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「総員傾注!分隊長よりお話がある!」
「だから主任だと…」
ライザの声に四名の乗組員が気を付けの姿勢になる。
話を聞く姿勢としては非常にありがたい。
が、兵隊気分が抜けていない証拠でもある。
もはや戦場に戻る事は無いのだから、もう少しくずれてくれた方がいい。
「…我々が予定の冷凍睡眠を一週間早く終了した理由が判明……解った」
私自身が抜けていないな、言葉をくずさなければ…
「亜光速で三日の距離に正体不明船…難破船がある。国際法の規程により…調べに行く事になった」
堅苦しい言葉がどうにも身に染み着いている、くずした口調というのは案外難しい。
「あ~…取り合えずはDr.ドテの検診だ。後は船体の外部チェック…到着まで三日ほどの休暇みたいなものだ」
「分隊長殿、自由時間という訳ですか?」
「メリー、主任だ…まぁそうだな、自由時間の解釈でいい。以上だ」
ワッと歓声が上がる。
今まで自由時間というものが私達には存在しなかったのだから、嬉しいのだろう。
…とは云っても暇を潰せる様なものは何も無いのだけれど。
「騒ぐなぁ!まずは医務室に行くぞ!歩調揃え!」
…ライザがまず兵隊気分を捨てないといかんな。
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「ほっほ!団体さんが来たのぉ。じゃあ、お嬢ちゃん方、順番に服を脱いで」
「エロ爺ぃ!」
「目付きがヤらしい!」
「髭むしってやる!」
「騒ぐなぁ!全員さっさと列べぇ!」
Dr.ドテも平常運転だな。
うちの連中との掛け合いが楽しいらしい。罵声を浴びせられて喜んでいる。
年寄りというのはどんな形であれ、若者との付き合いを喜ぶものだと聞いた。
「孫とじゃれあっているみたいだな?Dr.」
「ほっほ!そうさの、嬢ちゃん方がやっと人間らしくなってきたからのぅ」
検診の最後は私。
老医師は私とモニターを交互に見ながらチェックを続ける。
「…人間らしく?」
「やって来た頃はアンドロイドみたいじゃったぞ?お主もな」
「それでもまだ無理に騒いでいる感じだがな…Dr.のお陰だろう」
「なぁに、大したことはしとらん。馬鹿話をしとるだけよ……よし、異常無しじゃ!ほれ、朝飯を食ってこい」
老医師は私の臀部を叩いて医務室を追い出した。
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何もしない三日間というのは、恐ろしく長く感じるものだ。
船体チェックを終わらせると、本当にやる事が無い。
ある者は食堂に入り浸り、ある者は『寝室』で……どちらもただ座っている。
他の者は、というと船内をうろつくだけだ。
「キャッチボールでもさせますか?」
「そもそもボールが無いぞ、曹…副主任」
何かやらせたいところだが、考えつくのは軍隊式の訓練くらい。
一日目でこれだ、難破船接触まで後二日、間がもたない。
「パール主任、ライザ副主任、昼食を一緒にしないか?」
「こんにちわ、主任、副主任」
食堂でトレイにわけていると船長がやって来た。ベータと一緒だ。
船長はベータがお気に入りなのか、よく一緒にいるところを見掛ける。
我々が冷凍睡眠の最中、アルファが航宙士としての作業を行い、ベータが船内チェックをしている事が多いらしい。
その絡みで船長はベータと船内の細かいところを確認しているのだ。
生成機で作られた食事をトレイに乗せて、テーブルの一角を四人──三人と一体──で占める。
「生成機がもっとましなものを作れるんならいいんだが」
船長が独りごちる。
私達としては、船の食事はだいぶマシな部類だと感じているが。船長は違う意見の様だ。
「なにぶん生成機が中古品でな、君等には食事くらいいいものを食わせてやりたいものなんだが」
「いえ、船長、美味しいですよ。戦場のレーションに較べれば」
「比較対象が間違ってるぞパール…面倒だ、肩書はそろそろ抜きにしよう。体感でもう二ヶ月になるんだ、俺の事もアーノルドでいい」
「…いえ、さすがに船長を呼び捨てには出来ませんよ」
「…まぁ、しずらいか」
さすがにオリジナルを気安く呼ぶのは、はばかられる。
オリジナルは人間、私達クローンは備品。
その線引きは大事だ、オリジナルのなかにはクローンを嫌う者が多いと聞く。
私達クローンは限定的にオリジナルより肉体能力を高めて造られている。あくまで限定的にだが。
我々が肉体強化されているのは、オリジナルにとって危険な作業を行う為であるから当然の事なのだが、そういった面で何らかの危機感──恐怖──を感じている者がオリジナルにいるらしい。
私達分隊は惑星停泊中も船から惑星に降りる訳では無い…まぁ、貨物の積み降ろし以外ではだが。
それでも外部の人間と若干の接触はある。
船長──オリジナル──と気安い態度を見られて、反感を持たれては困るのだ。
「そういうのがわずらわしくて船に乗ってるんだがな…しがらみというのは面倒だな?お互いに」
「致し方ありません、お互いに」
船長と私の会話をそれまで聞いていたベータが、会話の切れ目に口を開いた。
「よろしいでしょうか、船長?」
ベータは目出し帽の奥から少しくぐもった声で話す。
私達がこの船で働く事になる前、ベータは事故で顔を失った。
以前はアルファと同じ顔だったという。
「今回の『寄り道』ですが、私は今でも反対しています、再考願えませんか?」
ベータはアルファと同一規格のアンドロイドのはずだが、意見は違うらしい。
「しかしな、アルファに国際法を持ち出されているんだぞ?」
「アルファは乗組員の安全面を切り離しています。この件は緊急性が高いとは謂えません、後続の船に連絡して対処させても問題無いと思います」
後続の船も我社の持ち船だ。本社にとってサルベージの利益は変わらない。
元々パーマー監督官以外は乗り気の無い話でもある。
ベータの考え方は多分に事故の経験からくるものだろう。船内チェックを怠らないのもそれに由来する。
一方アルファが乗組員の安全面を重視していない様にみえる理由も解る。
船長はサイボーグ化している為に生存性が高く、Dr.ドテはサルベージ作業に関わらない。
一番安全性が低いのはパーマー監督官という事になるのだが、彼が一番乗り気だし直接的な作業は行わないだろう。
アルファにとって私達は自分と同じ備品なので安全面の考慮はしていない。
「まぁ、そう言うな、サルベージが上手くいけば大金が手に入る。それは確かだ…そうなればお前の顔も直せる」
アンドロイドの顔を復元するのには結構なクレジットが掛かるらしい。
安く済まそうとすると人工皮膚が歪むのだとか。
お陰でベータは目出し帽で誤魔化している。アンドロイドに顔が無くても作業そのものに支障は無いのでまだ直していない。
「あぁそうだ!サルベージの報償金が入ったら生成機を新調しようじゃないか。まともな料理の作れるやつにしよう」
「それより船を買い取って独立する方がよいのではありませんか?船長」
「ベータ、なかなか建設的だな?しかし個人経営は大変なものだぞ?」
「私と…パール分隊込みで買い取ればよいのです、アルファなら本社に良い値で引き取って貰えるでしょう」
…余程アルファとそりが合わないのか?
私はベータに訊いてみた。
「ベータは…アルファが嫌いか?」
「好き嫌いではありません、私達に感情は無いのです。私は傷物ですから売れないというだけです」




