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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第二部二章 思惑の乱立
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『鮮血の夜』

 窓から差し込む光が、訪れた沈黙に美しさを添える。

 サタナシアは顔を赤くし、プルプルと震えていた。


「……ほお」

「ふむ」


 突然の申し出だったが、王とガルフは予想の範囲内だったようで、合点がいった声を発した。

 しかし、名指しされたアレクは口を開いたまま固まり、サタナシア以上に顔を真っ赤に染めていた。


「すまぬ。王子のために、経緯を話してはくれないか?」


 ふと隣を見た王は笑いのツボを刺激されたらしく、肩を震わせながら言った。


「ち、父上ぇ!」


 アレクが素っ頓狂な声を上げ、空気が和やかにほころんだ。

 サタナシアは恥ずかしさで小さくなりながらも、深呼吸をして語り始めた。


「……ご存知の通り、バーサ帝国は我が愚弟により滅ぼされました。残ったのは、わたくしが父と閉じ込められていた小さな島だけ。元々病に伏していた父は、黒く染まった大地を見て……」


 サタナシアがさっと顔を伏せる。


「そうか……ご遺体はどうした?」

「父は最期、帝国の地に眠ることを望みました。なので、船を出して海の近くに埋めようとしたのですが……」


 話を聞きながら、ナミラだけは結末を予想していた。


「上陸した者は次々に倒れ、父の亡骸ごと全員塵に。そのうち海水に触れていた船も沈みかけ、命からがら孤島へ戻りました。ですが、わたくし以外の者は海水を浴びていて」

「では、生き残りは」

「はい……わたくし一人でございます」


 王は小さく「そうか」と呟いた。

 皇女が現れたことで、皇族とその身辺の者は救えるかもしれないと考えていた矢先の、暗い現実だった。


「途方に暮れたわたくしは、なにか手立てはないかと屋敷中を探しました。そのとき思い出したんです。古い同盟の折、皇女に危機が迫ったとき空間移動で逃げられるように、セリア王国から贈られたという魔法の鏡のことを」


 ずいぶんいい話で伝わったな、とナミラに三人の視線が刺さった。


「セリア王国とは何度も争った歴史を持ちます。しかし」


 サタナシアは膝をつき、深く深く頭を垂れた。


「先祖から続く数々の因縁無礼を承知の上で、お願いします。どうかわたくしを、王家に加えてくださいませ。バーサ皇族の血を、セリア王家の一部として後世に繋げさせてください!」


 美しき嘆願が周囲に反響し、四人の耳と心を揺らした。


「顔を上げよ。その願い、この獅子王が聞き入れた。だが、そうだな。王子はなにか申したいことはあるか?」

「……ではひとつ。なぜ私なのです? 私はまだ未熟な学生の身ですよ?」


 かしこまった口調で、アレクは疑問を投げかける。

 

「その……覚えていないかもしれませんが、昔貴方から結婚しようと言われまして」

「……は?」


 頬を赤らめるサタナシアを尻目に、ルイベンゼン王は息子を怖い顔で睨みつけた。


「もう十年以上前のことですわ。まだ貴方は五つだったけれど、膝をついて薔薇を渡してくださったの。わたくし、とても嬉しくて……あ、あの、でも、嫌ですわよね? そんな昔のことを言われて、六つも年上の女となんて」

「いえいえいえいえ! むしろ光栄です!」


 潤んだ瞳に、アレクは心底慌てふためいた。


「で、ですが、先程申した通りまだ学生の身。その……卒業するまで待っていてもらえますか?」

「はい。もちろん」


 若い二人の間に、キラキラとした空気が漂った。

 隣の王はやれやれと首を振り、ガルフは微笑ましそうに見つめている。


 しかし、ナミラはまだ疑念が拭えぬ視線を皇女に向けていた。


「あの、アレキサンダー様?」

「ア、アレクでいいですよ」

「ではアレク。その、先程から気になっているのですけど、そこの少年はいったい」


 そんな視線を感じたようには見えないが、サタナシアがナミラヘ興味を示した。


「あぁ、彼はナミラ・タキメノ。英雄シュウ・タキメノの息子で……魔喰との戦いにも参加していました」

「お初にお目にかかります、皇女様」


 ナミラがお辞儀をし直すと、サタナシアはおもむろに近づき、悲しげな表情を浮かべた。


「貴方方には、弟が本当に迷惑をかけました。許してとは言いませんが、一人残った姉からの謝罪を受け取ってください」


 ナミラが顔を上げると、今度はサタナシアが丁寧に頭を下げた。


「そんな、皇女様が謝罪など必要ありません! どうか、顔を上げてください!」


 やっと互いに向き合うと、ナミラは眩い美しさに目を細めた。


「ありがとう。御父上にもお会いしたいのですが」

「父は二日前、南へ発ちました」


 表向きの英雄シュウ・タキメノは、南の戦線へ援軍として向かっていた。

 シュウは新しい屋敷を堪能できないことをボヤきながら、盛大な見送りを受けていた。


「まぁ! そうなのですか?」

「彼の存在を知らしめれば、向こうから停戦なり話し合いが提示されると思ったのだがな。どうやら、獣人の血の気を少なく見ていたらしい。届いた書状には『面白い! 勝負させろ!』と書いていたよ」


 呆れたため息を漏らす王に、ご意見番であるガルフも続く。


「そうですか……では、せめて無事をお祈りしています」

「それは心強い……さて、サタナシア。お前の今後だが」


 王の口から、サタナシアの処遇が言い渡された。

 彼女がセリア王国に現れたことは、まだ王城の者しか知らない。帝国について近隣諸国が探り合いを続ける中、存在を知られると混乱を招く恐れがある。そこでしばらく、王城の西に建てられた賓客用の尖塔に匿うことになった。


「……ありがとう、今日はいっしょに来てくれて」


 謁見の間をあとにしたナミラとアレクは城を回り、バボン王の鏡のような危険があるものを調査した。

 おかげでいくつかの前世が蘇ったが、帰る頃にはすっかり日が暮れてしまった。


「べつに、なにもしてないさ。俺だって王に呼ばれただけだし」

「いや、きみがいてくれるだけで安心できた……一応、あれでもね」


 馬車に乗り込むナミラを、アレクが一人見送る。

 サタナシアはすでに尖塔へ移り、城の中は夜の静けさに満ちていた。


「今日は家に帰るのかい?」

「うん。しばらくは寮と行ったり来たりさ」


 本来であれば、ナミラもアニたちのように学院にある寮へ入る予定だった。

 しかし、ナミラまでいないのは寂しいとファラが駄々をこねたため、週の半分を屋敷から通うことで落ち着いてもらった。


「ははは、母君によろしく伝えてくれ。今度時間があれば、宝物庫も開けて前世を増やしてみよう」

「お、本当だな? 期待してるぞ?」


 笑い合う、友人同士の和やかな時間。

 馬車に乗ったナミラは窓から顔を出した。


「じゃあ、また明日学院で」

「おやすみ、友よ。余計な心配だとは思うが、道中気をつけて」


 二人は互いが見えなくなるまで手を振り合い、別れた。


 夜の帳が下りた王都を、馬車が静かに進む。

 その車内で、ナミラは一日を振り返っていた。

 その表情は険しく、胸には払いきれないざわめきがあった。


「なんだ……この違和感は」


 気になる相手は皇女サタナシア。

 しかし、ざわめきの正体を上手く言葉にできない。


「……すべては仕組まれていた? 誰かが裏で糸を引いている?」


 思いついた言葉を口にするが、どれも腑に落ちる確証はない。

 そのうち馬車が止まったため、一旦考えるのをやめた。御者に礼を言うと、我が家の重い鉄の門を前に夜の空気を吸い込んだ。


「ま、今日はもう寝」

「おかえりなさいませ、坊ちゃま」

「うおおおいっ! びっくりしたぁ!」


 誰もいないと思っていた門の向こうに、一人のメイドが立っていた。

 

「ウルミさん! こんな時間になにを」

「なにって、ナミラ坊ちゃまのお出迎えでございます」


 先日ウルミと名乗ったメイド長が、淡々とした口調でランプを向ける。

 ウルミは淡い光でも分かるほど白い肌と、ジトッと睨みつけるような目つきで、二十六歳ながら他のメイドたちから早々に怖がられていた。しかし、仕事は完璧でメイド長としての資質も備えており、タキメノ家からは高い信頼を得ている。


「べつにいいのに」

「そういうわけにはいきません。さ、扉を開けますので離れてください」

「いや、いいよっと!」

 

 ナミラは地面を蹴り、背の高い扉を軽々と飛び越えた。


「おぉ……流石でございます」


 ウルミは称賛の拍手を送ったが、そのせいでランプを落としてしまった。


「あ……申し訳こざいません。すぐに替えを」

「大丈夫。光生ライポの魔法使えばいいから」


 ナミラは目を閉じ、右の手のひらを上に向けた。


「『光よ 我が道……』」

「坊ちゃま」


 意識を手に集中させ呪文を唱えるナミラの耳を、ウルミの冷たい声が撫でる。


「おやすみなさいませ」


 その日、タキメノの屋敷に光生の魔法が生まれることはなく。

 ナミラの首から、鮮血の飛沫が飛んだ。

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