page12 サヨナラ
―――全てが全て、上手くいくわけがない。
そんなに上手に、世界は構成されてはいないのだから―――
page12 サヨナラ
優利香がいなくなるまで、もう一週間を切った。
それなのに、彼女は一向に口を利こうとはしてくれない。
寒空の屋上で、俺は一人冷たい息を吐いた。
ふと、俺はある事に気が付く。
携帯の番号―――。
それを使えば、彼女と話ができる。
俺は早速、その番号を打った。
「090の―――」
ボタンを押す手が震える。
断られたらどうしようか。
これ以外に、もう成す術はなくなる。
「―――もしもし?」
「優利香か!?」
彼女の声を聞いて、俺は声を強くして言った。
しかし、反応はない。
「聞きたいことがある。学校の―――屋上に来てくれないか?」
また、返事はなかった。
そのまま、電話を切られた。
12月の空は寒い。
屋上に吹く風が、肌を痛く吹き付ける。
彼女はここに来ないかもしれない。
呆れられて、忘れられているかもしれない。
それでも俺は待ち続けた。
寒い屋上の、地面の上で。
どれだけ待っただろうか。
しばらくして、低く鈍い音が聞こえる。
屋上の扉の開く音。
この位置からじゃ見えない。
俺はすぐに、扉の前まで駆けた。
「―――あ」
「優利香」
本当にいたんだ、というような彼女の顔が、そこにはあった。
紛れもなく、彼女。
俺は彼女の手を掴むと、手摺のほうへと連れて行った。
暗い夜空の下に、明るい町並みが見える。
「・・・何よ」
「それはこっちのセリフだ。何で俺を無視すんだ」
彼女に問いかけても、彼女は俺のほうを向いてはくれていない。
やっぱり。
「何でだ!」
「それは―――。涼ちゃんが香坂さんと抱き合って・・・たから」
やっぱり、気づかれてた。
こういうときの女は、気づきやすいもんなのか。
「おい、アレはな。香坂が勝手に―――」
「言い訳なんてしないで!やっぱり私じゃダメなんでしょ?香坂さんの方がいいんでしょ?どうせ私は魅力なんかないもんね」
「ちょっ、優利香!」
「いい機会だよ、涼ちゃん。このまま何もなかったことにしようよ。ね?」
優利香は俯きながら叫び、小さな声でそう言った。
ナカッタコトニシヨウヨ。
その言葉が、深く俺の頭を突き抜ける。
確かに、アレは俺も悪い。
何も言えなかったんだから。
けど―――。
「何もなかった事になんて、できるわけないだろ!!?」
そう叫んで、俺は彼女の腕を掴んだ。
華奢な彼女の腕は、細かった。
「止めて! 触らないで! こっちを見ないで!!」
彼女は必死に抵抗し、俺の腕を離そうとする。
彼女の声は、震えていた。
「俺はこのままにする気はねェんだ!」
もがく彼女をギュッと引き寄せ、腕の中で抱きしめた。
彼女の瞳から、滴が零れ落ちている。
「何で・・・泣くんだよ・・・」
「だって・・・だって・・・」
瞳から溢れる涙は、止まらない。
まるで止まることを知らない滝のように、溢れ出ている。
彼女は俺の腕の中で、声を上げて泣いた。
何も、してやることができない。
ただ彼女のために、こうやって包み込んであげる事しか。
「もう・・・サヨナラなんだよ・・・?」
しゃくり上げるような泣き声に混じって、微かに聞こえた声。
その言葉が、胸を締め付ける。
もう、サヨナラ。
会えなくなる、彼女と。
いつか会えるかもしれないし、もしかしたらもう会えないかもしれない。
なのに、互いが互いに思いあう。
「―――あ」
気が付くと、俺の頬にも暖かいものが伝っている。
涙だ。
身体が、心が離れたくないって叫んでる。
「俺も、離れ離れにはなりたくねェよ」
彼女を抱きしめる力が、強まった。
いや、強めた。
「涼ちゃん・・・イヤだよ・・・。私・・・」
「そんな事言ったって、お前の夢の為なんだろ?だったら―――夢を掴めよ」
「でもっ・・・!」
「夢に手が届くのは今しかねェんだぞ!!! 俺なんて置いてけよ!!!」
目をつぶり、彼女の顔の傍で俺は叫んだ。
本当は俺を選んでほしい。
けど、彼女の夢のため。
俺を捨てていく覚悟でなきゃ、夢なんて叶えらんねェよ
「置いてく・・・・なんて・・・」
彼女の泣き声が、かすれる。
「できるわけないじゃん・・・バカぁ・・・」
弱々しい力が、俺を抱きしめた。
彼女の鼓動が、何度も何度も伝わってくる。
「バカぁ・・・バカぁ・・・」
「だったら、夢を諦めんのか?」
彼女の耳元で囁く。
けれど、何も返ってこない。
哀しいときに大声で泣ける、寂しがり屋の彼女。
泣きながら。彼女はまだ俺を抱きしめていた。
弱々しく、俺に身体を預けていた。