『希望』
「どうだこらぁ!」
「やったー!」
「作戦通り!」
三人は喜びの声を上げ、まるで勝利したかのような笑顔を見せた。
周りの者は、子どもたちの思わぬ活躍に言葉を失いつつ「もしかしたら」という希望を抱いていた。
グルルルルル……。
土煙の中から、腹の底に響く音が鳴る。
視界を晴らすように風が起こり、魔喰が姿を現した。
「なん……だと」
ダンの額に汗が流れた。
かつてのヴェインをも超える必殺の一撃でダメージがないこともショックだったが、驚いたのは魔喰の変化だった。
影が立体化したような体が、髪や筋肉など細部まで具現化し戦闘に適応した姿となった。両腕以外は皇帝カリギュリスそのものだったが、生前の彼を知る者はこの場にはいない。
「マジかよ……」
兵士たちが抱いていた微かな希望が、音を立てて崩れ去った。
次の瞬間。
魔喰は目にも止まらぬ速さで走り出すと、アニに刺突を繰り出した。
「え?」
アニはなにも反応できなかった。
ダンもデルもどう攻めるかばかりを考え、魔喰がここまで速く動き自分たちを攻めてくるとは思っていなかった。
無慈悲な漆黒の刃が、アニの胸に突き立てられる。
「突撃高貴剣!」
煌めくサーベルが勢いよく突っ込み、悲劇の直前で魔喰を突き飛ばした。
救った剣士は、マッシュルームヘアに髭を伸ばした重傷の貴族だった。
「舐めるなよ、化け物。このブルボノ・ツッカーノ、守るべき平民の子どもに戦わせ自分は寝ているなど、たとえ四肢が千切れてもあり得ないのであーる!」
血を流しながら、ブルボノは叫んだ。
生涯で最も重い怪我を負いつつも、その目は怒りと覚悟に燃えていた。
「ほぉ」
「やるじゃん」
ダンとデルが、感嘆の声を漏らした。
「ブルボノ様……ありがとうございます!」
胸当てが飛んだだけで済んだアニが、律儀に頭を下げた。
「貴族が平民を守るのは、当然の責務なのであーる」
肩で息をしながら、ブルボノは髭を触った。
「ブルボノ様の言う通りだ! 子どもに戦わせてどうする! 立ち上がれ、砦の兵たちよ! ここは我らが守る北の砦。村の騎士団に遅れを取るなぁ!」
「うおおおおおおおお!」
砦長の声に、歴戦の兵士たちは雄叫びで応えた。
皆、シュウやダンたちブルボノの行動に、なにも思わぬわけがなかった。
「儂も……このままではいかぬな」
瓦礫を乗り越え、ガルフが歩み出る。
「この戦いの戦犯は、明らかにナミラくんを遠ざけた儂じゃからの。その責任は果さんと。それに……」
ガルフの体に、蒼白い雷光が宿った。
「雷迅の賢者の力、兄弟子に冥土の土産として渡さねばならぬからな」
最強の賢者にふさわしい魔力が、惜しむことなく迸る。
「ガルダよ、こりゃ負けてらんねーぞ」
その様子を、四大精霊王は敬意を込めて見つめていた。
「分かっている、イフリート。人間にこれほどの勇気を見せつけられて、なにもせぬなど精霊王の名折れよ!」
十万年もの間溜め続けた力は通じず、敵はかつてよりも強い。
しかし傷ついた王は奮い立ち、残った力でシュウたちの傷を癒やした。
「あ、ありがとうございます!」
「礼には及ばん。ゼノ様がナミラ様に転生したわけが……前世を呼び起こすギフトがなぜ人間に与えられたのか、分かった気がする。勇神アインの子らよ、我らと共に戦おうぞ!」
今度はダンたちも含め、その場にいる全員が雄叫びを上げた。
離れた場所に逃げ、戦車の影に隠れていたゲルトも高まる熱に影響された。
グゲゲゲゲゲゲゲ。
一丸となった決死の勇気と覚悟を、黒き厄災は嘲笑う。
ゆっくりと立ち上がり、大きく裂けた口に笑みを浮かべた。
グギャアアアアアアア!
「いくぞおおおおおおおお!」
双方の叫びがぶつかり合い、力が交差する。
魔喰はその真命を全うし、ただ喰らい尽くすために。
立ち向かう戦士たちは、心に灯る小さな光に賭けていた。
彼さえ来てくれれば。
それだけが彼らの希望であり、魔喰から世界を救う唯一の手段だった。
開戦から数時間が経った。
真上にあった太陽は傾き、空は茜色に染まり始める。
一方、北の大地は絶望の黒を広げていた。
「ごふっ、がはっ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
砦の手前まで魔喰の侵食は進み、暗黒が大地を汚していた。
戦士たちも多くが倒れ、未だ立ち続ける者も僅かとなっている。
精霊王、テーベ村騎士団、シュウ、ガルフ、砦長、ブルボノ、隠れ続けているゲルト。
残る戦力も、皆傷つき満身創痍の状態だった。
「くっそが……デカくなるだけなりやがって」
駆けつけたときより二回りほど巨大になった魔喰を睨み、ダンが血の混ざった唾を吐いた。
「闘気や物理攻撃は吸収されんが……魔法は残さず喰いよるの」
ガルフが苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「その物理攻撃も、素早くなったせいでなかなか当たらないですけどね」
シュウはため息をついた。
「ぬぅ……」
「なかなか……キッツいのぉ」
「二人共、しっかり!」
ガルダとタイタンが膝をつく。
自然界の魔素は、魔喰が存在するだけで吸い取られている。特に、空気と大地は常に魔喰と触れているため、減少の速度が極めて速かった。それらを司る風と地の精霊王は、病魔に侵されるように弱っていた。
「問題ない」
「うむ。もう一度ファラさんの焼き菓子を食うまで死ねんわ」
空が嫌に濃く輝き、血のような紅が広がった。
「……ナミラ」
まだ見ぬ希望の名を、アニが呟く。
同時に、ジリジリと近づいていた魔喰が、再び背を丸めて魔力放出の構えを取った。
「と、止めろぉ!」
咄嗟に攻撃を加えるが、動きを止めるほどの威力はない。
その場にいた誰もが、死を覚悟した。
ほとんどの者が俯くか魔喰を睨む中、アニは空を見上げた。
異様に強い光を放つ空。
まるで太陽が二つあるかのよう。
不気味にも見える深紅の空を、アニは美しいと思った。
見惚れていると、魔喰の真上に広がる雲から。
太陽が一つ、落ちてきた。
「真・斬竜天衝波」
「『極炎鳥降臨』」
「「闘魔融合!」」
流星の如く落下する光から、二つ声が流れた。
「「極炎竜衝波!」」
燃え盛る翼を持った眩い光竜が、炎と光で魔喰を襲う。
魔喰はそれでも魔力を放出しようとしたが、とぐろを巻く竜に締め付けられ身動きが取れなくなった。
そんな魔喰とアニたちの前に、二つの影が降り立った。
「み、みんな! 遅くなって、ごめん!」
可憐な声が耳を癒やす。
「みんな、ここまでよく耐えてくれた」
続いた声に、人々は胸を熱くさせた。
「あとは任せろ!」
仲間の危機、家族の危機、世界の危機。
十万年前の前世、万象王ゼノから続く世界滅亡の因縁。
それらすべてを背負う者。
それらすべてに勝ち得る可能性を持つ者。
ナミラ・タキメノが戦場に現れた。




