百五十九話 続諸国歴訪
『オーガーの巣』を攻略したヴァンダルー達は、鬼人国に戻って夕食を取った。
そしてその夜、夢の中で鬼人国の守護神である『戦士の神』ガレスの神域に招かれ死後彼の御使いや英霊に至った歴代の鬼人王達とも話をした。
主であるザンタークと同じように魔王軍の神と融合した結果、半身は見目麗しい青年でありながらもう半身が異形と化しているガレスは、厳かな口調で告げた。
『黒小鬼、冥犬鬼、黒豚鬼、屍食鬼、そして吸血鬼を従え、【魔王の角】を飲み込み、鬼人達の尊敬を集める半吸血鬼よ。汝に『鬼帝』の称号を贈りたい』
『その心は?』
『ぶっちゃけ、この機会にフィディルグやメレベベイルに追いつこうかと』
外見はとっつき難そうに見えたガレスだが、鬼人国の守護神をしているだけあってその言動は分かり易かった。
『神代の時代はもっと……戦いとは何か、戦の士となるのに必要な覚悟とは等、教えを説いて来たのだが……ザンターク様とヴィダ様の子等である鬼人達には難解過ぎたようで。分かり易く言わないと、神託が通じなくて……』
どうやら昔は哲学的な教えも説いていたようだが、鬼人達に合わせる内に性格が変わったらしい。
今はガレスの御使いや英霊となっている歴代の鬼人王達も、苦笑いをしている。
『いや~、すまん。生きている頃は何を言われているのか、さっぱり分からんかった』
『テンマの三代前ぐらいからか? 多少は考えるようになったのは?』
『女が王だった時は頭も使ったよ。アタシ以外はだけど』
『兎も角、今生きている奴らを頼み申す。何なら何人か貰ってくだされ。筋肉以外の基準で選んだ者を』
『筋肉以外が基準でしたら、返事は保留します。まあ、任せてください。心の友も出来ましたし、母さんやレビア王女もユラさんと仲が良いみたいですし』
鬼人国はダンジョンに囲まれているので、探索者ギルドのギルドカードを導入して階層毎の転移を可能にすれば、日々の生活も楽になるだろう。
友情を深め合ったオニワカや、母達の友人になったらしいユラの為ならそれくらいの援助を躊躇うつもりは無かった。
しかし、ガレスは微妙な顔をした。
『オニワカか……次代の鬼人王候補なので、差し上げるのは少々……いや、当人の意思を無視するつもりはないのだが』
『ん? いえ、お互いの国を訪ねたり、期間を設けてその間滞在したりすれば良いのでは?』
ヴァンダルーも他国の王の第一子をヘッドハンティングするつもりは無かったので、そう提案した。
『通いか……それなら問題無いか。あの子を宜しく頼む。
では、早速『鬼帝』の名と、汝の仲間達に加護を……それとこれを土産に』
そう言いながらガレスは無造作に自らの異形の半身を掴むと、数本の突起を圧し折った。それをヴァンダルーに向かって差し出す。
『これは、今は鬼人の守護神である我の一部。鬼の因子を持たない者でも適性があれば、これを与える事でより強く導く事が出来るはず』
『それは貴重な物をありがとうございます』
そして礼を言って受け取ったところで、目が覚めた。だが受け取ったはずのガレスの一部は、何処にも無かった。恐らく物質的な物では無いのだろう。
「まあ、受け取ったのだから使うべき時には使えるはず」
《【鬼帝】の二つ名を獲得しました!》
そしてヴァンダルー一行は鬼人国から、次の訪問国に向かって出発したのだった。
「ヴァンダルー様! ちゃんと迎えに来てくださいましね~!」
「ヴァンダルー、また来るのだぞ!」
暫く技術交流の為に残るタレアや、オニワカ達に見送られて。
『ヴァンダルー、これから行く国で腕試しを挑まれても、舌はもう使っちゃダメよ。特に、顔に当てては絶対にダメですからね』
ただ旅の途上で何故かダルシア達からそう念を押された。
「でも母さん、舌は武器としても結構有用なのですよ」
ゲヘナクイーンビーのクインがサムの荷台に産みつけた卵を、その舌で舐めて綺麗にしてやりながらヴァンダルーは抗弁した。
「俺の場合伸縮自在ですし、舌はほぼ筋肉で出来ているから打撃に使えます。それに、【格闘術】スキルの補正も得られます。
相手の不意も突きやすいですし、もし切り落とされても今の俺なら【高速再生】スキルで再び生やす事が可能です。腕や脚よりも、ずっと早く」
舌の優位性を力説しながら、卵を舐め続けるヴァンダルー。その姿はまるで働き蜂のようである。
因みにクインはその横で、腰から尻尾のように生えている蜂の腹部から、新たな卵を産みつけている。彼女も産むだけでは無くちゃんと卵の世話をするのだが、ヴァンダルーが本職の働き蜂並の働きをするのであまり出番が無いのだ。
『坊ちゃん、すっかり子煩悩に……それは兎も角、舌の武器としての優位性は分かりましたけど、ダメです』
『特に相手の顔には当てないでください。オニワカさんは頬でしたけど、それでもユラさんが凄かったんですからね!』
そう訴えるリタとサリア。どうやら、ユラと彼女達はただ親しくなったわけでは無かったようだ。
友人であると同時に、手強い交渉相手でもあるようだ。
「旦那様、ダルシア様も別に舌を使うのは卑怯であるとか外聞が悪いと言っている訳では無いのです。ただ、相手が悪かったというか……やはり顔でしたので」
ベルモンドが言葉を濁しながら言うと、ヴァンダルーも流石に問題があったようだと思い直した。
確かに、顔は拙かったかもしれない。もし唇に当たっていたら、その意図は無かったとしてもキスになってしまうし。
オニワカが、大事な一人息子が公の場で頬を舌で舐められたのだ。ユラがその事を何らかの交渉の材料にしても無理は無い。
「拳や蹴りと同じ感覚で舌を使っていましたが、言われてみれば確かに問題でしたか」
オニワカ自身は気にもしていないようだったが、彼に悪い事をしてしまったと頭を掻くヴァンダルー。後で謝ろう。
『いえ、陛下。謝ると余計に拗れるかもしれません。ユラさんは嬉々としてオニワカさんを売り込んできましたし』
『仲が良いみたいだし、両国の良好な未来の為に是非って。お互い期限を決めて通い合うようにしましょうって、すっごく熱心だったよ』
しかしレビア王女とオルビアによると、ユラも気にしている訳では無いらしい。それは良かったのだが、何故息子を売り込まれるのだろうとヴァンダルーは首を傾げた。
そして、ふと気がついた。
「……もしかして、オニワカって息子じゃなくて娘だったりします?」
『……気がついていなかったのね』
「旦那様、オニワカというのは鬼人王の第一子が名乗る、由緒ある幼名だそうです。何でも勇者ヒルウィロウが残した記録の中にその名があり、名のある鬼だったのだろうと考えた鬼人族の始祖が我が子に名乗らせた事が由来なのだとか」
『因みに、本名はユーマって言うそうです』
ベルモンドの解説と、サリアの補足情報でヴァンダルーは自分が勘違いをしていた事を知ったのだった。
『まあ、分かりませんよねー。声は高めだけどハスキーですし、何時も鎧を着ていましたし。私達も宴の席でユラさんから言われるまで気がつきませんでしたし』
『その上口調も仕草も男の子だったもんね~。筋肉大好きだったし。顔は確かに女顔だけど、ここまで揃っていたら気がつくのは無理だよ』
そうリタとオルビアが擁護してくれるが、思わず目が遠くなるヴァンダルーだった。
『宴の時女の好みを聞いた時、自分より筋肉がある人って答えやがったから、妙だとは思ったんだが……坊主じゃなくて嬢ちゃんだったとはな』
『いやはや、とんだお転婆プリンセスがいた物です。それで今後どうします、坊ちゃん?』
「……今更女の子扱いするのも変なので、オニワカにはこれまで通り心の友として接します。でも今後は訪問国で戦う事になっても、舌は首から下にしか使わないようにしましょう」
『おおぉん?』
『ヂュウ、人の社会は大変ですな。口や舌が当たっただけで問題になるとは』
「舐め合うのは、心地良いのに」
クノッヘンや骨人達、人とは異なる価値観に生きる者達はそう言って不思議がっていた。
次に訪問したハーピィー国では、数多くのハーピィーから挑戦を受けた。ただオニワカ達のようにヴァンダルーの力に疑念を覚えたからでは無く、「折角の機会だから」とイベント感覚で皆挑戦してくる。
しかも、戦い以外で。
『よーい……ドン!』
レビア王女の号令で、ヴァンダルーとハーピィーの地上種達の陸上競技が始まった。
「空は飛べないけれど、地上じゃ負けないよ!」
大柄な体に短い翼のハーピィーの地上種達。彼女達はダチョウやエミュー、モア等の飛べない鳥の特徴を持つハーピィーだ。
当然彼女達は飛べないが、地上を走る脚力はケンタウロスやアラクネに勝るとも劣らない。
「何の、黒星は一つだけで十分です!」
だが両手足の鉤爪で大地を抉るヴァンダルーの四足走行も、迫力は負けていない。
「十分なのにー」
しかし、実際に出せる速さでは負けた。グール秘伝の四足走行も、地上種のハーピィー達の走力には及ばなかったようだ。
「勝ったよ~!」
「や~いっ、皇帝ビリッケツ~!」
そう口々に言いながらゴールまで一気に走り抜ける地上種のハーピィー達。その後ろ姿が凄い勢いで遠のいて行く。
「……速さは、脚の数では無く、やはり筋肉でしたか」
地上種達の引き締まった脚線美に敬意を抱きつつ、ヴァンダルーは敗北の二文字を背負いながらも走り続けたのだった。
『陛下、陛下の肩から伸びているのは前足じゃなくて腕ですよ。忘れていませんよね?』
スタート地点から追いついて来たレビア王女が、何故か不安げにそう確認を求める。
「これで旦那様の零勝二敗ですか」
『気にしちゃダメよ、ヴァンダルー。どちらも得意な競技じゃなかったじゃない。それに、勝つ事よりも頑張った事が大切よ!』
ベルモンドがメモを取る横で、ダルシアがそう声援を送る。
因みに一つ目の黒星は、特に色鮮やかな飾り羽を持つハーピィー達とのダンス対決だった。勿論惨敗。
『でもダンス対決、勝っていたらきっとハーピィーさん達沢山来ましたよね』
『負けていて良かったかもしれません』
ぼそぼそとダルシアの左右で呟くサリアとリタ。そうかもねとダルシアも二人の意見に同意した。
『政略結婚が嫌な訳じゃ無いけど、どうせならちゃんとヴァンダルーや皆と仲良く出来る娘に来て欲しいものね』
それがダルシアの、息子に望む異性との交流である。
立場が冒険者や貴族では無く国王、そしてこれから正式に皇帝となるヴァンダルーだが、社会的地位とは関係無く、彼は大勢に好かれる。
何故なら【死属性魅了】から変化した【冥魔道誘引】のスキルがあるからだ。アンデッド、グールや吸血鬼等特定のヴィダの新種族や、蟲型や植物型の魔物、そして一部の人間にまで効果を及ぼす魅了系スキル。しかもその効果範囲と力は当初より増えている。
この傾向は、これからも続くだろう。
なので、これからもヴァンダルーの周りには人が増える事は避けられない。そして割合的に増えた人の半分は女性という事になるだろう。
それが嫌ならヴァンダルーを閉鎖された空間、部屋にでも閉じ込めるしかない。
そのためダルシア達は以前男性陣から隠れて行った相談の結果、するべきは「制限」では無く「選別」であると考えていた。
……放置していると、ヴァンダルーは増えるままにしてしまいそうだし。
『オニワカ様は坊ちゃんと気が合っていたようですが?』
サムがそう尋ねると、ダルシアと娘達は『別に反対している訳じゃ無いの』と答えた。
『父さん、問題は経緯です。親同士が勝手に決めて当人同士の気持ちが上手く行かなかったら、長続きしません!』
『だから反対じゃないです。もうちょっと様子を見るべきだと思うだけで!』
一応皇帝とその影響下に置かれる事になる国の第一子の縁談なのだが、ヴィダの新種族の価値観が浸透しているこの境界山脈内部では、政略結婚だからと言って当人達の気持ちを無視する事はタブー視されていた。主神が『生命と愛の女神』であるだけに。
『それにオニワカの坊主……じゃなくて嬢ちゃん、そういう意味で坊主の事が気に入った訳じゃ無いと思うぜ』
『確かに。ありゃあ、やんちゃ坊主が遊び友達とじゃれ合うような感じで、色気は欠片も……』
ボークスと、『オーガーの巣』を攻略している間も憑いていたキンバリーがそう言う。実際、オニワカは二人の言う通りの態度でヴァンダルーに対して接していた。
そして彼女の好みのタイプは、自分より筋肉がある人だ。その筋肉に舌を含めても、ヴァンダルーは好みのタイプの中に入っていないだろう。
『彼女はまだ恋の季節を迎えるには早いのでしょう。主とどうなるにしても、今は静観するべきかと』
『おおぉ~ん』
動物的な二人はそうオニワカに関する話を締めくくった。
「ところでダルシア様、『選別』するのは分かりましたが、どう『選別』するのですか?」
選別する基準が、『ヴァンダルーや皆と仲良く出来る事』としか決まっていない事に気がついたベルモンドがそう尋ねる。
普通、親は自分の子供の交際相手にあれやこれやと注文を付けるものだから、ダルシアにもあるのではないかと思ったのだ。
『そうね……』
改めて問われたダルシアは、頬に手を当てて考え込んだ。昔はヴァンダルーに少し口を出した事があるかもしれないが、最近はすっかり気にならなくなっていた。それに、些末な事は弱い霊である彼女の記憶には残らない。
だから改めて考えると……なかなか思いつかない。
『どうしましょう、私、ヴァンダルーの異性関係に口を出す資格が無いかもしれないわ』
それどころか、自分の事を顧みてそう思ってしまった。
故郷の森を飛び出して人間の町で影のある男と付き合い、その男、ヴァレンが邪神派の従属種吸血鬼だと知った後も交際を続けて子供を産んだダルシア。
一般的なダークエルフから見れば、かなりの親不孝者であろう。
それに思い至り動揺するダルシアを宥めようと、ベルモンドは慌てて言葉を探し……彼女も気がついてしまった。
「そう言えば、私は異性と交際した事がありませんでした。一方的に襲われた事はありますが」
先祖が交わったラミアの血が瞳や舌の形に現れたという理由で、故郷を追放されたベルモンド。その後少女だった彼女は人間達に襲われ、吸血鬼に拾われ、一万年の人生の殆どを一人地底湖の辺に建てられた主人の隠れ家の番をして過ごした。
被害を受けた事はあるが、交際した経験は全く無かったのだった。
『アタシの場合は……相手がアタシを騙して殺すような奴だし、見る目に関しては偉い事は言えないよね』
『私も、婚約者もまだ決まっていませんでしたね』
「……前世で、一度だけなら雄蜂と」
『私達姉妹は言うまでもありません。これは、全滅?』
『他に真面な異性との交際経験がある人は……グールの人達はダメだから……そうだ、フェスターさんとリナさんに帰ったら話を聞きましょう! レギオンのジャックと瞳さんでも可!』
『いや、皆さん落ち着きましょう。リタも慌てる物ではありません』
「そうそう皆慌てない。ところで何の話ですか?」
「ただいま~、皇帝返しに来たよ~」
地上種ハーピィーの背に乗ってヴァンダルーが帰って来た事で、この時の相談は打ち切られたのだった。
尚、ハーピィー国で行われた三戦目の種目は曲芸飛行だった。霊体を翼の形に実体化させる怪鳥形態を持つヴァンダルーだったが、その形態は輸送能力に特化していて速度や機動性ではハーピィー達には敵わないのではないかと思われた。
しかしヴァンダルーは皆の予想を裏切り、【装群術】でセメタリービーの羽を背中から生やして巧みに空を舞ったのだった。
「空中三回転捻りー」
ヴヴヴヴヴヴヴヴ。
「上手いけど何か違う!?」
しかし飛行に使うのは翼でも羽でも、無属性魔術や風属性魔術でも自由というルールだったので、問題無くヴァンダルーの初勝利となった。
続いてはケンタウロス国で受けた挑戦だったが、馬の下半身を持つ種族であるため一戦目はやはり陸上競技だった。
しかし、種目は障害物競争である。
「我々は馬の下半身を生まれ持つ種族! 故に、人間以上に巧みに下半身を操らなければ過酷なこの境界山脈内部の地で生き残る事は出来ん。だからこそのこの挑戦だ。
ハーピィー達同様に付き合ってもらうぞ、新しき皇帝よ!」
インディアンを思わせる羽飾りやタトゥーで飾ったケンタウロス国の王、シルヴァリがそう宣言する。それを正面から受けたヴァンダルーは、示された障害物競争のコースを見て首を傾げた。
「……寧ろ、俺にとっては普通の競争より有利な気がするのですが、いいのですか?」
障害物競争のコースに設置された障害物は、ジャンプ力を競う壁が三つ、バランス感覚を競う平均台、脚力を競う上り坂、身のこなしと勇気を競うのだろう燃え盛るフラフープ。
壁や上り坂は兎も角、他の障害物は全てケンタウロスサイズなので人間にはどれも大きい。
最後だけ何故かサーカスっぽいのは兎も角、大体の障害物がケンタウロスの方が不利になるように設置されているように思える。
だから確認したのだが、シルヴァリは腕を組んだまま堂々と「いいのだ」と頷いた。
「これは普段我々が祭で競い合う時に使うコースなので、我々に丁度良い難易度に作られているのは当然だ。二本足と競うのだから、これぐらいはハンデにもならん……筈なのだが、皇帝は四本脚だったり八本脚になったりするのだったか」
だが、話の途中で急に凛々しい眉を八の字に下げる。
「しかも、噂によると最大十二本脚だと言うではないか。もしかして、ハンデとかなくても楽勝だったりするのか? 実は子供達も見ているので、情けない所は見せたくないのだが。……勝ちを譲れとは言わんが、接戦で頼めんかな?」
ぼそぼそと声を潜めて尋ねた上に、暗に八百長を提案するシルヴァリ。彼が目で指した先には、如何にも気が強そうな黒馬の下半身を持つ少女を始めとしたケンタウロスやハーピィーの子供達が、他のケンタウロス達に混じって観戦していた。
因みに、シルヴァリはハーピィー国の女王と通い婚をしている。
「最近上の娘と上手く行っていないのだ。頼むっ」
「いや、【魔王の欠片】は使いませんから、四本脚にしかなりませんから」
足の数に深刻なコンプレックスを持っているらしいシルヴァリ王に、ヴァンダルーはそう保証した。
「そうかっ! なら安心だ。正々堂々競い合おう、皇帝よ!」
すると、その途端シルヴァリ王は元の威厳と凛々しさを取り戻し、そう言いながらヴァンダルーの肩……には身長差があるため触れにくかったのか、頭にポンポンと二度触れた。
彼と話しているとプリベルを思い出す。今もダンジョンでレベリングをしているのだろうか?
「……ハーピィー国でレビア王女も言っていましたが、旦那様の肩から生えているのは前足では無く腕ですからね」
遠い目をしているヴァンダルーに、ベルモンドが釘を刺すのだった。
因みに肝心な勝負の行方は、ヴァンダルーも善戦したが地力の差が出てシルヴァリ王の勝利となった。
「では皇帝よ、事前に説明した通り敗者の義務を頼むぞ。形式的な物だから、ブラシを当てるだけで構わんぞ」
この勝負では敗者が勝者を讃え、勝者のブラッシングをするのが決まりであった。
「いえいえ、丁寧にやらせていただきます」
そう言いながら、ヴァンダルーはタレア謹製の百パーセント【魔王の体毛】製ブラシを取り出すのだった。
結果、シルヴァリ王は十分と持たず陥落し、それを見て我も我もとブラッシングを求めたケンタウロス達も次々に倒れたのだった。
『凄いわねぇ。私、てっきりベルモンドさんが特別敏感なんだと思っていたわ』
「ご理解いただけましたか。私は特別敏感な訳でも、自制心が弱い訳でもないという事が」
『タレアさんが作ったブラシと、【魔王の体毛】の力もあるの……かしら?』
『ヂュウ……魔王とは一体?』
『いや、悩むなよ。【魔王の体毛】でブラシを作らせたのも、それを使ってブラッシングしたのも、間違いなく坊主が初だぜ』
「因みに、霊体マッサージも施しました。ケンタウロスの人達は、上半身と下半身の繋ぎ目の辺りが凝りやすいようです」
『つまり腰ですね。タレアさんと話が合うかも』
『腰痛談義? ちょっとお年寄りっぽいですね』
『二人とも、スキュラやアラクネみたいに上半身と下半身にギャップのある種族共通の悩みだからあんまり茶化さない。まあ、アタシはもうゴーストだから関係無いけど』
こうしてケンタウロス国の有力者や名のある戦士達、シルヴァリの家族等は全員骨抜きにされてしまったため、二戦目以降は全てヴァンダルーの不戦勝となった。
「あ、うちは挑戦とか別に良いです。認めます」
ラミア国では挑戦自体が無かった。
「一体何故?」
ちょっと楽しみにしていたヴァンダルーが驚いて聞き返すと、女王のタナトを先頭にラミア達は口々に答えた。
「もう勝負しないでも新皇帝になる君の人柄は大体わかったしぃ」
「うちの国の種目、魔術と歌と楽器の演奏だから、結果はやる前から決まってるようなもんじゃない?」
「それにほら、うちの国では君の評判が良くなって行ったから、もう良いかなって」
皇帝への挑戦は、単純に皇帝の強さだけでは無く人柄を見るための物でもあった。
挑戦に応じ、相手国の要求するルールに則って戦い、無理難題を吹っかけられても怒らず、負けてもそれぞれの国を立てられるのか。それを試す意味もあったようだ。
「まあ、それはハーピィー国の辺りで薄々察してはいましたが」
これまでの歴代皇帝はノーブルオーク帝国から輩出されていた。彼等が地上種ハーピィーやケンタウロスとの競争や、曲芸飛行で好成績を取ったとは考えにくかった。
本来これらの挑戦を受けるはずだったノーブルオークのブダリオンにしても、同じだ。ヴァンダルーにはブダリオンが風のように走り、軽やかに宙を舞う姿がどうしても想像できない。特に、火の輪潜りは絶対無理だろう。
なので、重要なのは勝敗以外に在るのではないかと思っていた。
「えっ!? 気がついていたの? じゃあ、今までのは全部演技!?」
「いえ、思ってはいましたけど楽しかったので、自然体で応じていました」
「なんだ、そうなの。じゃあいいや」
ハーピィー国やケンタウロス国でのヴァンダルーの様子を見て、ラミア達は彼を皇帝と認める事にしたそうだ。
それに、ラミア国での種目では彼女達が言う通り、結果はやる前からヴァンダルーの一勝二敗だと分かりきっているし。
「それに卵の世話が上手いって評判良いし、伝説のオロチもいるらしいし。今度来る時はぜひ連れて来てね」
「オロチ?」
卵の世話が上手いと言われた理由は、考えるまでも無い。ヴァンダルーがクインの産んだ卵の世話を、セメタリービーの働き蜂に混じって……進んで頻繁に行っているからだろう。
同じ卵生であるラミアやハーピィー達にとって、育児の出来る皇帝として好感を得られたようだ。
しかしオロチとは何の事だろう? 多分武士や忍者のように勇者の残した記録の中に八岐大蛇の伝説が断片的に記されていて、それが様々な誤解の末にラミア達の尊敬と崇拝の対象になったのだろう事は、推測出来るが。
「……ああ、ヤマタ」
記憶を巡らせると、本来の頭部の代わりに種族が異なる九人の美女の上半身を繋ぎ合わせた、ヒュドラゾンビのヤマタの事だと思い至った。
「そうそうっ! 確かゾンビだけど、八叉だしね。歴代の女王の中にはランクアップしてエキドナに至った人もいるけど、ヤマタノオロチには至った人はいないから、皆注目していたのよ」
どうやら誰からかヤマタの事がラミア国に伝わっていたようだ。
こうしてハーピィー国、ケンタウロス国、ラミア国を訪ねたヴァンダルー一行は翌日、『ヴィダの寝所』の前に訪れる予定の残り三国、竜人国と人魚国、そしてダークエルフ国に向かったのだった。
・二つ名解説:『鬼帝』
『戦士の神』ガレスと彼の御使いや英霊が、ヴァンダルーとのコネクション強化のために考え出した二つ名。勿論、この二つ名を獲得した前例は無い。
鬼と名のつく魔物や、種族へのカリスマ性を強化する。また、ガレス達にとっても予期せぬ効果だが、アンデッド全般への【導き:冥魔道】の効果を上昇させる。
・魔物(種族)解説:ハーピィー (人間社会の記録)
両腕両足に鳥の翼と蹴爪の特徴を持つヴィダの新種族。ハーピーと呼ばれる事も在る。
ヴィダが魔物と交わった結果生まれた種族の一つとされているが、一説には獣人種と同じく獣王と交わった事で生まれた種族であるとする説がある。しかし、その鳥の獣王が邪悪な神の呪いを受けていた為に、鳥の獣人種では無くハーピィーとして生まれて来たのだとその説ではされている。ただ、この説を支持するのはヴィダ信者とハーピィー達本人以外には少ない。
女性だけの単性種族であり、卵で生まれ大体約十年で成人する。寿命は基本的に百年程。通常種、猛禽種、地上種の三種族が存在する。ランクは通常種と地上種が3、猛禽種が4。
12月15日、拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」の書籍版が発売いたしました。書店で見かけた際は目を止めていただけたら幸いです。
ネット小説大賞のホームページでキャラクターラフやカバーイラスト等も公開されていますので、よければご覧ください。
12月27日に160話を投稿する予定です。




