百六十一話 女神との邂逅
サイクロプスと戦った階層よりも十階程上の階層で野営したプリベルは、妙な夢から目覚めた。
(巨大なヴァン君から水晶や牙を貰うなんて、ボクもアイラの事をとやかく言えないかも)
夢に見るなら普通、大人になったヴァン君では無いだろうか? それが子供の形のまま山のように巨大化した彼が、突然遊びに来る。そんな夢だった。
(まあ、一度くらい変な夢を見てもおかしくないよね?)
そう心の中で誰かに確認して、プリベルは起き上がろうとした。
「変な夢のせいかな……なんだか頭がくらくらす――ま、魔物!?」
伸びをしながら瞼を開いたプリベルは、周囲の地面に小さなドラゴンが横たわっているのを見て、ギョッとなった。
「シャアァ!?」
「ギャォウ!?」
しかも、それまで瞼を閉じていたドラゴンが目を覚まし、驚いたように吠え始めたのだ。その途端プリベルの視界がグニャグニャと歪み、彼女はパニックに陥った。
「か、囲まれてる!? 皆は何処!? と、とりあえず逃げないと!」
プリベルも魔術だけでは無く武術の訓練も始めているが、未知の敵に四方八方囲まれた状態で対応できる程の技量では無い。
呪文を唱えながら、ドラゴン達から距離を取ろうとした。
『落ち着け』
その瞬間、背後から現れたアイラのチョップがプリベルの脳天に振り降ろされた。
「はぐっ!?」
軽くしか手加減されていないチョップの衝撃に、堪らずよろけるプリベル。するとやや離れた物陰に隠れていたらしいパウヴィナが駆け寄ってきて、彼女を羽交い絞めにする。
「な、何するの!? ど、ドラゴンがいるんだよ!?」
「だから落ち着いてよく見て。そのドラゴンが何処から生えてるのか」
パウヴィナの腕から逃れようともがいていたプリベルは、そう言われて初めて何かがおかしい事に気がついた。
ドラゴン達は吠えるばかりで、何時まで経ってもプリベルやそして密着しているパウヴィナに襲い掛かろうとしない。
『よく見なさい。ほら』
アイラがドラゴンの頭の内一つを掴むと、困惑するプリベルに見えやすいように、持ち上げる。
「何処からって……」
ワイバーンよりも小さな、プリベルが脇に抱えられそうな大きさだが、牙や角を生やした頭部は首に続いている。更にその先に視線を向けると、何故か鱗が無くなりとても見慣れた触腕に繋がっていた。
「ボ、ボクからドラゴンが生えてる!?」
「そうじゃなくて、プリベルの触腕の先っぽがドラゴンの頭になってるの」
パウヴィナの言った通り、プリベルの下半身の触腕の先端がドラゴンの頭部に変化していた。
「ほ、本当だ……うわ~、変な感じ」
ペタペタとアイラが持ち上げた触腕の先端にある頭部に触れて、確認するプリベル。
形が似ているだけでは無い。表面は硬さと滑らかさを併せ持った鱗に覆われていて、角や牙は肉の突起では無く明らかに骨で出来ている。
そして目も本物だと、プリベルは引き攣った笑みを浮かべている自分の顔をドラゴンの目を通して見て、そう確信した。
目覚めた時から視界が歪んでいる様に感じたのは、急に眼が十六個も増えたせいだった。
『落ち着いたようね。ステータスは確認した?』
「あ、今確認する。【ステータス】……ランクアップして種族名がスキュラオリジンハイドルイドになってる!?」
伝説では、古代のスキュラの中には触腕の先端にドラゴンや狼の頭部が生えている個体が存在したとされている。
ただ実際にその存在を見たという者は誰もおらず、魔術師ギルドの古文書にも伝説として記されているのみだった。
「ま、まさかボクがその伝説のスキュラに変化するなんて……夢でしか思わなかったのに!」
『ああ、やっぱり夢で思ったのね』
「うん、今朝夢でちょっと……って、何でそんなに落ち着いてるの!? ボクはこんなに驚いてるのに!」
『私が見張りの順番の時、眠っているお前達の身体が変化し始めたからそうだろうと思ったのよ。ギザニア達もそんな事を言っていたし』
「成るほどって、ギザニアとミューゼも何か生えたの!? 二人は何処にいるの?」
「危ないからって、寝ている間にあたしとアイラが離れた所まで運んだの。プリベルは、触腕を引きずっちゃうから放っておいたけど」
『お前達が三人同時にパニックを起こして動き回ったら、落ち着かせるのも一苦労だから一人一人起こしていたのよ』
「あー……確かに危ないかも」
プリベルとギザニアは体が大きい分力が強いし、ミューゼは鋭い刃を備えた鎌腕を持っている。それがパニックに陥って力の加減も出来ないまま動き回ったら、大惨事だ。
主に彼女達三人が。アイラは肉弾戦でも彼女達よりずっと強いし、パウヴィナはオリハルコンの盾を構えて少し離れていれば、無傷で済むだろうから。
「もう出てきて良いよ~!」
パウヴィナがそう声を上げると、それぞれ離れた物陰で待っていたギザニアとミューゼが姿を現した。
「おお、プリベルの変化が一番大きかったようでござるな。その触腕、どうなっているのでござるか?」
ミューゼはキラキラと輝いていた。彼女の鎌腕や緑色の外骨格が、エメラルドのような物質に変化していたのだ。
「そう言うミューゼ殿も結構変わったと思うが……拙者は、角が生えたぐらいだ」
ギザニアはプリベルやミューゼ程大きな変化は起きていなかった。ただ、左右の側頭部から一本ずつ、牛を思わせる角が生えている。
そして、プリベルが脅威を覚える部分が更に大きくなっているように彼女には見えた。胸囲だけに。
はっとして自分の胸を見下ろすが、そこには昨日までと同じ程度の膨らみしかない。視線を上げると、自分と同じように胸を確認していたミューゼと視線が合った。
「……とりあえず、この件についてはヴァン君に文句を言おう」
「同感でござるな」
この突然起きた特殊なランクアップの原因は、夢に現れたヴァンダルーの導きによるものだと既に確信しているプリベル達だった。
『夢でヴァンダルー様に導きを与えられるだけで身に余る幸福だというのに、文句をつけるとは……ああ、私も眠れば良かった!
いや、パウヴィナも夢では会わなかったのだから、寝ていれば会えたとは限らない。そう、落ち着け、落ち着くのよ』
「あたし、ヴァンに会ったよ。先の尖った何かを貰った」
自分を鎮めようとするアイラの耳に、パウヴィナの衝撃の告白が突き刺さる。パウヴィナはランクを持たないので、外見が変わるランクアップは出来ないがしっかり導かれていたようだ。
『くくくく……良いのよ、忠誠とは見返りを求めて誓うものでは無いのだから。くふっ……きひひひっ!』
一瞬の硬直の後、口を三日月状に釣り上げて笑い出すアイラ。その様子に危険な物を覚えたプリベル達は戦き、思わず後ずさった。
『お前達、支度をしたら早速ランクアップした成果を実戦で見せて貰うわ。実戦でね』
「ええっ!? まだ視界に慣れてなくて凄く気持ち悪いんだけど!?」
「拙者は頭がやや重いだけだが……いや、服がきつい?」
『昨日と同じように危なければ助けてあげるわ、ブラッドポーションもあるし丁度良い。さあ、行くわよ!』
八つ当たり気味なアイラに引きずられる様にして、プリベル達は今日もレベリングに励むのだった。
因みに、ミューゼはクリスタルエンプーサ、ギザニアはウシオニにそれぞれ種族が変化していた。
そして同じダンジョンの深部では、ヴィガロの歓声とザディリスの「何故じゃ~!?」という不満の声が響いていた。
ファーマウン・ゴルドと会ってリクレントからのメッセージを伝え、『暴虐の嵐』を率いるS級冒険者、『迅雷』のシュナイダーは、忙しい日々を過ごしていた。
地元の冒険者ギルドや魔術師ギルドへの報告や、寄って来る商人や貴族をあしらうために。
アミッド帝国で表向きアルダ信者である彼等は、国家的大英雄だ。その彼等が、大体の位置は分っているが安全な航路が未だ不明の魔大陸から無事帰って来たのだ。
過去に冒険に向かった者達の多くが消息を絶ち、帰還を果たした者達の多くは魔大陸近くの島から観察しただけであったり、上陸しても外延部を短時間探索しただけだったりと、未だに謎に包まれている魔大陸である。
当然のように莫大な成果を期待された。未知の効能を持つ植物や、新発見の鉱物、バーンガイア大陸には存在しない魔物の素材と情報。そして何よりも、血沸き肉躍る冒険譚。
それを求めて人々はシュナイダー達の元に群がるのは、当然の事だった。
シュナイダー達は別に依頼を受けて魔大陸に赴いた訳でもないし、スポンサーを募って資金提供を受けた訳でもない。だから、集まって来た人々に情報を開示する義務は無い。しかし、S級冒険者として数々の特権を行使し裏でヴィダの新種族達の保護活動を行って来たシュナイダーには、表向きの評判を維持する必要がある。
気に入らない奴は大貴族や大商人であっても、アイアンクローをかましてそのまま天高く投擲するシュナイダーだが、流石に自分に近づく者を全員放り投げている訳では無い。少々の社交なら出来る。
勿論、魔大陸での出来事をそのまま話す事は出来ない。勇者ベルウッドの戦友であり、帝国ではザンタークに代わる火属性の代表的な神として信仰されているファーマウン・ゴルドが、まさかアルダを離れザンタークと共にいるなんて話したら……確実に異端と認定されてしまう。
そのため帰る前にそれらしい話をパーティーメンバー全員で考え、口裏を合わせる事にした。
魔大陸には上陸したが、見た事も無い魔物の群れとそれを率いる真なる巨人と遭遇して戦闘になり、結局船で逃げ帰ったという話だ。
やや情けない話だが、下手に成果を上げた事にして人々を刺激して、魔大陸探索ブームなんて巻き起こったら面倒なので仕方ない。
実際にシュナイダー達が見た事も無い魔物の死骸やその一部を持ち帰ったので、説得力は十分だろう。少なくとも、彼等がヴィダ派だと勘づいているマシュクザール皇帝やその側近達以外は疑わないだろう。
そうした偽情報を話しつつ、「次こそは魔大陸を制覇してやる」と豪語して、再び船を出す。そして過去に匿った人魚達に協力して貰い、こっそりバーンガイア大陸に戻って境界山脈を越えてヴァンダルーと会う。
それがシュナイダー達の予定だった。
「……とんでもねぇな」
「……ええ、一瞬魔王が復活したのかと思ったわ」
「二人とも、どんな夢を見たの?」
同じベッドで目覚めたシュナイダーと、彼のパーティーメンバーであり『堕酔の邪神』ヂュリザーナピペの転生であるリサーナの二人は、全身に冷や汗をかいていた。そして目覚めた時の姿勢のまま、暫く荒い呼吸を繰り返した後口から出たのがその言葉である。
同じベッドで寝ていたドワーフのメルディンが、珍しい物を見る目を向けている。
シュナイダーとリサーナが見たのは、遠くで巨大な異形の何かが蠢いているのを、ただ眺めている。そんな夢だった。
ただの悪夢でない事は分かっている。何故なら、二人とも夢の中でお互いを認識していたからだ。
「予知夢の類か? ……不思議と邪悪な気配はしなかったが、どう思う?」
「その夢で、何で邪悪な気配を感じないのかが一番不思議」
手短に夢の事を説明した後に発したシュナイダーの質問に、メルディンが半眼になってそう行った後、ため息をついて真面目な顔をした。
「リサーナも見たって事は、ヴィダ派の邪神か悪神じゃないの? 知っている姿から大分変わったみたいだけど」
魔王軍との戦いで邪悪な神々と融合してしまった神の話は幾つか伝わっているし、リサーナの口からも聞いている。十万年前のアルダとの戦いで消耗した神同士が同じように融合して、姿が変わったのかもしれない。
そう推測するメルディンに、リサーナは首を横に振った。
「あれは融合なんてもんじゃないわ。それに、魔王の気配までしたし……でも不思議と嫌な感じはしなかったのよね。思いっきり冷や汗かいたけど」
「そうだな、神ならはっきりと分かる……かと言って、人間の魂の形じゃなかった……ありゃ何なんだろうな? ……とりあえず、俺達にとっては脅威じゃないらしいが」
長年並の冒険者では経験できないだろう脅威と戦い続けた勘が、そう告げている。
「とりあえず、出来るだけ早く境界山脈を越えようぜ。今気がついたが、あの何かが居たのはベッドから見て境界山脈の方向だ」
「今年中に行けるかしらね。『邪砕十五剣』も鬱陶しいし」
「偽装工作含めると、来年になるかもね」
翌朝、人魚国を出発したヴァンダルー一行は、最後の訪問国であるダークエルフ国に向かった。
『ジャック達、手紙はちゃんと届けたよ』
『監視用と【転移】のマーキング用のゴーレムやアンデッドも都の外と中に置いて来たわ』
途中で【転移】してきたレギオンから、レッグストン伯爵家にチェザーレとクルトの手紙を届けたと報告を聞いた。
「ご苦労様。手紙の返事を受け取りに行く時は、俺とチェザーレ、それにクルトも一緒に行きますからよろしく」
あの手紙を受け取ってどう行動するのかが、レッグストン伯爵家の今後を左右する事になる。
クルトに「まず寝返るよう説得する」と約束したので、どんな説得か……言葉だけで済ますか、言葉以外も使うのかが変わるだけだが。
「出来れば良い返事が聞けると良いのですけど。流石に子供が生まれたばかりの夫婦に、乱暴な事はしたくないですし」
クルトがサウロン領の砦に務めていた頃、一番上の兄で現レッグストン伯爵であるアルサードから妻が懐妊したという知らせを受け取っていた。
それ以後はクルトが表向き死んだ様に偽装した後タロスヘイムに下ったので情報は無いが、何事も無ければ無事産まれているはずだ。
この世界の医療は未発達だが、やや落ち目とは言え伯爵家程の貴族なら、お産の際に魔術師のサポートも得られるはずだ。多分大丈夫だろう。
少なくともここ暫くレッグストン家の縁者に不幸が無かった事は、死者の名前を知る事が出来る力を持つレギオンの『閻魔』によって判明している。
「そう言えば、もう生まれたはずですよね。見ました?」
『……ごめんなさい、忘れていたわ』
『死んでいないなら別にどうでもいいかと思って』
『そう言えば、屋敷に忍び込むときに入った部屋が子供部屋っぽかったかもしれない。あの部屋に居たのかもしれないわね』
尋ねてみたが、レギオン達は赤ん坊に興味を持たなかったらしい。彼女達の仕事は手紙を届ける事だったので、クルトの甥っ子か姪っ子を確認する必要を覚え無かったのだろう。
『それより、手紙を届けるついでにあの軍務卿の首を獲って来なくて良かったのか? 俺達なら出来たと思う……見つけられればだが』
レギオン達が興味を覚えていたのは、ミルグ盾国の現軍務卿トーマス・パルパペック伯爵の事だった。
今は亡き原種吸血鬼グーバモン配下の吸血鬼と繋がり、つまらない陰謀の為にヴァンダルーとダルシアを殺そうと糸を引いた男だ。
その後もザディリス達が暮らしていた密林魔境に討伐隊を派遣する等、手を出してくれた。
ヴァンダルーにとって間接的だが仇であり、タロスヘイムにとっては敵国の軍事を司る重要人物。当然抹殺するべき対象である。
『今はタイミングが悪い。始末すると、クルトの旦那の実家を警戒させちまう。それに、もう軍務卿閣下は死に体だ、急いで殺す必要は無いねぇ』
レギオンの『ゴースト』の質問に、ヴァンダルーに代わってキンバリーが答える。
生前アミッド帝国軍の軍人だった彼は、ある程度ミルグ盾国の状況にも通じていた。そこから推測すると、既にパルパペックはヴァンダルー達にとって何の脅威でも無いのだと言う。
『軍を動かそうにも境界山脈を安全に超えられるトンネルはボスが塞いだし、そもそも動かせる軍が無ぇ』
あと数か月で失敗から四年が経つ事になるミルグ盾国のタロスヘイム遠征。その遠征軍を構成していた黒牛騎士団を含めた精鋭六千が全滅した穴が、まだ塞がりきっていないのだ。
軍務卿に復帰したパルパペック伯爵の働きで、退役した将兵を復帰させ新人を鍛え、素質のある者を各地から集め、何とか千人規模の軍として形になりつつある。しかし、実際は張子の虎に近い。そんな状態らしい。
元々遠征軍は、平時は防衛任務に就いていない。予期せぬ魔物の暴走や災害指定種の出現、オルバウム選王国からの攻撃等に対応するための兵力を集めた物だったので、通常の守りに問題は無い。
だからパルパペック伯爵が形にした千人規模の軍だけなら、動かそうと思えば動かす事は出来る。しかしミルグ盾国王も、伯爵自身もそんな事を許しはしないだろう。
前回惨敗しているのに、それ以下の戦力で前回を遥かに超える危険なルートで山脈を越えさせる遠征に、成果が期待できるはずがないからだ。
『でも、世論は応援するかもしれませんね。四年前の雪辱を晴らすんだって』
『そうでも無いと思うよ、レビア。ほら、サウロン領を選王国に取り返されて、ミルグ盾国の国境と選王国が接している状態に戻ったでしょ。遠征よりもそっちに備えて欲しがるんじゃない?』
『それに私達はミルグ盾国をとっくに出ているから貴族としての影響力も怖くないし、山脈のお蔭で向こうからは手を出せない状況なのね。
……軍務卿さん、なんだか少し可哀そうね。同情してしまいそうだわ』
『ダルシア様に、自分が陰謀で殺した人に同情されたなんて知ったら、どんな顔をするんでしょうね、伯爵さん?』
『そもそも、どんな顔をしているか私達知りませんよ、姉さん』
リタとサリアが本気で同情している様子のダルシアの言葉に、苦笑いを浮かべる。
『でも、そう言えばグーバモン配下の吸血鬼と繋がっていたんですよね? 今はそのグーバモンも坊ちゃんが始末しましたけど、今はどうなっているんでしょう?』
『はて? 何かわかりますか、ベルモンド殿』
サムに話を振られたベルモンドは、暫く考えると「推測ですが」と口を開いた。
「ミルグ盾国では伯爵位が貴族としての最高位ですから、『悦命の邪神』を奉じる最後の原種吸血鬼であるビルカインが逃す事は無いでしょう。今は、彼の配下と繋がっている筈です」
すっかり可哀そうな人扱いのパルパペック伯爵だが、ミルグ盾国では有力な大物貴族である事に違いは無い。
ビルカインもグーバモンが死んだ後組織の再編に苦労しているだろうから、有象無象のシンパ程度なら放置される可能性は高い。しかし、パルパペック伯爵程の有力人物なら優先して新たなパイプ役の吸血鬼を派遣しているはずだ。
そうベルモンドは推測した。
「尤も、だからと言って旦那様の脅威になるとは思えませんが。彼がビルカインに流せる情報は、何も無いでしょう」
ヴァンダルー達は今のところ、先日レギオンがレッグストン伯爵家に手紙を届けた時以外ミルグ盾国に入っていない。だからパルパペック伯爵がビルカインに流せる情報そのものが無い。
「ただ放置してミルグ盾国の軍を立て直されても目障りですし、彼が軍の再編にかかりきりになっている間は所在を探りやすいので、旦那様に都合が良い時に始末なされば良いかと」
そうベルモンドは続けた。既に宗主国であるアミッド帝国に非公式ながら宣戦布告し、原種吸血鬼の内二名を倒したヴァンダルー達にとって、トーマス・パルパペックはその程度の存在なのだ。
「じゃあ、レッグストン伯爵家の説得が終わったら始末しに行きましょうか。
俺達がパルパペック伯爵を始末しに行く事を予測して罠を張っている可能性もあるので、油断はできませんけど。エレオノーラによると、ビルカインはそういう事をしそうな性格らしいですし」
『なるほど、待ち伏せされている可能性もあるのか……分かった。近づかないでおく』
トーマス・パルパペック本人は自覚しているか不明だが、彼の命運は風前の灯同然だった。
そうした相談を終えてレギオンがタロスヘイムに『転移』で戻った後、ダークエルフ国に到着した。
ダークエルフ国は境界山脈内部の中原、『ヴィダの寝所』の北に存在する。『迷宮墓所』と呼ばれるダンジョンを中心に築かれた、墓守の国とも評される国だ。
「よくぞ来られた、御子よ」
「我等ダークエルフは、貴方の帝位継承を心から祝福しよう」
恐らくダークエルフ国の有力者だろう者達が集まり、口々にヴァンダルーを祝福するダークエルフ達。その様子を見て、ヴァンダルーは思った。
(この国のダークエルフ達は、予想以上に母さんと雰囲気が違うなぁ)
ダルシアは生前グール程ではないが露出度が高い格好を、自然体でしていた。しかしこの国のダークエルフ達の多くが黒いローブを身に纏い、フードを目深にかぶっている。覗き込まなければ人相も確認できず、身体のシルエットも分からないので性別も見ただけではわからない。
ノーブルオーク王国での戦勝の宴でも、ダークエルフ達は今のような恰好をしていたが……まさか国民全員が黒ローブにフード姿だとは思わなかった。
『あのー……皆さん、そのローブは民族衣装か何かなのかしら?』
異様な空気に耐えきれず、ダルシアがそう尋ねるとダークエルフ達は答えた。
「これは我が国の制服です。今は国賓を歓迎するための公務中なので」
「我々の祖先は『ヴィダの寝所』の管理を願い出た墓守の一族。そのため、公務中は喪に服す意味も兼ねてこの格好を始めたと記録に在ります」
どうやら、怪しげな黒ローブはただの制服だったらしい。
「戦いの後でもこの制服を羽織る事が多いです。これを着ると戦いの後の心の乱れが鎮まる気がするので。ダルシア殿の故郷ではこう言った風習はありませんか?」
『私の故郷の森では無かったわね。制服そのものが無かったし……ところでそのローブの下はどんな服を着ているのか、聞いても良いかしら?』
「はい、問題ありません。各人それぞれが好む格好をしております」
そう言いながらローブを脱ぐダークエルフ達。チョコレート色の肌に、長く尖った耳、整った顔立ちといった特徴的な姿が露わになって行く。
そしてローブの下は軽装の物が多かった。中には金属鎧やレザーアーマーを纏っている者もいたが、大多数の者はダルシアと同じ程度の露出度だった。
「じゃあ、早速我らが女神とその勇者の寝所へご案内しますね! あ、私がこの国の今の長でギザンと申します」
ダルシアと会話をしていたダークエルフの青年が、先程までの何処か事務的な態度を一変させて、手招きしながら案内を始める。
他のダークエルフ達も、「行ってらっしゃい~」と見送る姿勢だ。
「まるで別人の様ですね」
『あの制服を脱いだ瞬間、プライベートになるのでしょうな』
ベルモンドとサムがダークエルフ達の変わり様に戸惑ってそう言うが、ヴァンダルーにとっては今のギザン達の方が好感を持てた。
『坊ちゃん、嬉しそうですね』
『やっぱり筋肉が見えるからですか?』
「いえ、今の方が母さんと同じ種族らしくなったからです」
ダルシアがハインツ達によって捕えられ、ゴルダン高司祭に殺されなければヴァンダルーが行ったはずのダークエルフの森。そこをヴァンダルーは想っていた。
「この国は元々『迷宮墓所』の中にありました。『迷宮墓所』は、『ザッカートの試練』が創られる前は『迷宮の邪神』グファドガーンが最も心を砕いて創り上げたと伝えられています。
そこで祖先達は力を蓄え、今のようにダンジョンの外にも国を築くに至ったのです」
そのヴァンダルーの視線を背に受けながら、ギザンが観光ガイドのように解説を行う。
「そして『迷宮墓所』はこの国の南にある『ヴィダの寝所』へ安全に入るための唯一の方法でもあります」
十万年前アルダとの戦いに敗れたヴィダは、東西の境界山脈を創りだした直後眠りについた。彼女とザッカートの亡骸を守るため、そしてアルダやロドコルテから境界山脈内を守るための結界を張るための儀式場として寝所を築いたのが、グファドガーンを始めとした神々と生き残っていた原種吸血鬼だった。
『ヴィダの寝所』はこの境界山脈内部でも最重要施設として創られ、何者の侵入も許さない堅牢で危険な城塞となっている。
その寝所に入る事が出来る入口が、『迷宮墓所』の最深部に造られた空間を繋ぐ門だ。
「記録では、失敗談として残っていますよ。寝所を堅牢に築きすぎてしまって、グファドガーン以外出入りが出来なくなってしまったから仕方なく出入り口を新しく創ったと」
そして寝所内での祭祀や清掃を行うために、ダークエルフ達を住まわせたらしい。
その後、グファドガーンは鬼人国や竜人国等で求められるままダンジョンを創り、それが終わると石のように動かなくなり、眠りについたらしい。約百年前、『ザッカートの試練』を創り出して世界を彷徨い始めるまでずっと。
「『迷宮城塞』の前に妙な広場があるでしょう? あそこでグファドガーンが眠っていたのですよ。百年前はいきなり動き出したので、みんな驚きました」
『まあ、それじゃあこの国の守護神は今どうなっているの?』
「それは大丈夫です。グファドガーンはここで眠る前に、自分以外の神にこの国の守護神になるよう言い残していたそうですから。元からグファドガーンはこの国の守護神では無いのですよ。
……本当に言い残しただけで、誰の返事も待たず眠りについたそうです。その後、誰が守護神をするかで揉めたと石板には書かれていました」
どうやら、グファドガーンはとてもマイペースな性格をしているらしい。
「ところで、ダンジョンの難易度は?」
「はい、大体出てくる魔物はランク3から4で、皆さんの言うD級相当だと思います。階層は十二で、内装は明るい森や山、一階層だけ湖があります。また、全ての階層にザッカートを讃える石碑が有ります」
「……墓所っぽくないですね」
「ええ、アンデッドはまず出ませんよ。どうやらグファドガーンは、このダンジョンでザッカートに供える花や果物を揃えさせるつもりだったようです。
さあ、入口に着きました。皆さんの実力なら問題無いと思いますが、一応ご案内します」
そう言うギザンの案内もあり、『迷宮墓所』は数時間とかからずに攻略する事が出来た。魔物との戦闘を最低限にして、宝箱を無視し、最短ルートを進んだからだ。
そして辿り着いた最深部の祭壇にギザンがヴィダの聖印が刻まれたメダルを嵌めると、空間を渡るための門が出現した。
「この先がヴィダの寝所……」
食事の前に手を合わせる等地球に居た頃の習慣を続けているだけで、ヴィダを信仰している実感がやや薄いヴァンダルーだったが、流石にいよいよ女神が眠る場所に足を踏み入れると成ると緊張を覚えた。
『五悪龍神』フィディルグには気軽に会いに行く彼だが、この世界を創った大神の一柱にして自分を含めるヴィダの新種族全ての母に会いに行くのだ。同じようには考えられない。
「作法とかあります?」
失礼があってはいけないとギザンに確認すると、彼は「常識の範囲内なら、特には有りません」と答えた。
「落書き等の悪戯禁止とか、ゴミを捨てないとか、そんなところですね。私達の場合は、清掃業務中は制服着用が義務付けられますけど」
「相変わらず緩い……まあ、安心しました」
安堵の息を吐いて、門に足を踏み入れる。すると、景色と感覚が一変した。
『おや?』
そこは見渡す限り大小様々な草木が生え、花が咲き、果実が実っていた。様々な鳥と獣が憩う泉が湧いていて、空には温かな太陽の輝きがあった。
『よく、来てくれましたね』
そして正面には、二つの玉座があった。一つには朽ちた鎧を纏った骸骨が凭れる様にして安置されており、もう一つには、妙齢の女性が座っていた。
初々しい少女の様であり、大人の女の様であり、成熟した女性のようでもある。ただ優しげな美女である事は確かだ。
しかし、同時に彼女は痛ましい姿をしていた。
魅力的だっただろう肢体には太い杭が何本も打たれ、それ以外にも剣で斬られたと思わしき傷が体中に刻まれている。傷からは未だに血が滴り、草花や鳥獣の毛皮や羽毛で作られたドレスが元の色が分からなくなるほど染まっていた。
しかし彼女はその傷の痛みを感じていないかのようにヴァンダルーに向かって手を伸ばして、話しかけた。
『まず、お礼を言わせて。私のお願いを聞いてくれて、ありがとう』
それを聞いたヴァンダルーは、確信した。
何故礼を言われたのかは分からない。だが、彼女が『生命と愛の女神』ヴィダなのだと。
・名前:プリベル
・年齢:17
・二つ名:無し
・ランク:6
・種族:スキュラオリジンハイドルイド
・レベル:0
・ジョブ:水精使い
・ジョブレベル:45
・ジョブ履歴:巫女見習い、巫女、魔術師、精霊魔術師
・パッシブスキル
水中適応
闇視(暗視から変化!)
怪力:1Lv
身体強化:下半身:4Lv(UP!)
墨分泌:3Lv(UP)
魔力自動回復:4Lv(NEW!)
魔力回復速度上昇:3Lv(NEW!)
魔力増大:2Lv(NEW!)
・アクティブスキル
農業:4Lv
格闘術:3Lv(UP!)
舞踏:4Lv(UP!)
歌唱:2Lv
解体:2Lv(UP!)
無属性魔術:2Lv(UP!)
水属性魔術:5Lv(UP!)
土属性魔術:4Lv(UP!)
魔術制御:4Lv(UP!)
詠唱破棄:1Lv(NEW!)
精霊魔術:4Lv(NEW!)
並列思考:1Lv(NEW!)
・ユニークスキル
メレベベイルの加護
ヂュガリオンの加護(NEW!)
竜人国の守護龍の一柱である『八水龍神』ヂュガリオンの加護と導きを得て、スキュラオリジンにランクアップしたプリベル。
触腕の先端がドラゴンの頭部に変化しており、この事から触腕の先にドラゴンや狼の頭部を持つスキュラ達は、メレベベイル以外の龍や獣王の加護を得て体が変化した伝説の個体ではないかと推測される。
プリベルはヂュガリオンを信仰していないにもかかわらず加護を得る事が出来たのは、ヴァンダルーから夢でヂュガリオンの鱗と牙を直接与えられたためである。
魔術を中心に研鑽を積んでいたプリベルだが、このランクアップによって魔術だけではなく近接戦闘能力の向上も期待できるようになった。ただ、現在は新しく増えた器官に慣れていないため格闘戦をするどころでは無い。
2016年年最期の更新となります。皆様、良いお年を。
12月15日、拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」の書籍版が発売いたしました。書店で見かけた際は目を止めていただけたら幸いです。
ネット小説大賞のホームページでキャラクターラフやカバーイラスト等も公開されていますので、よければご覧ください。
新年1月4日に162話を投稿する予定です。来年もよろしくお願いします。