『前世からの胸騒ぎ』
「あのぉ、よければ一緒に食べませんか?」
入る隙などないはずの会話に、のほほんとしたファラの声が割り込んだ。
「ちょ、なに言って」
シュウはナミラが見たことないほど慌て、変な汗をかいている。
「だって、この人たちがナミくんのお客様なんでしょう? あなたも言ってたじゃない、大事なお客人だぁーって」
「いや、言ったけど想像以上で」
対照的な二人の様子に、ナミラは思わず吹き出した。
「俺としたことが紹介を忘れていたな。母のファラと父のシュウだ。母の焼き菓子は絶品なんだぞ?」
「なら、喜んでご相伴にあずかりましょう」
微笑んだガルダと共に、巨人族と変わらぬ背丈だった体がスルスルと縮み、溢れる力はそのままに人並みの大きさへと変化した。
「な!」
「う!」
「え!」
「ほ!」
絨毯の上に座り菓子を口に運んだ瞬間、精霊王はそれぞれ素っ頓狂な声を上げた。
「「美味い!」」
「「美味しい!」」
だが、抱いた感想は皆同じだったようだ。
「なにこれ、すごい美味しい!」
「人間のものなど初めて口にしたが……これは美味い」
「普段は食う必要ないからなぁ、俺たちは」
「いやぁ、さすがはナミラ様の母君!」
恐らく世界で初めてすべての精霊王から料理を褒められたファラは、嬉しそうに笑った。
「……ところで父殿は我が眷属と契約しているようですな?」
終始明るい雰囲気の中、ガルダがシュウをじっと見つめて言った。
なんとなく居心地の悪さを感じていたシュウは、ビクッと体を跳ねさせた。
「あ、あははは。えっと、はい。契約させていただいています」
「懐に隠れておるな、妖精たちよ。王の前ぞ、観念して出てこい」
ガルダにピシャリと言われ、シュウの胸元から風の妖精が気まずそうに出てきた。
「今後も、父殿の力になるように。決して失礼や失態のないようにな」
頭などない光の粒である妖精だが、ひれ伏すように地面へ下がった。
「ガルダ、抜け駆けはズルいぜ。父殿よ、火の妖精も連れて行け。こいつらはよく燃えるぞぉ」
イフリートの指先から赤い光が飛び出し、シュウの周りを元気に飛んだ。
「ちょっと、抜け駆けはあんたもでしょ! 父殿ぉ〜、水の子らもお側に置いてくださいまし」
「なら儂も遅れを取るわけにはいかんな! そらっ、父殿をよく守り敵を倒すのだ」
「ちょ、あの、え? け、契約出来るのか?」
四元素の妖精に囲まれ、シュウはあたふたとしていた。
「うーん、四元素すべてと契約した人間なんて、聞いたことないなぁ。たぶん、体がパーンってなるよ」
「軽く言うな息子!」
悲鳴を上げるシュウに、ナミラは笑いかけた。
「大丈夫だよ。これ……で!」
ナミラが手をかざすと、シュウの体が白い光に包まれた。
「精霊族との親和性を上げた。これで、四つすべてと契約しても大丈夫だよ」
「マ、マジか……俺とんでもないことになったんじゃ」
「控えめに言って、人類史上最強の英雄だね」
ナミラは茶化す言い方をしたが、それが冗談でもなんでもないことをシュウは悟っていた。
「よっ! 英雄!」
精霊王たちから囃し立てられ、恥ずかしさを感じながら、シュウはその中心にいる息子を盗み見て呟いた。
「本当の最強はお前だろうに」
だが、だからといって父である自分が弱くていい理由にはならない。
万が一のとき、愛する人の盾にでも剣にでもなれる強さを持っていなくてはならない。息子が自分の道を歩むとき、後ろを気にしなくていいように。自分のせいで、子どもの歩みを止めることがないように。
「……やってやろうじゃねぇか」
腰の魔剣を天に掲げ、妖精たちと契約を果たす。
こうして覚悟を決めた瞳のシュウは、人類で初めて四元素すべてと契約した妖精剣士となった。
「ナミラー!」
盛り上がるお茶会に、アニの声が響いた。
険しい顔で、村人たちと共に走り寄ってくる。
「なによこいつら! ナミラになにかしたら許さないんだからね!」
無理やり連れて来られた大人たちがビビり倒す中、アニは勇ましく吠えた。
「そうだ! なんかすげぇ奴ってのは分かるけど、俺様が相手になってゴハァッ!」
「なんでダンちゃん血吐きながら来てんの! また怒られるよ!」
ダンとデルもそれに続いた。
それは愚かとも言える行為だったが、精霊王たちにはむしろ好印象を与えた。
「み、みんな落ち着いて。実はさ……」
困り顔を浮かべながら、ナミラは事の顛末を説明した。
最初は精霊王の真偽を疑っていたアニたちだったが、ダンたち怪我人の傷を一瞬で癒やし、瓦礫を片付け荒れた畑を肥沃なものに変えた力を目の当たりにすると、頭を下げ感謝した。特にエルフのレゴルスはガルダに新たな力を与えてもらい、夢のような心地を感じていた。
そのうち、家族団欒のピクニックはいつの間にか村中を巻き込んだ宴会となり、一日中祭りのような熱気に包まれることとなった。
「……ガルダよ」
興奮した空気が落ち着いた、月が浮かぶ真夜中。
一人丘に立っていたナミラは虚空に向かって呟いた。
「はっ、ここに」
ガルダの畏まった声と共に、四大精霊王が背後に跪いて現れた。
「改めて、お前たちの働きに感謝と敬意を。本当に、よくここまで取り戻してくれたな」
穏やかな言葉に、四人は涙を流した。
「とんでもございません。現在、自然界の魔素は我らがお仕えしたあの頃に比べ、半分ほどしかありません。精霊族の復興も道半ば、貴方様には遠く及ばず……」
「そんなことはない」
ナミラは首を横に振る。
「ゼノが死ぬとき、世界は滅びかけていた。魔素はあれのせいで、二割にまで減らされていたじゃないか」
振り返り、優しい微笑みを向ける。
「俺は好きだよ。お前たちが作ってくれた、この世界が」
感動の涙が止まらなくなった。
万象王亡きあと、滅びかけた種族と世界を取り戻すため、四人は永い間死力を尽くしてきた。そして、誰からもその努力を認めてもらえないことを覚悟していた。
しかし、二度と会えないはずの主君の手によって、諦めた願いを叶えられた。悠久を生きる精霊王であっても、溢れる感情を抑えることはできない。
「……それで、聞きたいことがある」
四人が落ち着くのを待って、ナミラはゆっくりと口を開いた。
「あのゼノ山脈は、俺だな?」
指差す先には、夜闇に浮かぶ山影が星空を遮っていた。
「はい。その名の通り、万象王ゼノ様の肉体でございます」
ガルダが静かに言った。
「そうか。今は、クリスタル鉱山となっていると聞いた。死する寸前に全身をクリスタルに変える術は、間に合っていたんだな」
ナミラはほっとした笑みを浮かべた。
しかしそれもすぐに消え、敵を睨むように険しい顔になった。
「なら、あれはまだゼノ山脈にあるな?」
「はい。あの力のせいで中の様子は分かりかねますが、人間の採掘程度では心配無用でしょう」
「いや」
ナミラの脳裏に、前世の記憶がよぎる。
北の大地を旅したジョニー、帝国との戦いを経験したラビ、そしてライア。
あの山脈に縁がある記憶と先日の戦いが、油断ならない胸騒ぎを感じさせていた。
「今まで以上に警戒しろ。この身に贈られたギフトは、どうやら前世の因縁まで蘇らせるようだ。となれば……最大の警戒は万象王の命を奪ったものだろう?」
精霊王たちはその言葉に身を引き締め、決戦に望む戦士の顔をした。
「御意。貴方様を失った怒りと悲しみは、再びお会いした今でも色褪せておりません。四大精霊王、必ずやあのときの雪辱を果たしてみせます」
これ以上ない頼もしさを感じ、ナミラは頷いた。
「頼りにしてるよ」
再び、闇に浮かぶ巨影に目をやった。
物言わぬはずのかつての肉体が、なにかを語りかけているようだった。




