そんなのこっちのセリフだろうが、バカが
――ギィィィィィ。
扉が軋む音が聞こえる。もうすぐここも整備が必要だな。そんなことを考えながら、シェドは、カニバル城の救護室に足を踏み入れた。ここには、2週間前に自らが胸を貫いたサンの様子を見に行った以来である
ずいぶんと外が騒がしい。まあ今日は、南の峠奪還祝いの宴会をしているらしいからそのせいだろう。そんな喧騒を尻目に、シェドは救護室の灯りをつけ、ベッドで横になっている彼の元へ歩み寄る。今回のカニバル国の勝利の立役者、切り裂きジャカルのもとに。
――眠っているのか。
シェドは、ベッドの横にある椅子に腰掛け、ジャカルの顔を静かに眺める。そしてほとんど血色が戻っているジャカルの顔に驚く。刺された時にはあれほど青白かったというのに、フェニックスの炎はここまで獣人を蘇生できるものなのか。
少しだけ乱れたベッドをシェドはそっと戻す。そして彼はジャカルへ向かって、小さな声で、こう呟く。
「すまなかった」
シェドは元からサンとゲッコウを潰し合わせるつもりだった。そして、サンの強い正義感を見抜いていた彼は、ゲッコウにジャカルを倒させることで、サンの怒りの起爆剤にしたのだ。だからこそ、シェドは、あえてジャカルの宿にサンを泊めさせたのだ。サンが彼に情が湧くようにするために。
もちろん、カレオンの奇襲など彼にとって想定外のことはいくつもあった。当初は、こちらが敵に奇襲をかける際、自分が戦況をコントロールすることで、ジャカルとゲッコウの一騎打ちの機会を作るつもりだったからだ。
だが、彼の頭脳をもってすれば、そんなイレギュラーは些細なことだった。彼は、本来本陣にゲッコウがいないことから、彼らの作戦を見抜いていた。だからこそ、自分とサン、そして、ジャカルとネクを二手に分けたのだ。
そして、実際に彼は、憤ったサンとゲッコウが戦うというシナリオを実現した。
もちろんこの作戦は、ジャカルやサン、そしてネクにも伝えていない。三度の戦闘で感じていたゲッコウの再生能力の脅威を排除するために、シェドが独断で仕組んだことだ。
だからこそシェドは、自分の眼前の大切な部下のために、その言葉を口にせずにはいられなかった。
死の危機は去ったものの衰弱し、眠っている部下に対し、目を伏せて拳を握りしめるシェド。そんな彼に、ふと声が聞こえてくる。
「何がすまなかったなんですか?」
シェドは、驚いて顔を上げ、ジャカルの顔を見る。そして目を閉じながらも、彼はその口をゆっくりと動かす。そう、シェドが入ってからずっと、ジャカルは寝てなどいなかったのだ。彼は続ける。
「敵の作戦が分かっていたのにも関わらず、自分とゲッコウを戦わせたことですか? それともサンの能力を発揮するための犠牲にするっていうことを、自分に黙っていたことですか?」
「……………」
彼の言葉に対し、シェドは何も声をかけることができない。そのどれであっても自分はジャカルに対して、決して許されないことをした。しかし、ジャカルは、そんなシェドには快く笑ってみせた。
「分かってましたよ、そんなことは」
「え?」
ジャカルが何を言っているのかわからずに固まるシェド。そんな彼に対し、ジャカルは続ける。
「あなたが、サンを泊めろと言った時からなんとなく予想はついていました。だって、別にカニバル城にも泊まれたはずですしね。だから、サンに対しても力を試すとからしくないことしちゃいましたよ。でも、見くびっちゃいけません。俺はそんなアツくない男じゃない。ゲッコウに負けたこと。そして何より、サンほどの強さを持ってあなたの横に並べなかったこと。それは俺の責任だ。あなたが負うべき責任じゃない」
「……違う。俺は、全部の強さを分かっていてこれを決断した。だからこれは」
「シーッ」
ジャカルは、シェドの口元に自身の指を当て、彼の言葉を遮った。そして彼は、彼の言葉を続ける。
「そして、あなたの計画と行動に矛盾している点が3つある。一つ目、ネクから聞きましたけど、あなたがカレオンに斬られたこと。いくらサンの前で演技する必要があるとはいえ、あそこまでする必要はない。シェド隊長、あなたカレオンにゲッコウのことを言われた際、俺らが死ぬ場面を想像して、動きが鈍ったでしょ?」
くそ、サンといいネクといい、あいつらどこまで喋ってるんだか。そう思いながらもなにも言葉を返すことができない、シェド。そんな彼に対し、ジャカルは2本目の指を立てる。
「二つ目。あなたがサンを助けに行ったこと。作戦としては、ゲッコウに疲労を蓄積させていれば十分で、朝に襲撃すれば、ゲッコウの再生能力切れは狙えたはず。本来、孤軍で突撃するなんてあなたならそんなリスクの高い真似はしない。でもあなたは結局、俺のことを助けてくれたサンに借りを作ったまま死なれたくなかったんですよね。そして三つ目。これは、シェド隊長でも予想できないと思いますよ」
ジャカルにそう言われて、シェドは三つ目の自分の行動の矛盾を考えてみる。自分の中では、作戦と矛盾した行動を取ったと感じたのは先程ジャカルが挙げた2つだった。だからこそ、彼の3つという言葉を受けて、内心で首を傾げたのだが。
「なんだよ」
静かにそう問うシェド。そんな彼にも、ジャカルは笑って彼に伝える。
「軍の指揮を上げる大切さはあなたがよく知ってるはずだ。だからこそ、あなたは今敵の大将を倒した立場として、宴会に参加し、味方を鼓舞しなきゃいけない。それなのに隊長はこんな時間にこんな場所で男1人に会いにきている。これは大きな矛盾ですよ。隊長。そして、この3つの矛盾があれば、あなたの人柄を知るには充分だ」
疲弊しきったジャカルのシェドに対するまっすぐな賞賛。シェドはそんな彼の顔を見ていると、胸から熱いものが込み上げてくる。しかし、彼はギリギリのところでそれを真下に押し戻した。許されない。部下を利用した自分が、部下の大海のような優しさに、ただ包まれていいはずがない。
「はっ。何言ってるんだよ。わざわざお前に会いにきたのは、俺が部下思いだと周りに知らしめるためかもしれないぞ。俺はそんなに優しいやつじゃないさ」
ジャカルは、そんなシェドの言葉を聞いてなおも笑顔を見せる。
「はは、相変わらず弁が立つ人だなぁ。じゃあもうアピールは済んだでしょうから、そろそろみんなのところ戻ってください。俺は、すぐには戦いには戻れないかもですけど、体は大丈夫ですから。あ、あと隊長。……サンには、まだ例のことは隠してるんですか?」
「……ああ」
シェドがそう言うとジャカルはシェドを見て悲しそうな顔を浮かべた。そして彼はゆっくりと言葉を発する。
「……そうですか。辛い役割を押し付けてすみません。でも、シェド隊長。サンは、やっぱりすごいやつでしたね。隊長も、サンがあれほどアツいやつだとは思わなかったでしょう」
「確かにすごいとは思うが、まだ俺はあいつを完全には認められないぞ。夜間の襲撃は、あまりにも無謀だったし、正義感だけじゃどうしようもないことはある」
そう言って、シェドは自らの母親のことを思い出す。母は自分に太陽になれと言った。しかし、きっと空に浮かぶ日の光は、必ず多くの影を生む。正義感だけでは何も救えないのだ。
そんな彼に、ジャカルは優しい声で言う。
「そうなんですね。でも、俺、サンと関わって驚いたんです。ああ、こいつは、本当に全てを守りたいんだって。ねぇ、隊長。俺は思うんです。きっとサンはこの戦争の中で、真実を知り、迷い、答えを出す。そしてきっとその答えは、シェド隊長。あなたのことを救ってくれるって。これは俺の考え過ぎですかね?」
「知るか。まあ、お前の様子は分かったから俺はもう行くよ。とりあえず、しばらくは軍には戻らず、休んで、息子の面倒でも見ていろ。責任なんか感じるなよ。これは隊長命令だからな」
そして、シェドは席を立ち、ジャカルの病室を後にしようとする。
「あ、待ってください。シェド隊長。最後に一つだけ」
するとジャカルがシェドの背中に声をかけた。まだ、何かあるのか。シェドは.動きを止めジャカルの方へ体を向ける。彼は、温かく微笑みながらも、シェドに対し言葉を渡した。
「あなたがどれほど自分のことを嫌いだとしても、ネクや俺は、あなたの優しさを分かっています。シェド隊長。俺は、あなたのようなアツい人と同じ隊で戦えて、本当に良かった」
「そうか、皮肉でも嬉しいよ。ありがとな」
苦笑を浮かべるジャカル。シェドはそんなジャカルを背に向けて、歩き出す。そして、ドアを静かに閉めた。
「ふぅー」
彼は大きくため息をつき、ポケットに手を入れて、扉に寄りかかり、小さく小さく、彼は呟く。
「……そんなの、こっちのセリフだろうが、バカが」




