5話 魔王ラリーズ
冒険者ギルドというと、やはり粗暴な冒険者が闊歩する怖いところというイメージがあったのだけど、実際に行ってみた冒険者ギルドは、なんというか、俺がいた◯◯区の区役所のような感じだった。
働いている人たちも、なんか皆役人然としていて、本当にこれが冒険者ギルドなのか? と思うほどだった。
ギルドのロビーで静かに順番を待つ冒険者たち。
レイヤから話は聞いていたけれど、本当に色々な種族がいた。
その中でも、初めて見るエルフの女性がとても綺麗で印象に残る。
魔族というのも初めて見た。
魔族はボンテージ姿や半裸が多い。角が無ければ、あまり人間と変わらない印象だ。
なんというか、女性の魔族は目の毒だな。
カウンターは三つしかなく、結構な数の冒険者がロビーにいたので、かなり待つと考え、誰かと少し話をしてみようかと、近くにいたパープルの髪の色がとても綺麗な、魔族と思われる女性に声をかけてみた。
「あの、すいません」
「ん、なんだ? 坊や」
おデコにちょこっとだけ角が生えてる、魔族と思われるボンテージ姿の女性は、そう元気に返答する。
「えっと、あなたは魔族ですか?」
「そうだな。しかし、珍しい格好だな。坊やは田舎から出てきたばかりって感じか?」
「あー、はい。昨日この街に来たばかりです」
「そうなのか。じゃあ~ワタシが色々と手取り足取り教えてやろう!!」
「いえ、その辺は大丈夫です」
「おう、見た目に反していけずだな。で、なんの用だ?」
俺は、ここで最初に聞いた一番大事な事を聞いてみようと思った。
「魔王ってご存知ですか?」
「魔王? どの魔王だ?」
「へ? どの魔王って……」
「魔王なんてこの世にたくさんいるから固有名詞で言ってくれないと分からないな。ちなみにワタシも魔王だがな! ハッハッハ!」
と言ってウインクをくれた。
「へ、へえー……そんなにたくさんいるんですか?」
「そうだ。一番有名な魔王だと、お金の単位にもなっているが、ベリストリートって魔王だな!」
「えっ? 一ベリスとかの?」
「そうだ! この世界を救った英雄、魔王ベリストリートだ! 今も生きて何処かにいるんじゃないか? 魔族の寿命は永いからな!」
「あー、なるほどですね~。ありがとうございました」
なんというか、俺はショックでじっとしていられなかった。
そして、そのまま立ち上がって冒険者ギルドから出てしまった。
◇
えぇぇぇぇぇえええええええええええ!?
魔王がたくさんいる?
世界を救った英雄が魔王?
俺はこの世界の歴史を勉強しなければならないと思った。
そして、レイヤの言っていた『魔王を倒す』という意味をもう一度訊き直さなければ、と。
てかなんなのなんなのなんなの!!
いや、待て。あの魔族の人が適当に作った話かもしれない。
というか、レイヤから詳しい話しを聞いたことがない、という簡単なことを頭がおかしくなる寸前に、俺は思い出したのだった。
だって、転生してまだ二日目だもの。
大きく深呼吸を十回ほどしてから、また冒険者ギルドへ入っていった。
俺のメンタル弱っ。
入るとすぐにレイヤとロクサーヌが近づいて来た。
「なあ、レイヤ」
「なに?」
「魔王っていっぱいいるんだな」
「そうよ?」
「…………」
なにを普通のことを言ってるの? ばかなの? 知らなかったの? というレイヤの顔を見て、俺はもうどうにでもなれと思った。
そして、自分の生真面目さに嫌気がさした。
そもそも、日本にいた時も、超能力が使えるから過度に気をつけて生きていた。
だけど、ここは剣と魔法のファンタジー世界。
もう、気にしないでバンバン使っていこう。
なんて考えていると、レイヤの声が聞こえて来た。
「冒険者登録は終わったの?」
「……まだ」
「じゃあ、一緒に行きましょう。ロクサーヌもね」
「はい。レイヤ様」
というわけで、もう一度受付をして、三人でロビーの長椅子に座る。
静かに座っていると、さっきの魔族の人が声をかけてきた。
「急にいなくなっちゃうんだもんな! びっくりするではないか!」
「あ、先ほどはありがとうございました」
「この二人は仲間か?」
「あ、はい」
すると、レイヤが魔族の人に話しかける。
「初めまして。私はレイヤと言います。こっちは妹のロクサーヌ。貴女はどちら様?」
「ワタシは魔王ラリーズだ! よろしくな! えっと、レイヤとロクサーヌ! ロクサーヌは可愛らしいな!」
と、笑顔で握手を交わす女神と悪魔。
これまたよく見ると、レイヤに勝るとも劣らない綺麗な顔を近づけてレイヤを見つめる。
この世界は美人多くねえか?
そして、魔王ラリーズが話しを続ける。
「ところでだ、ワタシは今、パーティを組もうと仲間を探してるのだが、良かったら組まないか!? どうだ?」
「私たちは今日、これから冒険者登録をする初心者よ? それでもいいのかしら?」
「ああ、全然いいぞ! 何故だかこうビビっと来たのだよ、レイヤ。あんたとパーティを組まなきゃいけない、みたいなね! しかし、ロクサーヌは可愛らしいな!」
大きな胸と長い紫の髪をボンテージ姿で揺らしながら、興奮して話すラリーズ。
ロクサーヌは何故か笑って目が細くなり頬を赤らめラリーズを見ている。
「ワタシはな、ブラーム大陸で闘神ラリーズって呼ばれる程に強いのだ! ブラーム大陸や世界中で、たくさんの猛者を屠ってきたからな! 腕試しでこのイシュランテル大陸へやってきたのだ! そして、パーティってやつに憧れている! だから今ならお買い得だぞ? ロクサーヌ! 可愛らしいな!」
腰に手を当ててそう言いロクサーヌを見つめるラリーズ。
「カズヤ様よりも強い?」
ロクサーヌは俺とラリーズを見やりながら満面の笑みでそう聞く。
「ああ、強いぞ!」
そう答えるラリーズ。
「それじゃあ、闘ってみてくれる?」
そう言うレイヤ。
「オイ! ちょっとまて!」
と、突っ込む俺。
だが、ラリーズの心に火がついたのか、目は、もう闘いをする気満々の目をしていた。
「カズヤってのは坊やだろ? これから闘おうじゃないか! な?」
そう言って俺に向かってニカっと笑う。ロクサーヌにもニカっと笑う。
なんて漢らしい人なんだろう。
と言うわけで、俺の意見など無いが如く、ラリーズとの闘いが決定した。
つーか、冒険者登録はどうするの?
◇
「で、闘うのはまあ、しょうがないけどさ、どこでやるの?」
俺はレイヤに聞く。
すると、レイヤは即答した。
「ケモ耳達を落とした崖よ」
とまあそういうわけで、俺はレイヤとロクサーヌとラリーズを連れて、ケモ兄さん達を落とした崖へ瞬間移動した。
そして、今、俺とラリーズが向かい合ってこれから闘おうかというところ。
はっきり言って、多分余裕で勝てると思う。
魔力とかは知らないけど、俺より弱い。俺には相手の強さが何となく分かる。なぜなら超能力者だからだ。
まあまあ強い。
なんというか、その程度。
「カズヤ、負けることはないわよね?」
とレイヤ。
「カズヤ様、頑張って下さい!」
とロクサーヌ。
そして、十メートルほど離れて向かい合う俺とラリーズ。
「坊や、悪いけど手加減はなしだよ? ソッコー倒すからね!」
「いや、うん。分かりました」
なんというか、面倒くさい。なぜなら手加減をしないと殺してしまうからだ。
殺さない程度の倒し方みたいな本が欲しいよ。
そして、いきなり戦闘が始まる。
「じゃあ坊や、行くよ!」
そう言ってラリーズの背中に黒い羽が生えて、空を飛んで突っ込んでくる。
物凄い勢いで右の拳を俺の顔面に叩きつけようとする。右の拳には何かしらの魔法が付与されているみたいだった。
だって、光っているんだもん。
俺は正面から、まともにぶつかって、ねじ伏せる様に勝つことにした。
その方が分かりやすいし。納得もしてもらえそうだ。
そして。
真正面からきた拳を左手人差し指で止める。
止めた瞬間に右の拳を軽くラリーズの腹に当てた。
ゴッ。
ドゴン。
この二音で終わった。
俺の拳が当たった音と、そそり立つ崖にめり込んでいくラリーズの音だった。
◇
「坊や、何モンだよ……ワタシは魔王だぞ? 魔王をワンパンで倒すとか普通ではないぞ」
超能力で、少しだけラリーズの時間を戻して傷を治すと、ラリーズは項垂れて、へこんでしまった。
「まぁそうよね。魔力は無いけれど、カズヤに勝てるような生き物はこの世にもあの世にもいないんじゃないかしら」
「さすがカズヤ様です。わたしも頑張って立派な女神になりたいです。でもラリーズさんも頑張ったと思います」
レイヤとロクサーヌがそんな事を言った。
「そうなのか……世界は広いなあ~チクショウめ! 坊や、ワタシの負けだ! これからは闘神を名乗ってくれていいぞ?」
「いや、結構です。闘神はラリーズさんが持っていて下さい」
なんとなく、ふっつーのテンションで、闘神なんて中二っぽくて恥ずかしいから速攻で断ってしまった。
すると、ラリーズは何故か頬を赤らめ興奮しだして、抱きついてきた。
「くぅぅー、堪らん。ワタシは決めたぞ! 坊や、いや、カズヤ! ワタシはお前の嫁になる!」
「はい?」
なんか知らないけど、俺に嫁ができました。魔王の。