俺には戦争なんて向いてないよ
――ジャァァァァ。
近くの井戸の水を見つけ、それを頭にかけるサン。懐かしい。かつて道場で何か凹むことがあった時も、よくこうして、頭から水を被ったものだ。
ひんやりとした水が、ボワボワと思考が凝集させ、オーバーヒートしかけていたサンの頭を冷やす。しばらくそうしていると、また再びサンの元へ声がかかる。
「……こんなとこにいたんだ」
するとまた再びネクが現れた。今日はずいぶんネクと話す日だな、そんなことを考えながら、サンはネクに話しかける。
「あ、ネク。またあったね。ごめん、途中で抜け出して。ベアリオも心配してたでしょ」
「特にしてなかったよ。あの人アルコール入ると意外とポンコツだし。ねぇ、サン。当ててあげようか。あなたが今何を考えているのか」
するとネクは井戸の近くの地べたに座り、ちょんちょんと隣を指さした。おそらく横に座れということなのだろう。サンは、少しだけ背筋にクラウの視線を感じながらも、彼女の指示に従い大人しく横に腰をかける。そして彼女に言葉を返す。
「なに? 俺の考えていることがわかるの?」
「うん、わかるよ。シェドから、大まかな流れを聞いたから。サンはさ、ゲッコウと戦ってから今迷っているでしょ? これ以上、カニバル軍としてレプタリアとの戦争に参加することに」
「…………」
図星だった。これ以上自分はこの戦いにいていいのか。それが今の彼の心のモヤモヤを占める一番の要因だった。信念がない、脆弱な正義しか持ち合わせていない。グルグルと頭の中でまわるゲッコウの言葉。そんな彼の信念に、サンはまだ自分がこの戦いに参加する理由を答えることができていなかった。
そこまでバレているなら、きっと隠しても無駄だろう。サンは大人しく、自分の気持ちをネクに吐露する。
「うん、実はさ。そうなんだ。あいつと戦ってから、俺は自分がこの軍にいる理由が分からなくなった。確かにまだレプタリアとカニバルの戦争は完璧には終わっていない。まだまだレプタリアの本拠地に攻め込んでいく大きな戦争が控えていることは知ってる。でもさ、だからこそ、そんな大きな戦いの場にこの国でもない人間が、ここにいていいのかわからないんだよ」
「そっか」
ネクは小さく言葉を吐くようにして、その一言だけを返す。
2人の間に沈黙が流れ、ただ両者は黙って星を見上げる。目の前には、様々な星座が広がっていて、サンは無意識に自分と星座を重ねる。
きっと彼らもまた、自分たちがヘビや牛になるとは思っていなかっただろう。たまたま、近くに別の星が来て、そしてそのたまたまが重なって、偶然一つの形をなしていく。きっと自分もまた本当にただの偶然に、ここレプタリアの国と巡り合い、そして、たまたまここで軍という形の一つに組み込まれた。本当に人生とはどうなるかわからないものだ。
「実はさ、サンは気づいてないみたいだけど、この会が始まる前にジャックが来てたんだよ」
夜空を見上げるサンにネクが声をかける。サンはその言葉に対して返す。
「あ、そうなの? ジャックが?」
「うん、救護室にいる父親に会いに来てたんだってさ。それでさ、私、伝言を頼まれてたの。ずっと言うタイミング探してたんだけど、やっぱりシェド以外の人と話すの難しい」
それでこんなに会う機会が多かったわけか。サンはネクとの遭遇率の高さに納得しながらも、ネクに続きを促す。
「あ、そうだったんだ。それでジャックはなんて?」
「『ありがとう、父さんのために怒ってくれて。そして、父さんのことを助けてくれて。僕、あの時サンにいちゃんと出会えて本当に良かった! あの飛行船には感謝しなきゃだね!』っていってた。本当にジャカルの息子とは思えないくらい、可愛い子」
「そっか」
その瞬間、サンの頭に、ジャックがグレイトレイクで見せた憂鬱な表情が目に浮かぶ。もうきっとしばらくは、ジャックがいるところにレプタリアの軍勢が現れることはない。だとすると、そうか、自分は、あの顔を笑顔にすることができたのか。
「サン、どうしたの、その顔?」
手の甲にポタポタと二つの雫が落ちる。そのまま、サンは声を震わせて、ネクに答える。
「……いやぁ、やっぱりさ。……俺には戦争は向いてないよ、ネク。……俺は国が良くなったとかいうよりもさ、知ってる子どもが笑ってくれてることの方がずっと嬉しい。……こんな単純な頭だから、敵にも影響を受けやすくなる。……やっぱりさ、ダメだよ、俺は」
「……サンはきっとさ、それでいいんだよ」
そう言葉を発したのはネクだった。サンはその言葉に少しの驚きを見せる。なぜならば、このネクという少女が、こうもするすると人をフォローする言葉が出てくるタイプには思えなかったからだ。
そして、この場にはそんなサン以上にネクの言葉に驚いている存在がいた。
そう、それはネク自身だ。ネクもまた、自分がシェド以外の獣人に対してそうスラスラとフォローの言葉が出てくるタイプでないことを自覚していた。つまり、今の言葉は、彼女の胸から出てきた本心。ネクはそこで、自分がサンに対してどんなことを考えているのか、理解する。
――ああ、そうか。私は、このサンの純粋さに期待してるんだ。
ネクはそのまま、スラスラと言葉を続ける。
「シェドはさ、何をするのが一番いいのかわかっちゃうんだ。いつもそう。彼の作戦が、上手くいかなかったことはない。でもね、いつもシェドはさ、苦しんでるの。自分が出した答えに対して、自分のやり方に自分が一番納得できなくて、もがき苦しんでる。でもさ、サンはその逆なんだね」
ネクの言っている事が分からず、戸惑うサン。そんな彼にネクは続ける。
「サンは、どんなに間違っていたとしても自分の心のままに生きてる。自分の思う正義に従って生きてる。だからさ、どんなに自分の選択に苦労をしても、サンは後悔はしないんだ。ねぇ、サン。私、あなたにまだ戦って欲しい。だってサンならさ、シェドも出せないようなこの戦争終結の答えを、見つけられるかもしれないから」
――そしてあなたは、いやあなたしか、シェドを変えられる人はいないかもしれないから。
ネクは自身の言葉に心の中でそう付け足す。シェドは、今まで味方だろうと友だろうと、あらゆるものを利用してカニバル軍の勝利を獲得してきた。カニバル国を神とも戦えるような国にしていきたいがために。
もちろんその行動は、簡単に悪であると決めつけていいものではない。実際、シェドは、あらゆるものを利用することによって、どの戦争でも被害を最小限にとどめている。だからこそベアリオは彼を信用しているし、シェド隊も存続している。しかし問題なのは、彼自身が、その戦い方に納得していない点だ。そして彼が自らの生き方に悩み事故をすり減らしている点だ。
だからこそ、ネクはもしかしたら、このサンの純粋さがシェドの抱える苦しみを打破してくれるかもしれないと思った。自分やヴォルファ。そしてベアリオが晴らせなかった彼の心の闇を、彼の太陽のような輝かしさが、照らしてくれるのではないかと思ったのだ。
――俺が、答えを見つける。
サンは頭の中で、ネクの言葉を繰り返す。まだサンの中には、迷いがあった。ゲッコウのいうような信念を抱えて、戦場に出られるとは思えなかった。
しかし、もちろん彼にはこのまま辞めてしまっていいのかという懸念もあった。きっと今この戦いから離れてしまったら、この心のモヤモヤの正体がわからないままである。そして、ゲッコウやシェドがどうしてあれほどの強さを発揮できたのかも謎に包まれたままだ。
サンは予感していた。きっとこのモヤモヤが晴れた時、そして、彼らの強さの正体がわかった時、自分はもっと強くなれるということを。そんなチャンスを自分はみすみす逃していいのか。
「……ごめん、勝手なこと言って。じゃあ私、行くから」
そう言ってネクはサンに背を向けて、みんなの元へ戻っていった。
サンはその背中をただ見つめる。ネクは一般女性よりも一回りほど背が低いため、その背中はとても小さいものだった。しかしきっと彼女もその背中に、大切なものを背負っているのだろう。だからこそ進んで危険な諜報活動に挑める強さを彼女もまた持っているのだろう。
――さて、どうしようかな。
サンは、そんな彼女の姿をもう少し見送りながら、自身のこれからの身の振り方を考えるのだった。




