『新たな武器』
興奮冷めやらぬ村人たちは仕事に戻り、ナミラたちも村へ向かった。
「じゃあ、父さんたちは砦に行ってくる。王都に精霊王とか俺のことを報告しなくちゃいけないんだが……砦長信じてくれるかな」
シュウとレゴルスは揃って北の砦に発ち、ゴーシュはギルド館に帰っていった。
ナミラたち四人は、談笑しながらとある場所を目指して歩いていた。
「楽しみだなぁ。どんなのかなぁ」
デルは顔をほころばせ、無意識にスキップをしていた。
「そうね。でも、本当にお代はいいのかな?」
「べつにいいだろ。本人がいらねぇって言ったんだからよ」
心配顔のアニに、ダンがニカっと笑う。
「まぁ、そうだけど」
「そんなに気にしなくて大丈夫だよ、アニ。俺たちには分からなくても、親方にとってはお金以上の価値があるんだからさ」
ナミラが諭すと、アニはしぶしぶ頷いた。
動き回る村人の声を聞きながら、復興の進む故郷を歩く。見慣れた景色は消えてしまったが、村中に満ちる活気に四人は明るい未来を想像していた。
「さぁ、着いた」
立ち止まったナミラたちの前には、村の鍛冶屋が建っていた。
あの戦いで無事だった、数少ない建物の一つ。看板が半分崩れてはいるが、シンボルであるドワーフの槌のレリーフは奇跡的に無傷だった。
「こんにちはー」
店内は鉄と木と革の混ざった重い臭いがした。
「おぉ! 来たか! ちょっと待っとれ」
工場も兼ねた店の奥から、興奮した太い声が響く。
すると、店の鍛冶師たちが荷物を抱えて現れ、最後に老練なドワーフが姿を見せた。
「待っておったぞ、村の英雄共。頼まれていた古代竜の武器、すべて出来とるぞ」
ダンたちは目を輝かせ、胸を踊らせた。
その様子を、ナミラは微笑ましく眺める。脳裏には、最後に聞いたあの優しい声が蘇っていた。
「頼みがあります」
竜牙剣に宿ったかつての母は、真剣な口調で言った。
戦いが終わった直後、肩の怪我を治療している最中のことだった。
「私を……竜牙剣を打ち直してください」
突然の申し出に、ナミラは目を丸くした。
この剣はユグドラにとってただの形見ではなく、亡き母そのもの。手を加えるなんて、考えられなかった。
「どうして」
「今の貴方に、この剣は大き過ぎる。ナミラの剣に生まれ変わるのですよ」
その声だけで、優しく微笑む姿が容易に想像できた。
「でも、そんなことしたら……」
「大丈夫。芯さえ無事なら、この私が消えることはありません。まぁ、竜牙剣に宿っていた力は減ってしまうでしょう」
なんとなく、剣が頭を下げているように見えた。
「そして私から離れた牙を、べつのものに加工してほしいのです……それをぜひ、あの子たちに」
刃に日の光をきらりと反射させた先には、それぞれの健闘を称えるきしだんの三人がいた。
「……ありがとう」
「息子の友達は大切にしますよ」
こうしてナミラは、村一番の鍛冶師であるドワーフのゴムダムに竜牙剣の加工を依頼した。
ゴムダムは「一世一代の鍛冶仕事」と意気込み、今日まで休むことなく作業に打ち込んだ。そして手合わせの準備をしていたナミラの元へ、疲労困憊ながらも達成感に満ちた若い弟子が完了の報告に来ていたのだ。
「まずは改めて礼を言わせてくれ。古代竜の牙なんてもんを、任せてくれてありがとうよ。鍛冶修行に故郷を飛び出して三十年。鍛冶師として、末代まで誇れる名誉だ」
ゴムダムと共に、鍛冶場の全員が深々と頭を下げた。
「いやそんな。こっちは、親方の腕を見込んで頼んだんですから」
「くぅ〜、泣けるじゃねぇか! よし、じゃあ早速お披露目といこうか。最初は……アニから」
畏まったゴムダムは、布に包まれた二振りの剣をカウンターに広げた。
細身の刃は冷たい鋭さを誇り、光を受けると虹色に反射した。
「二振り合わせて名は『舞姫』。ダイヤモンドをあしらったほうは、白麗。オニキスのほうは黒艶。二対一体の剣だ」
鍔にそれぞれ宝石を煌めかせ、柄には羽を思わせる対照の装飾が施されている。
美術品としても価値があり、ドワーフの手先の器用さが存分に発揮されていた。
「……素敵。見た目は重厚なのに、羽根みたいに軽い。ありがとうございます。私、一生大事にします」
手に取り息を飲んだアニは、ゴムダムの目をしっかりと見つめて頭を下げた。
気恥ずかしくなったゴムダムは、照れ隠しに次の包みを広げた。
「次はデルだ。こんなの初めて作ったが、意外に楽しかったな。竜加護の技巧手袋だ。」
艶やかな黒い手袋。
手の甲の部分には、竜の刺繍が施されている。
「え、どこに牙使ってるの?」
「無理やり粉末にした牙を、お前が使ってる糸に纏わせてんだよ。秘蔵にしてた地竜の革も使ってやったんだ。これだけで、下手すりゃ国が買えるんだからな!」
顔を引きつらせながら、デルは恐る恐る手にはめた。
すると、見た目以上のつけ心地にとろけそうな顔をした。
「そいつに軽く滑らせれば、刃物の切れ味は格段に上がるし属性付与もできる。他はあとで聞け」
「は、はい! ありがとうございます!」
ハツラツとしたお辞儀に、ゴムダムは満更でもない顔をした。
「そしてダン! お前が一番苦労した!」
三人がかりで運んできたのは、以前使っていたものをも超える巨大な斧だった。
「おぉ……すげぇ」
デルが小声で「持てないんじゃない?」と耳打ちする中、ダンが柄を躊躇なく掴んだ。
軽々と持ち上げ分厚い両刃をまじまじと眺める姿に、周囲の心配は杞憂に終わった。
「すげぇ……これ以上ないくらい馴染むぜ。重いことは重いんだが、まったく苦にならねぇ。まさに俺様専用の武器だな!」
「いい武器ってのはな、自分で使い手を選ぶのよ」
ゴムダムは、孫にプレゼントを贈ったような眼差しを向けた。
「そいつの名はウルティマ。期待に応えてくれや」
「ウルティマ……超える者ってか! ははは! 任せとけ!」
豪快に笑い、ダンは新たな相棒を肩に担いだ。
「さて……」
ゴムダムは真剣な表情で、細い漆喰の箱を取り出した。
「他の三つも、この世に二つとない自慢の一品だ。だがナミラ。俺はこの一刀が我が人生、最高傑作だと自負している」
ナミラが恐る恐る箱を開く。
中には、新たな姿の竜牙剣があった。
「お前さんの要望通り、刀に打ち直した。極東の鬼ヶ島で十年修行しててよかったわい」
ナミラは刀を手に取り、ゆっくりと引き抜いた。
白い刀身は、以前のものよりもかなり細い。しかし、凝縮された力が新たな門出を祝うかのように輝きを放っている。
「……うん。まるで腕の延長みたいだ」
軽く振ると、ナミラは自分との相性の良さを確信した。
「そいつの名前は、お前さんが決めてくれ」
神妙な面持ちで、鍛冶屋衆が見つめる。
「……竜心。この刀は竜心だ」
ナミラは刀を掲げ、清々しい表情を見せた。
「竜心……いい名だ」
この瞬間を心に刻むように、ゴムダムはナミラたちをじっと見つめていた。
その目に、熱い涙が一粒流れたのをナミラは見逃さなかった。
「……久しぶり」
「えぇ。改めてよろしくお願いします」
鍛冶屋からの道中。
他の三人が、新しい力を試したくて興奮する後方。
ナミラが竜心に囁くと、穏やかな声がした。しかし、心なしか弱々しく思える。
「やっぱり、無茶したんだな」
口から出た小さなため息は、ナミラではなくユグドラのものだった。
声の主は、剣に宿る守護霊のようなもの。剣そのものを分けてしまえば、影響が出るのは当然だった。
「あら、無茶などしていませんよ。ただ……少し、眠いです」
「いいよ、しばらく寝て」
「意識は無くとも、力は使えますからね。貴方の危機には、必ず目覚めます。あと、あまり夜更しやお菓子の食べ過ぎは」
「大丈夫だって!」
困った笑みを浮かべると、母竜の声は「では信じます」と呟いた。
永きに渡り尽くしてくれたかつての母のしばしの休息に、ナミラの中のユグドラは心からの感謝を送った。




