page 11 嫌われ者の心
「あたしのワガママ、ガマンしてくれますか・・・?」
その言葉に、何も答えられない俺。
置いてあった時計の針が、やけに大きく音を立てる。
「香坂―――」
「なんですか、涼介君」
また、呟く。
いや、囁くかの如く言葉が聞こえる。
その声が、甘く柔らかい。
優利香から感じるのとは、また別のもの。
ブリキのジョウロが、まだ部屋の中で光を放っている。
「何が、したいんだ?」
出た言葉が、問いかけ。
その問いかけに、彼女はゆっくり喋った。
「あたしはただ、涼介君と話がしたかっただけです。ただ・・・それだけですよ」
「じゃあ何でこんな形でしてんだ」
「抱きしめてる・・・コトですか?」
「ああ」
この状態を抱きしめていると言うかどうか分からないが、俺は頷く。
そんな事は大して問題じゃない。
「それはですね。なんというか、抱きしめたかったからと言うか。・・・涼介君を好きだからです。
さっき言いましたよね?ワガママ。って・・・」
「俺を―――?」
彼女の声質は、変わることなく囁かれた。
香坂も、俺のことを好きだと言う。
何でなんだ?
俺の何が、彼女たちの心を射止めているのか。
何かに打ち込むような熱い人間でもない。
大したルックスを持っているわけでもない。
将来有望でもなければ、金がある裕福な家庭でもない。
あ・・・いや。
一応はあるが。
「一体何が、優利香を、香坂を動かすんだ?」
思わず、口に出てしまった。
あ、と呟いたが遅い。
部屋の中に、また沈黙が渦巻く。
「それは―――」
彼女は口を開いた。
「たぶん、やさしさです」
そう囁いて、彼女は俺から離れていく。
彼女の華奢な身体、未発達な身体が離れていく。
それが、名残惜しい。
・・・名残惜しい?なんで。
俺は優利香が好き。・・・そうだろ?
「じゃああたし、寝ますね」
優利香に気づかれないように、彼女はゆっくりとベッドの中へ潜り込んだ。
何が名残惜しい。
何が・・・っ。
感情を鎮めながら、俺は目を閉じた。
ここはどこだ。
また暗闇か。
そう、感じた。
いつもと変わらない、けれども雰囲気の異なる空間。
何かが違った。
光が差し込む場所。
その場所が、いつもより遥かに少ない。
何故?
『それは、―――のせいだよ』
どこからか、透き通ったガラスのような声がする。
しかし、言葉の間が良く聞こえない。
声の響かない空間に、『何のせいだって?』と叫ぶ。
『―――のせいなんだ』
透き通った声は脳に響くが、やはり一部分だけ聞こえない。
『聞こえないんだね。みんなの声も』
みんな?
みんなって誰だよ。
返答はない。
消えんなよ。行くな。暗闇だけが、静かに残る。
ここはどこだ。
光が眩しい。
朝なのか。頭がそう理解する。
「なーん」
蜜柑の声が、耳に響く。
分かった。飯だよな。
頭でそう言っても、なかなか目が覚めてくれない。
「なーん!!」
大きな叫び声と共に、何かが顔を通る。
いっ・・・。
「痛ってェ!!」
「なーん」
蜜柑が呑気な声を上げる。
やっぱり朝だった。
布団には、誰の姿もなかった。
意外にも早く起きてしまったので、とりあえず遅れずに学校へついた。
「くぁ・・・」
やっぱり眠気が襲っている。
昨日の夜のことを思い出して、もう一度あくび。
優利香には気づかれていないだろうか。
―――と。
「あ、優利香」
偶然廊下の先に、優利香を見つけた。
彼女は俺の顔を見ると、すぐに目を反らした。
「なぁ、優利香―――」
声をかけようと近づくと、頬を叩かれた。
・・・え?
「ゆ・・・りか・・・?」
もう一度話しかけようとすると、彼女は足早にに去っていった。
ひとつだけ聞こえた言葉は
「涼ちゃんのバカ」
だった。
冬休みまで残りもあまりないってのに。
俺はその日彼女に声を掛けまくった。
「優利香!」
そっぽを向かれた。
「優利香?」
そっぽを向かれた上に走り去られた。
「優利香!!」
突然ビンタを食らった。
しかも朝と同じ場所。
痛ェ。ビンタは痛ェ。
叩かれた頬を押さえながら、帰路に着く。
やっぱり、昨日の事なのか。
彼女が怒ってるのは。
それから一週間、彼女が口を聞いてくれることはなかった。




