12話 今、再びのブラーム大陸
ラリーズと一緒に一階のラウンジへ行くと、レイヤとロクサーヌがお茶をしていた。
そして、見えた瞬間にラリーズに抱きついてくるロクサーヌ。
「おかえり、ラリーズ。カズヤ様」
「おう! 帰ったぞ! ロクサーヌ! 今日も可愛いな!」
「ありがとう、ラリーズ大好き」
なんというか、ラブな二人であった。
「あ、あの、レイヤ、なんつーか、ごめん」
「あらあら、そこにいるのはどちら様?」
激おこなレイヤのそんな言葉で、俺の罪悪感が増す。
「なあ、ごめんて。連絡しなかったり遅くなったりしたことは本当に悪いと思ってんだよ。許してくれよ、なあ、頼むよ」
俺は素直に頭を下げた。
「私が、どの位心配したかお分かり? いや、分からないでしょうね。いい? 髪の毛が二、三本も抜けたのよ?」
「おま、絶対ふざけてるだろ? そうだろ?」
「何を言っているのかしら、この駄目能力者は」
「ごめんなさい」
◇
ロクサーヌから詳しい話を聞いて、俺はとても反省した。いや、猛省した。
レイヤはブラーム大陸へ来ようとまでしていたらしい。
本当に心配をかけていたみたいだった。
全てラリーズの所為だけど。
「全てラリーズの所為だけどな」
「な、なん……だ、と?」
「だって、最初の一時間はラリーズが全く動かなかったせいじゃん。そんで、そのあとはお前の母上様のせいじゃん。俺の落ち度なんて全くないじゃん」
「そ、それはそうだが、だが、カズヤもアレだぞ? そうだ、母上との闘いが長引いた! すぐに終わらなかったではないか!」
目を泳がせながらラリーズが言う。
俺は当然のことを当然に言っているだけなので、目なんか泳がない。
「だってシャルロットさんめちゃくちゃ強いじゃん。勝った俺を褒めてくれよ、なあ、ラリーズさんよお」
「くっ……なんという。くっ……!」
「私は全てカズヤが悪いと思ってます」
当然のごとく、カズヤ悪者宣言がレイヤの口から出された。
「元々、カズヤがパーシルとかいうハゲの言葉を真に受けて、勝手に行ってしまったのが悪いと思います。私の言葉をもう少し聞いていればこのような事にはならなかったでしょう。ラリーズがお母様を心配するのは親子なのだから当たり前です。以上です」
この丁寧語になった時のレイヤの恐ろしさといったらない。
「もう、いいよ。誰が悪いとかさあ」
「カズヤが言い出したんじゃないの」
「ごめんなさいレイヤ」
「ラリーズにも謝って」
「ラリーズ、ごめんなさい」
「おう! 気にするなカズヤ!」
お前なあ……という不満は顔には出さない。
なぜならレイヤが怖いからだ。なぜ怖いかというと、サディストだからだ。以上。
「それで、シャルロットさん? 彼女が修行をつけてくれるのよね?」
「そうだ! 母上が修行をつけると言っていたぞ!」
偉そうに言うラリーズ。
「それじゃ、私たちも連れて行きなさい。それならば良いでしょう、許します」
レイヤはそう言って首肯する。
ロクサーヌはとても嬉しそうだ。ラリーズと抱き合って喜んでいる。
レイヤは何かと抜け目がない。
と言うわけで、四人でブラーム大陸のシャルロットの城へ行く事になった。
今、再びのブラーム大陸である。
◇
「さて、私はマールビルへ、ここを留守にすると報告をしに行ってきます。その間にブラーム大陸へ行く準備をしていてちょうだい。そうね、三時間後ということで」
レイヤはそう言うとラウンジから出ていった。
「ロクサーヌは何か持ってくモノとかないのか?」
「はい。わたしもレイヤ様も生活のほとんどは魔法で賄えるので、特に持っていくものなどはありません」
「ワタシも無いぞ!」
「ラリーズには聞いてねえよ」
「くっ……相変わらずのいけずだな、カズヤ! だが、そこがいい!」
「なんだよ、いけずが好きとか変態かよ」
「ワタシは変態ではないぞ!」
「そうです。ラリーズは変態とかそんな変な人ではありません」
ロクサーヌが厳しい顔をして俺を見て睨む。
「ま、まあ、そんなに怒るなよ、本当にそう思ってるわけじゃないからさ。な? ロクサーヌ」
「はい。解っています。ただ言ってみただけです」
そう言ってロクサーヌは満面の笑みを浮かべる。
あれ? コレはロクサーヌにまで小馬鹿にされてる?
そんな衝撃の事実を知って、俺は少し哀しくなってしまったので、買い物でもしてこようと、外へ出た。
◇
露店街をぶらついていると、とてもイカつく背の高い赤の丸刈りにしている人間の冒険者に声をかけられた。
「よう、『紫紺の龍』のにいちゃん」
「えーっと、どちら様で?」
「オレはパーティ『デスコーマ』のベッカルってもんだ。こう見えてもSS級の冒険者だぜ」
「あー、そうなんですか。で、何かご用で?」
「いや、一年分の魔力充填したパーティのボスがいたからよ、声をかけてみた。それだけだ」
「そうなんですか」
で? 何用なんだ? このデカい赤の丸刈りの人。
「じゃ、用事がありますんでこれで」
と言って帰ろうと思ったら道を塞がれた。
「まあまあ、そうツンケンすんなって。別にとって食おうなんて言ってねえだろ? あんた、名前はなんて言うんだ?」
「カズヤです。カトウカズヤ」
「ふーん。そうかい。ちょっと聞きてえんだが、カトウカズヤ、お前さんから魔力を感じねえんだが、やっぱりパーシル老師の言ってるようにエスパーとかいう奴なのか?」
「いえ、俺は普通の人間ですが?」
これ、もしかして尋問されてんじゃないか?
俺はそう思い、うっかり色々と喋って、レイヤに怒られないよう警戒を最大限に強めた。
「オレらはよ、これからブラーム大陸へ行くわけなんだわ。エスパーとか言うのを討伐しにな。で、その前にパーシル老師のとこに寄ったらよ、あんたのことを聞いてな。で、エスパーってのはどういうもんなのか知っておきたくてよ、悪いけど後をつけさせてもらったってわけ」
「そうなんですか。でも、俺は何も知りませんよ? この前、魔光石充填協会へは魔力の充填をしに行っただけですし」
いつの間にか、周りを囲まれている。
俺を見る視線が五つ。
「おかしいな。あんたの言を信じると、パーシル老師が嘘を言ってたってことになるな?」
このデスコーマというパーティは全く隙というものがない。
これが本物のSS級冒険者なのか、なんて思っていても仕方がない。
もうそろそろ、ブラーム大陸へ行く時間だ。
俺は咄嗟にレイヤへ念話をする。
『レイヤ、ヤバい。変なのに絡まれてる。賢者パーシルって人の知り合いみたいだ。おまえはエスパーかって聞かれてる。このまま瞬間移動使っても大丈夫か?』
『すぐサンガリ亭に瞬間移動して』
レイヤの返答に、一も二もなく瞬間移動をした。
◇
サンガリ亭へ戻った俺は、事の次第をレイヤに話した。
「あのハゲ、わざとカズヤや私たちの情報を冒険者に流してるわね。すぐにブラーム大陸へ行くわよ。シャルロットのところが一番安全かもしれないわ」
「どういう事だ? そんな事をしてパーシルって人になんか得でもあるのか?」
「超能力者の情報よ。どんな能力を使えるか、とかね」
「そんなんで俺の後をつけたりするのか?」
「能力が分かれば対処も簡単でしょ? それから、あのハゲはかなりの腹黒だから気をつけなさい。解った? カズヤ」
「あ、ああ」
「ラリーズが信用が置けると言ったのは、遥か昔の話よ。今は信用なんて無いと思いなさい」
「充填協会へ行った時に言ってくれればよかったのに」
「あの時はまさかカズヤから情報を取ろうとしてるなんて思ってなかったもの」
「今は違うってことか……了解」
レイヤと話していると、ロクサーヌとラリーズがラウンジへやってきた。
「おう! カズヤ、どうかしたのか?」
「パーシルにしてやられたって話をしてたんだよ。ラリーズは人を見る目がねえな」
「なっ……賢者パーシルがカズヤになにかしたのか?」
「まあな」
ラリーズは驚愕といった表情で俺とレイヤを見やる。
「本当なのか? レイヤ!」
「本当ね。残念ながら」
「なんという事だ。あのパーシルがか……」
「人は変わるものよ、ラリーズ」
「大丈夫? ラリーズ」
ロクサーヌは心配そうにラリーズを見つめる。
「それじゃ、さっさとラリーズの母上様の所へ行きましょうか」
「ああ」
「りょ、了解だ!」
「はい。レイヤ様」
そんなわけで俺たち四人は、あらかじめディルドさんに連絡をしておいたシャルロットの城へと瞬間移動をした。
◇
フェアリーローズ家の城へ瞬間移動をして、シャルロットの謁見の間で挨拶を交わすために、俺たち四人はディルドの案内で、例の魔法陣に乗っていた。
「お早いお帰りで、嬉しく思います、カズヤ様」
「俺もこんなに早くディルドさんに会えて嬉しいですよ。なんだか大勢で来てしまってすいません」
「いえ、この城はいつでもカズヤ様方を歓迎いたします。シャルロット様も同じ想いでごさいます」
「おい、レイヤ、ディルドさんにお礼を言えよ。なにをさっきから仏頂面してんだよ」
レイヤはディルドさんに会ってから無表情でなにも話さない。
それに習うように、ロクサーヌも一言も発しない。
喋るのはラリーズと俺くらいであった。
「なんかすいません。機嫌がわるいみたいで」
「お気になさらずに。私は慣れていますから」
「そうなんですか? なんつーか大変ですね」
「いえ。そんな事はありませんよ」
そう言って微笑うディルドさんはマジで良い人だ。
「そうだぞ! ディルドはな、本当に何でもいうことを聞く良い執事だ!」
「うるさい、声がでかい」
「ハッハッハ! やはりロクサーヌは可愛いな!」
ラリーズに軽く無視をされて、軽くへこむ俺だった。
「それでは謁見の間ですので、順番にどうぞお入りになって下さい」
ディルドにそう促されて、俺たちはあの大きな扉を入っていった。
◇
「妾がシャルロット・フェアリーローズで……あ……」
なぜかシャルロットさんはレイヤを見てフリーズした。
口を開けたまま動かない。
「初めまして。レイヤと申します。この度はこちらへの滞在を許して頂き誠にありがとうございます」
「う、うむ、それは構わん……のだ」
どうしたんだろうか。シャルロットさんの様子が変だ。
そんな事を思っていると、ディルドさんが口を開いた。
「シャルロット様は少しお疲れになっていますので、今日のところはこれにて失礼させていただきます」
シャルロットさんと俺たちを見やりながら、ディルドさんが言った。
ラリーズは、「母上、どうしたのですか?」と、心配そうだったが、シャルロットさんは平気だと言って奥へ引っ込んでしまった。
そして、ディルドさんの案内で、各々が泊まる部屋へと案内してくれたのだった。
******
「久しぶりね、シャルロット」
レイヤは、長く艶のある銀色の髪を手で払いながら、その蠱惑的な翡翠色の瞳でシャルロットを見つめる。
「やはり、あのレイヤだったか。久しいな。約千年振りといったところか。しかし、驚いだぞ」
などと言いつつ、驚いた素振りは見せずにシャルロットが答える。
「さっきは貴女の驚いた顔を見れて少しだけ面白かったわ。笑わせてくれてありがとう。ところで、カズヤには私と知り合いだってこと、言ってないわよね?」
「ああ、言ってない。レイヤというパーティメンバーがいるとは聞いていたが、そもそも本当にあのレイヤかどうかも分からなかったからな」
「じゃあ、私がこの世界にいるという意味も?」
「やはり、今回もそうなのか?」
「ええ。あの十二人の内、助かったのは何人かしら」
「五人だ。時間操作の対策ができなかった奴らは全滅だな」
「時間操作くらい、誰でも覚えられるでしょうに。私が残した聖遺物に書いてあったでしょう?」
「それがな、レイヤの聖遺物は無くなったのだ」
「どういうこと?」
「奪いあったのだよ、二百年ほど前に。十二人での無駄な戦いがあったのだ。本当に無駄な」
「はぁ……やはり、そう言った事を聞くと、知的生命体というのは、この宇宙には要らないのじゃないかしら。なんて思ってしまうわね。まぁ神も要らないけれど」
呆れて物が言えないと、レイヤは肩をすくめ、やれやれといった様子である。
「確かにな。妾も必死で止めたのだが、無駄だったのう。それで、今回はどういう――」
そこまで言ってシャルロットは何かに気づいたように目を見開いて、それからゆっくりと言う。
「――こ、まさか、カズヤが……?」
「そうなのよ。またカズヤなの」
「そうか……そうなのか。なるほどな」
「ええ。だから、修行の件だけど、厳しくお願いね」
「うむ。そういう事なら妾に任せるがいい」
「それからマールビルだけど、そろそろこっちへ呼んであげたら?」
「ハッハッハ。余計なお世話だ」
シャルロットはそう笑いながら、瞳だけは厳しく、妖しく光る紫の目でレイヤを見つめていた。




