page1...屋上
屋上。
生徒会の魔の手(?)から逃れてやってきた場所。
ウチの屋上は、一つ目の奥に二つ目の柵があるせいか、鍵が開いている。
その鍵の開いている扉を押して、空からの風を浴びた。
清々しい風が、身体をすり抜ける。
俺はその風をまた受けようと、手すりに前のめりにもたれかかった。
日が沈みかけている夕暮れの光。
その光が落ちる方から、気持ちのいい風が吹く。
あまり市の中心に近くないせいか、街は静まり返っていた。
「全く、街に俺一人みたいだな」
どっかの歌詞を思い出しながら、空を眺めた。
カラスが鳴きながら空を飛ぶ。
少し眠くなってきたので、俺は夕日を背に手すりにもたれ掛かって地面に座り込んだ。
そして、ゆっくりと眠りに落ちた―――。
ここはどこだ。
暗い闇の中、光が照らした場所。
そこに立つと、暗闇に幾つもの景色が浮かんだ。
思い出。あの頃の景色。
今。現在〈いま〉広がる景色。
そして、未来。何故か見えてくる未来の自分。
誰かと手を繋いでいる。
白いダッフルコートの女の子。誰だ。
分からない。
暗い。
ここはどこだ。
知らないうちに頭が右側に傾いていた。
目が覚める。感覚が蘇る。
気がつくと、俺の頭は何かに当たっている。
「起き・・・ました・・・?」
静かな空気に乗って、可愛い声が聞こえる。
「・・・え?」
俺は驚いて顔を上げた。
そこには、香坂が座り込んでいた。
両手で本を支えながら。体育座り。
別になんでもない光景だが、妙に綺麗に思えた。
夕日がバックのせいだからだろうか。
「あの・・・えっと・・・その・・・。何だか気持ちが良さそうだったので・・・、お隣に・・・座らせて貰っていたんですけど・・・」
彼女の声が、次第に小さくなっていく。
隣に、彼女が座っていたとすると、俺はつまり。
彼女の肩に頭を乗せていたことになる。
おいおい、そんな事・・・。
恥ずかしずぎるっつーの。
「あ、いや。何つーか・・・」
急に体が熱くなる。
あんまり話さない女の子の肩を借りて寝る!?
うっわ、なんてことしてんだ俺。
「気持ちよく、眠れましたか?」
「あー・・・そ、そうだな」
俺的には、すごくギクシャクした雰囲気になっている。
どうしよう、どうしよう。
「あっ・・・の・・・、香坂?」
「えっ、はい。何ですか・・・?」
「どうしてこんな屋上に?」
ハテナマークが沢山の会話に、俺は質問を投げかける。
「―――それはですね・・・」
彼女は小さい口を、大きく開いた。
「本が読みたかったから、です・・・」
また声の後ろのほうが、小さくなった。
沈黙がもう一度、二人の間を過ぎ去っていく。
何だか恥ずかしい空気だったので、俺は立ち上がって手すりにもたれ掛かった。
景色がとても綺麗に、夕日に沈んでいく。
「綺麗ですよね、この景色」
彼女も埃を払って立ち上がり、俺の横にもたれ掛かった。
「“神様見渡す限りに きれいなタンポポを咲かせてくれ”―――この歌詞、ちょっとだけ今の景色に合ってないか?」
“神様見渡す限りに きれいなタンポポを咲かせてくれ 僕らが大人になっても この丘を忘れぬように・・・”
タンポポは、沈む夕日に移る街影。
神様は、この空全て。
“この丘”は今いる屋上ととらえて。
「タンポポの色―――。確かに、そう考えてもいいですね。・・・誰の曲なんですか?」
「ん・・・誰だったかな。忘れちまった。ま、でも歌詞の本当の意味とは違うと思うけどな」
そう言って、俺は少し笑った。
彼女も少し、笑った。
―――そして、二人とも顔を赤らめてすぐに背けた。
このままの雰囲気に飲まれると、危ないかもしれない。
そう思い、俺は夕日に背を向けた。
「そ・・・そろそろ、俺帰るな」
「あっ、はい・・・」
最後にじゃあな、と一言だけ言って、俺は屋上を後にした。
「あの・・・っ、その・・・」
「ん?」
「また・・・お話して、くれますか・・・?」
彼女の声が小さくなる。
俺は、少し笑って、
「おう、いつでも声かけてくれ」
そんなことを言って、屋上の扉を開けた。
あとで気がついたんだ。
彼女は本を読みに屋上へ来たんじゃないことを。
俺と話すためだけに、屋上へ来たんだと。
鈍感な俺は、そんなことも気がつかなかった。