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航宙日誌:219



進路変更1825時。


前日所属不明の難破船へ進路変更を決定したが、諸般の事情により実際の進路変更は上記時間となる。



参った。ベータのお陰で更に一日遅れた。


これで遅れを取り戻せる可能性はほぼ無くなった。


パーマーとアルファ連署で本社へ通信は送らせたが、届くには半年?それ以上?


難破船に充分な資材、もしくは生存者救助での報償が無ければ大損だ。



────船長アーノルド・F





────────


貨物船は居住性を重視していない。


乗組員は航宙の間冷凍カプセルで寝ている訳だし、起きている時は働いている時だ。


よって、レクリエーションを楽しむ場所が存在していない。


もし本社に居住空間の拡張を求めたならば呆れられるだろう、そんな空間には物資を積めと言われるに違いない。



お陰で私達は食堂に集まらざるを得ない。



「窓でもあれば宇宙を眺めていられるんでしょうねぇ」


「お前アホか?どんだけ圧力かかってると思うんだよ、窓なんか無理に決まってるだろ」


「身体がなまっちまうね」


「筋トレ飽きたし」


「爺ぃからトランプってのを借りたんだけど、誰かやらね?」


「そもそもやり方を知らんだろ…」



…こんな調子である。


これが後一日続くかと思うと、さすがにげんなりする。



「なんとかならんものかな…」


「…分隊長殿、元凶が来ましたよ」



ライザが小声で告げた。



「やぁ、パール主任…ここ、いいかな?」


「どうぞ、監督官殿」



…なるほど、元凶だ。



「パール主任、随分賑やかで結構だね。明るい職場は好きだよ」


「済みません、なにぶん予定外の航宙ですから。訓練でもと思いましたが、スペース的に無理がありまして」


「…まぁ、本番で頑張ってくれればいいさ。さすがにたった三日だけ凍らせる訳にもいかないしね」



つまり、三日間冷凍睡眠させておこうと考えてはみた、と。



パーマー監督官は生成機で作られたブロック食をかじりながら、隊員達を眺める。


オリジナルの男というのは年中発情期だそうだが、パーマー監督官もその例に漏れない様だ。


この男がどういう性格なのかは、よく解らない。一往復で船から消える人物なので、特に性格を知ろうとはしなかった。


オリジナルの男にしてみれば、私達の居るこの船は楽園か何かだとでも思っているのかもしれない。



「…ミリア、上の照明が調子悪い様だ。ピンク手伝ってやれ」


「了解、曹長殿。おらピンク、手を貸せ」



ライザに言われて二人がニヤリと笑った。


監督官に来た男に一度は見せる余興だ。



「だいたい私が下ってのがおかしいでしょうが」



ぶつぶつと文句を言うピンク…わざとである。


ピンクの方がミリアより華奢だ。そのピンクが両手を組むとミリアが片足を乗せる。



ひょい、と。



ピンクがミリアを乗せた両手を頭の上まで振り上げた。


真っ直ぐ頭上にあがったピンクの掌に片足立ちでミリアが照明を調べる。



「曹長殿、大丈夫であります!」



ミリアが軽々と宙返りで飛び降りた。



パーマー監督官はポカンと口を開けたまま固まっている。



「監督官殿?どうしました?何か問題でも?」


「…あ?…あ、あぁ、大丈夫だ。凄いものだね…」


「軍用強化クローンですから」



これで大抵の男は懲りる。


パーマー監督官も懲りた様で、用事がどうのと言い訳をしながら食事も途中で出ていった。


隊員達がゲラゲラ笑う。



「こんなんだから私等、浮いた話が無いんですよ」


「休暇も無いのに浮いた話なんざあるもんかよ」



まぁ、パーマー監督官には悪いが、いい暇潰しになった。


それから暫くの間、前の監督官はどうだっただの、ステーションの男がどうのと、お喋りのネタが出来た様だ。




────────


ぬかるむ泥、鬱蒼と生えた緑…


腐れた落葉の臭いと流れる汗の臭い。


遠くから聴こえる連続した銃声。そして爆発音。


いつか見た戦場の景色。



私は今、夢を見ている。



夢と解るのは、周囲に私と行動を共にする隊員の姿が見えない事、それだけで解る。


視界を遮る緑の重なりは一歩ごとに姿を変え、方向感覚を狂わせる。


私には『どこへ向かう、何をする』という明確な作戦内容が頭に入っていない。こんなところからも、これが夢だと解る。


私は独り、腰を屈め音を立てずに一歩、また一歩と踏み出す。


登場人物は私一人にもかかわらず、常に周囲からの視線を感じる。


どこかに身を隠さなければ…


時間が経つにつれ焦燥感が恐怖感へ変わっていく。


緑、緑、緑、幹を這う蟲、垂れ下がる蔦、葉からしたたる露…


…金属音!



「おっと…お目覚めですか分隊長殿」


「………いかんな、つい眠ってしまったらしい」



目覚めた時、ライザがコーヒーをスプーンで回していた。スプーンがカップに当たるカチカチという小さな音が聴こえる。



…金属音の正体はこれか。



船長から借りた本が床に落ちていた。


読んでいるうちに寝てしまったらしい。拾って埃を叩く。



この船に乗ってからは『寝る』機会に乏しい。数日活動するのは荷出し荷受けの時だけで、航宙時は月一の健診を除き冷凍睡眠だからだ。


なので、今眠っていたのも冷凍カプセルのベッド部分だ。



「分隊長殿、どうぞ」


「あぁ…ありがとう」



カップを受け取りながら礼を言う。


冷凍睡眠と違い頭がすぐに働かない。もっとも、冷凍睡眠の場合あの痛みで覚醒している気もするが。



「うなされておった様ですが」


「夢さ、曹長。ジャングルに居た」


「小官も他の者も、見る夢は変わりませんな。大概銃を抱えてジャングルの中です」



夢というものは記憶の整理なのだと、本当かどうかは知らないが、聞いた事はある。



「…他の記憶がろくに無いからだな、ジャングルの夢ばかりというのは」


「はは、なら我々は当分ジャングル住まいですな」



いつになったら戦場気分が抜けるのだろう。私は溜め息をついた。





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