『テーベ村防衛戦 頭領VSだんちょう』
村長邸の庭では、光の中から野太い叫びが響き続けていた。
ヴェインの絶命は時間の問題だろう。
「ぐおおおおお……って、勝ったと思ったカ?」
誰もが想像していた未来は一瞬で消え去った。
ダンは振り返り、咄嗟に斧を構えた。断末魔が一変、笑いながら話しかけてきたら警戒しないわけがない。
「ガイさん、話が違うぜ!」
「あり得ん! この魔法はアンデッド・ロードすら倒した魔法だぞ? 人間に耐えられるもんじゃない!」
空のガイが動揺を隠しきれずに叫んだ。
「あー、俺はよ。昔から魔法が効かねぇんダ。ジジイは、ギフトがなんとかって言ってたナ。それよりどうダ? なかなかの演技だったロ?」
「ナミラと……同じ」
ヘラヘラと笑うヴェインと対象的に、ダンは先程よりも鋭い目つきになった。
【ギフト】の強さは、よく知っている。
「腹減ったなァ……お前たちが悪いんだからナ? こんな魔法でお預けするんだからヨ」
光が徐々に鎮まっていく。
言葉の真意は分からなかったが、ダンは違和感を覚えた。明らかに、さっきまでと様子が違う。
「みんな、下がってくれ!」
「もう遅ぇからナ。この姿になった俺は、止まんねぇゾ?」
白き光は完全に消えた。
そして現れたヴェインの体は、人間離れした巨躯と化していた。
「なにぃ!」
有無を言わさず、ヴェインが斬りかかる。
振るう大刀は紛れもなく竜牙剣だったが、速さも一撃の重さも桁違いに強い。ダンはなんとか防いだが、鍔迫り合いになると力負けし、膝を折った。
しかし同時に、凄まじい勢いで飛来したガイが後頭部に棍棒を振るった。
「なっ!」
だが、隙を突いたはずの一撃は、片手で止められてしまった。
「ぐおあっ!」
ガイはそのまま棍棒ごと放り投げられ、バリケードを貫いた。
「ガイさん!」
「他所見すんなヨ」
野太い囁きが聞こえたかと思うと、続いて爆音の咆哮波が放たれた。
ダンは吹き飛び、バリケードも破壊され、屋敷の窓ガラスは粉々に割れた。
たまらず、人々の悲鳴がこだまする。それを聞いて、ヴェインは満足そうに笑った。
「あァ〜、いいなァ〜。耳から腹が膨れるぜェ〜」
男衆の苦悶の声が流れる砂埃の中から、ダンとガイが立ち上がる。
しかし、二人ともダメージは大きく、ダンは肋骨をガイは左腕を折っていた。
「てめぇ……なんだ、その姿は」
体格もさる事ながら、ヴェインの体は通常の人間とは異なるものに変化していた。
潰れたような鼻に、頑強で大きな牙。
肌の色も変わり、爪もデルのナイフのように鋭い。
ガイには、冒険者時代に見覚えのある姿だった。
「貴様オーク……いや、ハーフ・オークか」
ダンの頭に、こども楽団の出し物で自分が被っている仮面が浮かんだ。
確かに似てはいるが、ヴェインの顔はまだ人間の要素を残しているように見える。
「惜しイ! ハーフじゃなくてクォーター! だから普段は人間の姿なんだが、腹が減り過ぎるとこうなっちまうんダ。だからよォ……全部俺に、喰わせろオォォォォ!」
魔族の圧を孕んだ叫びは、ほとんどの者から戦意を削いだ。
ガイは諦めていなかったが、目の前の強敵を打ち破る術を持ってはいない。
絶望が、テーベ村の住人に広がる。
ただ一人、ダンを除いて。
「母ちゃん!」
振り向かないまま、ダンは背後で見ているであろう母親に叫んだ。
「体、大事にしろよ」
ナミラたちは必ず来る。
しかし、時間稼ぎに徹する気はない。
母への言葉には、今までの感謝とこれから自分がやろうとしていることへの謝罪が込められていた。
「ガイさん、後ろは任せたぜ」
「待て、ダン。お前なにを」
「はあああああ!」
近づこうとしたガイを拒絶するかのように、ダンの体から魔力が発せられた。
ダンは一つだけ、ナミラたちに隠し事をしていた。
【解析眼】で見られることも拒み、隠し続けてきた真実。
実は基礎魔法以外に一つだけ、魔法が使える。
「隙だらけなんだよ、この肉ゥ!」
ヴェインが地面を蹴り、ダンに斬りつけた。
しかし、強力な詠唱障壁が剣を弾き、ダンは動じることなく呪文を唱えた。
「『進む道に障害なく! 振るう力に限界なく! 並び立つ者この世に皆無! 破壊の権化よ本能のままに! 解き放て! 狂化!」
唯一使える上級魔法。
肉体を爆発的に強化する反面、複雑な思考や力の制御が出来なくなる。
唯一覚えられたのがこんな魔法だなんて、ナミラたちには知られたくなかった。
しかし、今のダンには必要な力だ。
「おおおおおおおおお!」
熱い魔力が迸り、ダンは雄叫びを上げた。
「邪魔なんだヨオオオ!」
ヴェインが臆することなく剣を突く。
しかし、ダンは振り上げた斧で弾き返し、すかさず横薙ぎで追撃した。
「グオオオオオオ!」
「おおおおおおお!」
互いに威嚇の声を放ち、間髪入れずに距離を詰める。
真の姿を現したヴェインの圧倒的な力の前には、狂化した少年など相手にならない。
はずだった。
ヴェインの予想を遥かに超えて、ダンの力が牙を剥く。
痛みを感じず。
折れた骨など庇うことなく。
人間の限界など知らないかのように。
ギフトは無くとも、恵まれた体格とベテラン冒険者を唸らせた天賦の才。そして、力に溺れぬ努力の結晶が、狂化によってさらなる飛躍を遂げていた。
「グオオオオオオオオオオオ!」
「おおおおおおおおおおおお!」
絶え間なく続く、当たれば必殺の攻撃の応酬。
離れて見守るガイたちにも、一撃ごとに風圧が届くほどだった。
「死ネェェェ!」
苛立ちを感じ、ヴェインはたまらず大振りの攻撃を繰り出した。
その隙を逃さずダンは跳び上がり、残像を残す速度で回転した。
「スーパー兜割り!」
咄嗟に下がったヴェインだったが、剣で受けようと一瞬迷いが生じた。
それが、胸から腰までの深い裂傷を生む結果を呼んだ。
「はあぁぁ……」
しかし、ダンは油断も喜びも見せない。
ただひたすらに、敵を倒すことを考えていた。
「……やりやがったナ」
一方で、ヴェインの声は嫌に冷たくなった。
「この技は余計に腹が減るから、嫌いなんだヨ」
距離を取ったヴェインは剣を両手に持ち、天へ掲げた。
その瞬間、巨大な闘気が刀身か放たれ、黒雲にうねりを起こした。
「な、なんだそりゃあ!」
思わずガイが叫んだ。
「斬竜団の頭領に受け継がれるのは、剣だけじゃねェ。こいつで撃てる最強の技。初代が竜の首斬ったっていう、伝説の奥義付きヨ」
涎まみれの口を開き、ヴェインは不敵に笑った。
だが、ダンは無言で斧を振り下ろす構えを取った。
次の瞬間。
みなぎる闘気が愛斧に宿った。
「お前もう闘技禁止な!」
師であるベテラン冒険者は修行中のある日、ダンに怒鳴った。
「はぁ? なんでだよ!」
「ここまで闘気練るの下手な奴、初めて見たわ! まだ斬波しかやってねぇのに、力加減が絶望的なんだよ!」
「んなこと言ったってよ……」
師はため息をつくと、不服そうなダンの頭を乱暴に撫でた。
「でもな、お前のその力がきっと必要になるときが来る。そのときまで、温存しておくんだよ……そのほうが、とんでもねぇ奥の手になるぜ」
語り聞かせる視線の先には、地形の変わった大地が広がっていた。
師でさえ恐れた力。
ただでさえ加減が効かないうえに、狂化の魔法によって僅かな迷いも生まれない。
事実、ダンから流れ出す凄まじい闘気は、ヴェインのものにも引けを取らない。
「俺……様は……負けん!!」
狂化の最中にあって、不屈の意思が立ち塞がる。
「やってみろこの肉ガァァ!」
覚悟の少年に、狂った男の殺意が襲いかかった。
「斬竜天衝波ァ!」
「斬波!」
二つの強大な斬撃がぶつかり合う。
大地は揺れ、空気は息苦しい熱を帯びた。
そして、駆けつけたナミラたちは勝者と敗者を目撃する。




