信念の上にそれがなけりゃあ、それは強さとは呼べねぇんだよ
「悪いなぁ。俺もさぁ、多少の毒は怖くねぇんだよ。もっと強い毒をくらったことがあるからな。なぁマムス。第二ラウンドって言ってたよな。それならこのラウンドからは、俺がいかせてもらうぜ?」
するとマムスは、ネクに向けていたメスをシェドに改めて向けなおした。そして乾き切った声で、唸るように、彼は言葉をつぶやく。
「……ムカつくなぁ。ムカつく。ムカつくムカつくムカつくムカつく。なんだよ、勝ったと思ったのに。一発で正解引き当てるなんて、どんだけ運がいいんだよ。しかも、お前らの身近には強い流派を教えてくれる奴もいてよ。裕福な国にも生まれて何不自由なく生きて、なぁお前ら、どれだけ恵まれてるんだよ?」
「あ?」
そんなことを言いながらマムスは近くの研究机に手を伸ばした。そして何やら太い注射器を3本ほど取り出し、言葉を続ける。
「羨ましいなあ。代われるもんなら代わりたいなぁ。なぁ、お前らは今まではきっと幸せだったんだろ? そしてこれからも幸せに生きるんだろ?」
すると、何をするかと思えば、マムスはその注射を思い切り自分に突き刺した。
シェドは驚き、彼に問いかける。
「……何してんだ、お前?」
「ん? 俺はさぁ、ハクダの中でも本当に貧しいところで育ってよ、碌なもの食えなくて、体も弱くて、何にもできなかったんだ。だから毎日他国が捨てた本をゴミから漁って読むのが日課だった。そんな俺が、どうしてこんなにもパワーがあるかと言えばなぁ。知から力を得たからだよ」
彼の体中に血管が浮き出てくる。そして、彼の体が筋肉でひとまわり肥大化する。そんな彼の様子を見て、ネクは、彼の身に何が起きたか理解する。
「……まさか、ドーピング?」
マムスはネクの方を向き、にたりと笑う。
「よく勉強してるなぁ。そうだよ。自分の身体能力を向上させる薬物を片っ端から注入した」
「……何してるの? そういう薬にどれだけの副作用があるのか、あなたならわかってるはず! それをそんなに一気に摂取して、最悪あなた、死んじゃうよ」
「死ぬ、か。まあそうなるかもな。でもさ。ゲッコウが勝てなかったやつに僕が普通にやっても勝てないでしょ。それにさ、お前らみたいな恵まれているやつがこの先どんどん恵まれていくこの世界なんて、生きていてもなんの意味もないよ」
――さっきからなんなの? シェドが恵まれてる?
ネクは心の中でその言葉を繰り返した。恵まれてる。どこがだ。シェドは、母を何者かに殺されてずっと復讐に取り憑かれてきた。そして寝る間も惜しんでずっとヴォルファと訓練してきたのだ。そんな彼の全てを、恵まれているという一言で片付けるなんて。
「……なんでそんなこと言うの? あなたは、シェドが今までどんな思いをしてきたか」
するとシェドが、左手を差し出してネクの言葉を制した。なんで止めるのか、ネクがシェドの方をじっと見つめると、シェドは真っ直ぐにマムスの方を向いて言った。
「どうだっていいよ。そんなこと。それよりもマムス、お前鎖烈獣術が見たいって言ってたよな。あいにくネクは、ちゃんとこの流派の技を教えられたわけじゃねえからさ。俺がいくつか見せてやるよ。だから早くかかってこい」
「そうかい、それは楽しみだ。じゃあ早速見せてもらおう!!」
地面を勢いよく蹴り、筋肉の塊のような拳をシェドに叩きつけようとする。
――ガッツン!!
「何?」
しかし、シェドはそれを手の平であっさり受け止めて、言う。
「どうだ? 固いだろ? これは鎖烈獣術、皮鎧ひがい。体表を獣の力で覆って、敵の打撃や斬撃を防ぐ技だ。ネクもこれを使って色々なものを触れるようになった」
「あ? なんだよ? 一撃防いだくらいで調子に乗るなよ!」
マムスはシェドに受け止められた拳を大きく引き戻し、次いでもう片方の拳をシェドへと振りかざす。シェドは、後退しながら、手刀でマムスの巨大な腕を切り裂く。
――ズシャァァァァァ。
「いっつ!」
「お、痛いか。ちなみにこれは鎖烈獣術、爪刃そうじん。獣の力を手に纏って刃に性質を変え、敵を切り裂く技。その気になれば鉄だって切れる」
「くっそォォォ!!」
自身の攻撃がまるで通じないマムスは、苛立ちシェドに向かって拳のラッシュを繰りだそうとする。しかし、シェドはそのすべての拳を自身の拳で受け止める。
――ガガガガガガガガガ、ガン!!
そして最後に互いの顔に拳を当て、大きく引き下がるシェドとマムス。シェドはマムスに向かって、なおも続ける。
「そして今のが拳や掌底などに獣の力を集中させて、普段の打撃に通常以上の重さを乗せる鎖烈獣術、球槌きゅうつい。どうだ? パワーがなくても獣の力を纏えば、ぜんぜんお前みたいな筋肉バカとも打ちあえるんだぜ」
「あァァァァァァ! うるさいうるさいうるさい! 早く死ねェェェ」
再び大きく地面を蹴り、拳をシェドに振りかざす。そこには、先程彼から溢れていた知性など、どこにも存在しなかった。ただの自らの力に溺れた本当の獣。
――グシャァァァァ。
そんな彼の巨大な右拳は、あっという間にシェドの抜き手に貫かれた。
「あ、あぁ、ああ」
マムスはゆっくりと、自身の拳を引き後退する。シェドはそのマムスをどこか憐れむような目で、じっと見つめる。
「どんどん冷静さを失っている気がするが、それが薬の副作用なのか。さっきのお前よりずっと戦いやすいぜ。ちなみに、今の技は、鎖烈獣術、牙槍。手に獣の力を鋭く纏い、敵を貫く技。これがゲッコウを倒した技だ」
後退していたマムスを覆う血管がさらに太く浮き出る。目を真っ赤に充血させて、彼はシェドに対し、言葉を叫ぶ。
「うるっさいなァァ! さっきからなんだよ! 自慢するように喋り出しやがって! あれか? 自分はそんな技たちを習得するために努力したから、恵まれるのは当たり前だとでも言いたいのか!?」
するとシェドは、マムスに言う。
「ちげぇよ。そんなこと言いたいんじゃねえさ。俺にはさ、自分が恵まれてるかどうかなんてわかんねぇよ。確かに俺は親が殺されてるから今も親がいる奴の気持ちはわかんねぇ。でもな。そもそも最初から親がいなかったやつもいる。親がいなくなってから誰にも拾われなかったやつもいる。自分の獣の力で誰かに触れることをゆるされなかったやつもな」
「……シェド」
彼の言葉に、ネクは思わず言葉を漏らす。そうか、彼は、自身のことを不幸に思ったことなんてなかったのだ。
彼は続ける。
「ただな。そんな人生の道中で俺が知ったことは、強くない奴は恵まれねぇってことだ。そしてもう一つはその強さには確固たる信念が必要だってことだ。けれどな、マムス。お前はどうだよ? 力は知からだったか。知識を重んじるお前の信念は、その姿からは微塵も感じないぜ。もっと自信持てよ、自分に。だって俺を一番追い詰めたのは、お前の知略の毒ガスだろ」
「黙れよ!! それでも僕はこう強くなるしかなかったんだ! 体の弱い僕がアリゲイトの隣にいるために、そして、ゲッコウの仇を取るために。僕の親友のために、僕は、僕はァ!」
「どう思ってようともな。いくら力が強かろうと、いくら速く動けようと、信念の上にそれがなけりゃあ、それは強さとは呼べねぇんだよ。お前の敗因は、そんな簡単なことが本に書いてなかったことだ」
シェドは、自身の右腕を、左手で掴みその手の平をマムスの方へ向けた。ネクは、その構えを見て彼がどんな技を打つのか察する。鎖烈獣術の中でも、最も習得難易度が高い技の一つ。獣の力を凝縮して打ち出す人智を、いや、獣智を超越した獣術。サンの太陽照波斬の炎を、エネルギー塊にした様な、鎖烈獣術における究極の技。
「散らせ。鎖烈獣術、波動咆哮はどうほうこう」
――ドシャァァァァォォ。
彼の手のひらから強烈なエネルギーの塊が一気に噴射される。美しく輝き、真っ直ぐに放射されるそれは、星々の煌めきの様だった。その光は圧倒的な質量を持って、一瞬にしてマムスを飲み込み、そして、実験机をいくつか巻き込んで彼をはるかに遠く離れた部屋の壁まで吹き飛ばした。
――ガラガラガラガラ、ドガァァァァン。
ブラリと両手を垂らし、壁にもたれて伸びているマムス。シェドは、そんな彼を冷徹な目で見つめる。この瞬間、敵の本拠地の地下で繰り広げられた、カニバルとレプタリアの戦いは、カニバルの勝利で幕を下ろした。




