『風が吹き抜けるとき』
しばしの間、テーベ村に静寂が訪れた。
美しかった景観は見る影もない。人々は傷付き、子どもたちの中には未だ涙を浮かべて震える子もいる。
そんな中。
真似衣の魔法が解けたナミラは、短剣を空に突き上げた。
「勝ったぞおぉぉぉぉ!」
響く勝鬨に、村人たちは歓喜の声を上げた。
「うおおおおおおお!」
村始まって以来の激しい戦い。
強敵に勝利した安堵と喜びは、計り知れないほど大きかった。
「やったー! 僕たち勝ったんだー!」
「よっしゃ……ナミラ、を……胴上げ」
「無茶言わないのバカ!」
最大の功労者である『テーベ村きしだん』の三人も、喜びに震えた。
そのうち興奮した大人に囲まれ、命懸けの働きを褒め称えられた。
「これからよろしくな」
「えぇ」
ナミラは、地面に刺さった竜牙剣を手に取り囁いた。
聞こえた温かい声が、疲れと傷を癒やしてくれるようだった。
「ねぇ! ナミラもこっちおいでよ!」
アニの明るい声がする。
振り返ると、もみくちゃにされた三人が村人と一緒に満面の笑みを向けていた。
奥には、涙を流すファラたち母親の姿もある。ナミラは抑えられない喜びで顔が緩み、足を踏み出した。
だがその笑みは。
突如襲った激痛に歪んだ。
「ぐっ!」
熱い痛みが力を奪う。
見ると、左肩を錆びた矢じりが貫いていた。
「きゃあ!」
アニの悲鳴を皮切りに、村人たちの顔が恐怖に染まる。
ナミラが振り向くと、そこには数十人の男たちが勝ち誇った笑みを浮かべ、先頭の一人は弓を構えていた。
「まさかお頭を倒すなんてなぁ」
弓の男が口笛を吹いて言った。
他の者も、ふざけた拍手でそれに続いた。
「斬竜団の生き残りか」
「そんな!」
デルとアニが悲痛な叫びを上げる。
「全員やっつけたはずだよ! 二人で村中確認したんだから!」
「あいつらやったのお前たちか! すげぇなこの村のガキ」
ニヤつく顔に向かって身構えるデルとアニ。
ダンは睨むが体が動かない。ガイの意識も戻らず、他の村人には戦意が戻らない。
「俺たちは西の森にいたんだ。お頭……あの馬鹿とジジイは、畑の家を襲って死んだと思ったみたいだけどな」
ナミラは自分を責めた。
別動隊の存在は知っていたが、ナミラもまた南側の罠で倒したと思っていた。北側に攻め込んだ数で判断したのが、間違いの原因だった。
「でよ、その剣返してくれねぇか? 片手じゃ持ち上げるのがやっとだろ?」
男が指差す先には、竜牙剣があった。
たしかに左腕に力が入らない今、斬竜天衝波の構えも取れない。
「お前が次の頭領になるのか? 斬竜天衝波も使えないのに、この剣を持ってどうする?」
滴る血を感じながら、ナミラは挑発的な笑みを浮かべた。
「……なんなんだてめぇ」
相伝の内容を知っていたことに驚きつつ、男は鼻で笑った。
「んなこと関係ねぇ。カビの生えた伝統は、もう終わりなんだよ」
男は、再び勝ち誇った笑みを顔に貼り付けた。
「あんな技なくても、これからは頭のキレる奴が頭領になるんだよ」
「ハッ」
思わずナミラの中のユグドラが吹き出した。
「なら、この剣も斬竜団もお前には相応しくねぇよ。やっぱり、あの男で団は終わりだ。パチモンは引っ込んでろ」
ナミラが言い終わると同時に男は怒り、剣を抜いた。
「うるせぇ! こっちはお墨付きもらってんだ! てめぇらはさっさと死ね! 女だけ残してくたばれ!」
明らかに三流の男を見下し言葉に違和感を覚えながらも、ナミラは危機感を感じていた。
傷に加え、魔力も闘気も残り少ない。他に戦えるのはデルとアニだが、二人もダメージがあり、疲労もピークに達している。地形を利用したゲリラ戦ならともかく、村人を守りながらの戦いは今の二人には荷が重い。
「やれぇー!」
「……くっ」
短剣を構え、体の底に残った闘気を振り絞る。
「大丈夫ですよ」
頭の中に、母竜の声が響いた。
「風が剣士を連れてきます」
残酷な刃が振り上げられたとき、男たちを押し止めるように突風が吹き荒れた。
「うおっ!」
「きゃあ!」
驚きの声と悲鳴が上がる。
門を開け放ち、北から吹いた一陣の風は不思議な温もりを携えていた。
「大丈夫か?」
風が止み、人々は目を開けた。
目の前には、自分と残党との間に立つ男の背中があった。
ナミラはその背に、溢れた涙を止めることができなかった。
「この北方第三小隊所属、北の砦一番の台所担当。大好きなお父さんが来たからには、もう安心だぞ」
振り向いた父は、頼れる笑顔を見せてくれた。
「な、なんだてめぇは!」
「聞いてなかったのか? この子のお父さんで、北方……」
「んなわけねぇ!」
男たちは慌てふためいた。
「砦側が勝ったっていうのか? そんなのあり得ねぇ!」
男の言葉に、シュウは鋭い視線を向けた。
「なにか知っているようだな。だが、手加減してもらえると思うなよ?」
シュウは腰の剣に手をかけた。
しかし冷静さを取り戻したのか、男は余裕の笑みを見せる。
「てめぇ一人でなにができる」
見下した笑いを、シュウは鼻で笑って突き返した。
「いつ一人って言った?」
ナミラたちの背後から、重なり合った雄叫びが響く。
それは砦へ続く街道から起こっていた。地響きを伴って近づき、やがて声の主が姿を現した。
「うおおおお!」
「急げっ! シュウに遅れを取るなぁ!」
武器を掲げた兵士と冒険者たち。
中にはエルフの姿も見える。
「ここにいる連中は、漏れなく村に世話になってんだ! ツケの分働きやがぐはぁ!」
「傷口開くから無理しちゃダメですよ!」
先頭を走る馬車に、包帯を巻いたゴーシュとそれを支えるレゴルスがいた。
「な、なんだありゃあ!」
恐れを抱き、後退る残党たち。
「ナミラー!」
ゴーシュが乗る馬車の御者が叫んだ。
見るとそれはゲルトで、逃げたと思っていた村人は驚いた。
「例の剣、ちゃんとシュウさんに渡したからなー!」
ナミラは父の腰に下がる剣を確認し、勝利を確信した笑みを浮かべた。
「そう。こいつに助けられたんだ」
抜き放った剣は、グラディウスのような小振りの剣。
しかし、刀身は美しい銀色に輝き、艶かしい斬れ味を語っている。
「初代村長ラビが残したミスリルの魔剣。隠し部屋に仕掛けをして隠していたから、バビも手が出せなかったんだろうね」
北の戦いの早期終結は、テーベ村にとっても防衛に繋がる重要なことだった。
だからナミラは、魔素を取り込み増幅させるこの魔剣を、ゲルトに砦へ届けるよう頼んだ。願わくばシュウに、と思っていたが願いが通じたようだ。
「う、うるせぇ! その剣もよこしやがれ!」
配下の三人が、背を向けたシュウに襲いかかる。
「剣だけじゃないんだよ」
シュウを中心に風が起こる。
周囲には緑色の光の粒が、寄り添うように漂っていた。
「妖精の風!」
薙ぎ払った剣から突風が起こり、三人を吹き飛ばした。
「な、なんなんだ……」
「自己紹介の続きだ。俺の名はシュウ・タキメノ。妖精剣士だ!」
シュウの名乗りと同時に、援軍が敷地になだれ込んできた。
「や、やれぇ! 俺たちが斬竜団だぁ!」
残党は応戦するが、一騎当千のシュウと騎馬を擁する相手には、為す術もなかった。
「に、逃げ」
新たな頭領を名乗った男が、仲間を置いて逃げ出そうとした。
「ふん!」
ナミラは情けない背中に向かって、手頃な石を投げつけた。
「うげっ!」
後頭部に当たり、男は気を失った。
「みんな! もう大丈夫だぞ!」
瞬く間に鎮圧した援軍は、村人や家族を安心させた。
「立てるか? ナミラ」
泣きつくファラの抱擁を受けながら、シュウがナミラに手を伸ばした。
「美味しいところ、持っていっちゃって悪いな」
「関係ないよ。みんなが無事ならそれで」
意地悪な父の笑顔に、息子は大人の微笑みを返した。
戦地となったテーベ村に、喜びが満ちていく。
いつの間にか雲が晴れ、美しい光が人々を照らした。




