9話 シャルロットの城
一時間ほど経っただろうか。
城へ入る大きな正門が、ゴゴゴという音を立てて開いた。
中から、サンガリ亭のマールビルのような燕尾服を着た、黒い長髪のめっちゃイケメンな魔族が出て来た。
ちなみに、角は額にほんの少ししか見えない。
「これはこれは、ラリーズ様ではありませんか」
「…………」
「百年ぶりでしょうか」
「…………」
「お帰りになられたのですか?」
「…………」
「ジャルロット様がお待ちですよ?」
「は、母上はご健在か!」
「はい? 当たり前ではないですか。あのシャルロット様ですよ? それに、もう怒ってはいませんよ?」
「いや、そうかー……それなら良いのだ」
「ところで、そこにいる人間はどなたですか? ラリーズ様のお知り合いですか?」
「うむ。そうだ! ワタシが嫁に行くと決めた男だ!」
そこまでボケっと二人を見ていた俺に、イケメン魔族は恐ろしい眼力で射抜いてきた。
「あ、初めまして。ワタクシ、ラリーズのパーティ仲間で、カトウカズヤと申す者です」
俺はそう言って、イケメン魔族に一礼した。
「なるほど、パーティ仲間……そうだったのですか。いや、これはご無礼を。私の名はディルドと申します。ラリーズ様のお母上の奴隷兼、護衛兼、用心棒兼、犬といったところでしょうか」
眼力を弱めてそう言った。
奴隷兼、護衛兼、用心棒兼、犬ってどんなだ?
「えっと、実はですね、こちらのブラーム大陸に超能力者が現れて大変な事になっているというので、ラリーズのお母様を救い出そうと、こちらまできたのですが」
「ほう。その話が既にイシュランテル大陸へ伝わっていましたか」
「はい。それで、ラリーズがお母様をとても心配だというので――」
「そういうことなのだ! ディルド!」
ラリーズが俺の言葉を遮り、そう言って笑った。
その笑いを見て、この一時間を返せと言いたいが、今は言わない。
ここは俺にとって、今の所アウェーだからだ。
「そうでしたか。では、帰ってこられたということではないのですね?」
「そうだ!」
「わかりました。では、その旨シャルロット様に伝え、またこちらへ参りますので、恐れ入りますが少しお待ち下さい」
そう言ってイケメン魔族ディルドは城へ入って行った。
◇
「おい、ラリーズ。この一時間を返せ」
「何を言っている! そんなに経っているわけがないだろう!」
「お前、ふざけんなよ? レイヤに何回も念話して、怒られてんだぞ?」
「なん……だ、と!」
「おい、マジでふざけんな。ディルドって人との話を聞くに、勝手に出て言った手前、お母さんに怒られるんじゃないかって、それが怖いだけなんだろ? なあ?」
「そ、そんなことあるわけないだろう!」
「声をデカくしても無駄だ」
「くっ……」
「くっ、じゃねえよ、このバカ魔王が」
ラリーズは膝から崩れ落ち、お母さんへの恐怖を必死に伝えてくる。
これ、相当面倒なんですけど。
「だからな、ワタシは母上の説得を押し切って武者修行の旅へ出かけてしまったのだ! そして、ここを出て行くときに、お前はもう妾の娘ではない! と怒られてしまってな……本当に恐ろしいのだ、母上は」
「それ、帰ってくれば母親が絶対許してくれるパターンじゃん。ラリーズはやっぱりバカだな」
「そんなことはないぞ? 母上は一度決めたら絶対に曲げない恐ろしい魔人だぞ?」
「魔人てなんだよ。魔王と違うのか?」
「いや? 同じだぞ? 言い方の違いだけだ。古い世代は魔人と言うのだ! ワタシが魔王なのと同じだぞ!」
「ふーん。そうなのか。色々あるんだな、魔族って」
「そうだ! 色々あるのだ!」
「うるさい」
◇
十分ほどしてディルドが戻ってきた。
「ラリーズ様、カトウカズヤ様、シャルロット様の準備が整いましたので、どうぞ中へ」
ディルドがそう言って俺たちを城の中へと誘う。
そして、ラリーズが先に歩き出して、俺は魔人シャルロットの城へと入った。
正門から城の門までだいたい五百メートルくらいだろうか。
そこまで歩いて、どでかい扉をディルドが開ける。
というか、自動ドアのようにディルドが近くに行くと勝手に開いた。
扉を入ると、とても天井の高い、先が見えないほど長い廊下があり、両脇にはたくさんの美術品らしきものが飾ってある。
なにココ。よく魔王の城ってゲームであるけど、薄暗い感じとか、まさにソレって感じで、少しだけワクワクしている自分がいた。
五分ほど廊下を歩いて、先頭のディルドが止まった。
「この魔法陣の中へ入って下さい」
そう言った先に、直径五メートル程の丸い円が描かれてる絨毯の上に、俺とラリーズは入った。
すると、その円ごとエレベーターのように上に上っていく。
「凄いな、コレ」
俺は唸った。コレはまさしくエレベーターだ。
魔力って便利だ。電気で動くものが魔力で動く世界。
改めて、俺は異世界へ来たという実感を得た。
「カトウカズヤ様は魔法をご存知ではありませんか?」
「あ、はい。魔法はよく知りません」
「そうですか。こちらの魔法陣、というのですが、この魔法陣は、シャルロット様が許したもの以外は地下の折檻部屋へ行くことになっておりますので、一人で乗るときはお気をつけ下さい。カトウカズヤ様が許されたならば、普通に使えます」
「わかりました。ありがとうございます」
許されたならば? 許されるってどういう意味だ?
まぁいい。とりあえず許されればいいわけだし。てか許されるの?
なんて思っていると魔法陣のエレベーターが止まった。
「さて、これからシャルロット様の謁見の間へご案内しますが、どうぞご無礼無きようにお願いします。特にラリーズ様、お願いしますよ?」
「ワタシが無礼をだと? そんな事はした事などない!」
「わかりました。そういう事にしておきましょう。では、カトウカズヤ様もよろしいですか?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ディルドは首肯して魔法陣から降りて歩き出す。
俺とラリーズはディルドの後を追って歩き出した。
◇
四、五メートルはあろうかという、どでかい扉を開けて、ディルドが入って行く。
それに続いてラリーズ、そして俺という順番で入っていく。
中は廊下よりも薄暗く、外の明るさに慣れていたので入った瞬間はなにも見えなかった。
歩いていくうちにゆっくりと、目が慣れてきて、部屋の中が見えてくる。
俺の前を歩いていたラリーズが止まると、その目の前には、二段ほど高い場所で、とても大きな黄金の椅子に座る、超絶綺麗なお姉さんがいた。
髪の色がラリーズよりも薄い紫色なのが唯一、親子なんだとわかるくらいで、なんというか、姉妹のような若さである。
母上なんて言ってるものだから、結構なおばさんを想像していた。
黒のビキニ姿で、豊かな胸ときめの細かい真っ白な肌を露出させ、長い髪をかきあげながらその女帝は口を開いた。
「妾がシャルロット・フェアリーローズである。そこな小僧、前へ。久しいな、ラリーズ」
とても優しい表情でラリーズを見るシャルロット。
やはりめっちゃ愛されてんじゃん……
そして、ディルドが俺を見て目で合図を送ってくる。
俺は自分が呼ばれている事にその時気づき、シャルロットが鎮座する椅子の前で跪いた。
騎士の礼をパクり右手を胸へ持っていく。
「は、初めまして。シャルロット様。ワタクシはカトウカズヤと申すものです。ラリーズとはパーティを組ませていただいております」
なんとか噛まずに言えた。
なんというか、圧力が凄い母さんだ。
「やはり魔力を感じないのう。小僧、貴様はエスパーなのか?」
「エスパーというか、超能力者です」
「エスパーと超能力者とは違うものなのか?」
「いえ、大した違いはないと思います。単に呼び方の違いです」
「そうか。で、ラリーズの婿になるというのは本当なのか?」
「それは……」
俺はラリーズをチラリと見る。
「は、母上!」
ラリーズが声を裏返しながらシャルロットを大声で呼んだ。
「母上は、そのエスパーと闘ったのてすか?」
「もちろんだ。返り討ちにしてやったわ。ハッハッハ」
「ワタシはカズヤに負けました。一撃でした」
「なに? ラリーズを一撃でだと?」
「はい。正面から正々堂々と闘い、負けました。傷の手当てもしていただきました。そして、ワタシはその漢気に惚れてしまいました!」
「ふむ。では、カズヤ、これから闘技場で妾と闘え」
「はい? いやいやいや、ここには闘いに来たわけではありませんので」
俺はやんわりと戦闘を拒否する。
魔族ってのはどいつもこいつも戦闘狂だな、まったく。
「妾と闘わねば、ここから帰さんぞ?」
シャルロットの目がマジで怖い。というか、この人かなり強い。なんで分かるのかというと、俺は超能力者だからだ。
てかヤバい。だって角がないんだよ? この人。最強ってことでしょ?
大変に面倒な事になった。
すると、俺とシャルロットの話を聞いていたラリーズが口を挟んできた。
「カズヤ! 母上と闘ってくれ! 強さを見せてやってくれ! ワタシは母上に勝つために武者修行をした。しかし、今の母上を見て、今だに全く追いついた気がしないのだ! 頼むカズヤ! ワタシに見せてくれ! 本当の強さというものを!」
「ハッハッハ。ラリーズも言うようになったのう。のう、ディルド」
「はっ。ラリーズ様は強くなられたご様子。これもカトウカズヤ様のお陰かと」
なんてことを言うんだ、ラリーズもディルドも。
ラリーズは俺が負けるとは思ってないようだし。
多分、シャルロットは超能力者と闘っても勝てると思っているだろう。
一回闘っているのだし。
俺は、ラリーズの高揚した顔を見て覚悟を決める。
ラリーズの期待に応えたい、なんて思ってしまった。
何故だろう。多分、日本にいた時の期待をされない人生が、とても寂しかったからかもしれない。
力を使わない人生は、単純に凡庸な自分を際立たせていた。
今は違う。バンバン使える。
よし。
「わかりました。やりましょう」
気づいたら、俺は上から目線でシャルロットにそう言っていたのだった。
勝てるかどうかも分からないのに。