『超天』
「ナミラ!」
我慢できず、アニが力強く抱きついた。
「アニ……待たせてごめん」
傷だらけの幼馴染の体を、ナミラは優しく抱きしめた。
「ナミラ」
「ナミラくん、モモ」
「ナミラ様」
「ナミラ~、待ってたよぉ」
「遅いんだよ、馬鹿」
名を呼ぶ声に、安堵の気持ちが溢れている。
アニの頭を撫で後ろに下がらせると、ナミラはもがく魔喰を睨みつけた。
「久しいな、魔喰よ……いや、お前はずっと我とおったか」
魂の中のゼノが、不敵に笑う。
「永き因縁、ここで断とうぞ。もしもお前に魂があるならば、永遠に刻むがいい」
真っすぐに向けた刀の切っ先が、夕日を受けて煌めいた。
「お前を討つ者の名を。このナミラ・タキメノの姿を!」
高らかに言い放ち、ナミラは【解析眼】で魔喰を見た。
「ねぇ、ナミラなんか雰囲気変わった?」
アニがその背中に感じた違和感を口にした。
ダンとデルはなにも感じず、ただ首をかしげるだけだったが、父であるシュウは微笑んで頷いた。
「あぁ、変わったよ。あいつは、さらに強くなったんだ」
死にかけていたにもかかわらず、感じる息子の成長に心からの喜びが湧いていた。
「モモ!」
解析を終えたナミラが叫ぶ。
「もうすぐ拘束が解ける。その間、俺が時間を稼ぐから。話してたアレ、やっちゃって!」
「い、いいの? 本当に本当にやっていいの?」
ぞくぞくする喜びに震え、モモは頬を赤らめた。
「あぁ、思いっきりやってくれ!」
お墨付きの笑顔に、モモは小さく飛び跳ねた。
「ととさま! わ、わたしのこと、見ててね! 杖、もらったのは壊れちゃったんだけど、ほら! 新しいの作ってもらったんだよ! わたし最強の賢者のととさまを、ボロボロにしたあいつを許さないから! わたしたちがダンジョンに行かなかったら、アニちゃんやみんなも、こんなに傷つかなくて済んだのに……ナミラくんがテーベ村にいれば」
「モモや。見てるから、ちゃんと見てるから。もうやめておくれ……」
心にとどめを刺されたガルフは、胸を抑えて震えた。
「ナミラ様! 我らも共に。今のあれは、十万年前とはもはや別物。おひとりなど無茶です!」
四大精霊王が重い体を引きずり、ナミラに続こうとした。
「無茶はお前たちだろう。そんな体でなにができる?」
「しかし」
「安心しろ。たしかに、かつての我では無理かもしれんが……」
ナミラがゆっくりと振り返る。
「今の俺なら、どうにかなると思うぜ」
その瞬間、精霊族の長が人間の少年に凄まじい畏怖を感じた。
万象王よりも遥かに大きな力の片鱗。
ガルダたちはそれ以上なにも言えず、せめて最大の敬意を込め「ご武運を」と送り出した。
「行ってこい、自慢の息子」
「うん。行ってくるよ、自慢の父さん」
拳を突き合わせ、親子は笑い合った。
「団長命令だ。俺様たちの分までボコボコにしてこい」
「副団長命令。終わったら胴上げね」
「了解っ」
心の通った幼馴染三人は、同時に「がはは」と笑った。
「……ナミラ」
潤んだ瞳のアニが呼ぶ。
なにか言いかけて言葉を飲み込み、涙を拭いて笑顔を向けた。
「私命令! 帰ったら、なにかプレゼントちょうだい!」
眩しい笑顔の少女の指に。
あの日、ゲルトにもらった指輪が光っていた。
「ああ。約束するよ!」
親指を立て、ナミラは歩き出す。
魔喰は変わらずもがき続け、炎翼の竜の体は消えかかっていた。
「待たせたな。さぁ……始めようぜ!」
声に応えるかのように、とぐろを巻いていた竜が弾け飛んだ。
ギャギギャギャギゲギョオオオアアアア!
憎悪や怨恨、すべての負の感情を込めたようなおぞましい絶叫。
残像を残して側面に回った魔喰は、巨大化した体をしならせ右腕を振り下ろす。
ナミラの脳天から真っ直ぐに、漆黒の亀裂が入った。
「お返しだ!」
魔喰が捉えたナミラは、対抗するように残された残像だった。
「円空斬!」
頭上に跳んでいたナミラは、落下の勢いを利用した回転斬りを繰り出した。
グガアアアアアアアアアア!
苦悶の声を上げながら、魔喰は反撃に出る。
そのすべてを、ナミラは迎え撃った。
風を追い越す二人の攻防。
刃が交わり、火花が舞い散る。
そして、見守る誰もが固唾を吞む中。
モモの詠唱が始まる。
「『永久凍土に咲く花よ 造り上げる美しき地獄 魅せる可憐な悪夢 如何なる小人も逃すことなき 心身一切凍らす毒 種蒔き開け 純白の死花!』」
「おぉ、これは……」
ガルフは目を細めた。
モモが唱えた呪文は、氷の最高位魔法。
魔喰に取り込まれたバジラナが得意とし、凍花の賢者と呼ばれた所以になった魔法だった。
属性:氷
出力:一〇〇%
術式:最高位魔法
オーダー受諾しました。
モモの杖から、聞き慣れぬ声が流れた。
無機質で淡々とした声。
正体は、ヴェヒタダンジョンで眠るゴーレム、アーシュラに備えられていた人工知能の改造版。杖は滅びた古代文明の魔導技術を存分に使った代物となり、モモが注ぐ魔力を最適な効率で魔法に変換することができる。
詠唱が終わると同時に杖が変形し、周囲に魔法陣が展開された。
すると、戦い続けるナミラと魔喰を極寒の冷気が包み始める。
即座にナミラは上空へ跳び、足元を覆う白い靄から逃れた。
「『死招白雪開花!』」
靄が一瞬で、透き通る白い氷の花に変化した。
若きバジラナがこの魔法を放った最果ての島では、未だにこの花が咲き続け生物を寄せ付けない氷の孤島と化している。
ナミラを追おうとしていた魔喰は足先から凍りつき、瞬く間に全身が氷に包まれた。
グゲゲゲゲゲゲゲ。
しかし、皇帝だった顔が笑う。
身に触れる氷が取り込まれ、体躯を巨大にしていく。花が咲くかぎり氷漬けは続くが、広がる花畑はすでに減少を始めていた。
「おい、やっぱり魔法は奴を強くす」
「はあああああああああああっ!」
モモを止めようとしたダンだったが、モモを覆う魔力の奔流に体が動かなかった。
「『光浴び続け闇に至る! 力吸い続け高みに昇る! 命根絶の終末さえも! 一輪唯一の美が彩る!』」
広がる花弁がひとりでに舞い散り、渦を描いて回り始めた。
「なんじゃこれは……こんな魔法、儂は知らんぞ」
この世の魔法すべてを知るとされる賢者。
中でも名高き、雷迅のガルフ。
そんな男が、初めて目にする魔法に言葉を失っていた。
「『我、絶望を知る者! 我、闇を見た者! 我、希望を知る者! 我、光に触れた者!』」
属性:氷……。
杖がさらなる変形を重ねながら、核のスフィアに魔力を送り続ける。
精霊王の奥義にも匹敵する魔力量が数多の魔法陣に変換され、そのときを待つ。
グガァァァァ!
魔喰が驚異を感じたのか。
それとも、バジラナの意思なのかは定かではない。
魔喰は左腕をモモに伸ばし、魔力の弾丸を撃とうとした。
「させねぇよ!」
飛来したナミラが、砲身となっている頭を切断した。
「せっかくだから見ていけ。人間が、新たな領域に踏み入れる瞬間を」
ハジラナの首が落下する。
「『蒼月に咲き誇れ、碧き雪月花!』」
出力:一二〇%
術式:超天魔法
オーダー受諾しました。
「『絶氷青薔薇!』」
舞う花弁が魔喰へ収束し、白から青へと変化していく。
重なり、連なり、一つとなり。
天へと昇る満開の青い薔薇が、魔喰を閉じ込めた。
「超天……魔法」
誰も想像しなかった極地。
人類の限界を超えた新たな到達点の誕生。
ガルフは腰を抜かし、雲の中で咲き誇る薔薇を見上げた。
「……見ているか、凍花の賢者バジラナよ。お前への、手向けの花じゃ」
転がるバジラナの首は、薔薇の根本で天を仰いでいた。
魔喰に取り込まれ、もはや賢者と呼べなくなった彼は、自身が咲かせられなかった花を見てなにを思うだろう。
その真意を知ることができるのは、冥界の女神しかいない。
ただその表情に苦しみは無く。
見惚れる瞳を輝かせたまま塵となり、消滅した。




