終章 繰り返す悪夢
これが第三部終章となります!
光を感じて微睡みから目が醒めた。
ゆっくりと目を開けば、強烈な白い光で網膜を焼かれて目が眩む。
光に慣れるまで数秒。天井にあるライトが自分を照らしているのだと気づく。
なにもない部屋だった。家具はない。窓もない。扉もない。天井も壁も床も全てが黒曜石で作られた牢屋のような一室。
起き上がろうとしたとき、じゃらり、と金属が擦れる音が聞こえた。見れば壁から生える鎖が自分の手首に繋がれている。
右手、左手、右足、左足。四肢の全てに。
そこでようやく、アルフェリカは自分が台の上で拘束されていることに気がついた。
拘束を破壊しようと、ほぼ無意識に【白銀の断罪弓刃】を召喚しようとする。
いつもなら念じるだけで手元に現れるそれは、しかしアルフェリカの求めを拒んだかのように顕現しなかった。
再度召喚を試みる。失敗。三度繰り返す。失敗。
「なん、で……?」
失敗を繰り返すたびに不安と焦燥が忍び寄ってくる。何度試しても【白銀の断罪弓刃】を召喚することができなかった。
それだけではない。身体が重く、倦怠感がひどい。魔力を大量消費したときに似た症状を自覚したことがあるが、まさか魔力が枯渇しているのか。
いつ? どうして?
最後の記憶を掘り起こし、アーガムによって魔力を奪う首輪を取りつけられたことを思い出した。
同時に思い至る。ここが一体どこであるかを。
「ハッ――、ハッ――、ハッ――」
うまく呼吸ができない。動悸が止まない。指先が勝手に震える。
まさか、此処は……。
前触れなく部屋の壁に魔法陣が出現した。溶けるように壁が消えて、奥の暗闇から誰かの足音が聞こえてくる。
現れたのは一人の老人だった。
白髪混じりのぼさぼさの長髪にくたびれた白衣。頬骨が浮き出る痩せこけた顔。目の下の隈は色濃く、しかし片眼鏡の奥には、見窄らしい外見に反して力強い何かを宿している。
「あ……あぁ……そ、んな……」
ここは『魔導連合』だ。
戻ってきてしまった。自分に苦痛と絶望と深い傷を刻みつけた地獄に。
「いや……いやっ……」
一刻も早く逃げ出したくて手足をばたつかせるが、鎖が音を鳴らすだけで叶わない。
距離を取ろうと必死にもがくアルフェリカに、老人はしわくちゃな笑みを浮かべた。
「かかかか、二年ぶりくらいかのぉ? よく戻ってきてくれた、アルフェリカちゃん」
「こ、こないで……」
「そんな寂しいこと言ってくれるな。儂はこんなにも再会を心待ちにしていたというのに。お前のことを考えなかった日は一日としてなかったのだからのぉ」
老人の濁った瞳が、狂乱寸前に陥った瑠璃色の瞳を覗き込む。
「これで、研究の続きができるわい」
濁りきった狂気を宿す目にアルフェリカは声を上げることもできなくなった。
「さて、再会を喜びたいところじゃが、時間は有限だ。早速実験の準備を始めよう。おい、お前たち」
老人に呼ばれて同じく白衣を着た研究員たちが部屋に入ってきた。
身動きの取れないアルフェリカを取り囲むと、アルフェリカが纏う衣服に手をかけた。見下ろす視線に感情はなく、その作業はただただ機械的。
〝断罪の女神〟の力は使えず、拘束されてろくに抵抗もできず、瞬く間に生まれたときの姿にされてしまった。
「ふむ、目立った傷はない。変質している箇所もない。至って健康体。目に見える問題はなさそうだのぉ」
老人はアルフェリカの裸身を無遠慮にまさぐって触診の所感を零す。
手が肌の上を滑る不快感に全身が粟立った。
やがて老人の指先が神名に触れたとき、その手の動きが止まった。
「こ、これはっ!?」
膝を掴まれて足を開かされる。抵抗しようにも取り囲む研究員の力の方が強くて足を閉じられない。
いつもなら首を刎ねるのに造作もないはずなのに、神の力が使えないというだけでこんなにも自分は無力なのか。あまりにも惨めに思えて、悔しさに視界が滲む。
アルフェリカを気にすることもなく、老人は興奮を抑えきれない様子で内腿に刻まれた神名を凝視した。
「ばかな!? ありえん! 神名にここまでの傷を負って、なぜ生きていられる!?」
老人の口から飛び出したのは驚愕。感情を見せなかった研究員たちも同じく驚きにざわめいていた。
「実験内容を変更するぞ! 『魔力素配列解析機』の設定を変更してこい! それと追加の試薬を準備しろ! 実験体を実験室に移せ!」
老人の指示に研究員が慌ただしく動き出した。
アルフェリカを移動用の台に移すため、繋がれた鎖が一時的に外される。
「いや! いやっ!」
これから実験が始まる。再びあの苦痛の時間が始まる。
ようやく逃げ出せたのに。ようやく陽だまりの下に戻ることができたのに。ようやく望んでいたものに手を伸ばせるようになったのに。
やりたいことができた。夢を持つことができた。力になりたい人ができた。その人の力になりたいと願うことができた。
まだ何もできていない。まだ何もしていない。
彼に、あの人に、まだ何も返せていない。
輝に会えない地獄になんて戻りたくない。
「大人しくしろ!」
「んんっ!? んんぅーっ!」
猿轡を噛まされて喚くことすらもできなくなった。逃げ出そうと暴れても、数人がかりで押さえつけられ、移された台の上で再び拘束された。
いやだ! 助けて! 誰でもいいから!
言葉にならない叫びで助けを求める。
しかし応じてくれる者は誰もいない。かつて応じたエクセキュアもいまはもういない。
誰か! 誰か! 誰か!
運ばれた実験室でなおもアルフェリカはもがく。
用途不明の無数の機器や魔術礼装。床には魔法陣。それを取り囲む研究員。身体に取りつけられるコードの類。魔術文字を書く筆が肌を這う感触。
それらすべてが心に刻まれた傷を抉り、過去に味わった苦痛を想起させる。
注射器の針が腕の皮膚を刺し、薬物が体内に注入された。
すぐに意識が混濁し、異様な浮遊感に襲われる。方向感覚を失い、落ちながら昇っているようなおかしな感覚。
「実験を開始する!」
朦朧とする意識のどこか遠くで、老人の声が聞こえた。
ああ、始まる。始まってしまう。
あの苦痛が。あの地獄が。
また、始まる。
「んんんんんんんんんぅ―――――――――っ!?」
取り付けられた器具から流れる何かが神経を刺激した。
生きたまま皮膚を剥がれているかのような激烈な痛み。のたうち回る度に鎖が虚しく鳴り、全身に描かれた魔術文字が激しく明滅を繰り返す。
術式が神名に干渉を始めると痛みが一層強くなった。呼吸をするだけで、空気が肌に触れるだけで、意識が、魂が、削られる。
耐え難い痛みから逃れるために、もがき、のたうち、身をよじり、激しく暴れたことで猿轡が解けた。
「あぐ! ぐぅあ! あぁぁ、ああああ……ひぃあ、ああぁぁああぁあ――――っ!」
自由になった薄紅色の唇から苦悶の絶叫が溢れ出す。
助けて! 助けて! 助けて! 助けて!
「ひ、かる……たす、けてっ! 助けて……輝! ひか、るっ……輝!」
気を失うまで、アルフェリカは輝の名前を叫び続けた。
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評価欄は最新話の一番下です!
これにて『贖罪のブラックゴッド 秘めたる想いは鋼となりて』は完結となります!
最後まで読んで頂きありがとうございました。
ここまで読んで頂いて「あれ? なんかサブタイトルとストーリーがマッチしてなくない?」と思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。
申し訳ありません。その通りです。
初期に作成したプロットから大分ずれ込み、修正不可能なほどにサブタイトルから逸脱してしまいました。
今回設定していたテーマは『情』でした。
ストーリー上では友情・愛情・恋慕・嫉妬をメインで取り扱いましたが、正直あまり掘り下げられなかったなというのが自己評価です。
それでも描きたいと思っていたことはだいたい描けたと思っています。
他にもいろんな『情』があると思います。
喜怒哀楽もそうですし、家族愛や親愛も『情』です。詳しくはないですが『七情』という言葉もあるようです。
『情』は人を繋ぐ上で大切なものなので、大切にしたいですね!
うん、良いこと言いたかったけど、失敗しました!
それではみなさん!
続きを楽しみにしていただけると嬉しいのです!
ではでは。
最近の悩み。
真面目な話をしようとすると、最終的になに言っているのかわからなくなること。(上述のように)