第十話 「雑用係、査定される」
「採取依頼、完了です」
レインがそう言って袋を差し出した瞬間、冒険者たちの視線が一斉に集まった。
場所は冒険者ギルドの査定カウンター。
普段なら、E級冒険者の採取依頼など誰も気にしない。
青葉草を数束持ち帰り、銀貨数枚を受け取って終わり。
それだけの、ありふれた依頼のはずだった。
だが、レインの袋から出てきたものは違った。
まず、青葉草。
それも、ただの青葉草ではない。
葉の色が濃く、茎もしっかりしている。
見るからに品質が高かった。
次に、変異ゴブリンの爪。
鋭く硬質化し、黒い筋が走っている。
さらに、小さな変異魔石。
冒険者たちのざわめきが大きくなる。
「おい、あれ変異種の魔石じゃねぇか?」
「ハズレ森で?」
「E級が一人で持ち帰ったのかよ」
レインは内心で少し冷や汗をかいていた。
一人ではない。
シエルもいた。
むしろ、シエルがいなければホブゴブリン変異種から逃げ切れなかった。
だが、そんな説明を今ここでするわけにもいかない。
シエルはレインの背中の後ろに隠れるように立っていた。
フードを深く被り、周囲の視線に怯えている。
その頭上には、ログが浮かんでいた。
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【シエル】
状態:疲労
緊張:高
信頼度:24
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「大丈夫だ」
レインは小さく言った。
シエルが少しだけ顔を上げる。
「……うん」
その瞬間、信頼度の数字がわずかに揺れた。
だが、今はそれどころではない。
受付嬢のエマは、並べられた素材を見て完全に固まっていた。
「レ、レイン君……これ、本当にハズレ森で?」
「はい」
「青葉草だけじゃなくて、変異種素材まで……?」
「襲われたので、なんとか」
「なんとかで済む相手じゃないと思うんだけど……」
エマは困惑しながら、査定員を呼んだ。
奥から出てきたのは、白髪混じりの初老の男だった。
ギルドの専属査定員、ボルド。
普段は無愛想で、滅多に驚かないことで有名な男だ。
ボルドは素材を見るなり、眉を動かした。
「……ほう」
それだけで、周囲の冒険者たちが静かになった。
ボルドが興味を示す。
それだけで珍しいことだった。
「青葉草は上物だな。保存状態もいい。根を傷つけず採っている」
レインの視界にログが浮かぶ。
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青葉草
品質:良好
通常報酬補正:
銀貨6枚 → 銀貨9枚
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「おお……」
思わず声が漏れる。
ボルドが怪訝そうにこちらを見る。
「何か?」
「いえ、なんでも」
やっぱりログ通りだ。
報酬が増える。
ボルドは次に変異魔石を手に取った。
「これは変異ゴブリンのものだな。魔力吸収の影響を受けている」
周囲がざわつく。
「魔力吸収?」
「ハズレ森の不作、それが原因か?」
「じゃあ本当に異常発生してんのかよ」
ボルドは黙って爪を確認し、さらに皮の一部を見た。
「魔喰い苔も付着している。これは通常の森では発生しない」
エマの顔色が変わる。
「ボルドさん、それって……」
「ダンジョン化の兆候だ」
その一言で、ギルド内の空気が変わった。
ざわめきが一気に広がる。
「ダンジョン化!?」
「ハズレ森が?」
「王都の近くじゃねぇか!」
レインは内心で頷く。
やっぱり。
あの《魔喰いの穴》が原因なのだろう。
ログにも表示されていた。
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隠しダンジョン
《魔喰いの穴》
周辺魔力を吸収中
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だが、これは口に出さない。
自分だけが見えている情報を、軽々しく話すべきではない。
「それで、素材の査定は……?」
レインが尋ねると、ボルドは少し口元を緩めた。
「急ぐな。まだ本命があるだろう」
「本命?」
「袋の奥だ」
レインは一瞬、心臓が跳ねた。
月光花。
売るつもりはない。
シエルの【星読】発現に使うつもりだったからだ。
だが、袋の中に入れている以上、見つかるのは当然だった。
レインは慎重に、青白く光る小さな花を取り出す。
その瞬間。
ギルド内が静まり返った。
まるで音が消えたみたいだった。
「……月光花」
誰かが呟いた。
次の瞬間、一気にざわめきが爆発した。
「嘘だろ!?」
「月光花って、A級素材じゃなかったか!?」
「高級回復薬の材料だぞ!」
「なんでE級が持ってんだよ!」
エマが目を丸くしている。
ボルドでさえ、わずかに目を見開いていた。
「……状態がいいな。傷も少ない。採取直後に近い」
レインの視界にログが出る。
⸻
月光花
希少度:A
状態:良好
推定市場価格:
金貨1枚〜3枚
用途:
・高級回復薬
・魔力安定剤
・ユニークスキル発現補助
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やっぱり高い。
金貨一枚でも大金なのに、最大三枚。
レインは喉が鳴るのを感じた。
正直、売れば生活は一気に楽になる。
宿を変えられる。
シエルにまともな服を買える。
食事も、薬も、装備も揃えられる。
だが。
レインは静かに月光花を引っ込めた。
「これは売りません」
「えっ?」
エマが驚いた声を出す。
周囲の冒険者たちも、信じられないという顔をした。
「売らない!?」
「金貨級だぞ!?」
「E級なら迷わず売るだろ普通!」
ボルドがレインをじっと見た。
「理由を聞いても?」
「必要なんです」
「誰に」
レインは一瞬だけ迷い、シエルを見る。
シエルはフードの下で目を揺らしていた。
自分のためだと気づいたのだろう。
レインは短く答える。
「仲間に」
その瞬間。
シエルのログが淡く光った。
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信頼度:24 → 29
⸻
シエルが小さく袖を掴む。
「……レイン」
「売らないって決めただけだ」
「でも、すごく高いんでしょ……?」
「また採ればいい」
口にしてから、レインは少し後悔した。
我ながら強気すぎる。
だがログがある。
採取場所が分かる。
価値も分かる。
危険も分かる。
なら、普通の冒険者よりは再現できる可能性が高い。
その言葉に、周囲がまたざわつく。
「また採ればいい、だってよ」
「言うねぇ」
「雑用係のくせに」
最後の声だけ、妙に聞き慣れていた。
レインは振り返る。
ギルドの入口に、《黎明の剣》が立っていた。
クラウス。
リリカ。
ミリア。
そして剣士のガルド。
元仲間たちだ。
クラウスは険しい顔でこちらを見ていた。
「レイン。お前、何をした」
「何って、依頼をこなしただけだけど」
「ふざけるな」
クラウスは月光花を見る。
その顔に、隠しきれない焦りが浮かんでいた。
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【嫉妬】
【疑念】
【焦燥】
⸻
ログが見える。
レインは少しだけ冷静になった。
クラウスは怒っている。
だが、それ以上に焦っている。
「お前みたいな雑用係が、月光花なんて採れるわけないだろ」
その言葉に、周囲の冒険者たちが静まる。
まただ。
前と同じ。
クラウスは疑いを向けることで、自分を下げようとしている。
だが今回は、前と違う。
レインには素材がある。
結果がある。
そしてログがある。
クラウスの頭上に表示が浮かぶ。
⸻
発言成功率:64%
⸻
周囲はまだ半信半疑。
クラウスはB級パーティのリーダー。
対してレインは追放されたE級。
普通ならクラウスの言葉が通りやすい。
だが、レインは焦らなかった。
「じゃあ、盗品かどうか調べてもらえばいい」
「……何?」
レインはボルドを見る。
「素材に採取痕とか、分かりますよね?」
ボルドはわずかに頷いた。
「分かる。月光花は採取者の魔力が僅かに残る。盗品なら流通記録と照合もできる」
レインはクラウスを見る。
「調べてもらおう」
クラウスの表情が硬くなる。
ログが変化した。
⸻
発言成功率:64% → 31%
⸻
周囲がざわつき始める。
「確かに、調べればいいな」
「盗品ならすぐ分かる」
「逃げる理由ないよな」
クラウスが苛立ったように舌打ちした。
「……チッ」
リリカが小声で言う。
「クラウス、やめなさいよ。逆に目立ってる」
「うるさい」
ミリアだけは、複雑そうにレインを見ていた。
「レイン……本当に、あなたが採ったの?」
「ああ」
レインは頷く。
「シエルと一緒に」
シエルがびくっとする。
皆の視線が彼女に向く。
クラウスの目が細くなった。
「その奴隷が?」
その言い方に、レインの胸が少しだけ冷えた。
シエルのログが変わる。
⸻
恐怖:上昇
緊張:極大
⸻
レインは一歩前に出る。
シエルを背中に隠すように。
「シエルは俺の仲間だ」
ギルド内が一瞬、静かになった。
シエルが息を呑む気配がした。
レインの視界に、淡いログが浮かぶ。
⸻
信頼度:29 → 34
⸻
クラウスは不快そうに顔を歪める。
「仲間? 奴隷を?」
「少なくとも、役立たず扱いして追い出す相手よりは仲間だと思ってる」
言った瞬間、周囲が「おお」とざわめいた。
クラウスの顔が赤くなる。
「てめぇ……!」
その時。
ボルドが重い声で言った。
「ギルド内での私闘は禁止だ」
クラウスの動きが止まる。
ボルドは続ける。
「そして素材は本物。採取痕も新しい。少なくとも、今この場でレインを疑う根拠はない」
その一言で、空気が完全に決まった。
クラウスが黙る。
リリカは気まずそうに視線を逸らし、ガルドは舌打ちした。
ミリアだけが、何か言いたそうにしていた。
エマが慌てて話を戻す。
「え、えっと! 月光花は保留として、青葉草と変異種素材の査定ですね!」
ボルドは素材をまとめ、計算板を弾いた。
「青葉草、銀貨九枚。変異魔石と爪、皮素材を合わせて銀貨二十八枚」
「えっ」
「合計、銀貨三十七枚だ」
レインは固まった。
銀貨三十七枚。
宿代どころではない。
しばらく生活できる額だ。
周囲の冒険者たちも驚いている。
「E級依頼一回で銀貨三十七枚……」
「下手な討伐依頼より上じゃねぇか」
「しかも月光花は売ってないんだろ?」
エマが笑顔で袋に報酬を入れてくれた。
「おめでとう、レイン君。依頼達成、それと追加査定報酬です」
その瞬間、ログが表示される。
⸻
クエスト完了。
『E級依頼を達成せよ』
報酬:
所持金増加
ギルド評価上昇
新規称号を獲得しました。
【駆け出し採取者】
⸻
さらに。
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ギルド評価:
【雑用係】 → 【注目の新人】
⸻
レインは小さく息を吐いた。
胸の奥に、少しだけ熱いものが灯る。
追放された。
笑われた。
無能だと言われた。
でも。
ようやく、自分の足で一歩進めた気がした。
その時だった。
ギルドの奥から、慌ただしい足音が聞こえてきた。
扉が開き、ギルドマスターらしき大柄な男が姿を現す。
「ハズレ森の調査報告は本当か!」
ギルド内が静まり返る。
男はレインの前まで来ると、鋭い目で見下ろした。
「お前がハズレ森から変異種素材を持ち帰ったE級か」
「……はい」
「詳しく話を聞きたい」
その瞬間。
レインの視界に新しいログが浮かぶ。
⸻
【緊急クエスト】
『ハズレ森の異常を報告せよ』
分岐発生。
選択によって今後の評価が変化します。
⸻
レインは、報酬袋を握りしめた。
どうやら今日も、簡単には終わらないらしい。




