。


「あら、ご存知でしたか」


 その様子に、ウルミが小さく呟く。

 波打つ刀身はフェイクであり、纏った透明の刃が敵を斬る暗殺具であった。


 ナミラはその特性を瞬時に把握し、攻撃を躱したあと即座に体勢整え、正面からねじ伏せるつもりでいた。


「プッ!」


 しかし、上体を起こしたナミラに向かって、ウルミが口に忍ばせた毒針を吹き出す。


「くっ!」


 目の前に迫った小さな針を間一髪で避けたナミラだったが、そのまま仰向けに倒れてしまった。


「お命頂戴にゃん」


 ウルミが飛びかかり、心臓に刃を突き立てる。


「咆哮弾《ハウリング・バレット》!」


 咄嗟にガルゥの技を放つ。

 圧縮された音の魔弾が、ウルミの腹部に命中した。


「がはっ!」


 ウルミは宙に飛ばされ、苦悶の表情を浮かべた。

 追撃を阻止するために剣を投げつけると、庭の中央に置かれた噴水まで下がった。ナミラも剣を躱し、立ち上がって睨みつける。


「なんですか、今の。魔獣の技でしょう」

「聞きたいか? なら、こっちの質問にも答えてほしいんだけどな」

「いえ、けっこうです。これでも、暗殺者の端くれですから。契約は守りますよ」

「端くれ……ね」


 今度は指の間にナイフを挟んだウルミに、ナミラは苦笑いを向けた。

 端くれと呼ぶには強すぎる。


「いろいろ聞きたかったが、仕方ないか」


 ナミラの全身が輝き、揺らめく光に包まれる。

 依頼主のことなど、今後のためにも引き出すべき情報はある。しかし、これ以上の手加減はこちらの身を滅ぼすと判断した。

 故に、これより躊躇なし。

 全力の闘気で迎え撃つ。

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