『四大元素の王』
テーベ村の歴史上、最も熾烈な戦いから一夜明けた。
のちに『テーベ村防衛戦』と語られる戦いは、怪我人はいるもののナミラたちの活躍によって村人側の死者はゼロ。遊びの延長と思われていた『テーベ村きしだん』の評価を、大人たちは改めざるを得なかった。
しかし、村には決して少なくない傷跡が残っている。
建物は壊れ、畑は荒れ、復興には時間を要する。村人全員が町への昇格を諦め、地下牢にいた現村長のバビは地上に出たと同時に泡を吹いて倒れた。
だが、人は強い。
怪我人の治療をしつつ、動ける者はすぐさま瓦礫の片付けや被害状況の調査を始めた。
そして、最大の功労者である四人には心からの感謝と、束の間の休息が与えられた。
ダンは母親により問答無用でベッドに縛りつけられ、治療を受けることになった。
アニは傷の手当てをしながら、意識の戻らぬガイに付き添っている。
デルは戦いが終わってすぐナミラと共に残った罠の解除に奔走したため、今日は一日寝て過ごすことを心に決めていた。
そして、ナミラも心穏やかな朝を迎えていた。
白い日差しが周囲を照らし、優しい風が肌を撫でる。
腰を下ろした外用絨毯の下に生える草たちが、青い匂いを漂わせている。鳥の鳴き声が遠くに聞こえ、平和な一時を歌っていた。
「……それでな、ふっ飛ばされて崖下で死にかけてたんだよ」
正面に座るシュウが、苦笑いを浮かべて自分に起きた出来事を話していた。
村人には北の戦いも勝利したことは伝えられたが、詳しい内容はまだ周知されていなかった。中でもシュウが妖精剣士となった経緯は注目の的だったが「今日くらいは家族で過ごさせてやろう」と、みんなが気を利かせてくれた。なので、ファラが張り切って約束の焼き菓子を作り、村外れの丘に三人で出かけていた。
「だ、大丈夫だったの?」
ファラが泣きそうな顔で言った。
「ファラ、安心して。大丈夫だったからここにいるんだよ……で、倒れてたら焼き菓子に妖精が寄ってきてなぁ。気に入ったみたいで、俺と契約して助けてくれたんだ」
ふと目をやると、並べられた焼き菓子の周りを嬉しそうに飛ぶ緑色の光がいた。
「なんとかゴーシュとレゴルスさんにも応急処置をしてたら、思わぬ援軍が来てくれて」
「援軍?」
「エルフの軍勢だ。レゴルスさんの奥さんが、危機を察して戻ってきてくれたんだ。しかも、会議に出てた他の族長まで連れて。いやぁ〜、壮観だったぞぉ」
シュウはうっとりと、目に焼きついた光り輝く甲冑たちに思いを馳せた。
「笑えるんだが、不審者としてその軍にゲルトさんが捕まっててな。解放ついでに、ミスリルの剣も受け取ったんだ。そしたら、力がすごく湧いてきてなぁ」
ナミラは大きく頷いた。
魔素の力を高めるミスリルと、魔素の生命体である妖精はこれ以上ない相性だろうと納得した。
「で、エルフたちが奮戦してくれてる間に、父さんがモンスター・テイマーを倒し、そのおかけで魔物たちも一掃できたってわけだ!」
胸を張るシュウに、ファラが拍手を送った。
「ねぇ、そのテイマーってどんな奴だったの?」
ナミラが身を乗り出して聞いた。
「気味の悪い奴だったな。魔族とも違う……色んな魔物や魔獣の一部が融合したような感じだ。首を刎ねたら暴走したし、妙な相手だったな」
険しい顔をしたシュウの頭をファラが優しく撫で、子どもの前だというのに夫婦のイチャつきが始まった。
しかし、ナミラの目には映っていない。
シュウの話を聞き、様々な憶測を巡らせる。結果、共通点などないにも関わらず、その脳裏には自身が倒した老魔法使いの姿が浮かんでいた。
(まさか……な)
物思う視線の先に、そびえ立つゼノ山脈が広がっていた。
「よしよし」
風になびく髪を、ファラが愛おしさを込めて撫でた。
右手にナミラ、左手でシュウを撫でながら優しい微笑みを浮かべている。
「ナミくんもそんな顔しないの。せっかく、みんな無事だったんだから」
ファラはおもむろに二人を抱き寄せ、そっと包み込んだ。
「本当に……心配したんだよ……二人とも、無茶しないでね」
安堵と幸せが生んだ笑顔に、意図しない涙が流れた。
愛する二人の生還を信じていた。しかし、傷つく息子を目にし危機に晒された夫の戦いを知ると、胸の痛みを口にせずにはいられなかった。
「……あぁ。すまない」
「……ごめん」
二人は無言で目を合わせると、それぞれ謝罪の言葉を口にした。
そして同じように手を回し、親子は温もりと幸せを感じ合った。
「さぁ、いっぱい食べてね!」
涙を拭いたファラが、明るい声で言った。
しばし団欒の一時を過ごしていると、シュウが思いついたように手を叩いた。
「そうだナミラ! 妖精に触ってみないか? 新しい前世が手に入るかもしれないだろ?」
「え、いいの?」
その可能性は考えていたが、精霊族は心を許した相手しか触れることができないと聞いていた。
なので、時間をかけて信頼を得てからと思っていたナミラにとって、シュウの提案は願ってもないことだった。
「あぁ、焼き菓子に夢中になってる今なら、触らせてくれるはずだ」
「そんな猫みたいなの?」
意外な習性に驚きながら、恐る恐る手を伸ばす。
精霊族はこの世界でもトップクラスの力を持っている。そんな前世が手に入れば今よりも数段強くなれるのは確実で、ナミラは緊張していた。
指先に触れた光から、涼やかな風と魔素の波動を感じる。
同時に、新たな前世の記憶と力が溢れ出す。
ナミラは弾かれたように倒れ、空を仰いだ。
「ナミラ!」
「大丈夫? ナミくん!」
突然の卒倒に、両親が顔を覗き込む。
しかしナミラは、まるで世界に溶け込んだような不思議な感覚の中にいた。
自分は世界の一部であり、自分が世界そのものであるかのよう。
風の行く先が分かり、生まれたばかりの灯火の産声が聞こえる。水が思い通りに流れ、地中から顔を出した新芽の鼓動を感じた。
ナミラに蘇った前世は三つある。
五万年前の風の妖精。
妖精が進化した姿である、三万年前に生きた風の精霊シルフ。
そして、かつて精霊族が世界で最も栄えていた十万年前に生きた者。竜討伐者ユグドラの前世すら超える超常の存在。
「……大丈夫だよ」
起き上がりながら、ナミラは微笑んだ。
安心しつつも、シュウはその奥に宿った底知れぬなにかを感じ取った。
「ごめん、父さん母さん。お客さんを呼んでもいいかな?」
「客?」
「いいわよぉ〜」
警戒を滲ませたシュウだったが、ファラののんびりとした返事が場を和ませた。
「い、いいの?」
「だって、きっと大事な人たちなんでしょう? なら、早く前世が戻ったよ〜って教えてあげなきゃ」
なにも反論できず、シュウは大きなため息をついた。
「ま、その通りだな。ナミラにとって大事なら、俺たちにとっても大事なお客人だ。いいぞ、ナミラ。お菓子はまだたくさんあるからな!」
若干の強がりがバレていたが、シュウは親指を立てて笑った。
「ありがとう。これから先、絶対に関わる相手だからさ。二人にも紹介したいんだ」
ナミラは心からこの両親でよかったと思った。
そして立ち上がり、深呼吸をし、声を発した。
「■■■■■■■■」
シュウたちには、ただの音にしか聞こえなかった。
しかし、瞬きの間に起きた変化にそれが呼び声であったと知ることになる。
いつの間にか、巨大な影に囲まれていた。
「風の精霊王ガルダ」
緑の鳥人が口を開いた。
「火の精霊王イフリート」
犬のような頭をし、体に炎を燃やす男が言った。
「水の精霊王カリプソ」
全身に水を纏う鱗の女が囁いた。
「地の精霊王タイタン」
甲冑に身を包んだ、土の男が名乗った。
「「「「我ら四元素を司る四大精霊王である」」」」
脳を揺らす声に晒されながら、シュウは先程の言葉を後悔していた。




