百六十話 夢に続く道
「竜人国へようこそ。お久しぶりです、新皇帝ヴァンダルー殿。して……何故ファイティングポーズを?」
「とりあえず戦うのかと思いまして」
「……ああ、鬼人国ではそうだったのですね。申し訳ありませんが、我々に彼等と同じノリは無理です」
訪れた竜人国で出迎えに参じた竜人の女戦士……ノーブルオーク王国に派遣された代表者だった女剣士、ローエンがそう言って苦笑いを浮かべた。
国賓の出迎えが一人とは寂しいかもしれないが、この境界山脈内部では国の城門の外は、魔物がうろつく魔境だ。
大人数で豪華な歓迎をすると、刺激された魔物が殺到する危険性があるのだ。そのため、鬼人国でキドウマル一人だけが待っていた様に、少人数の手練れだけで出迎えるのが通例となっていた。
「我々竜人も武に生きる種族であり、西の鬼人国と対をなし、東側の山脈に発生したダンジョンの管理を役目としていますが、みだりに私闘するべからずと言う教えがありますので。
特に、我等の守護龍の一頭、『晶角龍神』リオエン様より絶対に戦うなと神託を受けておりますので」
以前ムブブジェンゲの神域で他の神々と共にヴァンダルーと会い、そして彼を刺激してしまったリオエンは相当神経質になっているようだ。
ヴァンダルーからしてみると、ちょっとイラっとしただけで既に記憶にも残っていない程度だったのだが。
「では、ダンス勝負とか曲芸飛行とか? 飲み比べならボークスに代理で出て貰う事になりますけど」
「いえ、そう言った勝負事は何も無しです。特に、飲み比べはご法度であります故」
何でも竜人達は酒好きが多く、一度飲みだすとベロベロに成るまで飲み続けてしまうらしい。……耐性スキルを獲得しても、その限界を越えるまで飲み続けるのだ。
そのため、お互いを煽るような酒の飲み方はこの国では禁止されていた。
「挑戦は無し、ですか……」
若干楽しみにしていたヴァンダルーは、残念そうに呟く。しかし相変わらずヴァンダルーは無表情に平坦な声であったため、ローエンは気がつかなかった。
「ですので、その分の時間を会談や会食に使っていただきたいと四老竜は希望しています」
四老竜とは、竜人国を守る四柱の守護龍それぞれの代弁者であり、この国を合議制で運営する為政者達である。
その為政者達から希望されては、それに応じない訳にはいかないと、ヴァンダルーは考え直した。
「……特に、カレー粉の輸入についての話し合いを、四老竜は希望しています」
「そう言えば、ノーブルオーク王国での戦勝記念の宴の後、残っていたカレー粉をお土産に渡しましたっけ」
どうやら、カレーは竜人国の為政者達の舌を魅了したようだ。
『ヴァンダルーったら、ちゃんと筋肉以外でも外交が出来るのね。偉いわっ!』
「グルメ外交、でしょうか。まあ、カレー粉だけの力では無いと思いますが」
こうして竜人国では平穏に歓待されたのだった。
ヴァンダルーが諸国歴訪に出かける前に、A級ダンジョンを作ろうとして失敗して出来た名無しのB級ダンジョン。そこで、プリベルやギザニア、『ザッカートの試練』攻略への参加を望む者達はレベリングを行っていた。
「……ここ、本当にB級ダンジョンだよね?」
「そのはずだ。少なくとも、そう言っていたはずだ」
単眼の巨人サイクロプスから、魔石と特に高価な素材だけを剥ぎ取り終ったプリベルとギザニアはそう言葉を交わす。
『あぐあぐ……』
残りの肉や臓物は、死肉を食べる事でも微量だが経験値を得られるゾンビのラピエサージュとヤマタが貪る。流石に、巨大なサイクロプスを全て食べる事は出来ないが。
『……アギトが、ほしい』
『ぐぎぎっ……キバ、タりない』
二人はオーガーの手足やヒュドラの胴体を持つパッチワークゾンビだが、口は女性の物だ。一度に入る量は少ないし、牙も無い上半身が多い。そのため、こうして魔物の死体をそのまま食べる時には苦労していたのだった。
サイクロプスはランク8の魔物で、魔物に堕ちた真なる巨人の子孫の一種であるとされる魔物だ。身体の大きさは五メートルを超え、見た目通りの恐ろしい怪力と生命力を誇る。
凶暴で孤独を好み、同族でも繁殖期以外は敵と見なす。そのため魔境は勿論ダンジョン内でも、複数の個体が徒党を組んで襲い掛かって来る事は無い。
そのはずなのだが、このダンジョンのサイクロプスは普通に徒党を組んで襲い掛かって来る。
「このダンジョンに出てくる魔物は、当たり前のように常識を無視してくるでござるな」
エンプーサのミューゼが鎌腕に付いた血や脂を布で拭きとりながら、ため息交じりの声でそう評する。
ダンジョン内で出てくる魔物は、精神を支配されていて本来の生態とは異なる行動をとる事は、広く知られている。
外部からの侵入者に対しては、種族が異なる魔物であっても協力して排除に当たる。大暴走が起きた時以外、階層を繋ぐ階段には入らず侵入者の追跡や、待ち伏せを行う事は無い。自分から階層を移動する事もしない。
そしてダンジョンが自動的に仕掛ける落とし穴等の罠の配置を、本能的に知っていて避けようとする等だ。
ただ、ダンジョンで生成された魔物であっても完全に精神を支配する事は出来ない。そのため、魔物の性質とあまりに異なる行動をとらせる事は不可能だ。
例えば孤独を好むはずのサイクロプスに、徒党を組ませた挙句拙いながらもチームプレイをさせるとか。
「他にも落とし穴の中に魔物が潜んでいたり、階段の中まで追い駆けてきたり……まるで自然の魔物の様な自由さでござる」
『恐らく、創造者であるヴァンダルー様のA級ダンジョンを望む心が、B級ダンジョンの枠を超えた難易度として現れているのでしょうね』
ぼやくミューゼに、ヴァンパイアゾンビのアイラが生前は数万年を生きた女吸血鬼らしく、冷静に推測を述べる。
『それにヴァンダルー様が創るダンジョンで生成される魔物には、魂が無い。だからこそダンジョンの精神操作が完全に機能する。
つまり、これも全てヴァンダルー様から課された試練!』
だが突然恍惚とした表情になって胸に手を当てると、天を仰ぎ見る。
『この難易度こそが、我々に課されたヴァンダルー様からの期待の大きさ! ああ我が主よっ、必ずやこの試練を乗り越えてご覧に入れましょう!』
「……アイラ殿、急に子供の教育上良くない顔で叫び出すのはどうかと」
ヴァンダルーに熱狂的な忠誠を誓うアイラは、一行の中で最も強く頼りに成る存在だ。サイクロプスを含めた魔物を同時に複数相手取っても、負ける事はまず無い。
しかし時折彼女にしか見えないヴァンダルーと会話し、こうして何かを叫び出す事が珍しくない、やや困った人でもあった。
「パウヴィナちゃん、この人前からこうだったの?」
「ううん、ヴァンから首輪を貰うまでは大きな声は出さなかったよ」
「……前からだったんだね」
アイラは生前から内に狂気を秘めていたが、当時はある程度自制が効いていた。しかし、アンデッド化した事でタガが完全に外れてしまったらしい。……以前上司だったエレオノーラはアイラを半ば放置していて気がつかなかったようだが。
因みに、ヴァンダルーが近くにいる時のアイラは彼しか見ないため言動が正常に近くなる。だからヴァンダルー本人だけが、アイラの奇行を知らないのだった。
「これでボク達よりずっと強いんだから凄いよ。吸血鬼って、強くなるとエレオノーラやマイルズさんみたいに変わった人になるのかな?」
『あの女とは一緒にしないで』
「いきなり正気になったでござるな」
ライバルの名前を出された事で、陶酔に溺れていたアイラがぐるりと首を回転させて抗議する。
そのライバルのエレオノーラも、今のアイラと一緒にされるのは心外だろう。因みに、彼女もプリベル達より深い階層で、ザディリス達グール組やブラガとこのダンジョンでレベリングに励んでいる。
既に実力的には十分A級ダンジョンや『ザッカートの試練』攻略について行ける彼女達だが、新しくヴァンダルーが作ったダンジョンに興味を覚えたようだ。
『私はヴァンダルー様に忠誠を誓っているだけ。それを狂人か何かのように……まあ、いい。ついでに確認するけれど、まだ攻略を続けるの?』
「う~ん、あたしはちょっと辛くなってきた~。怪我とかは無いけど、ごめん」
メイスに付いたサイクロプスの血と脂を拭い終ったパウヴィナが、そう言って息を吐く。
「いや、まだ君がついてこられる事が凄いと思うよ」
プリベルが言うように六歳になったばかりの、人種に換算するとまだ九歳になったばかりのパウヴィナがB級ダンジョンの攻略に参加している事自体が凄い。
この歳で普通なら……英才教育を施される王侯貴族や一流冒険者の子弟でも、大人の監督下でランク1の魔物一匹相手に戦うぐらいが精々だ。
それをパウヴィナは、サイクロプスとの戦闘でも足手まといに成らず、戦力として参加していた。三メートルの背丈に、死鉄製のメイスやオリハルコンの盾を装備している事を考慮しても驚異的な力である。
「でも、全然倒せなかったよ。攻撃を盾で受け止めるのが精一杯だったもん」
ただ流石にサイクロプスを単独で倒すような事は出来ず、惹き付けながら牽制するだけでやっとだったようだが。
「受け止められる時点で凄いって」
「普通なら、オリハルコンの盾を持っていても倒されていると思う」
しかしランク8の魔物一体を惹き付けて大きな怪我もしていない事が、凄くない訳が無い。オリハルコンの盾の性能も大きいが、それを抜きにしても年齢からは考えられない力をパウヴィナは身につけていた。
「でも、『ザッカートの試練』は無理かなぁ。この頃レベルが上がり難く成ったし」
しかし、A級ダンジョン以上の難易度を誇る『ザッカートの試練』攻略への参加は無理だろう。まだ一月以上の時間があるが、成長の壁にもぶつかっている事だし。
「成長の壁って、本当にレベルが上がらないんだね。今日だけで沢山魔物を倒したけど、まだ1レベルも上がらないもの」
初めてぶつかった成長の壁にそう愚痴を漏らすパウヴィナ。その様子に、まだ食事中のラピエサージュ達以外は苦笑いを浮かべながら同意する。
「皆、何回かぶつかるものらしいよ。ボクも今二回目かな」
「拙者も今二回目の壁だ。ヴァン殿は強敵を倒す事で強引に乗り越えてしまうから、彼ばかり見ているとあまり大変そうには見えなかったと思うが、本当は時間がかかる物だ」
急にレベルが上がり難くなる成長の壁は、多くの場合越えるのに時間がかかるのが普通だ。短い場合でも数か月、長ければ数年。十年以上壁にぶつかっている者もいる。
才能の有無、壁を越えるためにする努力とそれが可能な幸運に恵まれているか否かによって、期間は異なる。
『大変で当り前よ。簡単に越えられたら、D級で燻ったまま引退する冒険者なんて世の中からいなくなる。でも、あなたにはヴァンダルー様がついているわ。必ず乗り越えられる。お前達もね』
アイラが年長者らしく一般的な外の世界の常識を教えつつ、そうパウヴィナやプリベル達を励ます。実際、ヴァンダルーの【導き:冥魔道】の効果を受けている彼女達なら、時間はかかっても確実に壁を越える事が出来るだろう。
実はパウヴィナが今まで壁にぶつからなかった事も、その効果の一つだ。
『でも、パウヴィナ達の場合その為の努力はもっと浅い階層か、C級ダンジョンでした方が良いでしょうね』
「やっぱり? 今だとあんまり戦えて無いもんね」
戦闘で得られる経験値の量は、どれだけ戦闘に貢献できたかによる。自分の実力では少ししか戦闘に貢献できない強敵よりも、それより数段弱くても自分で倒せる魔物との戦いを繰り返した方が、経験値を得られる。
自分の実力を遥かに超える相手を使って強引に壁を越える方法もあるが、そんな強敵がそう簡単に現れるはずもない。
「じゃあ一旦ダンジョンから出た後、カードでランク7までしか出ない階層に移動するでござるか?」
「このダンジョンだと、不意打ち気味にランク8が現れる事もあるけどね」
「まあ、不意打ちは滅多にないから大丈夫……だと良いな」
『食べ……終わった……』
『うえ、いく?』
ラピエサージュやヤマタの食事と、休憩が終わった一行は一旦地上に出る為、この階層の階段まで戻るのだった。
「ところでギザニア殿、何時からヴァンダルー殿の事をヴァン殿と呼ぶようになったのでござるか?」
「いや、クーネリア姫が、もっと呼び方に親しみを込めるべきだと……ただいきなりヴァン殿とは呼べないので」
「ヴァン君がいない所で練習していると。多分ヴァン君、気にしないよね?」
「うん、しないと思うよ」
そんな雑談をギザニア達が交わしている頃、ヴィガロ達はパウヴィナ達よりも深い階層で牛の頭部を持つ亜人型の魔物、ミノタウロスの軍勢と戦闘を繰り広げていた。
ミノタウロスは洞窟や遺跡、そしてそうした閉鎖空間の内装をしたダンジョンに生息するオーガーが特殊なランクアップをした結果、誕生した魔物だ。
牛の頭部に蹄の足、牛の尻尾等オーガーから大きく外見が変化し、子孫はオーガーではなくミノタウロスとして生まれてくる。ただ現在でもオーガーからランクアップしてミノタウロスに変化した個体も存在する。
ランクは素の状態だと5だが、今ヴィガロ達が相手にしているのは最弱でもランク7のミノタウロスバーサーカーや、ミノタウロスシールドナイト。そして後衛にはランク8のミノタウロスメイジがおり、全体の指揮をミノタウロスジェネラルが執っている。
個体の強さはサイクロプスの群れの方が上だが、全体的な強さは【指揮】スキルを持つ個体に率いられた統制されたミノタウロスたちの方が上だ。
しかもヴァンダルーのダンジョンで生成された魔物であるため魂が無く、激高や恐怖で連携を乱す事が無い。
「逆に士気が上がる事も無く一定だから、慣れればやりやすい」
「ある意味、楽じゃな。行動パターンに変化が無いから、次に何をするのかがすぐわかる」
そんな相手を、バスディアやザディリスは次々に倒していた。
付与魔術で威力を増したバスディアの斧がミノタウロスシールドナイトの盾を割り、逆にミノタウロスバーサーカーを、繰り出されたハルバードごと弾き飛ばして転倒させる。
そこにザディリスが【詠唱破棄】スキルの効果で次々に発動させた【光刃】や【光砲】の光属性魔術が殺到し、止めを刺していく。
「俺、ちょっとやり難い」
逆にブラックゴブリンのブラガは苦い口調でそう言った。
優れた敏捷性を武器にして、敵の正面から堂々と死角や不意を突いて急所を切り裂く。そんな矛盾に満ちた戦闘スタイルを可能にするランク7のブラックゴブリンニンジャマスターである彼だが、ミノタウロスの軍勢相手にやや戸惑っている。
「こいつ等、首を割いても驚かない。動脈を斬って、血が沢山出ても怯まない。死ぬ瞬間まで、戦うの止めない。キングのダンジョンの魔物、キングのアンデッドより、アンデッドっぽい」
斥候職の戦い方とは言えないブラガの戦闘スタイルだが、一応は不意を突く事で真価を発揮する。しかし、不意を突かれても動揺せず、致命的な傷を負い死ぬまで数秒しか無くても戦う事を止めない敵ばかりだ。
普段と違い過ぎて、やや戸惑っているらしい。
「一撃で頭部を破壊するとか、首を切断すれば良いんじゃないか?」
「バスディア、俺、そんな力ない。首を落すのは出来る。けど隙が大きくなる」
ミノタウロスの頭蓋骨は硬く、太い首は下手をすると骨よりも強靭な筋肉に覆われている。ブラガではバスディアが提案した方法で、数秒の間もなく即死させる事は難しい。
「なら、一撃では無く数回の攻撃で倒すようにするしかないわね。ミノタウロスメイジが私相手にやろうとしているでしょう? それを見習いなさい」
エレオノーラがそう言った瞬間、彼女の右脚に地面から生えた石の杭が突き刺さる。ミノタウロスメイジが放った、土属性魔術だ。
「こうやって私の動きを止めて、その間に残り少ない前衛のミノタウロスか自分で止めを刺すって手順よ」
しかし、エレオノーラは表情も変えず、脚に刺さっている杭を【怪力】で圧し折って前進する。当然大量の血が流れるが、深淵種吸血鬼である彼女の【高速再生】スキルによって一瞬で出血が止まった。
「分かった?」
「……分かったけど、参考になる気がしない」
そして前進した先に居るシールドナイトと、剣と盾で激しい攻防を繰り広げながらブラガに確認するエレオノーラ。ランク11のヴァンパイアマーキスであり幾つものジョブを経験している彼女にとって、ミノタウロス達は雑魚でしかないのだ。
「そう? 中々参考になるわよ、こいつ等。特に、盾の使い方がね。私よりも上手かもしれないわ」
ただエレオノーラは魔物としてのランクは高くても、それなりに腕を上げた【剣術】以外のスキルのレベルが低いという弱点があった。彼女はその弱点克服の為、自分と互角程度の程良い技量を持つ、殺し合える練習相手を求めてブラガ達と同行しているのだ。
生前英雄だったゾンビ相手に実戦形式の稽古が出来る木人訓練場もあるが、英雄ゾンビ相手だとスキルのレベル差があり過ぎて、いまいち参考にならないのだ。
「流石シールドナイトと名乗るだけはあるわね」
そうエレオノーラに評価されたミノタウロスシールドナイトの盾は、エレオノーラの剣と打ち合う度に深い傷が刻まれ、遂に砕かれてしまった。
そのままシールドナイトを剣で切り倒した次は、その後ろにいたミノタウロスメイジの首を一撃で刎ねる。
そして噴水のような血飛沫を上げるミノタウロスメイジの胴体を蹴り倒して、恍惚の表情を浮かべる。
「流石ヴァンダルー様が私達の為に創造したダンジョン! ヴァンダルー様の、私達に強くなって欲しいという期待を感じるわぁ……」
「最近エレオノーラの病気が悪化している気がするのだが、どう思う母さん?」
「前は坊やの前以外だと意外と普通だったのじゃがな」
「アイラと逆だな」
ミノタウロスがジェネラルを含めて残り数匹になって、エレオノーラの奇行について意見を交わす余裕まで出たバスディア達だったが、戦闘中一貫して難しい顔をしている男がいた。
「むぅぅ……!」
ヴィガロである。ただ、苦戦している訳では無い。四本の内盾を構えている腕を除いた三本の腕で、巧みに斧を操り、一撃でミノタウロスを屠る事も少なくない。
だがヴィガロの顔にはそれに対する喜びも、自己の強さに対する自信も無く、ただ眉間に皺が刻まれている。
「何かが違う。何かが、我の斧には足りない!」
そう、ヴィガロはスランプに陥っていた。
彼の【斧術】スキルは成長限界の10レベルに達している。これ以上成長するには、上位スキルに覚醒する以外にない。
しかし、そのきっかけをヴィガロは掴み損ねていた。もう少しで何かが分かりそうなのに、手を伸ばせば爪の先が届くのに、手で掴むには少し遠い。
そんな状態がここしばらく続いていた。
「足りない!」
苛立ちを込めて振るう斧でさえ、力強く閃きミノタウロスジェネラルを頭部から胸部までを叩き割る。頑丈な黒曜鉄製の兜と鎧も、紙同然だ。
返り血を浴び、次の相手を探して……全てのミノタウロスが倒れている事に気がつく。
「むぅ……またダメだったか。同じ斧使いの魔物だったから、今度こそ行けるかと思ったのだが」
残念そうに斧を降ろすヴィガロ。その肩を、背伸びをしたザディリスが励ますように叩く。
「まあ、気長にやる事じゃ。『ザッカートの試練』の出現は今年中じゃが、それで坊やの人生が終わる訳でもないのじゃし」
ダルシアを生き返し、タロスヘイムで皇帝として幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし……では終われない。
確かに『ザッカートの試練』はヴァンダルーにとって人生の大きな節目であるが、最終目標では無いのだ。そうである以上、まだまだヴァンダルーと一緒に戦う機会はある。
「そうだな。だが、歯痒いのだ。歯の間に肉の筋が挟まって取れない時のような気分で、落ち着かない」
それはヴィガロも分かっている。だから焦っている訳では無いのだが、【斧術】の高みに至れそうで至れない事に苛立っているらしい。
「あなたの腕なら、このダンジョンでは無くて英雄ゾンビと実戦形式の訓練を重ねた方がいいかもしれないわよ。彼等の技量は確かだし」
「あいつ等の武術は凄いが、あまり我には参考にならないのだ」
エレオノーラの提案にも、ヴィガロは首を横に振る。四本の、しかも立っていても手の甲が地面に着く程長い腕を持つ彼の斧術は、人間の物とは動き方が大きく異なるのだ。
「こういう時は、本人の気が済むまでやらせるのが一番だ。それにこのダンジョンもまだ攻略していないのだから、ダンジョンボスを倒すまで様子を見よう。
それより、ブラガを見習ってミノタウロスの解体を手伝え」
「そうじゃな、ミノタウロスの舌はジャダルの好物じゃし」
バスディアの言葉によってヴィガロのスランプは暫く様子を見る事にした一行は、ミノタウロスの解体に取り掛かるのだった。攻略と修業が目的とはいえ、稼ぐ気が無いわけでは無いバスディア達だった。
竜人国ではタロスヘイムとお互いに鍛冶職人を技術留学させる取り決めを交わし、カレー粉の輸出、それに竜人国の料理人を留学させる事が決まった。
それらはスムーズだったのだが、四老竜達の話と売込みが長かった。
「皇帝殿、儂の孫娘が産まれたらどうじゃろう?」
『お爺さん、産まれてからにしましょうね』
尤も、ヴァンダルーが応対する前に大体はレビア王女達に受け流されるなどしていたが。
「ローエンっ、筋肉だ! 筋肉をもっとつけて皇帝の寵愛を得るのだ!」
「爺様、私の剣は速さが命。無駄な筋肉は逆に動きが鈍ります。爺様は孫娘の剣を鈍らせるつもりですか」
寧ろ、無理難題を吹っかけられていたローエンの方が大変だったかもしれない。
そして夜、夢の中で『晶角龍神』リオエンを含めた、竜人国の四柱の守護龍の神域に招かれた。そして『戦士の神』ガレスが贈った様に、『竜帝』の二つ名をヴァンダルーに贈ろうとしたのだが、残念ながら失敗してしまった。
『何故に!?』
『多分、俺の仲間に竜が少ないからでは?』
どんなに発言力がある者が付けようとしても、あまりに事実無根な二つ名はステータスに反映されない。どうやらヴァンダルーの『竜帝』も同様だったらしい。
実際、ヴァンダルーの仲間や配下にはアンデッドを入れても、ドラゴンに関係する者は少ない。リザードマンやアーマーン、それに恐竜ゾンビはいるが、竜とは別のカテゴリーなのだろう。ドラゴンゾンビのリオーぐらいだろうか。
『致し方なし。では、代わりにこれを土産に』
『我のこれも持ち帰るが良い』
四柱の龍達は自らの鱗や爪、牙を折るとそれをヴァンダルーにそれを持たせた。これを適性のある者に与えれば、力を強くする事が出来るだろうと言って。
『とても痛そうに見えるのですが、大丈夫ですか?』
やっている事はガレスと同じなのだが、彼と違って視覚的に痛そうな龍達の行動にヴァンダルーがそう尋ねる。リオエンは『加護を与える事と同じだ。問題は無い』と答えた。
当人達がそう言うので、遠慮無く受け取った。尤も、目覚めるとやはり手の中には何も残っていなかったが。
翌日、ヴァンダルー一行は魔人国よりも更に南にある、境界山脈内部の最南端の国、人魚国に向かった。そして海辺に在る住宅街に、ヴァンダルー達は泊まる事になった。
ランクを持たないヴィダの新種族の中では最も人種から離れた外見をしている人魚たちは、魚の下半身を持つ。当然その主な生活の場は水中であるため、人魚国の主だった施設も水中に在った。
しかし、人魚以外の種族も人魚国に居るため、彼等の為に陸地にも町が作られているのだ。一行はそこに滞在し、海辺で人魚国の有力者と会談を行った。
ただ、ヴァンダルーだけは【魔王の口吻】で舌を変化させて水面から先端を出して、シュノーケリングに似た事をしながら海の中の人魚国を見て回った。
「王様こんにちは! 提灯アンコウの人魚と一緒に何処に行くの!?」
『どうも、提灯ヴァンダルーです』
【魔王の口吻】以外にも、額から【魔王の触角】を生やしてその先端を【魔王の発光器官】で光らせて静かに泳ぐヴァンダルーが、人魚たちには深海魚の特徴を持つ同族に見えたらしい。
「……ヴァンダルー殿、貴方は【闇視】スキルをお持ちの筈。海の中を見渡すのに、照明が必要ですか?」
『……すみません、戯れてみました』
「その光に魚やプランクトンが誘われて集まって来て視界が悪くなるので、お止め下さい」
人魚王に真顔で問われて、すぐに触角を引っ込める事になったが。
ただそうして見た人魚国の海中としては、サンゴや海藻を装飾に使った石造りや巨大な巻貝を利用した家が並ぶ、幻想的で美しいものだった。
ただイメージしていたものよりも、陸地に近い比較的浅い海に都市が集中していた。
この境界山脈内部で唯一山脈に挟まれていない場所に在る国だが、実際には岩礁や渦、そして危険な海の魔境である『魔海』に囲まれている。そのため、外洋に出る事は出来ず大陸沿いの海に住むしかないという事情があるそうだ。
『それに、人魚の中には泳ぎが不得意な者もいるものですから』
そう説明するのは、人魚国に泊まったその日の夜にヴァンダルーを神域に招いた人魚の片親、『水と知識の女神』ペリアの従属神である『海の神』トリスタンである。
『人魚なのに泳ぎが不得意なのですか?』
『人魚の下半身は魚だが、中にはタツノオトシゴやアンコウの人魚等もいるのだ』
『……成るほど』
人魚にも、様々なタイプがいるらしい。鮫の下半身を持つ泳ぎが得意な者もいるが、一概に泳ぎが得意な種族ばかりでは無いようだ。因みに甲殻類や貝類、クラゲ等の下半身を持つ人魚はいないらしい。
『ところで、貴殿の導きに関してですが……名称を魔冥道に変える事は出来ないだろうか? マーメイドウとも読めて、とても良いと思うのだが』
『スキルの名称って、自分で変えられましたっけ?』
『すまない、我の緊張を解す為の冗談だ。では本題に入るが……元我が同胞、ユペオンを含めたアルダ勢力の神々について願いがある』
『氷の神』ユペオン。トリスタンと同じくペリアの従属神だが、ヴィダでは無くアルダ陣営に付いた神だ。
ヴァンダルーと直接の面識はないが、ミルグ盾国の英雄だったミハエルが生前携えていたアーティファクトの槍『アイスエイジ』には、ユペオンの分霊が宿っていた。
そしてその分霊によって、タロスヘイムの地下に存在したヴィダの遺産である蘇生装置が破壊され、ダルシアの復活が遠のいてしまった。更にヴァンダルーを罵り、クノッヘンの元になった骨狼や骨猿を破壊した。
結局はヴァンダルーによって分霊は砕かれ滅ぼされたのだが、その一件以後分霊の本体であるユペオンはタロスヘイムにとって憎き敵である。
しかしユペオンが神である以上、そうそう相対する事は無いと以前は思われていたが……最近は頻繁に神に招かれるし、去年には悪神と戦っている。
ユペオンとの戦いも、あり得ないとは言えない状況だ。
『……聞ける事と聞けない事がありますが』
そのユペオンに対する恨みと怒りを思い出したのだろう。ヴァンダルーの異形の魂に、無数の魔王の角や牙が生える。
当人は抑えているつもりだろうが、リオエンが失言した時とは比べ物にならない圧力をトリスタンは感じた。
やはり冗談を言って緊張を解しておいてよかった。そう思いながらトリスタンは続けた。
『……そのユペオンを含めて、アルダ側の神々とラヴォヴィファードの時のように戦う事があって、万が一彼等が降伏し命乞いをした場合は、聞き届けて貰いたい。世界の為に』
『世界の為、ですか?』
『そうだ。我が主ペリア様が眠りにつき、アルダによって我も水属性の神の座から追われ、この世界の水属性を管理する神の数は今足りていないはず。他の属性も、光属性以外は似たような状態だろう。』
今アルダ達がどのように世界を管理しているのか、敗軍の将の一人であるトリスタンには想像するしかない。
だが大神の不在に、ヴィダ側に付いた従属神の追放と封印。確実に神が足りていない状態だ。
この十万年の間にアルダ側に付いた神々の信者が新たな神に昇華したとしても、数も実力も気休め程度にしかなっていないはず。
『ヴィダ勢力がアルダ勢力に勝った場合、あなた達が神の座に戻れば神の数は足りる様になるのでは?』
『戦いの後、我々が勝った場合でもヴィダ側の神々の多くは疲弊するはず。それに私達も無傷とはいかない。故に、神の数が減り過ぎるのは避けたいのです。
……多少足りない程度なら数千年程度は持つでしょうし、その間にメレベベイルやフィディルグ達が世界の管理に加わり、慣れれば何とかなると思うが』
トリスタンが付け加えたのは、ヴィダ側の神々が来るべき戦いの結果自分達が勝った場合の予定だった。
元魔王軍の一員だった寝返り組の邪神悪神は、世界の管理に加わっていなかった。彼等が協力してくれれば、とりあえずこの世界の維持は出来るはずだと、ヴィダ側の神々は予想していた。
……その影響で魔境が増えたり、奇怪な動植物が誕生したり、異常な自然現象が起きるかもしれないが、それは今の段階で既に起きている。だから世界全体が滅びに瀕するよりはマシだろうと言う判断だ。
その説明を受けたヴァンダルーは、『なるほど』と頷いた。
『分かりました。降伏したら、命乞いを受けいれる方向で考えましょう』
『感謝します、我等が勇者よ』
想定していたよりも簡単に同意したヴァンダルーにトリスタンはほっと胸を撫で下ろした。というのも、『戦旗の神』ゼルクスや『戦士の神』ガレスはこの説得を最初から、無理だろうと諦めていたからだ。
それはヴァンダルーが基本的に恨みを捨てない性格をしている事を聞いているからだ。しかし、流石のヴァンダルーも世界を滅ぼしてまで復讐を完遂したいとは考えていなかった。
ただ、譲れない一線もある。
『しかし、俺が勝てるとしても余裕のある戦いにはならないでしょう』
『……いや、ユペオンなら割と勝てそうですが』
ユペオンはペリアの従属神の中でも有力な神であったが、トリスタンも彼とほぼ同格の神であった。だから十万年の間に多少差が出来ていても、ラヴォヴィファード程の力は手に入れていないはずだと分かる。
ユペオンが完全な憑代に降臨でもすれば別だが、そうでない限りほぼヴァンダルーが勝利するはずだ。
『だとしても、ユペオン達アルダ勢力の神が簡単に降伏するとは思えません。逆に、たとえ滅ぼされても降伏しないなんて神も少なくないのではないでしょうか?』
何せ相手は神だ。人間とは別の価値観で彼等は存在している。
それに人間だって信仰の為に命を捨てる事があるのだ。その信仰対象である神が、命がかかっているからといって簡単に、それも自分達が唱えてきた教えが否定する存在に下るとは思えない。
『その場合は気にせず喰らい、滅ぼして構わない。私は彼等が降伏するなら、世界の為に『仕方なく』生かして欲しいだけなのだ』
トリスタンも十万年前に受けた仕打ちに対して、そしてその後も我が子である人魚たちが受けている仕打ちに対して、恨みが無いわけでは無い。
かつては確かに同胞であり、戦友だった。だが今は敵同士。ユペオン達が考えを変えず、我が子等に害悪を及ぼし続けると唱えるならば、我が子等の為に決断するのが神として当然の事だ。
『その答えが聞けて安心しました』
そうヴァンダルーが言った途端、トリスタンと周囲のサンゴ礁を思わせる彼の神域が薄れて消える。どうやら、会見が終わったらしい。
『おや?』
しかし、ヴァンダルーの意識は途切れなかった。何時もなら、神域から戻された後は意識が途切れ、起きた時は朝になっているのだが。
別の神の神域に招かれたのかと思うが、それも違うようだ。
意識は途切れていないが、急速に明確さを失っていく。五感も有って無いような状態で、思考も鈍っている気がする。
『なるほど、これは夢か……』
久しぶりに夢を見ているのだと、ヴァンダルーは気がついた。
同時に、自分の手の中に今までガレスやリオエン達から受け取った突起物や鱗がある事にも。
それが何を意味するのか鈍った思考ではもう考えられないが、目の前に道らしい物があるのでそれを進んでみようとヴァンダルーは蠢きだした。
・名前:ブラガ
・ランク:7
・種族:ブラックゴブリンニンジャマスター
・レベル:75
・パッシブスキル
闇視
状態異常耐性:4Lv
敏捷強化:6Lv(UP!)
直感:5Lv(UP!)
気配感知:6Lv(UP!)
忍具装備時能力値強化:中
・アクティブスキル
短剣術:8Lv(UP!)
投擲術:6Lv(UP!)
忍び足:8Lv(UP!)
罠:5Lv(UP!)
解体:5Lv(UP!)
開錠:4Lv(UP!)
限界突破:4Lv(UP!)
暗殺術:3Lv(NEW!)
忍具限界突破:1Lv(NEW!)
連携:3Lv(NEW!)
・ユニークスキル
人種殺し:4Lv(UP!)
12月15日、拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」の書籍版が発売いたしました。書店で見かけた際は目を止めていただけたら幸いです。
ネット小説大賞のホームページでキャラクターラフやカバーイラスト等も公開されていますので、よければご覧ください。
12月31日に161話を投稿する予定です。




