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チョコレートを食べる日

 五月に入り、皇国も初夏を感じさせる季節が続くようになってきた。


 皇太子の婚約者として、各国からのお客様と会い、お話をする日々が続く。一人では大変だけど、ローズマリーと分担できるので、クローネ様が彼女をしつけてくれて本当によかったと感謝している。


 公務の合間に、ウィリアムの面倒をみる。


 医師、看護師、そしてわたしと侍女たちで協力しあい、健やかな成長をと願った。嬉しい誤算は、ホウコ先生が訪ねてきてくれて、ウィリアムが乳離れするまでいてくれるとなったことだ。


 彼が触診……魔法の力でウィリアムを診て、身体に異常がないと言った時は皆で手を叩いて喜んだ。


 こうして、毎日を楽しく忙しく過ごしていると、月日なんてあっという間に流れて、その日を迎える。


 皇太子妃として迎えられる婚礼の儀式……主神アロセルにお祈りし、聖なる水で身体を清めてから衣装をまとう。


 白を基調とした豪華なドレス!


 まさか、これを着る日がくるなんて……奇跡だわ。


 イエッタとテスラに、着付けをしてもらっている。


 クローネ様の侍女であったテスラは、帰国せずに残ってくれてわたしの第二侍女になってくれた。イエッタが彼女に第一侍女を譲ろうとしたけど、テスラは断って、イエッタの下につくことを選んだ。


「アメリア様、ダイエットの成果です! ドレスの着こなしが完璧!」


 イエッタの世辞に、わたしが笑う。


「お世辞も今日は嬉しいわ」


「いえいえ、お綺麗ですよ」


 テスラが微笑む。


 たしかに、お腹はシュっとして、脚も随分とシュッとなった……筋肉をつけながら減量をしたことで、皮膚のたるみもあまりないとベルギモ先生が褒めてくれていた。


 鏡が歪んでいないなら、わたしは一年でけっこう痩せることができたかも!


 イエッタが化粧に移り、テスラが装飾品にとりかかる。


 この式が終われば、皇太子妃になるのか……。




 -騎士たち-




 オズワルドとニールセンは、式場の警備を任されていた。


 とくにニールセンは、降格と騎士身分取り上げの恐れがあったところを、被害者本人であるアメリアが、専任護衛として取り立てることで救ってもらっていて、これまで以上にやる気に満ちている。

 皇宮の外宮にある舞踏会などにも使われる大広間は、参列者たちですでにいっぱいだ。国内の貴族だけでなく、国外からも皇国と良好な関係を築きたいと考える国の使者たちが参加している。ただ、今回の参加者のなかには、珍しい人物たちが多くいて、皆を驚かせていた。


 変わり者でこういう式には不参加を決め込む大魔導士アラギウス・ファウスや、ジャネクシーやバスティアといった国家と距離をとる芸術家たちが、正装で参加をしていることは他に例がなかったのである。


 アメリアの結婚を祝おうと、彼女と交流があった知識人や芸術家たちが集まっていると、わかる者にはわかるだろう。


 広間中央の奥には、にこやかな皇帝夫妻と、緊張でガチガチのホムルズ伯が並んでいて、ニールセンは微笑ましい。


 オズワルドが、兵士たちから耳打ちされ、皇太子が入場することを告げられた。


 皇太子の先導はオズワルドがおこない、アメリアの先導はニールセンがおこなう。


 二人は目配せをして離れ、通路へと出た。


 オズワルドは、緊張ぎみの皇太子に笑みを向ける。


殿(しんがり)を務めて帰還した甲斐があるというものです。お二人の案内ができるなんて」

「……お前のおかげで今がある。礼を言う」


 ここで、皇太子の入場を促す音曲が、楽団によって演奏され始めた。


 これを、離れた場所で聞いたニールセンは、コチコチに緊張しているアメリアに微笑む。


「大丈夫です。私の後ろを歩くだけでいいのです」

「は……ははは、は、はい」


 ニールセンは、減量に成功したアメリアに見惚れながら、それをイエッタに視線で咎められて一礼した。


 彼は、アメリアが長身なので、ドレス姿が素晴らしく映えると感動している。


 彼女に正対されると、その神々しさに圧倒されている自分が嬉しい。


 そう、彼は嬉しい。


 誰よりも、喜んでいるといえた。


 ここで、花嫁の入場を促す音楽が、彼らのところにも届き始めた。


「参りましょう」

「は……はひ!」


 あやしい返事をしたアメリア。


 ニールセンは微笑み、彼女を先導する。


 通路の左右には、近衛連隊や警備連隊の兵たちがずらりと並び、剣を鞘におさめたまま掲げた。そして誰もが、アメリアの人柄を知る者たちなので、彼女のために声をかける。


「おめでとうございます」

「これからもお仕えさせていただきます」

「アメリア様、お綺麗ですよ」


 歩きながら、アメリアはすでに笑いながら涙ぐんでいた。


 大広間の扉を、ニールセンが押し広げる。


「ホムルズ伯爵家のご令嬢! アメリア・アルネルト・ホムルズ・ファレア!」


 彼女の名前が、美しい声で読みあげられた。


 芸術都市オーギュレーンでも、他の追随を許さない歌姫エヴィルフィによるものだ。


 美しい花嫁の登場とともに、歌姫のすばらしい歌が始まる。それはアメリアの幸せを心から願うものだと皆にも伝わり、アメリアが誰からも好かれていると改めて誰もが思えていた。


 ニールセンは、アメリアを先導しながら、参列者たちの声を聞く。


「すばらしい」

「お美しい」

「凛として素敵」

「ドレスを見事に着こなしておいでね」


 ニールセンは、奥まで進み、アメリアの父親へと一礼すると、先導役を彼に譲り端へと歩く。


 その背に、アメリアの優しい声が届いた。


「ニールセン殿、ありがとう。貴方にお願いして、本当によかった」


 彼は会場の端まで急ぎ、ふり返ると深くこうべをたれる。


 ニールセンは、彼女への感謝で顔をあげることができなかった。




 -アメリア-




 慌ただしい日々はあっという間だ。


 わたしは皇太子殿下の第一の妻、正妻となった。


 妃だ。


 そして二番目の妻はローズマリーで、彼女はわたしが式を挙げた三日後に式をあげて、正式に二番目の妻となっている。


 わたしたちは、周囲が驚くほどに仲良くできている。


 ……前の、二番目が最低だったんですわ。ローズマリーとあれと比べてあげないでください! と、わたしたちの仲が良いことを不思議がる人たちに伝えたい!


 わたしは今、皇太子殿下が望遠鏡を覗きこむ横で、ウィリアムを抱いている。


 内宮の本邸屋上に、天体観測用の望遠鏡を運びあげて観測所を作ってもらったのだぁ!


 皇帝陛下と皇妃陛下が、祝いに何か欲しいものはあるかと尋ねてくれたので、天体観測の設備を求めたのです。


 すばらしい!


 妃は最高!


 妃はすばらしいわ!


 本や衣装を売らなくても、こんな設備が手に入るんだもの!


 お金に困らない!


「税金です」


 うるさい財務局の長官には目を光らされている……。彼は今も、わたしが追加であれこれと発注したがるのではないかと、家族で楽しむこの場にも乗り込んできていた……。


 外宮に、歌劇や演劇の劇場を増設したり、ワーレンハインに歌手や俳優女優を育成する教育機関を設立したり、臣民でも気軽に入ることができる図書館を増やしたり、国内の識字率を高めるために学校を増やすと同時に教育者を育成する学校を作ったり……とにかく、わたしはお金がかかることをやりすぎると思われているのだ……。


 教育への投資は、国の未来を創ること! と、予算本会議で大演説をおこなって、これらの予算を承認させたことで、財務局からは睨まれている。


 でも、他の局、とくに教育局からは感謝されていた。


 その彼らが、この最新の天体望遠鏡をリーフ王国から取り寄せてくれたのだ!


 大魔導士アラギウスが設計してくれた特注品!


 覗いていたキングスレイ殿下が、わたしへと譲ってくれる。


「すごいぞ! アンカレオがはっきりと! 美しい!」


 どれどれ……おお!


 すごい!


 わたしは、ウィリアムに望遠鏡をのぞかせる。


「ウィリアム、ほら、あれがはさみ虫座よ! アンカレオが見える?」


 わたしの言葉に、ローズマリーが苦笑する。


「アメリア様、まだまだこの子には早いですよ」

「大丈夫よ! ウィリアムは賢いもの!」


 クローネ様のためにも、この子を立派な皇太子に育ててみせる! 


 ……その為には、各国の地図を集めたいわね! 世界地図! 世界地図は高いけど図書館のは古いから、最新のものが欲しい!


 地図はとっても勉強になるのよ!


 どうしてこの国とこの国の国境はこうなって? ふむふむ、そういう歴史があったのか! と調べ始めると時間が溶けるほど!


「殿下、ウィリアムのために、最新の世界地図と、各大陸の地図を取り寄せようと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「地図? かまわないだろう」

「ひぃいいい!」


 財務長官がおかしな悲鳴をあげた。


 ウィリアムが、キャッキャッと笑う。


 彼の悲鳴が、おもしろかったらしい。


 キングスレイ殿下が、長官の悲鳴を真似てウィリアムを笑わせた。


「キャキャキャ! キャーウ!」

「おもしろいの? ウィリアム好きなのぉ?」

「だぁ!」


 わたしも、長官の悲鳴を真似る。


「ひぃいいい!」

「キャーキャキャキャ! キャーウ!」


 賑やかな天体観測を、家族で楽しんだ!




 -侍女-




 イエッタは、ベッドのアメリアが目覚めたと気付いて、水差しの水を杯に注ぐ。その音でアメリアが声を発した。


「イエッタ、お水、ありがとう」

「どうぞ」


 水の入った杯を受け取るアメリア。


 ここで、扉を叩く音とともに元気な男の子が室に現れる。


「ははうえぇ」

「はぁい、ウィリアム、どうしたの?」

「父上のおゆるしをえたので来ましたぁ」


 ウィリアムが、アメリアの隣で眠る赤ん坊を覗き込む。


「リミア、寝てるね」

「ええ、寝させてあげてね」


 アメリアの言葉に、ウィリアムが大きく頷く。その頬へ、アメリアが手を伸ばして触れた。


「ウィリアム、わたしは貴方がいちばん大事、だけど今は、リミアに時間を使わせてね? この子はまだ、一人でなにもできないの」

「うん、もちろんです、ははうえ。僕よりもリミアを大事にしてください」

「ありがとう、ウィリアム」


 アメリアの言葉に、ウィリアムが照れたように笑う。


 イエッタは、キングスレイとアメリアの間に生まれた女の子に、リミアと名付けたアメリアの意図を理解している。


 侍女は、娘を横に、息子の髪を撫でるアメリアへと声をかけた。


「アメリア様、バナナ、召し上がります?」


 労いを込めて尋ねたイエッタに、アメリアは輝く笑顔で答えた。


「バナナと、砂糖をたっぷりと使ったチョコレートをちょうだい!」

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面白かった! 王宮とか妃の話だとドロドロした話になりやすいが、王族の皆がしっかりとした判断で見極めてて主人公を選んでるおかげか政治に巻き込まれるとかそう言う貶められるのが1部の愚かな人達だけって言う形…
[一言] アメリア最高です! こんなに泣かされるとは思いもしませんでした。私の拙い語彙では現しきれませんが笑いと切なさで胸の中がぐるぐるしています。 物語が終わってしまったのが寂しく感じるほど、アメリ…
[一言] とてもいい物語でした。 ただ一点だけ、誘拐の主犯が処罰されていないことが残念でなりません。 娘である「2番目」や元婚約者がざまぁされているのですから、せめて摂政をクビになるぐらいは欲しかっ…
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